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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二六一話 約束

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 臨世との話は、今日もきっちり二時間で終わった。

 臨世は序盤こそ弱々しい態度をとっていたものの、残り時間が短くなるにつれて言動の激しさを増していった。おそらく、長い間会話ができないとわかっているのだろう。


 初めのうちはダメージを抑えるためにしおらしくして、しばらくするとお返しのように暴言と嘲笑を吹っ掛ける。

 自分が気にしていること、後悔していること、誰かに聞かれたくないこと――口にすることは様々だったけど、言われた先生たちの顔色が徐々に悪くなっていった。


 それは例えば、子を守るべきはずの母がなんの行動も起こさなかったとか。例えば、一生消えない傷跡を作った責任と羨望だとか。子を愛しすぎる親、精鋭の中で一番弱い、どこまで知ってるんだと怖くなるほど、相手の嫌なところを臨世は的確に攻撃していた。

 そういう言葉は、自己嫌悪や後悔が強い人ほどよく効く。


 ――家庭の話に触れられんのはそんなに嫌か? え?

 ――うるさい、黙れ! 記憶を共有しているだけで、わたしたちのなにも知らないくせに……!


 落ちついていた国生先生が、制限時間の半分を超えたあたりから【()る】を使えなくなるほど心を乱されていた。目を吊り上げて大声で反論して、臨世を囲う防壁を壊そうとする。


 もちろん、凪さんの作る光の壁が壊れることはないけど……あんなに取り乱した先生を俺は初めて見た。


 先生を庇うように凪さんが背中側に隠して、臨世の口と鼻を【(いと)】で削ぎ落とす。その間に先生を外に出した結衣博士の判断は完璧だったと思う。なにしろ、そのころには湊さんの【拘泥(こうでい)】も効きにくくなっていたから。


『理不尽を跳ね除けるスキル』がある臨世にとって、臨世の行動を無理やり制限する技も『理不尽』とみなされる。臨世が立ち上がらないようにするのが精一杯。『ひれ伏せ』のような屈服させる言葉はもう効かない。


卯月(うづき)が……」


 未来がぽつんと言った。


「卯月が、毎日直君の夢にいた理由、わかってよかった」


 ぼんやりとする未来の視線の先を追う。ポスターのある壁だった。


「いつ直君が眠りから覚めても、すぐには私を襲えないよう毎晩催眠をかけていた……って。そんなに前から、私は守られてたんだね」


「……うん」


「どうしてだろうね。隆に夢で教えたり、仲間の情報をくれたり……」


 三角座りをして腕を組み、未来は顔を(うず)めた。


「死んじゃったのかな、あの子」


 くぐもった未来の声に、俺は答えてやれない。

 卯月は、未来が目指している人と死人が共存する世界を見たかった。未来の優しさを誰よりも感じ取っていた。師走が怖がって踏み出せない理想の世界。卯月は己の身を使って未来に道を与えてくれた。


「……また会えるよ」


 呟く。確信ではなく、きっとそうなるよという希望のように。


「今度会ったら、お礼を言ったらいい。俺も、いっぱい感謝伝えたい」


 次に会う卯月は、俺たちの知ってる卯月ではないけれど。それでも伝えたい。

 未来はそれから黙ってしまった。なにも言わず、畳の上に寝転んだ。俺も隣で仰向けになる。頭の下で手を重ね、天井の模様を眺める。


 未来は、自分が狙われる原因が親であることも、臨世が会いたいと懇願していたことも、忘れてはいけない『未来を傷つけるために死人になったのではない』という主張のどれも話題にしなかった。

 ただ静かに横になって、俺に背を向けている。考える時間が必要なんだ。


 ――ここに来てくれたら、『当日』のことも死人のことも全部話すから。産月が何者なんか、『あのお方』がどうやって生まれたんか、『継承者』がなになんかも全部教えたるから。


「……行かせねぇよ」


 口の中だけで呟いて、俺は目を閉じる。先ほど作り出した【熱線(ねっせん)】タイプの【不知火(しらぬい)】を、今度は博物館に向けてではなく、宿を中心にして全方位に作り出していく。目が粗くならないように、慎重に、丁寧に、温度のない糸を増やしていく。


 こうしていれば、どこで誰がなにをしているかがわかる、聞こえる。もし未来が俺に内緒で臨世に会いに行こうとすれば、すぐに止められる。逆に、あいつがどうにかして凪さんの防壁を破って外に出てきたとしても、攻撃して時間稼ぎができる。どこへ逃げればいいかもわかる。


