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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二六七話 変化

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 ゆっくりとお風呂に浸かって、一人反省会をした。長風呂になって真っ赤になった肌に服を重ね、凪から貰った【Blessing(加護)】の力を持つネックレスを内側に入れる。髪を乾かして、部屋へ繋がる優しい踏み心地の廊下を歩いた。途中、雪翔さんの部屋の前を通る。


 ――起こしちゃダメだよね。


 反省のせいか、心細い。部屋の扉に目をやる。中から音は聞こえない。

 ――ぺち。

 紙で叩かれたような、全く痛くない刺激が左頬に入った。なんだろうとキョロキョロ周りを見る。誰もいない。またぺち、ぺちと刺激を受ける。ついさっきまではなにもなかった扉の前、数本の【不知火(しらぬい)】の糸が、ほんの少し燃えているのが見えた。


「隆?」


 起きているのだろうか。軽くノックをしてみる。返事はない。ドアノブを回すと簡単に開いて、鍵はかけていないことがわかった。そっと覗くと、布団にくるまっている隆を発見する。静かに入って扉を閉める。隆の目がうっすらと開いた。


「お前……どっか行こうとしたろ」


 眠そうな、もうほとんど寝かけの声だった。


「前とは違う心持ちだったもん」

「……なにが」

「前は、それで解決するならどうでもいいやって思ってた。でもさっきは、生きるための挑戦だった」


 扉の前で吐露して、隆の反応を待つ。隆はぼんやりしている。薄く開けた目が、時々耐えられずに長い瞬きをする。


「……いまは、あんな無茶な考え方してない。私がいなくなったら、隆がゾンビになっちゃうらしいから」


 だからきちんと帰ってくるつもりだったと、やばいと思ったらすぐに帰れるようにするつもりだったと言い訳じみた言葉を繋げていく。顔の下半分が布団に埋もれている隆は目を閉じた。


「だったらなおさら……俺に言えよ」

「……ごめん」


 怒ってるのか、安心したのか、表情が見えず眠気を堪えた声からはわからなかった。


「……未来」

「うん?」

「俺、お前に謝んなきゃで……」


 なにを言っているのかギリギリわかるくらいの声。近くに行こうと部屋に上がらせてもらう。通りかかったゴミ箱に、あいか先生が飲んでいたのと同じ睡眠薬の袋が二つ入っている。飲む数で眠る時間を管理できるんだと昨日凪が教えてくれた。隆が持ってるのは見たことがない。あいか先生からもらったんだろう。

 隆の横に腰を下ろす。隆は瞼を開けていられない。


「現場に立ち会って……未来も、こんな気持ちだったんだなって」


 掠れた声を聞こうと、前のめりになる。


「生死の境目を……見てるしかできねぇってのは、苦しいなと思って。だから……ごめん」


 懸命に話しているのは、師走(しわす)にやられて帰ってきた日のことのようだった。返事ができずにいると、隆は頑張って目を開ける。私を見た。


「全然、わかってなくてごめん。謝らせてごめん。つらい、思いさせて……ごめん」


 隆はそれからすぐに目を閉じた。もう薬に勝てなくなったんだろう、寝息をたて始める。枕元には、十二時間は眠れなくなるあの睡眠阻害ガムが置かれていた。仮眠をとって、今夜は寝ないつもりらしい。


「ごめん隆。私いま、すっごく酷いこと思ってる」


 返事のない幼なじみへ――いや、ずっと前からただの幼なじみとは思っていなかった大事な人へ、私は本心を告げる。


「たぶんね、隆があいか先生に対して思った怖い悲しいって気持ちよりも、私が隆を失いそうになって感じた気持ちのほうが、ずっと大きかったよ」


 大好きな人を失う恐怖と、身近な大人を失う恐怖。その二つが同じだとは、私には思えない。あまりにも残酷で、隆にも、あいか先生にも、とても言えないけれど。

 安眠してもらうために部屋を出る。静かに廊下を歩いていると、お風呂セットと一緒に持っていた携帯からバイブ音が鳴った。(りん)ちゃんだった。


[でもアタシ意外だった。未来ちーはつっちーのこと普通に恋愛的に好きと思ってたし]


 返事をしようとして、追加でメッセージが送られてくる。こちらは加奈子(かなこ)から。私を含めて三人だけのトークルームで、先日の隆の告白の件について二人は盛り上がっている。


[それ私も思った!]

[だよね!?]

[うん! 両方早く告白すればいいのにってずっと思ってたもん!]


 返事はしなくていいと言われたとはいえ、どうしても気になって平常心じゃいられずに頼れる友だちに相談してしまったけど。冷静になってからは、許可も得ずに言ってしまって隆に申しわけなくなってきた。


[迷惑になるって思ってたから、考えないようにしてた]


 いまだに返事を打つのが早くならずに、少し送り返せば二人からのコメントに追われる。せっせと返信しながら、もっと幼いころに抱いた感情が戻ってきているのを自覚する。


 私が隆を、ずっと前から好きでいたこと。

 特別な感情だと気づいていたこと。


 けれどそれを伝えてしまえば、いまの関係が崩れる。この青い瞳のせいでたくさん迷惑をかけてるし、長い付き合いじゃなければ私のことなんて放り出したいかもしれない。それなのにこんな思いを伝えてどうするのかと。


 隆から距離を置かれてしまう可能性や、居心地の悪さで土屋(つちや)家から追い出されたりしたら。隆が私を受け入れてくれたとして、『化け物と付き合う土屋』なんて噂が流れるんじゃないかという恐怖。


 いろんな『怖い』が先に立って、私は隆に向けた感情の一切を忘れることにした。なにもなかったように、これ以上を求めないようにと、境界線を引いたのだ。

 だから、いまになって戻ってきたその感情に正直混乱してる。私が変化をどれだけ恐れているか、隆が理解してくれていて助かった。


 ――でも……関係が悪いほうに変わるんじゃなくて、良いほうに向かうなら。


 増えてきたメッセージを眺めながら、私は想像する。

 良いほうに――離れることなく、ずっと続いていく関係への変化なら。怖くても乗り切れるかもしれない。お互いが同じ気持ちで、それが本当にずっと続いていくのであれば、もしかしたら……。


 ――離れぇや、離れてぇや、こんバケモン……!


