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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二五五話 お母さん

未来視点に移ります。

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


「大丈夫、ですか」


 どう声をかけていいかわからず、大丈夫じゃないのは明らかなのにそう聞いた。あいか先生が、私にゆっくり顔を向ける。


「……ええ、大丈夫です。心配しないでください」


 言葉は繕えても、表情は繕えていない。

 顔が真っ青だった。両手で自分を抱きしめている先生を、結衣博士が支えるようにして部屋の奥に入っていく。その結衣博士からもいつもの明るさが消えていて、少し難しい顔をしている。

 一体、この数時間でなにが――。


「すみません……。ありがとうございます」


 座布団に腰を下ろしたあいか先生へ隆が水を渡すと、震える手で受け取った先生は二口ほど飲んだ。気管に入ったらしくむせてしまって、結衣博士が背中をトントンと叩く。咳が落ちつくと、さっきよりもぐったりとして見えた。


「なにがあった」


 宿の外で周囲を警戒していた雪翔(ゆきと)さんが、戻ってくるなり凪に聞いた。私の隣にいる凪は、あいか先生を一瞥する。


「……過去を知られていた」


 緊張した声だった。


「臨世が言ったんだ。死人は全ての死人と()()()()()()()。誰かが見た光景は、自分の見聞きしていないことでも自分の記憶として保持するんだって。……だから、利用された。僕とあの人との関係は、父の目を通じて臨世に渡ってる」


 理解に時間がかかった。

 凪は出発を少し遅らせるよう雪翔さんに頼んで、隣の部屋へ行って襖を閉めた。私と雪翔さん、星ちゃんがいる部屋に、隆が戻ってくる。追い出されたらしい。


「……父の目を、通じて」


 自分で言葉にしてようやく、凪が以前教えてくれた話と繋がった。死人化した(なお)君に私が襲われてから、数日後の会話だ。


 あの日キューブを展開していなかった私には、傷を治す技は使えないはずだった。なのに凪は、私の腕の傷を塞ぐことができた。なにか特別な方法があるのかと、そう尋ねたときの答え。誰にも……一番近い存在である隆にも、秘密にするという約束で教えてもらったこと。


 ――父は医者だから。僕がどんな傷でも治せるようになったら、それは全てを救える医術になるって。キューブを使っていてもいなくても、どんな大怪我でも治せるようになりなさい。神の力を手にしたお前は、私の右腕となって人を救う義務がある。……そう言って、キューブを持たない一般人を何百人も治療させられた。


 とんでもない話だったのでよく覚えている。

 キューブの力が及ぶのはキューブを展開していたときにだけ、という特性を突破した凪の治療技【ヒール】。RPGの光魔法から思いついたその技は、キューブを使っていない者への処置を可能にさせた。ただし、通常ではあり得ない速度での治療は悪い効果をもたらす。


 痛みで喉から血が出るほど叫ぶ患者たち。小さな怪我なら目立たなくても、私の右腕のように、範囲が広くなればなるぶん効果は顕著になる。


 ざっくりと切り裂かれた細胞を強制的に繋ぎ合わせる段階で、皮膚は盛り上がり、肉が表面に見えているような状態となり、人によっては骨や神経が変形して障害が残る。ちょうど、私が体内で【朝顔(あさがお)】の蔓を神経の代わりにしているように。それらがきちんと機能するよう、凪が微細な【(いと)】で繋いでくれている。


 そうした人にはお父さんが手術で治してきたらしいけれど、私が傷を負う数ヶ月前に亡くなった。


 お父さんは人間に寄生するタイプの死人に襲われて、身体を無理やり死人に変えられた。ちょうどお母さんが仕事から帰ってきて、呆然と立っている凪にはなにも言わず、お父さんを蹴り飛ばして仰向けにさせて、心臓をピンヒールで貫き討伐した。

 神と崇めて普通ではない力で治療させ、凪の心を蝕んでいたお父さんは呆気なく死んだ。


 ――それまで母は、僕を助けようとはしてくれなかったのにね。どうしてこうなるまで放置したのか……寄り添いもしなかったくせに、なんで。


 その後、お母さんは旧姓に戻し、いつの間にか家から消えていた。以降、現在の住居――仕事柄ほとんど帰らない司令官の家で、凪は日々を送っている。


 私への謝罪と、大嫌いだった父の存在がなければ助けられなかっただろうという現実。抑えられない激情。当時、いまの私と同じ十五歳だった凪は全てをぶちまけた。


 それからだろうか、凪がよく隠し事をするようになったのは。私や隆を不安にさせないために、常に笑顔でいるようになったのは。


 ――ねぇ、凪。あのときあなたが話した『お母さん』が、あいか先生だったんだね。


 襖の向こうで、凪の声が聞こえる。会話はよく聞こえない。直君に掘り起こされた過去を挟んで、二人はなにを話しているんだろう。

【第二五五回 豆知識の彼女】

司令官も凪もあまり家に帰らない


二人とも忙しい毎日なのと、司令官は奥さんがいないので家の電気がついてないことが何週間も続くことがあったりします。たまに帰って掃除をすることはあるものの、二人でご飯を食べる機会は一ヶ月に一回あるかどうか。時間が合うとわかっている場合、凪がルンルンでご飯を作ります。

※あいか先生は一人暮らし、ご飯はほとんどコンビニ弁当です。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 淀み》

凪さんにはユキさんが。けれどあいか先生には。

どうぞよろしくお願いいたします。

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