第四話 魔法少女のお仕事
「世の中の混乱とか騒動とかとにかくトラブルは大体金か男女の問題のどっちかだぜ。もちろん大義名分とかはあるに決まってるが、きっかけはそれでも途中から、とか途中から大義の為に。とかそういう話になるんだ。
まあとにかく裏の部分を知っている人間は少なくて良い。大義について来た奴も、裏を知っても甘い美味しい思いをしちまえば大義に縋るよりも力を発揮できるってもんだぜ。
まあ、戦争とかはそういうのが多いな。いつの間にか国の為正義の為そんな事よりも戦争と言う大取引を、この上ない商売の場を、戦う奴等をカモとして。それが経済ってもんだぜ?経済ってのは回ってる。戦争で金が回り、戦争で傷ついた者の所で金が回り、それを直して治す奴等の所でも金が回る。そしてやっぱり少しばかりその背景には女や男の事情ってもんがある訳で、まあそれでもやっぱり大義名分。誰かを救う為なんだぜ?っていうお綺麗な言葉がなければ始まんねーけど。始まんねー通りはねえわな。
大義名分以外の何かで始まるのは当たり前だし、そういう部分があるから戦争ってのは当たり前にある。けどまあ、大義名分を振りかざさないで美女を手に入れる為だけにこんな大騒動起こすのも珍しいわな」
しかもそれでちゃんと戦争になってやがる。
樹姫はいつもの様に口元に笑みを浮かべながらそう言った。
戦争と言うのは、平和な国で生まれた僕にとっては遠い場所での出来事であるし、遠い過去での出来事だ。
けれど、樹姫に連れて来られたこの世界では―――確か長ったらしい番号を教えて貰ったけれど、忘れてしまった。何でも世界の番号らしい。しかもそこから更にその世界の平行世界と分岐されている―――それが普通に行われているし、樹姫曰く大義名分がなくても戦争になっている。との事だ。
平和な世界で平和ボケしていた僕からすると、大義名分なんてあってもなくても一緒だと思うけれど。あったとしても、とても悲しい事で残酷な事なのだけれど。それでも大義名分が歩かないかというのは大事らしい。
「人としての理性、世間体。色んな我慢という我慢。まあ潔癖と言っても良い。そういうものが確かに存在しないと、それは最早戦争じゃねえよ。ただの略奪だ」
「戦争は略奪じゃないの?」
「こう言ったら、あれだけどよ、戦争は話し合いとか意見のぶつかり合いの延長戦だ。経済の場っつのは言ったよな?まあ、だから一応そういう場なんだよ。そういう討論の場で武器を渡している様なもんだ。もちろん嫌々参加している奴もいる。それでもそいつは死にたくない。殺したくない。そういう意見を持っている。けどな、ぶつかり合っているのは事実だ。数パーセントが嫌がってても、大義の為とかそういう共通の意見とか課題があれば、そこは討論だぜ。殺し合いは良くねーけどよ、そういうのはさ、殺し有りの討論だ。けど、討論はいくらお互いの意見が対立しても、他人の意見に聞く耳を持たなくなっても、聞いてる奴はいる。だが、ここはどうだ?絶世の美女を手に入れて楽しみたいからって理由だけで奪おうとしてる。相手の意見は丸無視だぜ?相手の意見に耳を傾けないのは討論じゃないぜ?一度でも相手と交渉しようと、相手の意見を聞こうとしなければ、それはただの暴力であり、略奪だ。分かるか?結城。これは戦争じゃねえんだよ」
樹姫は略奪されている側の城を指さした。
どことなく日本や中国の様な東洋風のその城には大きな樹が中心に生えており、そこがとても大切だと何となく分かった。
そして、そこの中心に僕達は向かっていた。
この戦争を、戦争とすら言えない略奪行為を止める為に。
樹姫は奪われる側である樹狐と呼ばれる種族に肩入れをするらしい。
樹狐。世界樹と呼ばれる樹の周りに集落を築いており、その名の通り本性は狐である。
狐と言っても、よく僕のいた日本で持て囃される獣人というタイプの種族で、狐耳と尻尾を持つ、とても美しい種族らしい。
そして樹という字が付いている事からも樹。植物。それとも関係のある種族らしい。
まずとても長命で、千年を軽く生きる事が出来るらしい。
そして薬師と言って良いのだろうか?他の世界の事はよく分からないけれど、それでも、様々な薬を作っている知識面でも豊富な種族らしい。
「まあ、長く生きてる分知識を貯め込んでなければ嘘だろうぜ」
樹狐族は自分たちの領域に侵入してくる敵―――今回は人間らしい―――に容赦がない。
容赦はないが、それでも戦うのに特化した種族ではないから、自分たちを守って罠を仕掛けたりする事しか出来ないらしい。
やはり僕にはよく分からないけれど、今回は人間。という事は他にも似たような事がよくあったらしいけれど、知識を蓄え、長命で、その上美しい者も多い。そんな種族を放っておく通りはない。とも樹姫は言っていた。けれど、こういう略奪行為から始まる戦争は初めてらしい。
そう言えば、強奪とは言わないのだろうか。そう思ったけれど、それもきっと違うのかもしれない。
例えば、強奪は抵抗すら許さぬまま奪う事、とか。そんな感じ。樹姫の言葉は難しいのだ。
そして、樹姫はその名前に樹が入っている通り、何となく樹狐と仲良くなったから契約を何千年か前に適当に結んだらしく、その後数百年に一度の頻度で戦争が起こった時に助けを求められるらしい。
自分自身にもう一度確認を取る様に頭の中で状況の解説をしているけれど、やはりこういうのは順序立てて話す方が良いと思う。
そう、今回のこの騒動。いや、魔法少女の仕事は、一本の電話から始まった。
それは屋敷で樹姫から魔法生物との向き合い方をレクチャーされている時の事だった。
ジリリリリン。と昔ながらの電話音がどこからともなく聞こえてきたと思えば、エメラルドさんが部屋に入って来て黒電話を樹姫に手渡した。
「樹狐族から依頼でございます」
「樹狐?ああ、また戦争かよ。アイツらも大変だよな」
そう言いながらも樹姫は受話器を取り、電話を受けた時の定例文を言い、ある程度の情報交換をした後、受話器を置いた。
「オーケー。仕事だぜ。結城」
仕事?
