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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二六五話 役立たず

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 翌日。国生先生は昨日と同じように凪さんたちと臨世のところへ向かった。ただし、キューブを置いてくるという条件で。紫音に預かってもらい、緊急事態があれば紫音の瞬間移動で持ってきてもらう。その場合も凪さんの許可なく【()る】を使わない。そういう条件で、凪さんは国生先生の同行を許した。だけど、


「いやだよ、あいか! こんな終わり方は、あたし、認めないから!」


 端段市に張り巡らせた【不知火(しらぬい)】から異常を感じ取って、【花火(はなび)】で一息に飛んできた俺は、その光景を見て愕然とした。

 強烈な吹雪によってガラスが割れ、雪と風が容赦なく入ってくる博物館のロビー。濡れた床に仰向けになり、長いアッシュグレーの髪が水滴と一緒に横たわっている。


 心肺停止。血の巡らない倒れた国生先生の横で、結衣博士は泣きながら呼びかけていた。そばにはキューブが一つ転がっている。銀色の光を放っていた、ほぼ白色だった国生先生のキューブ。それが凪さんと同じような、いや、比べ物にならないほど全体が真っ黒に変わっている。

 昨日提案した無茶な作戦を決行したことは、あとから来た俺にもすぐに理解できた。


谷川(たにかわ)様、これを……!」


 いつもは動きのゆっくりな霜野おばあさんが、血相を変えて赤い箱を持ってくる。結衣博士が涙を拭い、それを受け取って早口で感謝を伝える。


「凪君、代わるわ」


 懸命の心臓マッサージで繋ぎ止めていた凪さんを押し退け、結衣博士はパッドを貼り付けるために先生の服をずらす。なにもできず立ち尽くしている俺は、せめて先生の肌を見てしまわないよう顔を背けた。


『電気ショックが必要です。身体から離れてください』


 そんな音声ガイドを、俺は十五年間生きてきて初めて聞いた。

 身体に触っても大丈夫です、という知らせがあったすぐ、ロビーに人が入ってくる。手を繋いで一緒に瞬間移動で飛んできた紫音とユキさんだ。


「紫音、頼む」

「はい!」


 以前【()る】を使ったときにも助けてもらったという紫音の『記憶の吸い出し』によって、死へ向かう先生を連れ戻しにかかる。すぐに紫音の苦しげな声が聞こえてくる。


「くっ……う、うぅ……っ!」


『知』のキューブを持たない紫音の脳では処理できず、片っ端から記憶を捨てていく。臨世から得た情報の数々を選定する余裕なんてない。ただ、吸い出しては捨てていく。


 間違って先生の記憶を消してしまわないようにとユキさんが注意して、紫音は呻きながら返事をする。

 結衣博士が胸骨圧迫を続ける中、心電図を確認する音声ガイドが流れる。その間だけ紫音は記憶の吸い出しをやめ、ガイドに従って再開する。


 全てを取り除いたころ、霜野おばあさんが呼んでくれていたらしい救急隊が駆けつけた。


「頭、割れる……」


 手で額を押さえる紫音に凪さんが声をかけている。【九割謙譲(ほぼゆうれい)】による眠れない体質のせいで、紫音は強い痛みに耐えるしかない。


 動けない紫音をユキさんが抱きかかえ、運び込まれる国生先生と同乗する結衣博士を俺たちは見送る。代表して凪さんが霜野おばあさんに感謝と謝罪を行って、壊れたガラスをキューブで塞いでから病院に向かった。



