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【3】謎解きは二つ月の夜に

 夢でも妄想でもなかったんだ。

 あれは、確かに現実だった。

 例え世界が異なろうとも、彼と彼女の時間は、確かに存在したのだ。


 最初に胸に溢れたのは、喜びだった。そして、当惑、切望、憤怒、安堵、疑惑・・・・・・。

 心中を渦巻く感情を理性で抑え、フランはアンナ嬢から話を聞いた。

 自分こそが、彼女の探す『ヨウ』であるとは、おくびにも出さずに。


***


 一日の仕事を終え、フランは自室に戻っていた。満ちた二つ月が、天井の窓から皓々と屋根裏を照らす。彼は寝台の上にあぐらをかいて、月光を頼りに手元の書簡を読んでいた。


 そこには、数日前に依頼を受けたアンナ嬢と、その学友に関する報告が書かれていた。


 小大将の名は伊達ではない。この程度の情報ならば、王都中にいる『友人』達から簡単に手に入れることができた。彼は、ふう、と溜息をつき、寝台に倒れ込んだ。仰向けに天井を見上げれば、窓越しに二つ月が見える。ココがアチラではない、その確たる証拠が。


 アンナ嬢、正式名アンナ・ロバートは、優秀な武官を送り出してきた中級貴族の次女だ。現在は、セントヘレナ女学院の第二学年に所属。父親は、王都第二騎士団副団長であり、彼女は、父親の部下と婚約している。二年後の卒業を待って結婚予定だ。


 アンナが現在最も親しい友人は、同級生のナーシャ嬢だ。

 ナーシャ自身は平民だが、その兄は、王都第一騎士団団長であり、四大貴族ガレンシア家の一人娘と婚姻して婿養子となった次期当主候補筆頭、という超エリートだ。彼女に、貴族令嬢しか入れないセントヘレナ女学院への入学が許されたのは、この兄のおかげだろう。


 さらに、アンナ嬢とは顔見知り程度だが、このナーシャが最近親しくしている学生で、特に注目すべき人物が二人いる。


 一人目は、マルグリート・シンスター。

 アンナ、ナーシャと同じ女学院の第二学年生だ。四大貴族シンスター公爵家の三女で、自治会という学校組織の書記でもある。身分も学院内地位も一級品だ。


 自治会とは、王国一の教育機関であるセントヘレナ女学院と王都騎士団学校を、学生が自主的に共同運営するための機関だ。基本的に上級貴族のみで構成されている。その権力は、教師さえもしのぐという。自治会に所属すれば、卒業後に貴族社会において支配者層となることが自動的に約束されている。自治会員であると言うことは、貴族の令嬢子息にとって最高のステイタスなのだ。


 二人目の人物は、その自治会で、なんと会長を務めている。

 名はファウスト・バルテン。

 王都騎士団学校の第二学年生だ。四大貴族バルテン公爵家の次男であり、マルグリートと婚約中である。容姿端麗、文武両道であり、今から騎士候補生の出世頭と目されている。


 今、両学校のツートップは、このマルグリートとファウストである。それはそうだろう。身分、人望、成績、容姿、どれをとっても彼ら以上の人物は両校に存在しない。


 さて、アンナ嬢の友人のナーシャ嬢は、何故か、この二人に非常に気に入られているらしい。

 平民という身分差に加え、彼女は数ヶ月前まで国境の村に住んでおり、王都で育った二人との面識はなかったはずだ。接点がない三人を結びつけるものは、一体何なのか。


 様々な利害を持つ令嬢子息、その親達、各種諜報組織などがこの謎を解き明かそうとしたが、未だにその答えは出ていないようだ。


 だが、一つだけ、ヒントがある。

 特定の人間にだけ分かる、あるヒントが。


 学院で小間使いをしている友人からの報告書には、こう記されていた。


『ナーシャとマルグリート、ファウストの三者は非常に親密な間柄である。三者のみの特別な愛称があり、彼ら以外がその名をいうことを禁じている。以下、その愛称を記す。


 ナーシャ【アヤ】、マルグリート【コウ】、ファウスト【カイ】。


 家名・名前と無関係な、この愛称の由来は不明。共同食堂において彼らが初接触した際に、三者がお互いの愛称をためらいなく慣れた様子で使用していたことから、以前から何らかの形で知っていたものと思われる』


 『アヤ』、『コウ』、『カイ』。

 聞き覚えが在りすぎた。

 それは、彼が前世で失った伴侶と、その愛し子達の名だった。


 ***


 一つの疑問には、答えが出た。

 生まれてからずっと抱えてきた、割り切りつつも知りたいと願ってきた、問いに。


 だが、一つの疑問には、確かな答えがでなかった。


 アンナ嬢は、何故、その名を知っていたのか。

 『ヨウ』。側仕人『アヤ』に恋い焦がれ、忠犬と呼ばれたイヌ族の夢渡りの名を。


 それとなく聞いたが、はぐらかされておわった。

 アンナ嬢が出した唯一の情報は、シンプルだった。ただ、『ヨウ』という愛称をもつ人物を捜して欲しい。その依頼だけだった。理由も何も教えてはもらえなかった。

 容姿も年齢も性別すら分からない人物を探せ、と言われても・・・・・・、と予防線は張った。が、彼女の目は、あの光は、どんな手を使っても『ヨウ』を探し出すつもりだった。恐らく、フランの他の『事情通』にも依頼を回していることだろう。

 

 フランは、二つ月を睨んで唸った。


 あの目は、『ヨウ』がこの世界にいることを確信していた。

 しかも、おそらく、『ヨウ』が『アヤ』達の側にいることを必然と考えている。

 まあ、実際、同じ王都内で騎士団食堂の末息子をしていたりするが。

 それにしても・・・・・・。


 彼女は、『誰』、だ?

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