0195.研究所の二人
説明が終わる頃、二人が戻って来た。
備品の食器を抱えたレノが入り、麺を泳がせた熱湯を従えて葬儀屋が続く。
レノが会議用の長机に食器を並べると、葬儀屋は熱湯に命じて麺を分配した。
二人はすぐ台所へとって返し、フライパンとスープ鍋を抱えて戻る。
キノコと魚のほぐし身のパスタと、ベーコンを足した缶詰のスープが、会議机で旨そうな湯気を立てた。
みんなの目が、久し振りのまともな食事に輝く。
食べながら、改めて自己紹介した。
「私はゼルノー中央市民病院の外科医【青き片翼】のセプテントリオーです。空襲が始まってすぐ、ここへ【跳躍】で来ました」
「俺は葬儀屋のアゴーニ。呪医について来た。見ての通り【導く白蝶】だ」
先に研究所の二人が、呼称を名乗った。
その向かいに座るアウェッラーナが名乗る。
「ゼルノー市のアガート病院勤務、【思考する梟】学派の薬師アウェッラーナです」
その隣のクルィーロがそれに倣う。
「ジョールトイ機械工業勤務の工員、クルィーロです。一応【霊性の鳩】がほんの少しだけ使えます」
「ゼルノー市立スカラー小学校五年二組のアマナです。魔法は使えません」
アマナがしっかりした口調で自己紹介すると、場の空気がふとゆるんだ。
そのまま席順に名乗り、最後に少年兵モーフが名乗る。
「俺はモーフ。隊長の部下だ」
アミエーラが小さく息を呑んだ。
……ん? モーフ君の近所の人、モーフ君が星の道義勇軍に入ったこと、知らなかったのか。
テロ行為を行うような組織だ。加入を秘密にしたとしても不思議はない。
……そうなんだよな。俺たちって、成り行きで何となく一緒にいるだけで、お互いのこと全然知らないんだよな。
勿論、妹と幼馴染たちはよく知っている。
……いや、レノのことも、ホントはよくわかってなかったな。
この一カ月、レノを見直すことが多かった。
あんなに庖丁捌きが上手いとは、知らなかった。
レノのパンを試食したことはあるが、実際に作るのは見たことがなかった。
こんな非常時でも、食べ物に関してこんなに頼りになるとは知らなかった。
「ここに避難してらっしゃるのは、お二人だけですか?」
薬師アウェッラーナが、呪医セプテントリオーに聞いた。
ゼルノー市民の彼らが居るなら、ここをよく使うクルブニーカの呪医や薬師、科学の薬剤師も当然、ここへ避難するだろう。
そして、彼らの家族や、彼らを守る用心棒たちも。
「あぁ。居たぞ。空襲初日はどんどん避難して来て……」
呪医のセプテントリオーではなく、葬儀屋のアゴーニが説明を始めた。
ここは国道沿いで、周囲の樹木が伐採してある。上空からよく目立ち、空襲の標的にされる惧れがあった。
研究者とその家族、護衛たちはすぐ、森の奥にある採取用の小規模な拠点へ移った。そこにも【結界】などはあるが、少人数用だ。子供や老人を含む大勢の避難者が、長期間滞在できる設備や食糧はない。
空襲から一週間程して、ラジオの情報で安全だと判断した人々が、この研究所に集まった。
その後、ラクリマリス王国からの救援物資を運ぶ為、西岸の国道が突貫で復旧したとのラジオ報道を受け、出発した。
彼らは西岸沿いに北へ行き、各地の避難所で医療活動や魔獣の駆除に携わると言い残して去った。
「この呪医は、まぁ色々あって、今は何もやりたくないそうでな。こんな状態で一人にしとくワケにゃいかんから、俺も残ったんだ」
葬儀屋アゴーニがそう締め括ると、呪医セプテントリオーは、力なく笑みを零した。
アミエーラが改めて礼を言う。
「そんな大変な状態で治していただいて、ありがとうございます。あの……何もお礼できなくて、すみません」
「いえ、構いません。ちゃんと治って元気になったなら、それで……」
首を小さく横に振り、呪医は弱々しく微笑んだ。
……まぁ、市民病院があんなことになったんじゃなぁ。
呪医と魔法使いが一緒なら心強いが、無理強いする訳にはゆかない。
クルィーロは呪医の心労を思い、何も言わないでおいた。
「あ、そうだ、お礼。魚は西岸に出たらまた獲れると思うし、干し魚、全部置いてってもいいよな?」
レノが仲間たちを見回した。
漁師の娘アウェッラーナがこくりと頷く。
「そうですね。お二人がお嫌でなければ……」
「あなた方は人数が多い。この先、何があるかもわかりません。食糧は……」
「くれるっつーもんは、もらっときなよ、センセイ。ここから西岸まで、車なら二時間くらいだって、薬剤師が言ってたじゃねぇか」
呪医セプテントリオーが断ろうとするのを、葬儀屋アゴーニが遮った。
レノが拍子抜けした声で聞く。
「西岸って、そんな近いんですか?」
「どんくらいスピード出しゃいいかまでは聞いてねぇが、製薬会社の奴はそう言ってたぞ」
「そんなら、そろそろ出た方がいいな」
メドヴェージが窓を見遣って言った。会議室の時計は午後一時四十分を指す。
「そのようだな」
ソルニャーク隊長が立ち上がると、少年兵モーフが続いた。メドヴェージも立って呪医に一礼し、隣のロークを促す。
クルィーロたちが戸惑っていると、葬儀屋が手振りで立たせた。
「さぁ、さっさと行かねぇと、森の魔物に食われるぞ」
子供たちが青くなって立ち上がった。
二人は、玄関先まで見送ってくれた。
「こんなご時世だが、まあ、達者でな」
「はい。あの、お二方も、お元気で」
「ありがとうございました」
薬師アウェッラーナが湖の民二人と名残を惜しみ、針子のアミエーラはすっかり良くなった左腕をさすって呪医に頭を下げた。
「いえ、こちらこそお魚をありがとうございます」
呪医は、アミエーラと食糧をくれたレノを見て、何とも言えない顔をした。
メドヴェージが、荷台の扉を半分だけ閉めて振り向く。
「センセイ……センセイも……」
呪医は小さく首を振って目を伏せた。
葬儀屋アゴーニが、トラックの運転手を急かす。
「さっさと行かねぇと、森ん中で日が暮れちまうぞ」
メドヴェージはきつく目を閉じ、ひとつ大きく息を吐き出すと、慣れた手つきで荷台の扉を閉めた。
「センセイも、お達者で」
足音が運転席へ走る。
荷台には窓がない。
トラックは、葬儀屋の誘導で研究所の門を出ると西へ曲がり、躊躇うことなく速度を上げた。




