0196.森を駆ける道
アウェッラーナは、ゼルノー市の生存者……しかも、知り合いと出逢えた喜びに震えた。
奇跡のような確率だ。
彼らが生き残ったことで、アウェッラーナの親族にも望みが出て来た。
テロ当時、身内の船はラキュス湖で操業中だった。姉はわからないが、他の家族は、少なくともテロの時点では無事だった筈だ。
空襲は、陸の市街地に対して行われた。
……湖の魔物さえ何とかなれば……
規則で、魔道機船にも無線機を積む。母港に戻れないのは把握できた筈だ。
半世紀の内乱中も、兄たちは船を守り抜いて生き延びた。きっと今回も、上手く攻撃を躱しただろう。
トラックは東岸に背を向け、西岸へひた走る。メドヴェージが小さな音でカーラジオを点けた。
国道の両脇は深い森だ。定速度ギリギリで、直線が続くアスファルトの道路を飛ばす。
助手席の窓を緑が流れた。この速度では、魔獣や野生動物が飛び出しても避けられない。だが、ゆっくり走ったのでは、森の中で日が暮れてしまう。
森を無事に抜けられたところで、西岸も空襲に遭い、クブルム山脈に近い都市は立入制限区域に指定された。
人の住む街まで、どのくらい掛かるのか。
少なくとも、ラクリマリス王国から救援物資を運ぶ南北道は、復旧したらしい。
それだけは安心できた。
……あ、でも、どうなのかな?
北上しても、ネモラリス共和国内の街は、きっと避難民で溢れているだろう。
ラジオのニュース原稿には、テロの時点でさえ、ゼルノー市から避難する民衆が略奪を働き、商店や富裕な市民の家を荒らした、とあった。
無事だった街が、平穏なのか、荒廃したのか、想像もつかない。
今から行って、避難所に受け容れてもらえるのか。
放送局から食糧などを持ち出し、イベントトラックを無断で拝借した。
自分たちも火事場泥棒だ。しかも、テロリストと行動を共にする。まとめて逮捕される可能性もあった。
……国内の街を目指すより、ザカート隧道を抜けて、ラクリマリス領へ行って、難民申請した方がいいんじゃないの?
難民キャンプがあるなら、国内の避難所よりマシかも知れない。
少なくとも、ラクリマリス領内なら、アーテルの空襲に怯えなくていい。
……森を抜けたら、言ってみよう。
最悪の場合、一人でもラクリマリスに行くつもりだ。
ネーニア島南部を横断し、フナリス群島に渡って、そこからネモラリス島へ向かう。その方が、安全で確実だろう。
ラクリマリス王国は、ネーニア島南の湖上は封鎖したが、北部の航行は禁じなかった。
ラジオで聞いた限り、フナリス・ネモラリス島間の航路も運行中だ。王都があるフナリス群島への巡礼は、南部の閉鎖ルート以外では、平常通りらしい。
国単位での支援はラクリマリス王国だけらしいが、ラキュス湖南地方各地のフラクシヌス教の神殿と信徒会は、ネモラリス島に救援物資を運んでくれたと言う。
星の道義勇軍の三人と、自治区民のアミエーラは、キルクルス教徒だ。ラクリマリス行きを嫌がるだろう。
……でも、仕方ないよね。
その為に、三十年前の停戦合意で国を分けたのだ。
四人とは、ザカート隧道の手前でお別れかもしれないが、無理に連れて行くことなどできない。
信仰に殉じたいと言うなら、それは魂の問題だ。異教徒が口を挟んでいいことではない。
メドヴェージは運転に集中し、話し掛けられる雰囲気ではなかった。
アウェッラーナは、バックミラーに提げた【魔力の水晶】入りの護符を外し、左手に握った。少しでも強く、みんなを守れるように魔力を籠める。
国道を囲む緑の壁は、どこまでも続くかと思えたが、唐突に草地に出た。
研究所で言われた通り、二時間程で森を抜けられた。山裾に広がる街が、視界の中で次第に大きくなる。
近付くにつれ、運転席の二人は気持ちが沈んだ。
魔物避けの防壁が破壊され、その向こうには灰色の瓦礫が折り重なる。
街の東口は完全に埋もれ、進入できる道がない。
メドヴェージは速度を落とし、国道を逸れてトラックを草地に走らせた。小刻みな振動が荒れ地の状態を知らせる。
小窓に貼りついたロークが、街に着いたが迂回する旨、荷台のみんなに伝えた。
街の北側、山と市街地の間を走る。
日はまだ明るいが、対岸の湖西地方を南北に走るフィオリェートヴィ山脈の上に懸った。
この辺りの防壁は健全だが、森側が破られたのでは、生存者は諦めた方がよさそうだ。
……ザカート隧道を通ってラクリマリスに逃げた人が多そうね。
アウェッラーナは、クブルム山脈の西端を見遣りながら考えた。
西岸を南北に走る国道が見えてきた。
メドヴェージは更に速度を落とし、アスファルトの手前で止めた。
道の向こうでは、傾き始めた日を浴びてラキュス湖が金色に輝く。
「姐ちゃん、ちょっと降りて、魚獲ってくんねぇか?」
「勿論、いいですよ」
荷台を開け、全員を降ろす。アウェッラーナは空の買物袋を三つ持って出た。
少年兵モーフとパン屋のレノが、荷物持ち兼護衛として、ついて来てくれる。
……島の西側は、割と湖の民が多いって聞いたコトあるし、魔物もそんなに強くなってないよね?
それでも念の為、アウェッラーナは【魔除け】を掛けてから【操水】を唱えた。
国道のガードレールは、空襲で破壊されたままだ。一部が撤去され、国道と湖を隔てる物がなかった。
アウェッラーナは、ガードレールの切れ目から湖へ身を躍らせた。
湖面がふわりとやさしく湖の民を受け止める。
アウェッラーナは水面にしゃがみ、買物袋をひとつ沈めて呪文を唱えた。
「水に親しき鳥の如く 我、漁る者ぞ
水に棲む魚、毒なき魚、水より満て 此の許に」
父や兄は漁師として【漁る伽藍鳥】学派の様々な術を習得したが、アウェッラーナは、この【漁る袋】の術しか知らない。
子供の頃は、半世紀の内乱で食糧事情が悪かった。
それでも、ひもじい思いをしたことがなかったのは、この袋に魚を集める術のお陰だ。
万が一、家族とはぐれたり、死に別れるなどして、一人きりになっても、生きてゆけるようにと父が教えてくれた。
アウェッラーナは、買物袋三つを魚で満たすと【跳躍】を唱えた。さっきの国道に戻る。
パン屋のレノと少年兵モーフが、ホッとした顔で魚の詰まった袋を受け取った。
アウェッラーナは振り返り、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに感謝の祈りを捧げた。
☆空襲は、陸の市街地に対して行われた……「0056.最終バスの客」~「0058.敵と味方の塊」参照
☆湖の魔物……「0022.湖の畔を走る」参照
☆ラジオのニュース原稿……「0116.報道のフロア」「0128.地下の探索へ」「0129.支局長の疑惑」参照
☆ラクリマリス王国から救援物資を運ぶ南北道は、復旧したらしい……「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」参照
☆ラクリマリス王国は、ネーニア島南の湖上は封鎖したが、北部の航行は禁じなかった
アウェッラーナたちが得た情報……「0127.朝のニュース」参照
ネモラリス共和国内の新聞報道……「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」参照
国外情報……「0165.固定イメージ」参照
外交官からの情報と現状……「0161.議員と外交官」「0181.調査団の派遣」「0190.南部領の惨状」参照




