役決め
昔昔のその昔。
森の奥に、誰も近づかない黒い塔があった。
そこには、月明かりを映し出すかのような金髪・・・ではなく、銀髪を持つ少女――ラプンツェルが閉じ込められているのであった。
そしてそんなラプンツェルなのだが、彼女は大層美しかった。
その美しさを恐れた魔女は、誰にも奪われぬよう塔へ閉じ込めたのだった。
「お、お母さまっ、私、お外に行ってみたいの!」
黒いローブを身にまとい、塔の窓から身を乗り出す魔女に向かってラプンツェルが思い切ったように声を出す。
魔女はそんなラプンツェルからのまさかの言葉に、ハッとさせられながらも冗談だと思ったのか手を仰ぎながら笑う。
「何を言い出すと思ったら、ダメに決まっているだろう私のラプンツェル。
外の世界は、お前の美しさを欲しがる者ばかり。きっと出てしまえば最後、お前は無事では済まないだろうねぇ」
嗄れた声を出す魔女はラプンツェルの姿を下から上へと値踏みする様に見てからそう言った。
下卑た褒められ方をされラプンツェルは困ったように胸に手を置きながらも、無事では済まないという言葉に怖くなり後ずさる。
しかしそれでも外の世界に夢を馳せ、負けてられないと後ずさった半歩を取り戻すように前へ出た。
「でも私、物語のような外の世界を見て知って駈けてみたいの!
それにーーーっ」
「それにーー、なんだい?」
ラプンツェルはそう言って後悔する。何故ならそれは、王子様に聞いた外の世界に憧れての事だったからだ。しかし王子様との密会は魔女には秘密の話。
ラプンツェルは直ぐに口を噤むと俯いてしまう。
「そ、それは・・・いえ、何でもないわ、お母さま」
「そう、分かればいいのよ私の愛しいラプンツェル。それじゃあ私はまた怖い怖い外へ行ってくるから、大人しく待っているのよ」
「はい、お母さま・・・」
そう言って、魔女は塔よりも長いラプンツェルの髪を手に取ると、いつもの様にそれをつたい下へと降りていく。
そうして魔女の行ってしまった後も、今日もこうして塔の窓から肘をつきながら外の世界へ黄昏れるのであった。
「カットォ!」
そんな世界へ突如、興奮したかのように荒い息遣いと共にメガホンを叩いて介入する者がいた。
「いいっ、いいよ小日向さん!本当は元気で好奇心旺盛なラプンツェルなんだけど、小日向さんの儚げなラプンツェルも悪くない!」
「え、あ、ありがとう、ございます?」
本当はイメージ通りのラプンツェルでは無いのだろう。しかしそれでもそれがまた良いとの言葉をくれた監督、もとい映画好きなクラスメイトの鹿野さん。
鹿野さんは今まで話したこともなく、メガネにおさげをしており、常に端の席で本を読んでいるような人で、こんなに口数が多い人ではなかったと記憶していたがそんな彼女が豹変したかのように生き生きとメガホンを手に持ってバンバンと鳴らす。
「うんうん、それじゃあどんどん次のシーン行ってみようか!」
「は、はいっ」
そう言ってお尻を叩かれるように発破をかけられると碧はヒィッと内心少しだけビビリながらも役を全うするのであった。
☆
何故柄にもなく碧がこの様に人前に出て演劇をしているのか、その事を語るには数日前に時は遡る。
その頃の碧たちのクラスでは、1日目の劇や2日目に行われる出し物決めを行っていた。
と言っても劇に関しては既に行う演目は予め決まっているらしい。
毎年行われるものは先生達により決められており、他クラスではロミオとジュリエットやサウンドオブミュージックなどを行っており、意外と硬派というかびっくりした。
因みに我がクラスでは『ラプンツェル』が選ばれたようだ。グリム童話ではそこそこ人気な作品ではあったが、有名なアニメ会社による映像化が行われることによりその人気はかなり有る様である。流石にその作品の事は碧も知っていた。
過去にはシンデレラや白雪姫と言った作品も選ばれていたみたいだが、『ラプンツェル』の方が今どき感と言うものを感じるので悪くないんじゃないかと碧も考えていた。
