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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第十章 人々

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196/3802

0196.森を駆ける道

 アウェッラーナは、ゼルノー市の生存者……しかも、知り合いと出逢えた喜びに震えた。


 奇跡のような確率だ。


 彼らが生き残ったことで、アウェッラーナの親族にも望みが出て来た。

 テロ当時、身内の船はラキュス湖で操業中だった。姉はわからないが、他の家族は、少なくともテロの時点では無事だった筈だ。

 空襲は、陸の市街地に対して行われた。


 ……湖の魔物さえ何とかなれば……


 規則で、魔道機船にも無線機を積む。母港に戻れないのは把握できた筈だ。

 半世紀の内乱中も、兄たちは船を守り抜いて生き延びた。きっと今回も、上手く攻撃を躱(かわ)しただろう。


 トラックは東岸に背を向け、西岸へひた走る。メドヴェージが小さな音でカーラジオを点(つ)けた。

 国道の両脇は深い森だ。定速度ギリギリで、直線が続くアスファルトの道路を飛ばす。

 助手席の窓を緑が流れた。この速度では、魔獣や野生動物が飛び出しても避けられない。だが、ゆっくり走ったのでは、森の中で日が暮れてしまう。

 森を無事に抜けられたところで、西岸も空襲に遭い、クブルム山脈に近い都市は立入制限区域に指定された。


 人の住む街まで、どのくらい掛かるのか。


 少なくとも、ラクリマリス王国から救援物資を運ぶ南北道は、復旧したらしい。

 それだけは安心できた。


 ……あ、でも、どうなのかな?


 北上しても、ネモラリス共和国内の街は、きっと避難民で溢れているだろう。

 ラジオのニュース原稿には、テロの時点でさえ、ゼルノー市から避難する民衆が略奪を働き、商店や富裕な市民の家を荒らした、とあった。

 無事だった街が、平穏なのか、荒廃したのか、想像もつかない。


 今から行って、避難所に受け容れてもらえるのか。


 放送局から食糧などを持ち出し、イベントトラックを無断で拝借した。

 自分たちも火事場泥棒だ。しかも、テロリストと行動を共にする。まとめて逮捕される可能性もあった。


 ……国内の街を目指すより、ザカート隧道(トンネル)を抜けて、ラクリマリス領へ行って、難民申請した方がいいんじゃないの?


