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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二六八話 司令官の決断

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


『ではこれより、本日の報告および今後の作戦会議を行う』


 二十一時、予定どおり開かれた四十万谷(しじまや)司令官との話し合いの場。昨日、一昨日と同じくこたつに入ってのんびりムードで始まった。


『だがその前に、こちらから知らせておかねばならんことがあってな』


国生(こくしょう)先生のことですか」


 きっちり仮眠をとった隆は、前のめりになって聞いた。


『ああ。身体はもう全く問題ないらしいが、やはり精神的に不安定とのことでな。私も様子を見にきているのだ』


 司令官は現在、あいか先生が運ばれた病院から通話をしているらしい。先ほどまで顔を合わせて話していたという。


『本部にいたら安全なのにと怒るぐらいには、まあ元気ではあったが。今後は臨世に会わせるべきではないと私は判断した。本日をもって、千番と結衣博士は遠征から離脱させる』


 異論はなかった。先生がこれ以上しんどい思いをするのは、私も、きっとここにいるみんなも嫌だ。


「司令官。あの人はともかく、結衣博士の帰りの安全確保は……」


『問題ない。最終の避難民とともに、十番、十一番の護衛のもと二人一緒に帰還させる。心配はいらん』


 凪の問いに司令官は即答した。


「未来。十番、十一番って?」


 司令官の『最終の避難民』という言葉に私が疑問を持っていると、隆が耳打ちしてきた。けれど、私もなんとなくしか思い出せない。確か、家族全員、一気にマダーとして選ばれた人たちがそれくらいの番号にいた気がするけど。


「精鋭部隊の残り二人だよ。じいと荻野(おぎの)(しずく)


 雪翔さんが微笑を浮かべて答えてくれる。隆が首を傾げた。


「じい?」

「うん、じい」

「あだ名ですか」

「いいや、名前。雫の祖父で、最初の挨拶からずっとじいって名乗ってるおじいちゃん」


 それは、名前ではないのでは。


「……歳は」

「七十――」

「「は!?」」


 まさかの年齢に、私まで隆と一緒に声をあげてしまった。こういう話し合いの場で発言はしないようにしてるのに、どうしても興味を惹かれてしまう。


「前線で暮らすようなワイルド一家だから、二人は会うことないかもしれないな」


 つい教えてしまったけど、基本的に精鋭部隊のメンバーは公表NGの約束に則って、雪翔さんはそれ以上教えてくれなかった。実力は申し分ないから大丈夫と笑う。


「話がそれました。すみません、司令官」


 凪が仕切り直す。私と隆もハッとして姿勢を正した。


『先ほど言った避難民の件だが、一番と四十一番にはまだ話してないか』


「はい。完了するまではと、ひとまず伏せています」


 凪の返答に司令官はそうか、と答える。カップを口に運ぶ。たぶん、いつものお仕事用の紅茶だ。


『……先日の、四十一番が危険な状態に陥った次の日。弥重(みかさ)と相談して、前線と呼ばれる北海道全域の住民とマダーを本州へ避難させることにしたのだ』


 初耳だった。ほとんど向かい合う位置に座る凪に私は顔を向ける。凪は小さく頷いた。


『「当日」について臨世の口から教えられたとしても、被害を出さずに済むかわからんからな』


 司令官はいろいろな可能性をあげていく。

『タイムリミット』が時限爆弾で、私だけではなく周りを巻き込むようなものだったとしたら。

 なにかが襲ってくるとして、それが莫大な数で前線一帯を覆い尽くすとしたら。

 ほかにも、未完成ななにかが出来上がる日だとしたら。産月(うみつき)が攻めてくるとしたら――。


『いくら考えてもキリがない。とにかく、どんな事態が起きても一般人は巻き込まぬよう、数日かけて住民の移動を行っている。その最終便が二時間後に出る。そこに、千番と結衣博士も乗せてもらうことになった』


 淀みなく行われる説明を真剣に聞きながら、隆は二時間後……とごく小さな声で呟いた。隣にいる私ぐらいしか聞こえない程度の声量だった。


『ただ、少々困ったことが起きていてな』

「ご飯の問題?」


 紫音君が司令官の画面の上で空中に寝転がりながら聞く。マダーではない司令官には紫音君の声は聞こえない。代わりに雪翔さんが伝えると、司令官は苦笑して『いいや』と首を振った。


『全体で見ればほとんどの避難が終わっているが……端段市(たんだんし)の住民だけが、一向に動こうとしない』


「なっ……!」


 隆が身を乗り出した。


「なんで、どうして端段市だけがっ」


 隆が激しい反応を見せた、その途端。


「いっ……!」


 パキ、と乾いた音を響かせ、隆が右手を押さえた。


 ――まじないの反応……!


「そこどけ、ガキんちょ」


 誰よりも早く、(せい)ちゃんが隆の手当てに入った。【血小板(テープ)】が隆のひび割れた右手にぐるぐる巻きにされる。隆が押し黙ったために、それ以上のひび割れは起きない。血の絆創膏が隆の手にできた溝を癒して、色は白く残ってしまったものの、治癒は成功して崩れるのを免れた。


