表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
260/284

第二五〇話 青春

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 目が覚めたら、やばいことになっていた。いまがどれだけやばい状況なのか、健全な男子ならわかってくれると思う。

 すー……、すー……と、隣から可愛い寝息が聞こえる。というか、真正面。俺の腕の中で未来(みく)が寝ていた。未来のほっぺたが俺の右腕に乗っていて、それがぷにっとしていて柔らかそうで、俺の左腕は未来の小さな身体をきっちりと捕まえていた。

 昨日の俺の倒れ方が悪かったのは言うまでもない。俺は、未来をぎゅっと抱きしめて眠りについたのだ。


 ――待て待て、ダメだろこの状況は。


 艶やかで長いまつ毛。白くて滑らかな肌。ほんの少し開いている無防備な唇。この距離からしか拝めない未来の可愛さに釘付けになって、起こすのはもちろん目をそらすこともできない。まだ起きませんようにと祈りながら、俺は未来の寝顔を見つめている。


「……いっぱい泣かせてごめんな」


 涙の筋が残っていることに気がついて、急に冷静になった。俺が邪魔で拭えなかったのだろう。あれだけ泣かせたんだ、もしかしたら腫れているかもしれない。

 コンコンコン。

 申しわけなく感じていると、ノックの音が聞こえた。


「未来ちゃん、いるか」


 ユキさんの声だった。時計を見ると午前七時を過ぎたところ。居場所に自室を提供したユキさんは、未来がちゃんとここにいるか確認に来てくれたらしい。少し待ってから再度声を掛けられる。


 ――これ、俺返事して大丈夫か?


 未来を起こすべく小声で呼びかけるも、深い眠りに入っているのか反応がない。未来はここにいると伝えたいけど、俺は部屋に来ていいとは言われていない。返事をすると変な誤解を招きそうで怖いし、未来を起こして、未来から返事をしてもらうほうが――、


「こら、なにをしてる」


 バキッと壊れたような音がした。


『鍵をこじ開けるのですわ、ご主人様。リュウイチロウが来たからわたくしたちもあの場を離れましたけど、その後もしもがあったならわたくしたちの責任ですから』


『マユの言うとおりなのです! リュ、リュ、リュウイチロウがあんなケダモノだったなんて、リイはまままったく思いませんでしたし!』


 ドンドンと叩く音を鳴らしながら扉が前後に揺れる。鍵を、と言いながら丸ごとぶっ壊しそうな勢いだ。


『あれはミクを慰めていただけでしょう? 純粋な想いをケダモノだなんて、リイは本当にお子様ですわね』


『う、うるさいですよマユ! とととにかく、ここでミクがおそわれていないか確認しなければいけません! ほら、マユはもっと力を入れるのです!』


 ユキさんが窘めるが、うさぎたちは言うことを聞かない。今度は衝突音が響く。せめて合鍵を使えとユキさんが頼むのが聞こえてくる。


「ん……」


 未来が身動ぎをした。


「未来。起きろ、未来」


 こう騒がしくてはさすがに寝れないらしい。身体を離して肩を叩くと、未来はすぐに目を開けた。こんな状況だから、起きてくれるだけでもありがたい。


「未来、あのな、ユキさんが……」


 小声で現状を伝えようとすると、未来は少し腫れた目で俺を見上げてきた。


「……未来?」


 無言で見つめられてしばらく。のそりと起き上がった未来は、俺から視線を外さず女の子座りをする。目をゴシゴシと手の甲でこすってから、また俺をじっと見る。俺の頬に優しく触れてきた。


「痛い?」


 そんな触り方で痛いわけはない。


「大丈夫、だけど」

「……ほんもの?」


 幻とでも思ったのか。


「なんで(りゅう)いるの?」


 まだぼんやりしているのは一目瞭然だった。扉の向こうが静かになってる。ユキさんの頼みを聞いて、合鍵が来るのをうさぎたちは待っているらしい。逃げるならいましかない。


「ほら昨日、俺が熱ぶり返して未来がここに連れてきてくれたろ。あのあと少し話して、告白して、そのまま俺寝ちゃって……」


 とにかくやばい状況ですと説明したくて早口になる。とろんとした未来は小首を傾げている。相当深い眠りのときに起こしてしまったらしい。


「あ……」


 意識がはっきりするにつれ、未来の顔が真っ赤になっていった。俺の顔と自分が寝ていた場所とを交互に見ている。待て、なにもしてないからな。なにもしてない、よな?