 ゴンッと鈍い音がした。持っていた携帯を落として、足の甲に痛みが走った。スリッパを履いていなければもっと痛かっただろう。じんじんする。


「……っ、はぁ……、はぁっ」


 身体に力が入らない。壁に手をついて、半ば崩れるようにその場に蹲った。呼吸がしんどい。前向きになろうとした私を嘲笑うかのように、あの日の言葉が蘇る。


 ――バケモノ。

 ――やめろ、離せ。

 ――どっか行けや!


 この間【不知火(しらぬい)】で聞いたのと同じ声で、私に向けられたそれらの言葉。凪の【デリート】でわからなくなっていても、強い恐怖のせいで時々思い出してしまう。あのときの直君の表情。恐怖、困惑……絶望。


 ――あかんわ、相沢(あいざわ)ちゃん。ごめん、ほんまごめんやで。


 私の目の前で、彼は瞳を青くさせていった。あのときはなにが起きたのかわからなかったけど、捕縛されて研究が進むにつれて、人の意思が死人(しびと)化するケースがあるのだとわかった。


 私が心の落ちつきを取り戻したころ、凪は様子を見ながら教えてくれた。

 彼が捨てたもの。それは、庇護欲。

 私を守りたい、そう思ってくれていた直君は、隆が転校していなくなった三日後、突然私をバケモノと呼んで、私の手を振り払った。そのときに捨てた庇護欲が死人になって、その力を最大限に使うために、直君は自分の身体を完全なる死人に変えてしまった。


 ――【デリート】……【デリート】お願い、早く隠して。


 彼の声を。表情を。この青い瞳に一目惚れしたなんて冗談で笑わせてくれた友だちの変わっていく様子を、早く。


「あ……」


 服の上から水晶のネックレスを握りしめて待っていると、一つ、思い出したくないことを完全に思い出してしまった。


「……なんや。自分やん、あれ言ったの」


 記憶がまた閉じられていくのを感じながら、私は自分のたちの悪さにうんざりした。


 思い出したのは、『人間でないモノとして、ひとりで生きていかなくちゃいけない』というあの言葉。

 直君が言ったのか、臨世になってから言われたのか、隆は知りたがっていた。そうだ、どちらも違う。あの言葉は――私が自分自身に向けて言ったのだ。


 人を人でなくしてしまう自分。

 人とは違う見た目の自分。

 誰かが一緒にいてくれるなんて思うな。期待するからこうなるのだと。


 心がおかしくなったあのとき、入院させられたあの病院で、あの部屋で、私は――自分で自分をバケモノと認めた。受け入れて、今後そう思って生きようと決めた。

 そうしたら、楽になった。


「……【デリート】、すごいなぁ」


 追い詰められた自己暗示さえ誰かの迫害に思わせる。優しいやさしい、消去の技。

 ブブッとバイブ音が鳴る。廊下に転がった携帯から、凛ちゃんの返信が目に入る。


[じゃーとにかく! 帰ってきたらいっぱい話聞かせてね? 過去のことは別に無理して言うことないから。アタシそれよりつっちーの告白の話いっぱい聞きたいわ]


[私も〜! せっかくだからお泊まり会とかしたいね。恋バナとお菓子でオールナイト!]


[おっ! 良いじゃん加奈、それ決定!]


 人はこんなにもスラスラと文字が打てるんだなあと、意識が他方にずれていく。通常の呼吸が戻ってくる。


 ――もしも、隆も直君みたいになったら。


 身体に力を入れて、よろめきながら立ち上がる。額に浮いた汗を拭って、ふー……と息を吐いてから廊下を進む。

 良いほうへの変化ではある。それでも一歩踏み出すには、まだ勇気が足りない。

 あの日どうして直君が変わってしまったのかがわからない限り、私は変化の恐怖から逃れられない。

【第二六七回 豆知識の彼女】

お久しぶりの凛子さん加奈子ちゃん


東京にいるお二人は、学校に行っても大好きな未来に会えずに萎んでおりました。そんなところへ隆に告白されたという未来からのメールにテンション爆上がり。話聞かせろどういう状況だったのってか電話してよ!?って感じの怒涛の返信が来たそうな。ちなみに隆がいないタイミングがほぼないので電話はもちろん未来さんは返信もなかなかできません。許可なしに言ってしまったがために……。


そして、第二章序盤。加藤が未来に言った『一目惚れ』に対し未来さんが嫌悪感を抱いていたのを覚えている方はいらっしゃるでしょうか。未来も覚えてなさそうですけど、答えがここにありました。いろんなことが臨世に関わっております。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 司令官の決断》

谷総理と司令官、隆で話して以降、方針が明らかになっていませんでした。21時から始まるお電話にて、今後の動きが決まります。

どうぞよろしくお願いいたします。

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