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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二七〇話 ノック

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 お腹がいっぱいにならないよう気をつけて食べ、俺たちは部屋に戻ってきた。時刻は二十三時を回ったところ。あと三十分で、日付が変わる。


 さっきと同じように未来を俺の隣に座らせ、もう一度【不知火(しらぬい)】を確認する。

 端段市博物館に意識を投ずると、凪さんの【(おぼろ)げ】による防壁と【(いと)】でぐるぐる巻きになった臨世が見える。腕を後ろで交差させるようにして手枷をはめられ、足にも重そうな枷がついている。それらは鎖で繋がれており、一番楽な体勢なのか、臨世は正座の状態から頭を床につけていた。


 臨世の背後で湊さんは石の椅子に座って監視している。両者無言。


 少し意識を広げると、博物館のロビーが見える。誰もいない。今日の当番が霜野おばあさんなのか、師走なのか、それともご家族なのかわからないけど、どうか避難指示に従っていてくれと願う。


 動きのない端段市博物館から目線を高く上げていく。博物館を中心に一キロ、二キロ……。【不知火(しらぬい)】を通して見える、電気のついた家の多さ。(とこ)に就いて消えている家もあるだろうけど、かなりの確率で光が漏れている。それが住民の存在をわかりやすく伝えてくる。


 端段市に隣接するほかの町は暗い。人間が汚した空気の中でも、周囲が真っ暗であれば見たこともないほどの星々が空に散りばめられているのがわかる。――端段市は吹雪なのに。俺たちがいる宿周辺も真っ白なのに。臨世が関係するその地域だけが吹雪いているような光景だった。


 周囲の監視を継続して、俺は睡眠阻害ガムを噛む。十二時間は眠れなくなる眠気対策の最強ガム。凪さんに頼まれて、板状のガムを一枚凪さんにあげる。睡眠を必要としない紫音以外のみんなからもねだられ全員に一枚ずつ渡す。残り一枚になったところで、俺は閃いた。


「未来。これケトにやったら起きねぇかな」


 ずっと眠ったままのケトを俺はキューブ内の空間から出してやる。すーすー寝息を立てているあたりにガムを近づける。鼻がないので、口にペチペチ当ててみる。


「起きる……かも。でも喉詰まらせないかな」

「やばそうだったら引き抜こうぜ」


 小さく開いた口の中に強引にガムを入れてみる。早く起きてほしい一心での行為だったが、口内に入ってきたガムをケトは噛むことなく、無意識状態で食べ物と判断して飲み込んだ。噛まずに、ごくんっと喉を鳴らして飲み込んだ。


「……ガムって消化できないんだよな」

「そう……なこと聞いた気がする。でもケトっていつも食べるだけでなにも出さないし……」


 排泄機能のない死人が食べたものがどこへ行くのか、消化困難なガムを前に俺と未来は真剣に考えた。

 深夜零時を回る。時間は平和に過ぎていく。二時に差し掛かろうとしていた。


「誰だ」


 緊迫した流星さんの声がしたのは、そのころだった。

 俺は目を見開いた。気配がしない。【不知火(しらぬい)】に反応はない。だけど流星さんだけじゃなく凪さん、ユキさんも瞬時に戦闘態勢に入った。そこでようやく、部屋の前の廊下に何者かが立っていることに俺は気づく。


 ――なんで。


 未来を後ろに庇って、俺もいつでも攻撃できるよう【大賢(たいけん)(やり)】を持つ。切先を扉に向け、その奥にいる気配に集中する。

 なんで、こんなに近くに来るまで接近に気づかなかったのか。そこにいる何者かは、まるで人間のように、扉を軽くノックした。


「……国生です。夜遅くにすみません、誰か起きていますか」


 俺の後ろで、未来が「え……」と声を出す。俺も、警戒は解かないまま思考する。

 扉越しでくぐもってはいたが、確かに国生先生らしき声だった。だけど、本当に先生なのか。先生のふりをした何者かの可能性。現在、六月七日。顔の見えない相手を警戒するには十分だった。


 構えたまま凪さんに目配せをする。信用しないでください、という無言のお願い。俺の反応をまず確認してくれた凪さんはこくりと頷いて、両手の指に【(いと)】を作り出す。


 精鋭部隊リーダーの意向に従い、ユキさんは自分のキューブを介して外にいたリイとマユを部屋の中で顕現させる。ポケットに入れていたダイスを取り出し、人形(ドール)をすぐに呼び出せるよう手の中に隠す。


 リイとマユは、通常時は子どものように小さいが、戦闘となると身体が大きくなる。いつもの三倍ほど――ヘンメイよりもさらに大きな体躯になり、可愛らしかった少女の顔が獣に近くなる。おでこにある朱雀の模様がよりわかりやすくなった。


 コン、コン。再確認のノックが鳴る。

 未来が俺の服の裾を掴んでくる。


 流星さんは自分の手に爪を当てて傷をつける。盛り上がってきた血液を空中に漂わせ、【血管伸縮(けっかんしんしゅく)】――ピンク色の血管をいつもみたいな棒状ではなく、毛細血管みたいに網状にして俺と未来の前方と上下左右を守ってくれる。背中側には雪見障子があり、そこを壊せばすぐに外に出られる。逃亡のためにそこだけは開けてくれている。


 戦闘はあまり得意でない紫音は、ユキさんの背後に回るよう指示された。


 コン……と、一度だけノックの音がする。最後の確認のように少し時間をおいた。

 カチャン。鍵が、開けられる音がする。


 ――マスターキー。


「失礼します」


 一声かけてから扉が開かれる。

 警戒が頂点に達し、全員腰を低くした。瞬間、妙な感覚に苛まれる。

 槍を持つ自分の手が、動きが硬くなった気がした。

【第二七〇回 豆知識の彼女】

リイとマユは本当は大きい


北海道に来て、木の上でじゃれ合っていた大きなうさぎの死人がリイとマユでした。そのときは戦っているわけではなく上着の取り合いをしていたので、単なる巨大化のみ。戦闘になるとわかっていれば、全力を出せるように獣の見た目も強くなります。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 壊れた先生》

扉を開けて入ってきた人物は。

どうぞよろしくお願いいたします。

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