 ――来い、バグ。俺に力を貸せ。


 ロボ凪さんとの最終戦で助けてもらったバグの力を、この【不知火(しらぬい)】で代用する。

 あのときはたぶん、死にかけて第六感が働いたからだと結論付けた。何度も同じ真似はできない。あんなの繰り返していたら未来を守れない。

 だから、最大限の模倣を。あのときの感覚に近い状態を、常時展開(じょうじてんかい)と組み合わせて作り出す。

 未来を守れる術が、一つでも多く欲しい。


「ねぇ……」


不知火(しらぬい)】の糸を端段市に張り巡らせたころ、未来が口を開いた。


「お父さんとお母さんは……私を捨てたあと、『あのお方』に殺されたのかな」


 死人に殺されたと、風の噂で聞いた。そう未来は以前に言っていた。昼間に死人はいないはずなのに、どうして被害は減らないのか、と。


「……可能性はあるな」

「元凶を殺しても、まだ足りないんだね」


 未来の声が、震えていた。


「私を殺しても……怒りが収まらなかったらどうしよう」


 身体を丸めて小さくなっていく。畳が擦れる音がする。


「今度は隆が狙われるかも。凪も、凛ちゃんたちも。私だけで終わらなかったら――」


「未来」


 遮って、俺は怯える背中に強く言う。


「誰も死なない。未来も、みんなも」


 勝手に責任を押し付けられて、なんの罪もない幼なじみは苦しんでいる。


「俺も死ぬつもりはない。怪我くらいは……するかもだけど」


 未来がこちらに向いた。寝転んだまま、潤んだ瞳で睨まれる。


「死んじゃやだ」

「わかってる。俺も嫌だ」

「隆には生きててほしい」

「俺も、未来に生きててほしい。前みたいに笑ってほしい」


 横向きに流れていく涙を優しく拭う。死なないと約束して、どちらからともなく手を握り合った。そのまま、未来の震えが収まるのを待つ。


「なんか、こっち来てからこういう話ばっかだな」


 苦笑いで言うと、未来はかすかに微笑んだ。


「命の話?」


「そう。東京にいたころは、マダーだから死んでもしょうがないってどこか諦めて生活してた」


「毎日誰かが戦死するんだもん、そんなものだよ」


「それ。『そんなもの』だって思ってしまう環境に、俺らは順応してたんだ。まだ当たり前の感覚だって自信持てねぇけど……いまの死にたくない、死んでほしくないって気持ちが、本来マダーには必要なんじゃねぇかな」


 未来は少しの間、口を閉じる。何度か瞬きをして、ああ……と呟いた。


「『国を守るために仲間を殺せるか』。……司令官が隆にした質問思い出した」


「あー……、できませんって言っちゃったやつ」


「嬉しかったって、司令官笑ってたよ」


「よくない答えだといまでもちょっと思ってる」


「いいんだよ、その答えで。隆は自分を持ってるから周りに流されずに済んだ。だからいまも、『当たり前』の感覚を取り戻せる」


 未来は、うっすらと笑った。


「私は、順応しすぎたみたい。『死んでほしくない』はわかるけど、『死にたくない』って気持ちは……もう、思い出せないや」


 ごめんね、と未来は謝ってくる。その軽い口調が、本当にそうであると教えてくる。


「なら、『生きなきゃ』って思ってくれ」

「うん?」

「未来がいなくちゃ俺が廃人になるから、俺がゾンビにならないように生きなきゃって思って生活する。これなら頑張れるだろ?」


 未来は目をぱちぱちさせる。なにか考えるように青い瞳が上に向けられる。少しして、ふふっと笑った。


「いいね、それ」

「だろ。約束な」


 握り合っていた手を一度離して、小指を絡ませて指切りげんまんをする。子どものころ以来だと微笑まれ、いまも子どもなんだぞと笑う。確かにと苦笑する未来と一緒に、昔話に花を咲かせた。

【第二六一回 豆知識の彼女】

特に盛り上がった昔話は、家族みんなで餃子を作ったこと


小学校低学年、未来が土屋家の一員として馴染んだころの話。餃子の餡を由香さんが作って、克明さんがラップを敷いた机に餃子の皮をいっぱい広げて。大きい餃子が食べたくて隆も未来も餡を大量にのせるも、当然、餡が飛び出してきて閉じることができなくて。半べそかきながら作り直したね、というお話。


しょうがないなあと、由香さんはフライパンに皮を広げて餡を置いてさらに皮を重ねて……という、いわゆる包まない餃子を別で作ってくれたそう。自分で作った餃子よりも、そっちのめちゃデカ餃子のほうに二人は飛びついておりました。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 隆一郎の後悔》

隆が東京に行くことになった日のこと。未来が大阪で一人残ることになった理由と隆の後悔。

どうぞよろしくお願いいたします。

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