第二五三話 前線の今後
「じゃあ行ってくるよ。星ちゃん、ユキ、二人をよろしく頼むね」
「てめぇ星ちゃん呼びやめろ」
「凪も気をつけてな」
相変わらず『星ちゃん』と呼ばれるのを未来にしか許さない流星さん。俺が助けてもらったお礼を言ったときなんか『おう、今度ポテト奢れや』で済ませたくらい寛容なのに、これだけはなぜか譲らない。そんな流星さんに軽く謝ってから歩き始めた凪さん一行を俺たちは見送った。
凪さんを先頭にして、後ろに国生先生、非戦闘員の結衣博士を間に挟んで端段市博物館へ向かう三人の後ろ姿は、すぐに真っ白な雪の世界に消えていった。吹雪とは言わないけど、それに近いと思える風と雪。木の枝に積もっている雪がいまにも音を立てて落ちてきそうだった。
「凪さん、全然顔に出さなかったな」
とっとと中に入れと流星さんに催促されながら、俺は未来に小声で言った。未来はこくんと頷いて同じく小声で返してくる。
「隆が嘘ついたんじゃないかってくらい自然だった」
「んな嘘ついてどうすんだよ」
「わかんないけど。でもほんとに、そう思ったもん」
部屋に向かってスタスタ歩いていく流星さんに聞かれないようにしながら――嘘をつけない流星さんに俺たちが知っているとバレたくない――俺と未来も並んで歩く。
未来は俺が先ほど送っておいたメールを読み返している。臨世に【知る】が通用しない場合の凪さんの役割を、感嘆符や顔文字をくっつけて無理やり明るく伝えたもの。
俺がした告白による照れやぎこちなさは、凪さんへの心配でかき消されている。
「私が部屋に戻ったときもね、落ち着いた? って、いつもみたいに笑って出迎えてくれたよ。これからつらいことしに行くなんて全然わからなかった」
未来が一人になれる時間をあえて作ってくれた凪さんは、どこにいたのかは聞かなかったらしい。ただ、リイとマユを監視につけていたのはごめんと謝ったそうだ。
――完治薬が効いて良かった。今後気をつけないとね。
朝ごはんの最中、俺がひび割れた原因を未来から聞き終わったときもそうだった。これから行うつらいことはおくびにも出さず、俺の顔面に激しく残ったまじないの跡を見て、凪さんは俺の心配ばかりしていた。
ただ、覚えておくよ、と。俺がまじないを受けた原因『タイムリミット』というワードを知ったことで、凪さんは臨世へ問いかける内容を変更するつもりらしい。
どうせひび割れるなら、臨世の名前まで出しておきたかった。そうすれば、未来の危険と臨世を結びつけることができたのに。
「隆君が寝てる間……」
俺たちに続いてユキさんが部屋に入ってくる。
「俺と凪で、例の場所へ行ってきた。もぬけの殻だったよ。隆君を大変な目にあわせたやつは、もうあそこにはいない」
だからちょっとだけ警戒するよう、ユキさんは軽い口調で言った。
師走の好きなものを詰め込んだお店が、空っぽになっているのを想像する。
――大事なものを壊される。
マダーが介入してくるのを恐れて師走が店を畳んだのか、それとも、俺に話してしまったせいで『あのお方』に壊されてしまったのか。俺には知る由もない。
「あー、そういやイチ、ガキんちょには言ったんだけどさ」
流星さんの声に我に返り、顔を上げた。ユキさんが小さく笑ってる。
「凪に怒られるぞ、その呼び方」
「言いやすくてなー」
「俺も怒りますよ」
「いねぇときくらい大目に見ろや。んで、イチ。弥重が帰ってきたらな、俺ら一旦、宿離れっから」
え、と情けない声が出た。
「なにかあったんですか?」
「や、別に。むしろ予定どおりっつーか。ほら、晩餐会のあとの会議で司令官言ってたろ。北海道のマダーと連絡とって、死人できるだけ倒せって」
「……あ」
言われて思い出した。臨世が起きていることを確認したら、俺たちは先に東京に帰って、凪さんたちは臨世からの情報収集、流星さんたちは北海道に蔓延る死人の討伐という指示だったこと。
仰向けで携帯を触りながら、流星さんは今日の予定を教えてくれる。
凪さんが帰ってきたら、俺と未来のボディーガードをリイ、マユ、紫音で引き継ぐ。凪さん、流星さん、ユキさんはそれぞれの持ち場へ向かい、できるだけ多くの死人をガラス玉にして帰ってくる。
ユキさんは雌の死人がいれば【侶伴】で人形にするという例外があるけど、とにかく、『前線』と呼ばれるこの土地をまた人が過ごせるようにすること。それが北海道でのもう一つの任務らしい。
「んな顔すんな、ガキんちょ。『おはなし』して回るには、どんなに時間があっても足りねぇくらいわんさかいんだよ」
複雑な表情を浮かべる未来に身体を向けて、流星さんは「諦めることも覚えろ」と酷な命令をした。ぎゅっと、膝の上に置いた手が拳を握っている。その我慢する様子が、昨日の未来と重なった。
「とまぁ、そーいうわけだから。夜まで帰ってこねぇから、その間は外に出んなよ。あとなんかあったらすぐ連絡しろ」
「わかりました」
「イチの様子からして、『タイムリミット』はまだ先だろうって判断したから動くんだからな。ガキんちょの危険を軽く見てるわけじゃねぇ。ここに住んでるやつらも帰ってこれねぇやつらも、全員守る対象なんだってこと忘れんじゃねぇぞ」
大きく頷いて、大事なことを忘れかけていたと自覚する。俺に絶対失いたくない人がいるように、この土地の人たちにだって守りたいものがある。帰れる日を待っている。未来も、その人たちも、全員一つしかない命だ。
「……ジンギスカン」
未来が呟いた。
「夜中、もやしの死人と話した。ジンギスカンで食べてほしいって言われた」
未来はキューブ内の収納スペースから小袋を取り出した。【たくさん話しましょう】で元に戻したもやしが四本、新鮮な状態で出番を待っている。
「四人しか一気に話せなかった。広い北海道で、あの子たち全員と話すのは無理だって、ちゃんと理解してる」
俯き加減だった未来は、顔を上げた。
「今回は、準備も対策もなにもない。だから我慢する。でも、次に前線に行くときは、私を連れてって。私のやり方で、土地の奪還をさせてください」
未来の真剣な願いには、流星さんは携帯を置いた。ユキさんをちらっと見る。ユキさんはなにも言わずに返答を待っている。流星さんはなんとも言えない顔をして、おでこをぽりぽりと掻く。
「……司令官に言え。そういう権限は俺にはない」
了承はしないが、流星さんはよっこらせっと立ち上がった。
「食堂行こーぜ。肉おねだりして、ひとり一本の高級ジンギスカンになってもらわねーと」
スリッパを履き、流星さんは「にっくく、にくく〜」と歌いながら廊下に出た。
現実を教えながら、こういうノリの良さで未来のメンタルを守ってくれる。付き合いが長い人はそれだけで安心できる。
【第二五三回 豆知識の彼女】
女将さん、無理強いされるのは二回目
最初は未来さんに頼まれたおにぎりだったので可愛いものですが、今度は肉を寄越せとの要望です。もやしが4本で朝ごはんも終わってるのでそんなに量は必要ないものの、お高いラム肉……頑張れ女将さん。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 法律》
司令官と谷総理と話し合いです。
どうぞよろしくお願いいたします。