願い
更新が遅くなりすみません、
4月から特に忙しくてなかなか執筆が進みませんでした。エタることは無いので気長に待って頂ければと・・・
「よしっ、ボクもみんなを探さないと」
優希親子と別れたことで途端に寂しさが押し寄せる碧は無理にカラ元気を作ると意気込みと共に握りこぶしを作った。
そうして動き出した碧だったが、やはり気の持ちようで早く見つかるなどということはなく、花火には目をくれもせずにせかせかと歩きながら辺りを探す。
そうして歩いていると、屋台が少しまばらになった川の側まで出てしまった。
屋台が明るすぎたこともあり、少し薄暗い河川敷の土手沿いはそのギャップでかなり暗く感じられる。しかしだからこそ花火がより色彩良く見える気がした。
その為か人はそこそこいるようで、土手の傾斜になっている場所にビニールシートを広げて寝ながら見上げる者や暗がりなのをいいことにカップルであろう若者が身を寄せあっている気配が感じられた。
完全に2人だけの世界に入り込んでいるのか、近くに寄れば異物を見る目で碧へと視線を向ける。特に女性からの視線が痛い。
なんと言うか、あまりにも居ずらく碧はまた来た道を引き返したい気持ちになる。しかしここまで来た訳には彷徨い行き着いた以外にも意味がある。
そしてその答え合わせをするかのように巾着袋の中からピロン♪と言う音が鳴った。
スマホの着信音である。きっと電波が繋がったことによる証拠だろう。碧の想像通りだと一安心し巾着袋からスマホを取り出そうとまさぐった。
これでやっと蓮と連絡が取れる。
碧は少し気持ちが先走りながらスマホを手に取ったーーーーが、その時である。
掴んだスマホを取りだした巾着袋から共に何かが落ちてしまったのだ。丸くてゴム製の物・・・、それは蓮と交換した水ヨーヨーであった。
優希の手を引く際に手を空ける為に大切に入れて置いたのだが、それが零れ落ちてしまったのだ。
そして落ちた先はあまり良い場所とは言えず、土手の坂に落ちると重力に従ってコロコロと転がり始めてしまう。
「えっ、ま、まって!」
碧がそれを追いかけようと土手を下ると、いつもの感覚で追いかけたがすっかり下駄を履いていることを忘れていた。
足を出そうとしたが靴のようには行かず、足に下駄が着いてこない。そしてそれは思うように踏み出すことが出来なかっただけでなく、更に踏み出さなかった足に履いていた下駄に負担が生じてしまったのである。そして終いには荷重に負けて鼻緒がストンと切れる感触が足から伝わった。
「っ、きゃ!?」
碧は足を滑らせると落ちるようにして土手を転がった。幸い草も生えており衝撃は少なかったが、しかし落ちた先では目が回ったのとショックで放心状態となってしまう。
しかしそれも数秒で気を取り戻し、体の感覚を確かめるが怪我らしいもは無いことを確認し一安心。それよりも大胆に転んだことにより周りの目が一斉にこっちを向いてしまい恥ずかしさが勝っていた。
先程まで二人の世界に入り込んでいたカップルまでイチャイチャをやめてジロジロと見られてしまう始末である。
碧はカァァッと顔を赤くさせると逃げるように近くに落ちていたスマホを発見し手に取ると、立ち上がろうとする。
しかしその時に体に伝わる妙な感覚に気がついた。グショリという、不快感のある擬音が頭に浮かぶ。
碧が下を見ると、そこには小さな水溜まりが広がっており、それが浴衣を通して体まで染みてきていると理解した。しかしなんでこんなとこに水溜まりが。
河川敷とは言え川まではかなり距離があるはずなのに。
碧は咄嗟に体をよじると、そこに水風船だっただろう物がペシャンコに破裂しているものを発見した。
そして何故そうなったかはすぐに察しがついた。
「う、うそっ。ふうせんっ、壊しちゃった・・・」
勿論浴衣が汚れてしまったのも悲しいが、蓮と交換した水風船を破裂させてしまった事実もかなり耐える。
碧は水風船の残骸を大切そうに拾い上げると、肩を落として見るからに落ち込んだ。
その間にも浴衣は水に泥が混じり汚れが広がっていく。それに汚れているのはきっと浴衣だけじゃない。鏡を見れば顔や髪だってぐちゃぐちゃだろう。
ここまで来れば浴衣が汚れるだなんだとは言ってられず、無力感からその場でペタリと座り込むと現実逃避をするように虚空を見つめた。
