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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二五六話 淀み

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 仲居さんが昼食の準備に部屋へ来た。凪とあいか先生はまだお話をしている。どうしようと迷いながら、とりあえず襖の近くに寄ってみる。会話がところどころ聞こえた。内容は過去の話ではなく、今日、直君としたやり取りの確認のようだった。


「……凪、お昼」


 声をかけると、襖の向こうで誰かが動く気配がした。少しして、襖が開かれる。背の高い凪の視線が私の頭頂部に気づいて、顎を引く。微笑んで、「わかった」と答えた。

 振り返って凪が促すと、さっきと同じ体勢のまま座っていたあいか先生と結衣博士が立ち上がる。食事の準備をしてもらうべく、仲居さんに挨拶をしている。


「ユキ。たばこ、もらえない?」


 邪魔にならないよう隆と一緒に端に寄っていると、凪の半分本気で言ってそうな声が聞こえた。


「未成年にはやれないな」

「……だよね」

「参ってるのは、国生さんにか。それとも、臨世か」


 目は向けないけど聞き耳を立てているようで、隣にいる隆は静かだった。私も同じように聞いているから、やめなさいとは言えない。


「過去は過去だから、もう気にしないって決めてるんだ」


 でも、と小さかった声がさらに小さくなる。続く言葉はよく聞こえない。少し経ってからふっと笑った雪翔さんが、凪の背中をポンと叩いた。


「そう言ってくれて安心した。お前はもっと、わがままになっていい」

「十分わがまま言ってるよ」

「お兄さんはしばらく寝てたからな。凪のわがままはほとんど聞いてない」


 くっくと笑う雪翔さんにつられて、凪は微苦笑を浮かべた。

 一列に並べられた机に色とりどりの食事が置かれる。優しい匂いがする。


「大丈夫だ」


 隣で隆が呟いた。


「ユキさんがいてくれたら、凪さんは大丈夫だ」


 信じ切った瞳で、不安がる私に隆は微笑んだ。夜中の一件から、こうして真っ直ぐ見つめられることに恥ずかしさを感じる。そのたび、隆の顔に残ってしまった傷跡が平常心に戻させる。私は一つ頷いた。


「あいか先生の様子だけ気をつけよう」

「おう。昼から気分転換してもらおうぜ」


 小声でやり取りする私と隆に、ゆらゆらと星ちゃんが近づいてきた。なにかと思えば急に手刀を振ってきて、びっくりして硬直した私のおでこの上で、バシッと音が鳴る。隆の手が手刀を挟んで私の頭に振ってくるのを阻止してくれていた。


「イチャラブしてんじゃねぇよ、このガキんちょども」


 わざとなのはすぐにわかった。

 凪が作り出した光の玉が、するりと星ちゃんの首元を撫でる。「ひっ……」と引き攣った声が漏れ、それから光の玉が星ちゃんの赤いタンクトップの中に入っていく。

 美味しいご飯の前に、凪のこちょこちょタイムが始まった。



 お昼を食べ終えて、湊さんを除く精鋭部隊三人は用意をして出ていった。凪は北部、雪翔さんが西のほう、星ちゃんが、端段市を含む東方面を請け負っている。


 隆が産月にやられた件を考えると、凪が星ちゃんの担当区域と変わったほうがいいんじゃないかという案も出た。でも隆が「問題ないと思う」と一言発したことで予定どおりになった。理由を言えばひび割れるのだろう。それ以上はなにも言わず、だんまりだったため誰も問い返しはしなかった。


「なるほどね〜。じゃあ土屋君はユキちゃんに常時展開(じょうじてんかい)を教えてもらってたのかぁ」


 うつ伏せで斎へのラブレターを綴っていた結衣博士が会話に入ってきた。死人討伐に向かう直前、隆が真剣な顔で雪翔さんと話していたのでどうしたのかと尋ねると、返ってきたのがいまの答えだった。

