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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二六九話 エネルギー

隆視点に移ります。

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 二十二時を回った。いつでも戦えるよう戦闘服を着たり、畳に新聞紙を敷いて靴を履いたりしても、ありがたいことにまじないは発動しなかった。たぶん、司令官との通話によって全員の意識が戦闘に向いているからだろう。

 俺の様子を見ながら、みんなも戦いに向けて準備をしてくれる。


「司令官、私の両親が原因だってわかっても問い詰めたりしないんだね」


 そばにいてほしいとお願いしたことで、俺の横で三角座りしている未来が呟いた。


「なにか言われると思ってた。本当に心当たりはないのか、なにもわからないのかって」


 左腕に張り付いたキューブを撫でている。かすかに翡翠色に光るそれが、未来の指を照らしている。


「ほんとに知らないって、司令官はわかってたんじゃないか」


 警戒しすぎて参ってしまわないよう、俺と未来の間に灯した【(なご)みの(ほのお)】から金木犀の香りが広がる。部屋の隅に陣取る流星(りゅうせい)さんには届かないけど、近くにいる凪さんやユキさん、紫音にはほんのりわかるくらいの優しい香り。


「だいたい、知ってたら未来はもう言ってるだろうし」

「隠し事してるかもよ?」

「ないない。お前は隠し事は上手くても良心痛めないでいられるやつじゃねぇよ」


不知火(しらぬい)】の糸の感覚に意識を向けながら全力で否定すると、凪さんがふふっと笑った。


「間違いないね」

「ほらな?」


 こたつの上のみかんを取って凪さんはうんうんと同意する。


「そうかなあ」

「そうだろ。罪の意識に耐えられなくなって自白するに決まってる」

「言われたってみんな戸惑うだけかもしれないけどね。お、赤ちゃんみかん」


 皮を剥いて半分に割ったところに小さなみかんを発見した凪さんは、どうぞと言って未来に差し出した。可愛らしいサイズに未来の顔が綻ぶ。


「あんなにあったのにもうないね」


 カゴいっぱいに入っていたみかんが残り二つになっているのを見ながら未来は赤ちゃんみかんを口に入れた。


「流星がいっぱい食べちゃうから」

「あ? なんか言ったか」

「食べ過ぎだって言ったの。好きなのは知ってるけどさ」


 腕を組みながら壁に背を預けて座る流星さんは、「うまいのがわるい」と悪びれる様子もなく目を閉じた。

 また無言の時間が訪れる。落ちついて話す裏側で、常に緊張が付き纏う感覚。静かな部屋に暖房の音が響く。ぐぅ、と割って入る音があった。


「……すまない」


 言わなければみんな知らないふりをしただろうに、ユキさんは正直に自分のお腹の音ですと告白した。なんとも言えない表情を手で隠すユキさん。その膝の上にちょこんと乗っている紫音は振り返って笑った。


「バー一つじゃ足りないんだよ。僕のも食べる? 兄さん」


「いい。紫音が食べろ」


「僕はお腹空くわけじゃないし。あ、でもせっかく食べるならご飯のほうがいいよね。おばさんがお米炊くだけ炊いてあるから、冷蔵庫のなんでも使って食べてくれって言ってたよ」


 全員の視線が紫音に集まった。


「……どうしてすぐに言わない」

「えと……言い忘れてた、です」


 司令官が言っていた最終避難の一つ前、夕方に出る便で女将さんや仲居さんはここ『湧水(ゆうすい)』を出たらしい。そのためご飯はないものとして、俺たちは一本あたり一食分の栄養が摂れる『たべるんバー』を食べたわけだけど。どうやら食堂にはユキさんたちの叔母である女将さんからのプレゼントがあるらしい。


 バーは栄養はあっても心と腹は満たされない。緊張がほんの少し鳴りを潜め、全員嬉々として食堂に移動した。



「あー……、塩にぎりさいこー……」


 手早く握られて出てきたピカピカの塩にぎりを頬張って、俺は至福に身を委ねる。時間が遅いこともあり、おかずは作らずいろんな具材を駆使しておにぎりを作ってくれる凪さん。中でも塩にぎりがやたらめったらうまい。土屋家秘伝の塩にぎりにそっくりだった。


「よかった。ずいぶん前に由香(ゆか)さんから教わってたんだけど、忘れてないか心配で」


「いつの間に弟子入りしてたんですか」


「お泊まりに行く日に少しずつ。二人が好きなハンバーグも教えてもらったけど、あれだけはどうしてか同じ味にならないんだよね」


 食卓に並べられた十種類のおにぎりから一つとって、凪さんはなんでだろうと言いながら口に入れる。


 凪さんの右隣にいる流星さんはガツガツ音が鳴りそうな勢いで食べていて、左隣ではユキさんが静かにゆっくりと味わっている。紫音は明太子と昆布の二種類の変遷を取り込んだのち、臨世のところにいる湊さんに持っていってくれた。


 この数日、湊さんへの食事は基本的に紫音が届けてくれている。渡したらすぐ帰ってこられるように、臨世の影響を受けないように。

 二十四時間ずっと臨世と一緒にいなければならない湊さんは、数日の間に少し痩せて見えるそうだ。やつれている――というのが正解なんだと思う。


「帰ったら……」


 頬を桃色に染めて、美味しく食べていた未来が呟いた。


「帰ったら、由香さん特性ハンバーグだって。寝そうになりながら言ってたから覚えてないかもしれないけど」


 俺たちが東京を出た日の約束。頑張れと、ほとんど寝ながら未来は応援されたらしい。

 三角おにぎりのてっぺんをいただいて、未来は決意の表情で言った。


「帰らないとね、ちゃんと」


 そのままぱくぱくと食べていく未来に、みんなが優しく同意してくれる。

 だな、と俺も相槌を打って、三個目のおにぎりを手に取った。

 調整できるように小さめに握られたおにぎりがみんなの胃に入っていく。エネルギーに変わる。

【第二六九回 豆知識の彼女】

由香さん特性ハンバーグは家族への愛が隠し味


料理上手な凪にも真似できない由香さん特性ハンバーグ。みんなへの全力の愛をぶっ込んで、その後めちゃくちゃ力入れてこねています。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 ノック》

六月七日。当日を迎えます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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