「なにが……あったの」


 防壁の外には絶対出ないという言いつけを守って、流星さんと宿で待機していた未来が、俺たちが帰ってくるなり震える声で聞いてきた。

 国生先生と結衣博士はまだ病院にいる。全員揃って帰ってこなかったことで、未来の不安はより大きくなっている。


「大丈夫。もう、平気だから」


 未来に答える凪さんは、疲れを隠せていなかった。

 大雪で濡れた上着を脱いで、俺は着替えのためにとりあえず未来を隣の部屋に移す。襖を閉めるまで、訴えるような、教えてほしいと懇願するような青い瞳が俺を見ていた。


 ――迷惑を……かけてしまったようですね。


 暗い目をした国生先生を思い出す。


 ――ごめんなさい。わたしは、ここに来てから、なんの役にも立っていない。負担ばかり、かけています。


 意識を取り戻してすぐの謝罪は結衣博士をキレさせた。怒声を浴びせられ、負担になるから静かにと注意されて小声での叱責に変わっても、先生は謝罪の姿勢を崩さなかった。

 治療台『ノーマ』の上で仰向けになり、足元に設置されたドーナツ型の機械から出てくる優しい霧の治療を受け、泣いて、手の甲で両目を隠していた。


 ――役立たずでごめんなさい。迷惑ばかり……ごめんなさい。


 いつになく弱気な先生に、なにも言えなかった。機械が動くだけの無言の白い部屋で、先生の押し殺した泣き声が静かに響いていた。


 あの場に未来がいなくてよかったと、俺は本気で思う。

 心身ともにボロボロの国生先生を見て、未来が覚悟を決めないわけがない。心中を推察して、未来は臨世のところに行くと言うだろう。

 先生の命懸けの【()る】を、未来は素直に受け取れない。ありがとうなんて、あいつは思わない。口から出てくるのは、ごめんなさい――その一択だ。


「凪、どこへ行く」


 着替え終わった凪さんが険しい顔で出ていこうとするのをユキさんが引き止めた。腕を掴んだ瞬間、凪さんは貧血を起こしたみたいにぐらりと揺れる。倒れかけた身体をユキさんが間一髪で支えた。


「ふらふらじゃないか」

「……ごめん」

「休んだほうがいい。臨世の一件からずっと神経張り詰めてるだろう」

「慣れてるよ」

「普通の遠征とは違う。蓄積した疲労を甘く見るな」


 ユキさんに窘められるも、凪さんは首を横に振る。ユキさんの肩越しに俺を見つめた。


「そろそろ、だと思うから。国生さんもあんなになって、湊の【拘泥(こうでい)】も……もう限界だろうから。急がなくちゃ」


 俺の表情を見て、『タイムリミット』が近いと凪さんは察したのだ。伝えようとしたわけじゃないから、いまのはまじないの範囲外。かといって詳しい内容を伝えられるわけじゃない。凪さんの焦りを俺は取り除けない。


「だったら一層、休まなくちゃいけないだろう」


 ユキさんの手が凪さんの肩を掴む。凪さんよりも少し背の高いユキさんが、凪さんと視線を合わせる。


「一番必要なときに、お前が動けないでどうする。情報は事前に得られるからこそ活きる。もう間に合わないかもしれないなら、しっかり休んで、万全の態勢で臨むべきじゃないのか」


 凪さんの目が、少し丸くなった。ずっと鋭かった瞳が緩んでいく。

 肩から手を離したユキさんは、腕を組んで微笑んだ。


「予防よりも反撃のほうが、お前は得意だろう?」


 凪さんから笑い声が漏れた。俯いて肩を小さく揺らしている。しばらくして顔を上げた凪さんは、不敵な笑みを浮かべていた。

 ――すごい。


「ありがとう、ユキ」

「冷静になったか」

「うん、なった。やっぱり纏め役は僕じゃなくてユキがやってよ」

「ダメだ。俺はいつ長期の睡眠に入るかわからない」


 えぇー、と文句を言いながら笑う様子を見て、俺の足元で転がってる紫音が力の入らない声で言った。


「いつもの隊長だ……」


 これが本来の――俺や未来の前で兄貴面しなくていいときの、凪さんの本当の顔なんだろう。

 笑う凪さんの後ろ、襖ががばっと開いた。


「着替え終わったか」

「聞いてから開けようよ」

「わいわいしてんだからもういいだろうと思って。一応ガ、キん……未来はあっち向いてくれてるけど」


 どうしてもガキんちょと言いかけるのを止められない流星さんは、もういいぞと、こちらに背を向けている未来に呼びかける。


 ちらっと確認してから俺たちのほうへ寄ってくる未来と流星さんに座ってもらって、()()()()()()()()()()があって先生と結衣博士が病院にいることを告げた。