仕事とは、どういう事なのだろうか。
勿論仕事をしなければ生きていけないのは誰だって一緒だろうけれど、それでも、樹姫はお金はなくても困るだけだと言っていたから、仕事をしている印象がなかった。
というよりも、魔法少女に仕事とかそういうものは必要なんだろうか。
そう思っているのが通じたのかもしれない。樹姫はにやりと笑って僕に説明しだした。
「魔法少女は世界が死ぬ時の魔力を使い切る為に生まれる。そう話しただろ?それでも世界一つ分の魔力なんてそうそう使い切れるもんじゃねーからな。魔法少女は他の世界、まだ死ぬ運命にない、つまり魔法少女が生まれていない世界と契約して世界に干渉する。そうして魔法少女が生まれる時を早める。誘発すると言っても良い。魔法少女が干渉する毎に世界は死へと向かう。魔法少女にとって一番大切な仕事は、世界を殺す事。新たな魔法少女を産み出し続けて、世界を滅ぼす事。だからこそ、結城。お前達間時引きがいるんだよ」
言わばお前らは世界が滅ぶのを防ぐ正義の味方だぜ?
そう茶化して言う樹姫に僕は何を言うべきか迷った。
世界を殺すのが仕事。確かにそうだろう。だからこそ、魔力を使い切る為に、死ぬ為にいるのだとそう言っていたのだから。
けれど、けれど。僕が。僕なんかが。人を助ける事が苦手な僕なんかが、正義の味方だなんて、そんな。そんな言葉は嘘なのではないか。樹姫の思い違いなのではないか。そう言いたかった。
けれど、樹姫はそれが真実だと言った。
樹姫はきっとそういう事では嘘なんか吐かないだろう。吐く理由がないのだから。
それでも、僕はそれが嘘だと思った。
嘘であって欲しいと思った。
結局それも、願いではないのだけれど。
僕には決して願い何て上等なものは持てないのだけれど。
樹姫に教えて貰えなくても、それぐらいは知っているから。
そういえば、樹姫は僕にあまり間時引きがどういうものなのか教えてはくれないな。
もしかしたら詳しく知らないのかもしれないのだけれど。それでも、あまり教えてはくれないという事は、教えたくないという事なのではないかと。そう思った。
「今回の依頼人樹狐は俺がまあ、結構前にふらふらしてる時に知り合った生まれたばかりの種族なんだけどよ、一応“樹”なんて字が入ってんだから何とか手助けぐらいはしてやろうと思ってな?アイツら美形が多くて長寿で知識も多い。そんな種族だって知ってたからよ。一応樹狐と契約を結んだ訳だ。困ってる時は手貸すぜ。って。まあ、時々数百年に一度ぐらいの頻度で樹狐を狙う輩から守ってやってんだ。まあ、その所為で樹狐は余計に狙われやすくなったんだけどよ?まあ、なんだ。最初に樹狐を手に入れた者には神から恩恵云々とか嘘から出た実みたいな言い伝えが出来ちまってな?