碧の中で、緊張の糸が切れる音がした。
今まで薄氷の上で碧をギリギリのところで踏みとどまらせていた何かが。そしてそれが切れると同時に、碧の目元には涙が溜まりせめてもと流さぬように上を向くのであった。
☆
「はぁ、・・・帰りたい」
碧は重い体を引きずるように、土手を登ると中ほどのところで座り込み体育座りをすると、自身の体を抱くように小さくなった。
まるでこの世界と隔絶されたかのような孤独感を感じる。花火が打ち上がる度に歓声が上がり、曲や花火に対する解説のアナウンスも時々響きわたる。
それによればあと2、3曲のプログラムをもって花火は終わりを迎えるらしく、それに向けて盛り上がりは最骨頂。アナウンスもそれに応じてかなり高揚とした内容となっていた。
そんなアナウンスに誘われ空を見上げて見れば悔しいほどに花火は綺麗で、また力なくカクンと頭を落とした。
そしてため息と共に体を強ばらせるように力を入れると、足袋を履いただけの足がギュッと動き土や草が捲れる不快感があった。途中で鼻緒の切れた下駄は歩きづらすぎて脱ぎ捨てられ、今は河川敷の斜面に転がったままになっているのだ。
しかしそれすらももはや気にしてなどいなかった。
「・・・はぁ」
蓮から貰った水風船も割ってしまった。それにあれ程見せたかった浴衣も最早泥だらけになっちゃったし・・・。
こんな姿ならいっそ会いたくないな。楓にも協力してもらったのに、なんて。周りの優しさを思うと再度目元がホロリと緩くなる。
かっこいいお姉ちゃん、するって決めたばっかなのになぁ・・・。
ズズッと鼻水をすすりながらスマホに目を通す。
するとそこには蓮や楓からのメッセージが溢れており、「今どこにいるの?」「無事か?」などといった内容のものである。
碧はそれに対して悩んだ末に「大丈夫」と返事をした。そして迷子になったことと、無理そうならその足で一人で帰るから心配しないでと言う内容の旨を伝えた。
帰り方には自信が無いが、最悪歩いて帰るつもりだ。そうすれば夜明け前ぐらいには帰れるだろう。
幸い明日は日曜日だし。
そんな考えに至るまでに自暴自棄となっていた。
そうしてそんな内容のメッセージを送り終われば碧はスマホを投げるように地面へ転がした。そしてまた顔を伏せ蹲ろうとした時、ブルルっとスマホが鳴った。
そしてそれは連続的な振動であり、ただのメッセージではないことを悟る。碧は躊躇しながらも無視する度胸もなしに、ゆっくりとした動きではあるがスマホを拾い上げ画面をタップする。そして一息ついてから後耳に当てた。
「・・・もしもし、れーー」
『あいちゃん!!今どこにいるんだ』
「ーーんっ!?」
碧はスマホ越しに聞こえてきたその音に思わず音源であるスマホを遠ざけてしまう。消沈気味の碧にとって、それはあまりにも寝耳に水過ぎたのだ。
「え、えっと・・・どうしたの、れん?」
びっくりしたぁ・・・。
落ち着きを取り戻した碧は改めて電話をしてきた蓮へと純粋な疑問を問う。するとまたもスマホの向こう側からは振動が伝わるほどの大きな声が聞こえてくる。
『どうしたのじゃないだろ!
心配したんだぞ、何処にいるんだ?迎えに行くぞ!』
「え、あ、えっとね・・・えーと、イマイチ分からないんだけど、河川敷のどこか?」
蓮の気迫に押され、バカ正直に辺りを見渡してからそう言った。しかし少し冷静になればさっきまで会いたくないって思ってたんだったと、思い出したかのように気分が沈静化されていく。
結局自分はどうしたいんだろうなんて、他人ごとのように上辺だけで会話していた。
「ごめんね、一緒に回るって言ったのに。ボクのせいでせっかくのお祭り、台無しにしちゃった。
こっちは大丈夫だから、だから心配しなくていいから。ありがとね・・・れん」
ちょっぴり寂しいけど、お祭りは十分に楽しめたし思い出も作れた。ありがたい限りである。
そうしてぼんやりと空を眺めれば、花火は佳境を迎えており更なる盛り上がりも見せている。
「それよりもれんっ、ほら。花火、きれいだよ。
それにいまのハートの形みたいじゃなかった?花火ってこんなに種類があるんだね」
『そうだな・・・って、そうじゃなくて!