 常時展開。寝ていても常にキューブを展開していられる、いまだと凪や湊さんがしている特殊なキューブの使い方。


「そうです。また俺が口を滑らせてまじないの影響を受けそうでも、キューブさえ展開していればなんとかなるかもしれないって」


 そばにいる誰かが回復の技を使えた場合、すぐに治せるから安心だということで、雪翔さんから教えられた常時展開の方法を隆は話す。


『緊張は邪魔になる、肩の力を抜け』


『自分の身体をキューブと一体化しているように考える。キューブと人間じゃなくて、どちらも同じものとして扱う。同時に、紙一枚分の隔たりを持つ』


 一体化しているイメージをしつつ、離れたいときには離れられる絶妙なバランスを保つようにと。その意識さえできれば何ヶ月でも展開できる、常に恩恵を与えてくれると言われたらしい。

 私は自然と眉が寄った。言ってることはわかるけど、やろうとすると難しそう。慣れだよと笑ってたらしいけど、雪翔さん自身できるようになるまで数ヶ月かかったそうで、私はできる気がしない。


「そっかそっかー。で、収穫は?」


 ノートを自分の鞄に入れながら結衣博士が聞いた。


「日中だと、ちょっとわかんないです。当番なんかは六時間くらい展開しっぱなしだし、起きてる間ならほぼずっと維持できるんで」


 ほんほん、と結衣博士は相槌を打つ。みかんの皮を剥いていたあいか先生は「なら」と言った。


「試してみますか、気絶」


 拳骨を作ってみせる先生に、結衣博士が悲鳴をあげた。


「ヤダヤダあいかちゃん! それはか弱い中学生にはやっちゃダメ!」

「か弱い……」

「失礼ですよ結衣さん。少なくともあなたよりは土屋くんは丈夫です」

「少なくとも……」


 妙なダメージを受けていそうな幼なじみを宥めながら、あいか先生の元気が戻り始めたことにほっとした。時間を制限したことが良かったらしい。直君に指摘された過去はショックでも、私みたいに自分を見失ってはいないようだった。


 そのまま、他愛もない話が続く。あいか先生はたまに本を読む。結衣博士が必要最低限の仕事をしては伸びをする。紫音君が外の見張りをしているリイと交代するときに声をかけて、【九割謙譲(ほぼゆうれい)】のせいでその姿も声も認識できない結衣博士は返事をできず、しょんぼりするのをあいか先生が慰める。マユはずっと、私の横で『ケダモノ』と称した隆を警戒している。


「聞かないんですか」


 ぽつんと、あいか先生が言った。


「気になるでしょう、今日の臨世との会話。『タイムリミット』がいつで、未来さんになにがあって誰がことを起こすのか、臨世からちゃんと情報を得られているか。あなたは知りたいのではありませんか」


 隆を見るあいか先生は、淀んだ目をしていた。


「わたしに構わず問いただせばいいのに。いまこうしている間にも、未来さんに危険が迫っているかもしれませんよ」


 元気に見えたあいか先生は、元気を取り戻そうと努力していたのだと、暗い表情が教えてくる。無言の時間が流れる。


「知りたいです」


 隆は、はっきりと希望を述べた。


「話せるようなら教えてほしい。卯月(うづき)が教えてくれていたときと違って、俺はいま、相手の動きを知る術がない。外にも出られないから、先生たちが情報を共有してくれるのを待つしかない。……でも」


 言いかけて、隆は口を閉じた。どうしてなにも言ってくれないのか、といった問い詰め方はしない。自分の心境だけを伝えて、あいか先生が話せる状態かどうかを探る。

 私が荒れたときも、きっと隆はこんな接し方をしてくれていたんだろう。怖かったことを忘れるために凪の【デリート】に頼った私には、よく思い出せないけれど。


 ――人間でないモノとして、生きていかないといけない。


 どうしていま、この言葉を思い出したのか、私にはわからなかった。

【第二五六回 豆知識の彼女】

例のたばこはまだ一本しか吸ってない


冗談で隆にたばこをあげようとしたユキさんは、本気で欲しがる凪さんには渡しませんでした。ほとんど残っているたばこをどうしようか考えつつ、凪さんには絶対あげないと誓ったそうな。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 哀怒楽喜》

喜びの死人や楽しみと呼ばれる死人の序列について。

どうぞよろしくお願いいたします。

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