「えっとな、ユキさんが未来捜してここに来てんだ。で、俺が未来にエロいことしたんじゃないかって、マユとリイに疑われてる。ドアこじ開けようとしてる」


 小声で言うと、未来はますます顔を赤らめた。こんなの見られたら無実も事実に変えられる。


「この状況じゃ変に誤解されるから、俺、隠れるか逃げるかするから未来は応対して――」

「誤解……」

「ん?」

「告白も、誤解?」


 未来は不安げに目を伏せた。背中に流れていた黒髪がするりと前に落ちてくる。


「誤解じゃない」


 これだけはすぐに弁明しなければと思った。


「昨日言ったの、全部ほんと。俺は未来が……好きです。お、お付き合いしてほしいと、思ってます」


 昨日はほぼ勢いだけで言ったから恥ずかしくもなんともなかったが、こうして面と向かって伝えるのは心臓が爆発しそうだった。

 横髪が耳にかけられて、またしても真っ赤になった未来の顔がよく見える。


「本当はさ。色々、全部終わってから告白するつもりだったんだよ。もっと言葉も選んで、雰囲気とかも大事にして……。未来が、変化を好まないのは俺も知ってたから」


 ずっと告白しなかった理由もひっくるめて本当だと伝えると、未来は顔を上げて俺をじっと見た。恥ずかしそうに、だけどかすかな怯えもある。ただの『幼なじみ』が『好意を持った幼なじみ』に変わるだけでも不安にさせてしまう。


「だから、返事しろなんて言わない。全部終わって、考えなくちゃいけないことはなんもないときにまた改めて告白するから」


 宣言すると顔が熱くなってきた。膝の上に置いた自分の拳も汗でじっとりしている。未来もさっと俯いた。


「そのときは……返事、欲しいけど。いい、ですか」


 未来はなかなか顔を上げない。俺は伝えるべきことを全て言ったので返ってくる言葉を待つ。緊張しっぱなしで、心臓がとにかくうるさい。


「……了解、しました」


 ちっさなちっさな、未来の声。


「ありがと、ございます。えっと……が、頑張ります」


 恥ずかしそうに顔を上げて、きちんと俺の目を見ながら未来はそう言った。恥ずかしさが最高潮に達する。お互い話すことがなくなって、こくこくと頷き合って無言になる。

 こほん、とひとつ咳払いが聞こえた。


「いちゃいちゃしてもいいよとは、言ってないと思うけどな」


 再確認のノックが鳴ったことも、礼儀正しい大人が声をかけるタイミングを失っていたことも、俺は全然気づいていなかった。

 おそるおそる、声がする入り口付近へ目を向ける。扉に軽く背を預け、腕を組んだユキさんがいた。


「あ……あ……」


 未来も事態を認識して、意味のない言葉が口から漏れている。俺も硬直したままで、なにも言えない。そんな俺たちの様子をユキさんは微笑で眺めている。すっと背筋を伸ばして立って、ユキさんの前で呆然としているうさぎたちの頭に手を置いた。


「リイ、マユ。撤収だ。二人の青春を邪魔しちゃいけない」

「ちょっ、ユキさん!?」


 ようやく反応できた俺に構わず、ユキさんは二人を連れて出ていこうとする。

 どうしよう、どうすればいい。誤解ではないけどこんな空気だし、このままなにも弁解しないのはなんか違う気が――、


「いっ」


 未来が勢いよく立ち上がった。


「い、い、いいです! 私が出て行きます!」


 真っ赤な顔で言い切って、未来は俺が止める間もなく「ごめんなさい!」と謝りながら部屋から出ていった。

 しん……とする。取り残された俺と、若干引いた様子の伴侶(はんりょ)二名、その伴侶から昨日の流れを簡単に聞いて「青春だな」と繰り返す大人。

 この状況でどうしろと。一人逃亡した未来を思いながら俺は途方に暮れた。

【第二五〇回 豆知識の彼女】

なにもしてない


寝てました。ぐーすか寝てましたよ、隆は。

大丈夫、健全です。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 ナイト君》

ユキさんの気づかいとお願いと。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