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合鍵

 学校が学園祭に向けてお祭りムードが漂い始めた今日この頃。授業の一部や放課後が練習や準備期間へと変わり、何処か浮ついた空気を纏っていた。


 そして数日前からは部活動よりも学園祭準備が優先され始め、辺りが暗くなり始めてもそこかしろの教室からダンスやパフォーマンスを行う音楽、それから小道具を作る音が響いていた。


 そしてそれは碧も同じであり、放課後に集まり劇の練習を行っていたのだが、最早そこには不安や緊張感はなく学園祭特有の雰囲気に乗せられ恙無く行われていった。

 そうして練習を重ね、それぞれの合わせも行い始めたそんな日に、小道具班からとあるセットが支給された。衣装はまだであるが、アクセサリーや小道具が第一陣としてやってきたのである。


 そうしてその中のひとつのアクセサリーを身につけるように言われた碧であったのだがーー


「「「可愛いぃぃっ!」」」


 教室で女子生徒に囲まれた碧がそんな黄色い歓声に包まれていた。


 それに対して碧は照れくさそうに腰まである編まれた髪を弄りながら「そ、そうかな?」なんて謙遜するが、さらに囲まれ揉みくちゃにされてしまう。


 そう、今回作成されたのは碧に用意されたヘアエクステであった。もちろんワンタッチで取り外せるものであるが、それでも鏡を見る限り違和感はないし途端にラプンツェルみが強い。

 色は銀色だけど。


「小日向さんで可愛くなかったらこの世から可愛い子いなくなるから!」

「ねー、普段からこれくらいオシャレしないなんて世界の損失よ」


「あ、あはは・・・」


 流石に毎日これは・・・。


 普段の髪は肩までなのだが、今の編み込まれた髪が腰ほどの長さまで伸びている自身の姿を見てそう思う。しかも髪に花やキラキラした何かがふんだんにあしらわれている。

 オシャレと言うかコスプレと言った方が近い。


 コスプレとして行うのは完全に自身とは切り離される認識とはいえ、普段からこのようなオシャレをするとなると気が引けて無難に笑い誤魔化した。コミケの時のコスプレした時を思い出す。碧は髪を撫でて愛想笑いをし誤魔化しながらも、改めてその髪に注目をする。撫でて分かるが、このエクステ実は完全に固められておりガチガチ感が強い。それなのに緩みや後れ毛を巧みに使いふんわり感を見事に演出している。それに1番は見事に碧の本来の髪色に馴染んでいるのが地味にスゴイ。


 そうして聞けばそこが1番のアピールポイントであり、苦労した点だという。

 メッシュなどの差し色として取り付ける分には多少の差異など気にならないが、銀色という特殊な色合いで馴染ませるとなると話は違うらしく、確かにいくつかのサンプルを持ってきて合わせが以前から行われていた。


 その集大成が今日の碧の姿であった。


「えっと、この髪・・・凄くいいです、ありがとうございます」


「これが私たちの仕事なんだから気にしないで」

「それよりも、小日向さんは五十嵐くんに見せに行った方がいいんじゃない?」

「そーそ、彼女さん長く借りるとヤキモチ妬くしー」


「え、か、彼女?」


 そう戸惑う碧の背中をグイグイと押して蓮のいる場所へ導かれていく碧。

 そうして蓮の前まで行けば、「あとはカップル同士でごゆっくり〜」なんて言いながら去っていく女子生徒達。未だに蓮と女子生徒たちを交互に見て戸惑いながらも、最後は観念したように不安げに上目遣いで蓮へと聞く。


「れ、れん。これ・・・どうかな?」


 そう言うと、蓮は「うっ」と眩しいものを見たように一歩後ずさりながら、遅れならがらに感想を述べた。


「お、おおう。い、いいんじゃないか?」


「えー!それだけー?」

「ぶーぶー」


 どこで聞き耳を立てていたのか、周りの女子たちからの不満がブーイングとなって蓮へ押し寄せる。


 あとはカップルだけでごゆっくりとは何だったのか。蓮など碧の後ろに控えて2人を見守る女子生徒達の姿が見えていたからこそ、恥ずかしく無難な返答をしていたのに、それがこうして野次を飛ばされ逃げ場が無く八方塞がりとなってしまう。