しかしこれらは表向きの事情であり、碧でも知っている表面的な理由である。その実、裏の理由としては碧が多分に関係していた。何を隠そう、この作品の選定基準は碧が決め手だったからだ。
毎年他学年やクラスで内容が被らないように、そして内容の健全性の為に予め行う作品の候補を決めてすり合わせを行うのだが、その際に先生側が唯一候補にあったプリンセス系であるこの作品は、是非に碧のいるクラスにと譲り合いが行われる事となった次第であった。
何とも選考基準が適当ではあるが、それだけ碧が転校してきたことが記憶に新しく、時の人となっている証でもあった。
その際に碧のクラスの担任はと言うと、碧の人柄から主役をやるとは思えずどうしたものかと委員長である楓に相談していた矢先のことであった。
全ての歯車が噛み合うように運命は碧をそのステージへと導いていく。
そうして再度、楓かららの提案に続いたのであった。
「碧ちゃん、お姫様になってみないかしら?」
という言葉に。
そうして『ラプンツェル』の役決めで無事ラプンツェル役に立候補した碧によりトントン拍子で決まっていくのであった。
題材となったのはグリム童話の『ラプンツェル』。そしてその監督、所謂進行に選ばれたのは先程にも紹介された鹿野さん。
そんな鹿野さんは手元の台本と思われる冊子へ赤ペンでメモを残しながらそれぞれの役の感触を確かめていた。
まず最初は物語順で登場する魔女とラプンツェル。
何度目かとなるがラプンツェルは碧が務めることとなっている。そして魔女はと言えば、近くで碧を補助できるようにと気を利かせて楓が立候補してくれていた。
何処までも優しいく世話を焼いてくれる楓に感謝しきれない碧。先程共に演技したことでより距離が近まったと感じた2人は手を合わせながら一先ず監督のお眼鏡にかなったことを喜び互いに労った。
「ラプンツェルと魔女役は上々ね。それじゃあ次のシーン・・・王子とラプンツェルの邂逅シーンね。
それじゃあ五十嵐くん、お願いできるかしら?」
そして鹿野さんに呼ばれた蓮。
そう、やはりと言っていいか予定調和と言っていいのか、王子様役は蓮が務める事となったのだ。
王子様にお姫様。
そんな響きだけで照れてしまう。
楓と会話をしていたにも関わらず、鹿野さんの蓮を呼ぶ声にドキリとしながらチラリと蓮を見る。
すると蓮は何処かぼーっとしたように上の空であった。
皆は何時になっても返事のない蓮に対して疑問に思い、おかしいと皆の注目が蓮へと注がれる。それでも気づかない蓮に、碧は手を伸ばましチョンチョンと制服の裾を引きながら蓮へと声をかける。
「れ、れん?呼ばれてるよ?」
「・・・ん?な、なんだ?」
最初こそ反応が鈍かったが、碧が声をかければ流石に気がついた様で碧へ返事を返すが周りの反応がおかしい事に気が付きキョロキョロとし始める。
そんな慌てたような蓮を助けるように碧が状況を説明する。
「王子様役・・・呼ばれてるよ?」
「え、あぁっ。そっかそっか、悪いなあいちゃん」
そう言って蓮が碧の頭を撫でながら心配いらない様にとほほ笑みかけて前へ出た。
そうして蓮も王子様役を行うのであった。
そうして恙無く最初の約合わせが終わった碧達であったが、蓮はあれ以降おかしな所はなく役も真っ当に行っていた。
むしろあれ程夏祭りの夜からぎこちなかった碧達も台本の役作りとなれば不思議と会話が行えることに気が付き、それからは練習の合間にも会話がスムーズに行えるようになったのは碧にとって喜ばしい進歩となる。
当初は楓の言うようにこの劇をやり遂げる事で自信に繋がり蓮へと成長をアピールする目的だった。しかしそれ以外にも早速効果が出てくれて大変満足気な碧は、他な人達が役の合わせをやっている端で蓮へとほんの雑談がてら先程のことを聞いてみることにした。
「れん、さっきはぼーっとしてどうしたの?