もっと他にも目印になりそうな所があれば今から迎えに行くから、そうしたら一緒に花火を見よう、な?』
誤魔化してた訳ではないのだが、蓮はそんな話題にはノることはなく最後まで諦めずにいてくれるらしい。
でもアナウンスが正しければあと数分でこの花火は終わりを迎える。隣で一緒に見るなんて、とてもじゃないが無理な話だった。
「そんなの・・・間に合わないよ。この曲が終わったら花火も終わりって言ってたしさ。
だから、今はこのまま、ふたりで」
そう、このまま、ふたりで・・・。
碧はキュッと浴衣を握る手が強くなる。
『なんでだよーーーー、なんで、はぁ、そんなこと、ぜぇ、はぁ・・・い、言うんだよ!』
電話越しの蓮の声はかなり荒くなり、時に息が絶え絶えになりながらそう碧へ伝えた。きっと走っているのだろう。
碧の我儘のせいで、蓮に迷惑をかけ続けていることに胸が痛くなった。
本当は、一緒に見たいに決まっている。でもこんな姿では見て欲しくないし、時間だってない。
そりゃあ何も無かったのであればボクだって会いたかった。蓮と手を繋ぎながら花火のことについて語り合いたかった。でも仕方ないじゃないか。
そんな会えない言い訳ばかりを探しては、心がぐちゃぐちゃになりながらも蓮を求める声を殺す。そしてせめてこの花火が永遠と続いて欲しいと天に縋るように願いを祈り続けた。
しかし碧の希望を打ち砕くように、最後のフィナーレの大玉花火が打ち上がっていく。
終わって欲しくない。
そんな願いは届かぬことを証明するように、無情にヒュルヒュルと花火は上がっていく。そんな流れていく様を流れ星のように、最後に碧は祈った。
「ーーーーーーー会いたいよ、れん」
と。
そうしてその花火は、今までに見たこともない程の大輪を咲かしていた。
それが余りにも大きく華やかであり、そして何よりも美しかった。それはただただ残酷なまでに綺麗で、碧の目から自然と涙がポロリと落ちていく。
そうして短くて長いような余韻に浸りながら、光の雫となって落ちて消えていく花火の残滓を眺めながら夜空を見続けていると、そんな碧のスマホ・・・、そして後方からの二箇所から碧の鼓膜を震わせた。
「『奇遇だなーーーまぁ俺の方は、ずっと会いたかったけどな』」
「っ、」
そうして手に持っていたスマホがスっと取り上げられるように指の隙間から抜けていく。しかしそれに抵抗などはしなかった。
碧は空を見あげたまま固まりながらも、自身の願望が幻聴をもたらしたのかを疑いつつ、ゆっくりと振り向いた。
するとそこには、まるでお姫様を救いに来た白馬に乗った王子様のようなーーーー
肩で息をしながら滝のような汗を流し、とてもじゃないが王子と言うにはおこがましい様相をした蓮がそこにはいた。
きっとこの残暑の残る夏夜を走ったからか相当疲弊しているようであった。しかしそんな蓮ではあったが、碧の目には問題なくしっかりとした王子様の様に映っていた。
そんな王子様は膝に手を乗せて弱々しく身を屈めながら、顎から流れる汗を手の甲で拭った。
「な・・・、なんでれんがここにいるの?」
「それはーーーはぁ、はぁ、いや、ちょ、待ってくれ、はぁ、もう少しでおさまるから・・・」
蓮は手を前に出し会話をストップさせると、振り向き時折咳き込みそして1分弱。
気を取り直した蓮は今更キメ顔で行った。
「迎えに来たんだぞ、あいちゃん」
「れん・・・」
先程とは一転キリッとした顔を作って言う蓮の決めゼリフは、周りがなんと言おうが碧には効果抜群であった。浴衣を汚しただなんだと自身の美醜は気にするくせに、蓮の格好が世間一般から見ても例え崩れていようが全く持って気にしないし、それ所か寧ろ会う度に好きが増していく。
あんなに合わせる顔がないと避けていたのにいざ目の前にすれば嬉しくてそんな事など忘れかけてしまっていたが、流石に遅ればせながらも気づきはした。
「え、あっ、ま、まって!