 難民キャンプがあるなら、国内の避難所よりマシかも知れない。

 少なくとも、ラクリマリス領内なら、アーテルの空襲に怯(おび)えなくていい。


 ……森を抜けたら、言ってみよう。


 最悪の場合、一人でもラクリマリスに行くつもりだ。

 ネーニア島南部を横断し、フナリス群島に渡って、そこからネモラリス島へ向かう。その方が、安全で確実だろう。


 ラクリマリス王国は、ネーニア島南の湖上は封鎖したが、北部の航行は禁じなかった。

 ラジオで聞いた限り、フナリス・ネモラリス島間の航路も運行中だ。王都があるフナリス群島への巡礼は、南部の閉鎖ルート以外では、平常通りらしい。

 国単位での支援はラクリマリス王国だけらしいが、ラキュス湖南地方各地のフラクシヌス教の神殿と信徒会は、ネモラリス島に救援物資を運んでくれたと言う。


 星の道義勇軍の三人と、自治区民のアミエーラは、キルクルス教徒だ。ラクリマリス行きを嫌がるだろう。


 ……でも、仕方ないよね。


 その為に、三十年前の停戦合意で国を分けたのだ。

 四人とは、ザカート隧道(トンネル)の手前でお別れかもしれないが、無理に連れて行くことなどできない。

 信仰に殉じたいと言うなら、それは魂の問題だ。異教徒が口を挟んでいいことではない。


 メドヴェージは運転に集中し、話し掛けられる雰囲気ではなかった。

 アウェッラーナは、バックミラーに提(さ)げた【魔力の水晶】入りの護符を外し、左手に握った。少しでも強く、みんなを守れるように魔力を籠める。



 国道を囲む緑の壁は、どこまでも続くかと思えたが、唐突に草地に出た。

 研究所で言われた通り、二時間程で森を抜けられた。山裾に広がる街が、視界の中で次第に大きくなる。


 近付くにつれ、運転席の二人は気持ちが沈んだ。

 魔物避けの防壁が破壊され、その向こうには灰色の瓦礫が折り重なる。


 街の東口は完全に埋もれ、進入できる道がない。

 メドヴェージは速度を落とし、国道を逸(そ)れてトラックを草地に走らせた。小刻みな振動が荒れ地の状態を知らせる。

 小窓に貼りついたロークが、街に着いたが迂回する旨、荷台のみんなに伝えた。


 街の北側、山と市街地の間を走る。

 日はまだ明るいが、対岸の湖西地方を南北に走るフィオリェートヴィ山脈の上に懸った。

 この辺りの防壁は健全だが、森側が破られたのでは、生存者は諦めた方がよさそうだ。


 ……ザカート隧道(トンネル)を通ってラクリマリスに逃げた人が多そうね。


 アウェッラーナは、クブルム山脈の西端を見遣りながら考えた。



 西岸を南北に走る国道が見えてきた。

 メドヴェージは更に速度を落とし、アスファルトの手前で止めた。

 道の向こうでは、傾き始めた日を浴びてラキュス湖が金色(こんじき)に輝く。


 「姐ちゃん、ちょっと降りて、魚獲ってくんねぇか?」

 「勿論(もちろん)、いいですよ」

 荷台を開け、全員を降ろす。アウェッラーナは空の買物袋を三つ持って出た。

 少年兵モーフとパン屋のレノが、荷物持ち兼護衛として、ついて来てくれる。


 ……島の西側は、割と湖の民が多いって聞いたコトあるし、魔物もそんなに強くなってないよね?


 それでも念の為、アウェッラーナは【魔除け】を掛けてから【操水】を唱えた。

 国道のガードレールは、空襲で破壊されたままだ。一部が撤去され、国道と湖を隔(へだ)てる物がなかった。


 アウェッラーナは、ガードレールの切れ目から湖へ身を躍(おど)らせた。

 湖面がふわりとやさしく湖の民を受け止める。

 アウェッラーナは水面にしゃがみ、買物袋をひとつ沈めて呪文を唱えた。


 「水に親(した)しき鳥の如(ごと)く 我、漁(すなど)る者ぞ

  水に棲(す)む魚(うお)、毒なき魚(うお)、水より満(み)て 此(こ)の許(もと)に」


 父や兄は漁師として【漁(すなど)る伽藍鳥(ペリカン)】学派の様々な術を習得したが、アウェッラーナは、この【漁(すなど)る袋(ふくろ)】の術しか知らない。


 子供の頃は、半世紀の内乱で食糧事情が悪かった。

 それでも、ひもじい思いをしたことがなかったのは、この袋に魚を集める術のお陰だ。

 万が一、家族とはぐれたり、死に別れるなどして、一人きりになっても、生きてゆけるようにと父が教えてくれた。


 アウェッラーナは、買物袋三つを魚で満たすと【跳躍】を唱えた。さっきの国道に戻る。

 パン屋のレノと少年兵モーフが、ホッとした顔で魚の詰まった袋を受け取った。

 アウェッラーナは振り返り、湖の女神パニセア・ユニ・フローラに感謝の祈りを捧げた。

☆空襲は、陸の市街地に対して行われた……「0056.最終バスの客」~「0058.敵と味方の塊」参照

☆湖の魔物……「0022.湖の畔を走る」参照

☆ラジオのニュース原稿……「0116.報道のフロア」「0128.地下の探索へ」「0129.支局長の疑惑」参照

☆ラクリマリス王国から救援物資を運ぶ南北道は、復旧したらしい……「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」参照


☆ラクリマリス王国は、ネーニア島南の湖上は封鎖したが、北部の航行は禁じなかった

 アウェッラーナたちが得た情報……「0127.朝のニュース」参照

 ネモラリス共和国内の新聞報道……「0144.非番の一兵卒」「0154.【遠望】の術」参照

 国外情報……「0165.固定イメージ」参照

 外交官からの情報と現状……「0161.議員と外交官」「0181.調査団の派遣」「0190.南部領の惨状」参照


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)

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◆野茨の環シリーズ 設定資料◆
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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