「あー……マジで心臓にわりぃ」


 ため息をつきながら星ちゃんは畳に転がった。


「すいません、油断しました」

「いいけど……大丈夫かよ」

「おかげでなんとか……。ありがとうございます」


 はー、と隆も大きく息を吐く。まじないの音が聞こえて立ち上がりかけていた凪と雪翔さんも程なくして座った。


「……土地が把握できた。一つ収穫だね」


 犠牲を払って得たものだけど、全員確信を持って凪に頷いた。隆が危険視している状況は、端段市、もしくは端段市が関わる形で行われる。

 隆の体調を確認してから、司令官は話を再開する。


『彼らは皆、口を揃えて言った。季冬(きとう)君が守ってくれるから大丈夫だと』


 季冬――つまり師走のことを、端段市の住民たちは信頼している。


「どうしてそんなことを?」


 雪翔さんが聞く。


『わからん。だが避難指示には誰も従わず、住民全員が残っている状態だ』

「……まずい、ですね」

『ああ。四十一番の反応を見ると、特にな』


 空気が深刻になっていく中で、隆が席を立つ。どうしたのかと思えば、自分の鞄の横に置いていた紙袋からグレーにオレンジ色のラインが入ったマフラーを取り出した。


「師走のお詫びか」


 凪が苦い顔をする。隆はこくんと頷いて、マフラーの端にある雪の刺繍が見えるように持ち上げた。


「司令官。この刺繍についての予想、凪さんから聞いてますか?」


『それを身に着けている人間を、死人は襲わない……という話だな』


「はい。俺もずっと外に出てなくて、首隠さなくてよかったから試せてないんですけど」


 隆が刺繍を見ながら言う。


「もし本当にそんな力があるんだとしたら、端段市の住民が師走を崇拝しててもおかしくないなって。危ないから逃げろって言われても、死人がめちゃくちゃいる土地でこれまで普通に暮らしてたことを思えば、大丈夫だって思っちゃうんじゃないかなと」


 それなら季冬君が守ってくれる、なんて言葉の意味も理解できる。隆は説明しながら、マフラーを見て複雑な顔をしていた。


「……実際のところは置いておくとして。とにかく住民が動いてくれないんじゃ危険すぎる。死人には襲われなくても、未来を狙うもののせいで巻き込まれる可能性は十分にある」


 凪が腕を組む。私は肩を窄める。


「未来を狙うものが動いたら、俺が端段市から引き摺り出します」


 隆が言い切った。


「そうすれば、住民の安全は確保できる。だけど、いまはできません。いまは、まだ……むしろ動かさないほうが安全なので」


 言えるギリギリまで言ったのだろう。隆は目をすがめて顎をさすった。チリチリと、小さな音がしている。

 司令官が頷いた。


『そうしてくれ。あの人たちは、恐らく誰がなんと言おうと動かん』


 ふー、と司令官もため息をつく。お互いに言うべきことを報告し合い、全てを終えると無言の時間が訪れる。


「そういや、司令官はどうすんの?」


 話を記録していた星ちゃんが言った。


『どうとは?』

「センセーや博士と一緒に帰んのかなって。それとも誰か護衛つけて先帰るか?」


 俺付き添おうか、と名乗りをあげる星ちゃんに、司令官はふっと笑った。


『私はこのまま北海道に残る』


 沈黙が落ちた。

 誰も、すぐには反応できなかった。数秒経って、星ちゃんが「いや……」と言葉をこぼす。


「いや、いやいや。ダメだろ。司令官は帰れよ、危ねぇし」


「そうです、司令官。僕らもどう動くかまだ考えているところです。支部には谷川(たにかわ)君の『まもるくん』があるとはいえ、なにが起こるかわからない以上、確実に守れるかどうか……」


 星ちゃんに続いて凪、雪翔さんまで「俺も反対です」と意見する。


 本部と各支部には(いつき)が作る小型防御兵器『まもるくん』が備え付けられている。マテリアル以上、超強化マテリアル未満という防御力を持つそのメカを去年学校で見た私は、その効果をとても頼もしく思う。それに加えて超強化マテリアルで建てられた支部。


 とても安全に思えるけど、相手がどんなことをしてくるかわからないなら絶対に安全だなんて誰も約束できない。いくら守りに特化した要素を組み合わせても足りない。


 精鋭部隊三人から「帰れ」の言葉を受けて、司令官は困った顔で笑った。


『話を、してみたくてな』


 俯き加減だった隆が、顔を勢いよく上げた。


『なにもわからないからこそ、私も同じ場所で見ていたい。四十一番が師走を助けたがっているのも気になる。現場にいなかった私には知ることもできないが……交渉の余地は、あるのだろう?』


 私には無謀としか思えない司令官の考え。けれど隆は、強い味方を得たことで生き生きし始めた。


「繋ぎます」


 覚悟を決めた声だった。


「司令官が師走と話せるように。目の前の一つひとつ、絶対に乗り越えてみせます」


 司令官は大きく頷いた。


『だが忘れるな。お前は一度殺されそうになった。周りの皆も心を痛めた。それでも助けたいと訴えたからこそ、私はお前を信じて平和的解決を望む』


 厳しい声色で、司令官は忠告する。


『私が無理だと判断した場合、もしくはここにいる誰かが話し合いなどできないと感じた場合は即刻、敵と認識し、一切の同情を禁ずる。己の命と相手の境遇を秤にかけてはならん』


 反論できない雰囲気に、隆は黙って頷いた。緊迫した空気の中、司令官は柔和な笑みを浮かべる。


『産月が我々の考えていたような話の通じない生き物ではないのであれば、死人と同じくともに生きる道を考える。必要ない戦争で子どもが血を流すのは、私はもう見たくない』


 隆の見てきたものを信じる司令官は、力強く笑った。


『頼りにしているぞ、土屋隆一郎。一番をしかと守り、我々に道を切り開いてくれ』

【第二六八回 豆知識の彼女】

司令官、支部のみんなからも帰れコールをされていた


危険とわかっている場所に最高責任者をいさせてはいけない。ということで、万里支部長はじめ、みんなからダメダメと言われました。それでも司令官は全てを見たいのです。すべては今後のために。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 エネルギー》

隆視点に移ります。

腹が減っては戦ができぬ。

どうぞよろしくお願いいたします。

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