だめ!見ないで!」
「ど、どうしてだ?」
蓮が近ずこうとした時に碧が拒否反応を示すものだから慌てて動きを止めると自身の体を見たり周りを見たりし、何か良からぬことが無いかと確認した。
そんな反応を見て碧は訂正するかのようにその理由を続けて言った。
「だって・・・、浴衣汚れちゃってるし、髪だってぐちゃぐちゃで」
碧は無意識に髪へ手を伸ばすと結んでいた箇所はほつれており、鏡を見れば見るも無惨な姿になっているに違いない。
そして碧はどんどんと声を小さくさせながら蓮への懺悔を零す。
「それに、れんから貰った水風船も壊しちゃったの・・・」
碧は申し訳なさから目線を逸らしてしまう。
そんな碧に対し、蓮は少しだけポカンとしてしまうが、しかし浴衣をギュッと掴んで悲しむ碧の様子を見るととてもそれが碧にとって軽いことではないのだと知る。
「そんな・・・、水風船なんて気にしないでくれ。ほら、俺水ヨーヨーすくい得意なの知ってるだろ?また要らないってくらいすくってやるさ」
蓮は沈んだ空気を払う様に元気く答え、宙で水ヨーヨーをすくう手の動きを見せつける。
それに対して未だ納得していない様子の碧。なぜならあの時貰ったものに意義があるのであって、また貰い直すことでは意味が無いと感じているのであろう。
蓮はうーん、と悩みそして何でもフォローを入れる選択を取った。
「それに浴衣だって・・・俺なんてほら見ろ。
汗だくでぐしょぐしょだろ、今の俺マジでビジュ最悪だよな」
蓮がパタパタと服を掴み襟から空気を入れるようにパタパタと仰ぐ。
「それに比べたらあいちゃんなんて月だよ、月とすっぽんだな」
「そんな事ない!
れんは・・・いつだって格好いいもん」
「そ、そうか・・・格好いいか・・・」
「うん・・・」
「・・・」
何だか2人揃って気まずくなってしまい、互いに照れるように黙りこくってしまう。そうしてその沈黙をいち早く抜け出そうと蓮が気を取り直し、態とらしく咳払いをしてから切り出した。
「ほ、ほら、それよりもだ!
そんなことより行くぞ?」
「え・・・どこに?」
「どこってそりゃあ・・・花火だよ」
「はえ?」
まるで王子様のように片膝をつき、碧の手を握り寄せながらそういう蓮に、碧は間抜けな返答をしてしまうのであった。
しかし蓮はそんな碧を置いてけぼりに手を引いていこうとする。
「ま、まって!
ボク、今下駄履いてなくて・・・」
「は?あれっ、あいちゃんどうしたんだ?足!」
蓮が碧の足を見ると土汚れですっかり汚くなってしまった足袋を履いている足が目に入る。碧は恥ずかしくなり足同士でウニョウニョ動かしながら答えた。
「その・・・、鼻緒が切れちゃって。
だからもういっかなって」
開き直りすぎだったか。
自分で言っていても極端すぎる判断だと今は思う。蓮も納得したようなしていない様な反応を示したが、うーん、と考え込むとポンと手を打って妙案を思いついた様子であった。
「あいちゃん、ちょっとゴメンな」
そう言って蓮は碧の足へ手を回し、そのままなんでもないかのようにヒョイっと持ち上げた。
「うぇっ、えぇぇ!?」
それはお姫様抱っこという形となった。
碧は可愛らしさも無く、ただびっくりした様な反応で慌てていた。誰だって急にこのような事をされれ驚くだろう。
「汗臭かったらごめんな」
「い、いや、そうじゃなくてっ。
んなぁ〜〜〜〜っ」
碧は壊れてしまった。
なぜなら全方位からくる多幸福感が碧を物理的にも包み込み、更にはそれに対しての説明も言語化することが出来ずに、もはや何が何だかと頭が変になる寸前となっていた。
お姫様抱っこにも、押し寄せる強烈なまでの蓮の香りも、下から見上げる蓮の顔も。何もかもが幸せすぎて仕方がない。
今までの不幸が全てをひっくり返すかのように塗り替えられていく。
「んじゃ、行くか」
「ふにゃぁい・・・」
これが今碧にできるせめてもの肯定であった。
思考力も全てが奪われているにも関わらず、本能的にその一瞬だろうと見逃してはならないと本能に刻み込まれているのか、瞬き1つせず目にハートを浮かべながら蓮の顔を長め続けるのであった。
今からどこに行くのかも分からないまま。




