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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二六〇話 同情

隆一郎視点に移ります。

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 むごい。この一言に尽きると俺は思った。

 凪さんの拷問で損傷した臨世の身体は、時間はかかるがきっちりと再生していく。刻まれては、再生。剥がれては、再生。切り落とされて、血を噴き出して、また再生。見てるだけで腹のあたりが気持ち悪くなる。


 未来の願いが、『聞く』だけでよかったと思う。こんな光景を見て平気でいられるほど、未来は臨世を死人として受け入れていない。ずっと直君と呼んでいることからも、それは確実。拷問と再生の繰り返しなんか見てしまえば、また別のトラウマになりかねない。


「もう一度、聞きます」


 苛立った様子で、国生(こくしょう)先生は臨世に問いかける。なぜ未来が狙われているのか。『当日』とはいつなのか。誰がなにをするのか――。ほかにも聞きたい産月(うみつき)や『あのお方』のこと、死人については脇に置いて、先生は急ぎの案件を質問する。

 ふはっと、臨世が笑った。


『さぁ? なんやろな』


 臨世は笑う。顔の上半分がない、鼻と口だけの表情で笑う。

 死人化した日と変わらない姿。当時、十三歳。声変わりもしていない俺の元親友は、顔がないとやたらと幼く見えた。


『聞いてばっかせんと自分の頭で考えーや。師走(しわす)から助言もらったんやろ?』


 俺は目を見開いた。臨世は『産月』ではなく『師走』と言った。霜野(しもの)季冬(きとう)は産月である、というぼやけた状態から、凪さんたちは霜野イコール産月の師走だと確信した。これから俺は、あの人のことを堂々と師走と呼ぶことができる。


「そうだね。隆一郎(りゅういちろう)経由で助言はしてもらった。だけど、こちら側としては思い当たる人がいないんだよ」


 臨世の正面に陣取る国生先生の横で、凪さんは臨世を見下ろしている。ジュルジュルと頭の再生をする不快な音が【不知火(しらぬい)】の糸を伝ってくる。


『そんなん知らんわ。もうちょい調べーや』


「調べましたよ、昨日、一昨日でとことん。未来さんの亡くなられたご両親の交友関係から、未来さんが土屋(つちや)家に引き取られてからの関係も、全部です」


『二日でなにが調べれんねん』


「ここを管理している人がとっても仕事の早い人でね。頼んだらすぐに調べ上げてくれたよ」


「おっちょこちょいですけど、仕事は完璧ですから」


 国生先生にも認められる『管理人』が誰なのか、俺は知らない。だけど結衣博士が誇らしげな顔をしているので、二人共通の知り合いなのだろう。

 余計な情報は与えないで、と凪さんが咎める。国生先生を軽く睨んでから、凪さんは臨世へ視線を移した。

 そこにいる臨世は、コポコポと音を鳴らしている。ほとんど再生した顔いっぱいに、面白くなさそうな、不機嫌そうな表情を作っていた。


『なんや、もうほとんど答えわかっとるやん』


 全員が口をつぐんだ。


「……どういうことですか」


 少し考える時間をとって、国生先生は臨世に問う。


『どうもなんも、そんままの意味。そんだけ調べてわからんのやったら、あいつらのしたことがまだバレてへんってことや。ホンマにうまいこと隠したんやなぁ……。きっしょ』


「口の悪いガキですねぇ……。わたしが矯正してあげましょうか」


 まぁまぁ、と結衣博士が間に入る。顎に手を添えて考え込む凪さんに代わり、博士が「つまりはぁ〜」と笑顔を作る。


「未来ちゃんが産月に――産月を利用してまで『あのお方』が未来ちゃんを殺そうとする理由は、未来ちゃんのお父さんとお母さんの悪事が関係してるわけだ」


 俺の耳は、しばらく音を受け付けなくなった。凪さんが目を見開いている。国生先生の口が動いて、なにか言ったのがわかる。臨世が立ち上がろうとする。


「『動くな』」


 臨世の後ろにいる湊さんの声が聞こえて、俺の身体も半ば硬直した。対象が臨世だから、感覚だけが残って身体はちゃんと動く。

 驚きから逆に冷静になって、周囲の音が戻ってくる。すぐ隣にいる未来の、短くて早い呼吸音が聞こえた。


「未来――」


 過呼吸でも起こすのではと、未来が持つ糸を俺はむしり取ろうとする。直前で気づいた未来は俺の手から咄嗟に逃れる。首を大きく横に振った。


「大丈夫。大丈夫だから、このまま……」


 眉を寄せ、頻りに瞬きをする。未来は震える手を再度自分の耳の近くへ持っていった。握られている糸から、会話が流れてくる。不安や混乱でいっぱいだろう未来の鼓膜に臨世の声がへばりつく。