 北海道に船で来たときと同様に、そこには一日中マダーがいる。超強化マテリアルでできた建物で、安静にしていれば危険はほぼないと説明した。


「マジで大丈夫なのかよ」

「ダメだったらもっと深刻に話してるよ」


 嘘がつけない流星さんを警戒して、なにがあったか教えないよう俺たちは言われている。未来に知られたくないため、流星さんにも先生の詳しい精神状態は伏せられた。


「あいか先生のキューブは、白色。……昨日、紫音君に渡したのは、同じ白色の、政府が作った偽キューブだったの?」


 トラブルの内容を詳しく教えてもらえなくてもきっちり理解する未来は、一つだけ聞かせてと言って質問した。俺は凪さんの顔を見る。凪さんは数秒考えるように視線を下げて、それからこちらを向いて頷いた。

 俺は自分のズボンのポケットから一つのキューブを取り出す。博物館で拾っておいた、もう真っ黒になってしまった先生の『知』のキューブを。


「預かっててもらえないか」


 独断で、俺は未来に差し出した。


「私でいいの? 返さないと思うけど」

「それでいいよ。こんなこと、二度も起こさせちゃいけない」


 今回はみんなの迅速な対応と紫音の【九割謙譲(ほぼゆうれい)】があってなんとかなった。だけど、次はわからない。先生の性格や気持ちを考えると、返してしまえば同じことを繰り返すだろう。自責の念が強い者同士、未来に預けておけば、絶対に先生には渡らない。


「凪さん。俺、夕飯の前まで仮眠とってきます」


 話し合いが終わったあと、俺は凪さんに声をかけた。ユキさんの部屋を使わせてもらうと話すと、『タイムリミット』を察してくれている凪さんは真剣な表情で頷いた。


「お前が寝ている間、なにかを恐れる必要は?」

「大丈夫……だと思います」


 正確なところは俺にもわからない。師走が伝えてくれた予定を信じる俺は、それに合わせて動くしかない。『たぶん』と俺が思えているうちは、まじないも発動しない。境界線がわかるようになってきた。


「わかった。なら僕らも交代で仮眠をとる。何時までにみんなを揃えようか」


 答えられず、俯いた。


「二十一時、司令官から連絡が来る。それまでに全員部屋に集合……いい?」


 ――ああ、凪さんも、まじないの影響を受けない質問の仕方に慣れてきてる。


「はい、大丈夫です。……未来には、先に言ってあるんで」

「あの子は眠れないかもしれないね」

「それでも、少しは休んでてもらいたいです」


 いつ、どんな状況で臨世が暴れ出すのかわからない。俺が間に合わなくても抵抗できるだけの体力は温存しておいてほしい。


 畳の廊下を一人で歩きながら、俺は事前に施しておいた糸状の【不知火(しらぬい)】をチェックする。博物館はもちろん、端段市一帯とそこに隣接する地域、この宿までを透視、盗聴、攻撃が可能。

 現在の臨世は、湊さんに向けて罵詈雑言を浴びせ、拘束状態から抜け出そうとしている。


「頼みます、湊さん」


 俺の遠征用バッグに未来が入れてくれていた救急セットの包帯を、できるだけキツく左腕に巻きつけていく。ユキさんから教わった常時展開はまだ完璧じゃない。なにかの拍子で外れてしまわないよう、しっかりと自分のキューブと腕を密着させておく。

 未来が臨世に襲われる六月七日まで、あと、七時間。

【第二六五回 豆知識の彼女】

あいかの【()る】は一瞬


三章で行った凪、流星、あいかでの記憶の共有は、あいかが二人へ分散させるためのひと手間が必要でした。でも今回は自分一人だけだったので、記憶を【()る】のは一瞬。凪たちが止める間もなく技を使い、パタリと倒れたあいかを臨世の前から離して救命処置をしておりました。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 みんなの気持ち》

未来視点に移ります。

あいかの無茶を知った未来の行動。

どうぞよろしくお願いいたします。

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