 少しだけそんな邪魔者達を不満げに睨みつけながらも、最後は観念したように一息ついて覚悟を決めると碧としっかりと顔を見合せながら言った。


「ああ。

 最高に可愛いぞ、あいちゃん」


「キャ〜〜〜ッ」

「聞いた聞いた?」


「ありがと、・・・れん」


 碧はそのようにチヤホヤと囃し立てられる事に満更でもないようで、照れながら嬉しそうにそう言った。


 しかしそれもそこまでの話であり、全てが全て聞かれるのもアレなので更に1歩蓮へと近づくと声量を落として会話を始めた。


「なんな、言わせちゃったみたいでごめんね。

 でも、カップルだなんて言われちゃった」


「本心なだけだから気にするな。

 けどなんかそういう噂が流れてるみたいだな」


 髪を弄りながら恥ずかしそうに言う碧に、蓮はそう答えた。


 蓮曰く、あの夏祭りの夜のやり取りを半端に聞いた者がいるみたいで、蓮と碧が付き合い始めたという噂が広がってるみたいだ。

 夏祭り明けの月曜日の朝にも誰と誰が付き合ったなんて噂が流れていたが、碧達が居ない場ではその噂の主役は蓮と碧へと置き変わって話されているのであろう。


 何だか、自分も人の事を言えないが噂話とか周りに影響受けちゃってるなー、なんて自分が対象になると気づき過去の自分を戒める。


 でも・・・チラリと蓮の様子を見るが、その噂に対して嫌そうな顔をしていないことに安心し嬉しく思う。


 センシティブなタイミングで態々こんな話題を出しながらも、蓮の反応を見て満更でもない態度に満たされてしまう。あまり褒められたことでは無いのかもしれないが、それでも碧にとってはそれが今できる好感度確認のひとつだったのだ。


 そんな小さなトキメキにモジモジしながらも、今回はアクセサリーの後押しもあってか少し大胆に蓮へと声をかける。兼ねてより考えていたことをである。


「れ、れんっ」


「どうしたんだ?」


「えっとね・・・れん、よくボクを家まで送ってくれるでしょ?

 それによく出入りしたり」


 そう、ここ最近辺りが暗くなる頃に帰ることが多くなった為、碧に何かあっては危険だからと蓮が家まで見送りに来てくれるのだ。


 そんな事はいいとは言ったのだが、それでも蓮は譲らずに来てくれるといった事が日課となっていた。

 そしてそれに加え余裕のあるときには碧の家へ上がらせてもらい、劇の練習や寛いだりと宛らのお家デートとなっていた。


 そうして今日もまたここでの練習が終われば一緒に帰る事になるのだろうが、その事で碧がひとつの提案をする事となる。


「だからね、これ。

 れんに受け取って欲しいの」


 そうしてそっと碧が取り出したのは鍵であった。キーホルダーなどの飾り気は一切なく、本当に鍵だけのものである。


「あいちゃん、それは何の鍵なんだ?」


 鍵。それは一種のプライベートの塊と言っていいものである。

 少し蓮は気圧されながらも聞いてみた。


「これ、ボクの家の鍵。合鍵なんだ」


 すると学校の備品のものとかではなく、そのまま碧の家の鍵であると伝えた。

 そしてその飾りっ気の無い鍵が普段は使わない合鍵なのだと知れば納得がいく。


 因みに碧の使う元鍵にはコミケの時に蓮から貰った推しキャラ、紅羽のキーホルダーがついていたりする。大切な宝物である。


 そうしてそんな合鍵を蓮に差し出しながら言った。


「多分これからもれんにはボクの家に来ることもあると思うから、渡しておきたいの」


「あ、合鍵をか!?」


 蓮は慌てたように大きな声を上げ、そして周りの注目を浴びてしまった事に焦りを感じると口元を抑えて碧の手を取り教室を抜け出した。


 そんな仰々しい反応をしなくてもいいのだが1番動転していたのは蓮でありそこまで気を回す余裕がなかったのである。


 そうして人気のない廊下の曲がり角を曲がった先で立ち止まると握っていた碧の手を離す。

 そして向き合って言う。


「あ、あいちゃん!

 こう言うのはな、もっと大切な意味とかあると思うんだ。だからめっっちゃ嬉しいんだけどダメだ」


 寝耳に水な提案であり、実を言えば非常に嬉しいし恋人らしい行動にドキリとしたのは確かだった。だがこれそんな刹那的な行動に身を任せていいものではない。


 なので蓮は碧の手に軽く添えて手を閉じさせる。

 しかし碧も行き過ぎた考えはあるもののその意味は分かっている。そんな覚悟を分かっていないと言われた気がして、碧はムッとしながら抗って指を開く。


「ボクだって、・・・生半可な気持ちで渡さないよ?」


「いやそれでもだな・・・」


 大学生ならまだしも、高校生で合鍵を渡し合うなど聞いたことがない。それもそうか、碧の事情が特殊なだけで、なかなか高校生で1人暮らしをしている人はいない。


 高校生だけで一人暮らしがをするなどメリットも少ないし、それに何しろ未成年が1人という状況は危ないからだ。


 ん、危ない?


 蓮は改めて碧の置かれた状況を考えてみる。

 そしてその上で碧の姿を見ると、そのお姫様かのような姿も相まって今更ながらに危うさを感じ始める。


 いや、しかしだな。正直非常に魅力的ではあるのだが、大切な人の鍵を預かると言うのはとてもその責任に耐えられがたい。

 失くしたとなったら目も当てられない。覚悟がないのは俺の方なのかも知れないと蓮は自身のいくじの無さに辟易しながらもここはやはりと決意を固く持つ。


「いや、ダメだっ。ほら、俺なんかに持たせたら何をするか分からないぜ?