ああ、なんつーか、そういう類の噂ってな、俺達みたいのが絡んでると最初は根も葉もない噂でも最終的にはその通りになっちまうと言う恐ろしい事が。
ああ。俺がそこに行った時はその世界は生まれたばかりでな?俺もそんなに絡む事もなかったから、結構その世界も長寿な部類になって。ああ。まあ、ハッキリ言うとだ。そろそろ魔法少女生まれるんじゃねーかな?って感じにはなってたり。まあ、そういう事で。行くぞ。結城」
「行くって、どこへ?」
そう問うと、樹姫はその笑みを深くしてげらげらと笑い声を上げながら言った。
「樹狐の最期を見届けにだよ。当たり前だろ?」
つまるところ、樹姫の中ではある程度縁のある樹狐はもう終わると、そう結論付いているらしい。
助けに行くならともかく、終わる所を見届けに、とは少し友達甲斐のない奴だ。と思った。
まあ、僕は別に樹姫と友達という訳ではないけれど。
「おお、貴方様が木々彦様ですか」
「ああ。そういうお前は今の樹狐の長か。如何にも俺が魔法少女木々彦だぜ」
明らかに怪しい儀式の中僕と樹姫は呼び出された。召喚されたと言って良いだろう。
まあ、召喚したかった対象は樹姫だけなのだけれど。
それにしても、この見た目で、美少女としか言えない容姿で木々彦と呼ばれているのを見ると、少し不思議な気分になって来る。
彦とは確か、王子的な意味があったのではなかっただろうか。
「そちらの方は?」
「ああ、コイツは俺の弟子みたいなものでな。見ているだけだから気にするな」
「お弟子様ですか」
美しいと称するのが正しい容姿の樹狐の長はその狐耳と尻尾と同じ、白に近い金の髪と瞳を僕に向けていた。
それに不審そうなものを見る様な気配は見えなかったけれど、何と言うか、そこまで見つめられると女性に対してどう接して良いのか分からない僕には少し困るものがあった。
「木々彦様。どうか我らをお救い下さい」
跪き、尊いものを見る様な、縋る様な。そんな風な視線にさらされながらも、樹姫はいつもの様に口元に嘲笑を浮かべながら、勝手知ったる他人の家と言った様に、ずかずかと現樹狐の長(長いので現長で)の後ろにある襖を勢いよく開けた。
その動作は、本当に自然なもので、足元の召喚陣をどうでも良さげに踏みつけて現長の隣をすり抜けての動作に僕も現長も、止める事が出来ない所か、反応すら出来なかった。
「その前に、この子狐について話せ。こいつが全ての鍵となる。違うか?長よ」
勢いよく開かれた襖のすぐ傍に、現長よりも真っ白い狐耳と尻尾を持った、とても可憐な美少女がそこにはいた。
その美少女は樹姫とは傾向すら違うものの、樹姫と同レベルの美少女で、もう少し歳を重ねれば、絶世の美女となるだろうと僕は思った。
今は座っているけれど、立ったとしても足首まであるだろうその真っ白い髪もとても美しいし、何よりふわふわと危機感とかそういうものが全くないその白狐は見た相手の庇護欲をかき立てる。
樹狐という種族に美形が多いというけれど、ここまで愛らしいというか、可憐というか。ここまでの者は中々いないだろうと僕でも分かった。
真っ白い瞳が何が起こっているのか分からない。と物語っている。
可愛らしいと素直に思えた。
けれど、それ以上に目につくのは、その美少女が着ている“服”。
それは、僕がこの世界に来てから、というかあの屋敷に来てから一度も眼にしていないもの。けれど、それまでの日常で必ずと言って良いほど目にしていたもの。
漆黒の上下揃った洋装は、この東洋風な城には酷く不自然だけれど、その白い樹狐にはとても似合っていて、違和感何て全くないけれど、それはコスプレが似合う。という意味合いしかないもので。
首元までしっかりと閉めてある襟と、その下を金の釦が9個縦に並んでいるのが特徴的だ。
頭には上着に付いている釦に施されている文様と同じ文様が正面から見た場合の中心に描かれており、狐耳が少し窮屈そうにも見えた。
そう、白狐は学ランを着ていた。
学ラン。そう。学ラン。
僕がいた日本でよく見られる制服の一種。
主に男子しか着ない物ではあるけれど、応援団なんかがよく着ている。
しかもこの白狐は肌や髪が白いから気付かなかったが、ご丁寧にも真っ白い手袋まで着けている。
これをコスプレじゃないと流石に僕も言えなかった。
「長よ。これは、何だ?」
樹姫の問いに現長はその美しい顔を曇らせ、どう答えて良いのか迷っていた。
そして、それに痺れを切らした樹姫は白狐の頭を優しく撫でた後、もう一度問うた。
良い笑顔だと僕は思うけれど、現長には恐ろしいものに写るらしい。かなり怖がっている。
しかも、その問いはかなり意地悪なものだったらしく、怖がる現長に樹姫の笑みは増々濃くなった。
負のループ。そう思った。
「長。何故、白狐が生まれているんだ?」
「き、木々彦様」
「答えろ。長」
現長のすぐ後ろにいたままの僕は樹姫のその強い視線に晒されているのが辛く、すぐに樹姫と同じ様に召喚陣の上を歩き(僕は樹姫程踏み荒してはいない)最近の僕の定位置となっている樹姫のすぐ隣に戻った。
「・・・その子は」
現長が顔を青ざめながら、今回の戦争。いや、略奪を受ける原因となった白狐について語りだした。