『動かん。動かんから、硬直させんとって。苦しいわ』


 逃げられないと悟り、臨世は従順になる。湊さんの【拘泥(こうでい)】の影響から一旦解き放たれて、四つん這いで脱力した。


『【()る】とか拷問よりこっちのがしんどいわ……』


「それはよかった」


『兄ちゃん、弥重(みかさ)君とよく一緒におる人やな? そのニッコニコ顔怖いからやめようや』


 臨世は肩で息をする。呼吸はいらないんじゃないの? と結衣博士が目を輝かせて聞く。臨世の顔には、明らかに疲労が見えた。


『元は人間やったせいかなぁ……、せんと気持ち悪いねん』


「だったら死人になんてならなければよかったんだ。あの子を傷つけるために人でなくなるなんて馬鹿らしい」


 凪さんの悪態に、臨世は弱々しく呟いた。


『ちゃう……』

「なに?」

『ボクは、相沢(あいざわ)ちゃんを傷つけるために死人になったんとちゃう。ただ、ボクは……』


 俺が身を乗り出しても、臨世はそれ以上言わなかった。言いたくないのか、それとも、その理由が『あのお方』に繋がることで言い淀むのか、察することもできない。

 臨世は床に倒れたまま呼吸を落ちつけていく。


『「あのお方」が相沢ちゃんを狙う理由、な。知っとることは、知っとるんよ。元凶が親やってあんたらがわかっても、辿り着けんような深い事情も』


 けど、言わせんといて、と。臨世はさっきまでとは違い全身で拒絶してみせた。勘弁してくれというような、弱々しい『言わせんといて』――。


『人間にもあるやろ、触れられたくない話の一つや二つ。ボクは死人やから、同じ死人の「あのお方」の体験したもの全部わかる。ボクは、「あのお方」に心の底から同情しとる。こればっかりは……ボクの口からは言えんわ』


 臨世は国生先生と凪さんを見上げた。懇願するような、ひどく悲しい顔だった。

 凪さんと国生先生が視線を交わす。次に結衣博士、湊さんへと無言のやり取りをする。どうする? と言いたそうに首を傾げる湊さんに、国生先生は腕を組むことで返事とした。


『なぁ……相沢ちゃん』


 隣で未来の肩が跳ね上がった。未来は勢いをつけて俺に振り返ってくる。俺は瞬時に首を横に振った。

 見えているわけがない。俺たちが聞いていると、あいつにわかるわけはない。呼びかけたのは、この北海道のどこかにいる未来に向けて。独り言のようなもののはずだ。


『なぁ、どっかで聞いとるんやろ、相沢ちゃん』


 未来の呼吸が荒い。耳に当てた手が震えてる。片手で俺の服を掴んできた。


『優しい君が、昨日あんなんになって帰ってきた先生のこと心配せんわけないもんな。自分の責任を、誰かに任せっきりにするなんてこと、あるわけないもんな』


 臨世はゆっくりと顔を上に向ける。視線は俺たちが見ている角度とは交差しない。やっぱり、気づいているわけではない。


『なぁ、相沢ちゃん……ここに来てぇや』


 泣きそうな声だった。


『ここに来てくれたら、「当日」のことも死人のことも全部話すから。産月が何者なんか、「あのお方」がどうやって生まれたんか、「継承者」がなになんかも全部教えたるから。なぁ……相沢ちゃん』


 誰も答えない静かな空間で、臨世は首を垂れた。


『会いたいんよ。なぁ、相沢ちゃん。なぁ……』

【第二六〇回 豆知識の彼女】

臨世の一人称が『ボク』なのは、『俺』から頑張って直したなごり


制作秘話……というか書けなかったというか。臨世の一人称がカタカナなのは一応理由がありました。パラレルワールドのほうに移動してるので、以下抜粋です(第166部分 三章ベース)


「俺って言うなって言われてさ。親に。僕って直してる最中やの。違和感ヤバいけど。どうでもええと思わん? 別に俺でも僕でもさ」


「あーでも、俺の母さんも小学校の間はあかんって言うとったかな。聞かんかったけど」


「聞かへんのかい」


「俺は俺なんです」


「土屋くん家は自由やなあ」


まだ隆が関西弁で喋っていたころ。そしてきちんと親友だったころの会話でした。二人は本当に仲が良かったのです。


※未来の両親について調べてくれた管理人は北海道支部長の万里さんです


お読みいただきありがとうございました。


《次回 約束》

未来がしんどい思いをしたら、隆は絶対に笑顔にさせようとするのです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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