 それに世の中、何をしでかすか分からないやつが多いからーー」


「別に、何してもいいけど」


「ーーえっ」


 そんな当たり前かのような、お許しの言葉に蓮は一瞬虚をつかれた。


 お許しがでた?


 これはつまり・・・そういう事か?


「い、いやいやいや。そんなのダメだってっ」


 蓮はどこ迄の事を碧が言っているのか心の中で答え合わせをする前に、頭を振って邪念を払う。

 それもこれも判断能力が鈍ると思ったからだ。


 そうして固い意思を持って挑もうとした蓮に対して碧更らに畳み掛ける。蓮を甘い言葉で惑わすように、逃げ道を失わせるように。


「じゃあ、・・・これは契約って言ったら?」


「そ・・・それは、ズルだろ」


 蓮は何かを言おうとしたが、これを持ち出されては何も言えなくなってしまう。それにその言葉を切り出した碧の目が、実に憐憫を誘うものだったからだ。

 どうやら自分のことで精一杯であったが、碧も碧で不安をかかえていたのだ。


 それもそうか、女の子にとって合鍵を渡すということは男と比べてハードルが高い事とは蓮も認識している。そんな碧が一世一代と渡した気持ちを断られていると思えばそんな顔にもさせてしまうと考えたのだ。


「まさか、あいちゃんにこうしてしてやられるとは思わなかったぞ」


 そうして数瞬の思考の後、蓮は観念したかのようにそう言った。


 碧もその言葉で、蓮が不承不承ながらも納得したことは理解できた。そうして不安から一転、満足気になった碧はニコリと笑い、それに対して要求をしてくる程に強くなったなと思いながらも、蓮も少し楽しげに笑った。

 何故なら最初は契約と言うものの力を借りてやっとだった物が、それを武器にしてくるまでになったのだ。蓮もしてやられたと言うよりも嬉しさが勝る思いだった。


 まぁ何はともあれ、こうしてこの一件は蓮が鍵を受け取る事で話は纏まったのだが、ここでひとつの問題が起きる。


「はぁ、・・・契約がこんなことになるなんてな。でも分かった、因みにこの貸しに一体俺はなにすればいいんだ?」


  「え?」


 碧も既に希望が通ったことで喜んでいた矢先であった。ここで初めて、碧の方が虚をつかれたような反応をした。


「ボクがお願いして合鍵を渡すんだから、れんがボクに貸しを作るんじゃないの?」


 至極当たり前の言葉であった。

 何故なら碧にして見れば自身の我儘で無理やり鍵を渡したのだから。

 しかしこれが蓮からの視点にして見れば少しだけ話は変わる。何故なら、責任だなんだと何かと理由はつけたが、好きな女の子から合鍵を貰うと言うことは大変喜ばしい事であり、誰しも好きな女の子から合鍵を貰うと言うシチュエーションが最高に燃える。


 蓮にとってはとてもじゃないが、タダで受け取る訳にはいかないのである。


「いやいやいや、あいちゃんが覚悟をもって預けてくれる訳だから、こっちもそれに応えないと」


「いやいやいや」


「いやいやいや」


「いやいやいやーーーー」


「あんた達、何やってるのよ・・・」


 そんな茶番を止めに入ったのは、2人の帰りが遅かった為に様子を見に来た楓であった。


 楓はイチャイチャとしながら、碧から鍵を受け取っている蓮を見て、教室での短いやり取りで察してはいたがそれが確信へ変わる。


 蓮は何故か疚しいと感じバッと鍵を俊敏な動きで背中へ隠した。それに対して楓は子供の悪戯を見てしまった気持ちで苦笑いをする。


「別に気にしなくてもいいのに。

 そもそも私は蓮が合鍵を持つことには賛成だから」


 そんな対応に何も言われないのかと蓮は拍子抜けする。てっきり高校生という未熟で責任能力も無い内に、中途半端な事をするなと怒られるかと思っていたからだ。


 しかし今の発言はその逆。何故かと疑問に思ったが、その答えを聞かずとも教えてくれた。


「前に碧ちゃんが家で倒れてた時なんて肝が冷えたわよ。そんな時に鍵が閉まってたらって思うと、蓮が持ってたら安心よね」


「「うっ・・・」」


 楓のそんな発言に、2人とも思い当たる節があり大胆にヒットポイントが削られる。

 心配させた側と、その状況を作ってしまった側としての気まずさであった。


 楓にとってあれはかなりトラウマ級な衝撃だったようで、未だにそんな事を言われてしまうが碧たちにとってはぐぅのねも出ない。


 そんな雰囲気になっては碧達はどちらの貸しかなど関係なく、蓮は首を掻きながら「こ、これ・・・預かっておくからな」と言うと、碧も「あ、ありがと」と、冷静になった2人による合鍵の受け渡しが行われるのであった。

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