やっぱり王子様役、大変だった?」
碧はここで少し気になっていたことと共にそんな疑問を蓮へ聞いてみた。それを聞いたのには訳があり、それにはこの演劇の役が蓮に迷惑では無かったかが気がかりだったのだ。
碧がラプンツェル役を立候補した当初、話を聞かされていなかった蓮は隣で大層驚き、そしてその後に続く王子様を決める際には考える余裕すら与えずに蓮が流れで行うこととなってしまったのであった。
碧は前もって提案として楓に言われていた事と、それに役決めまでにかなり悩んだ事もあり受け入れられたが、自分が蓮の立場だと思うとかなり困っただろうと想像できた。
その事を蓮に伝えると、笑って訂正した。
「はははっ、そんな事気にしてないよ。
あの時はあいちゃんがやるって言って多少はびっくりしたけど、それ以上に嬉しかったからな」
そうして蓮は明後日の方向を向き前を思い出すようにしながら言う。
「あいちゃんが率先して人前に出れるようになったんだってな。
まぁ、少しだけ寂しくもあったけどな」
「寂しい?」
「ああ、転校してきた時も思ったんだけど、何処かあいちゃんが遠くに行ってしまったように感じてな」
碧本人はそこまで成長したつもりも遠くにいる自覚などないため共感できなかったが、本当に蓮が寂しそうな顔をしていた為、碧まで胸がキュってしてしまう。
碧はそんな心配はいらないのだと伝えたくて、気づけば口と体が勝手に動いていた。
「ボ、ボクは・・・ずっとれんの隣にいるから」
「あいちゃん・・・」
そう言って蓮の制服をちょこんと摘み恥ずかしげに別の方向を向きながらそう言った。
蓮はそんな言葉と、その後の碧のモジモジとした仕草に胸を撃ち抜かれる。
くそー、なんで俺たちまだ付き合ってないんだ。
蓮はギュッと抱きしめたくなる衝動を抑えて血の涙を流しながら返事を返す。
「ありがとな、あいちゃん。
そうだな、俺もずっと一緒だ」
そう言ってニッと笑う。
そんな反応に碧もにこりと返して、そしてそっと1歩横へ移動して蓮とピタリと肩を寄せた。
それからは誰も近寄れない様な2人だけの空間を作り出していたが、十分に幸せを堪能した碧がふと思い出したかのように話を戻した。
「あれ?でもそれじゃあ、なんで上の空だったの?」
そう、理由が碧でないなら何だったのだろうと思ったのだ。
「ん、あーあれか?なんか前の休み時間に変な奴に絡まれちまってな」
「変なやつ?」
「ああ、なんかこうーーー会長だなんだって奴に絡まれたんだがな、何だったんだろうな?あのお方って人の為に何かしてるって言ってたけど・・・」
蓮はそう言いながら、ゆっくりと碧へと視線を動かしそしてピタリと止まる。
「?」
碧は突然見つめられるのだから、頭にはてなマークを浮かべじきに照れたようにモジモジとし始めた。
その姿は何とも可愛かった、そう、それはまるでファンクラブが出来るほどに。
「・・・」
「れ、れん?」
しかしまだ転校してきて1ヶ月だぞ?
いや、たしか前に真尋にファンクラブがどうたらという話を聞いた事があったが・・・。
「れんっ、その・・・恥ずかしい」
「あ、ああ、悪い悪い。あいちゃんを困らせるつもりはなかったんだ」
そうしてお詫びに撫でると気持ちよさそうに目を細める姿に、蓮も自然と眉の間に寄っていたシワも解けていく。
そんな可愛らしさに絆されながら、まさかなと、考えることをやめて今は目の前の可愛らしい少女に心配をかけまいと気持ちを切替えるのであった。




