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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二四五話 もやしの天使

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 俺が起きている間、未来は戻ってこなかった。凪さんと話をしたあとしばらくは待っていたものの、身体のしんどさに負けてまた眠ってしまったらしく、起きたら部屋が真っ暗だった。誰かの寝息を聞きながら、重い身体を起こして携帯を見る。


 ――二時……夜中か。


 暗くて静かな理由に納得する。

 あれから未来はどうしただろう。俺が寝てすぐに戻ってきたんだろうか。それとも、誰からも見つからない場所で、一人泣いていたんだろうか。

 首だけ左に向ける。隣の部屋に続く襖はきっちり閉められていて、そこに未来がいるかは確認できない。未来は、ちゃんと寝れているだろうか。


 ――だめだ。


 もう一度横になるも、空腹が邪魔で眠れない。熱で動きたくないという気持ちよりも、行き過ぎた空腹を満たしたい衝動に駆られた。

 みんなを起こしてしまわないよう静かに布団から出て、暗い部屋の中で自分の鞄を漁る。触った感覚で財布を取り出して、カーディガンを羽織って食堂近くにある自販機へ向かった。


「……やべぇ」


 つい独りごちた。パンにカップ麺、みんな大好き薄切りポテトの揚げたやつ。空腹のせいで全部うまそうに見える。生還してすぐは食べる気になれなかったけど、いまならいくらでも食べられそうだった。


 ――深夜にパンなんて、とか。いつもの未来なら言うんだろうな。


 小銭を入れながら、少し寂しい気持ちになる。購入したクリームパンとコーヒー牛乳を手に、仲直りの方法を考えながら部屋に向かう。すぐに、これから起こるだろう未来の危険に思考がシフトしていく。


 ――『あのお方』の指示で、六月七日、未来は臨世に襲われる。


 絶対にそうならない方法がひとつあった。いっそのこと臨世を討伐してしまえばいいのだ。敵の情報を得るために臨世を解放したけど、近日の危険が消えるなら別にいまじゃなくていいと思う。


 結衣博士に頼めばガラス玉になっても元に戻せるのだから、襲撃予定日を過ぎてから修復してもらって尋問を再開すればいい。もしかしたらその間にケトが起きるかもしれないし、そしたら全てケトが教えてくれるはず。そうなれば臨世を元に戻す必要も……。


 ――俺は、アイツを百パーセント死人だと思えてるのか。


 ある種の不安が(よぎ)った。もしも臨世を前にして、声を聞いて、直樹(なおき)だと一瞬でも思ってしまえば、どうなるのか。


 凪さんには、いつ、誰が未来を手にかけるのかといった話はできなかった。逆に言えば、凪さんたちは臨世をあまり危険視していないことになる。


 一番気にしていたのは未来が臨世の拘束を解く際に暴れてあの日の二の舞になることだった。それを乗り越えたいま、凪さんたちにとって、臨世は今後について考えるための大事な手がかりだ。臨世を討伐しようなんて、俺以外に誰も考えない。


 できるのか、俺に。元親友を殺すなんてこと。前もって討伐しておこうと動いて、直前でやっぱり無理だと思ったら。自由になったあいつは、きっとすぐにでも未来を――。


「……未来?」


 ふと見た窓の向こう側、鍛錬場の屋根に誰かが座っているのが見えた。外は暗いし、雪が降っている。凪さんの光の壁と相まって形がはっきりしない。だけど、なぜか未来だと確信した。


「あいつ、なにやって……」


 あそこは防壁の外だ。産月や臨世のことがなくても、死人がうろついていてもおかしくない場所だ。前線の死人は、俺たちが当番で相手にするのとは比べ物にならない力を持っている。行きに体験した、船を軽く傾けてしまうような死人を思い出す。


「【花火(はなび)】」


 窓から外に出て、肌身離さず持っているキューブを展開しながら足に火薬を作り出した。未来がいる鍛錬場『洗練(せんれん)()』まで一気に飛ぶ。案の定、未来を中心に死人が(たか)っていた。けれど、


「あははっ、そっか、そういうこともあるんだね?」


 思いのほか平和な空気に気づく。未来は話しながら楽しげに笑っていて、背中に羽のある死人も『わなわな』と笑っているようなイントネーションを発している。人の言葉と死人の言葉。言語が違うのに当然のように会話が成り立っていて、俺は声をかけることも忘れてぽかんとする。


『わなっ』


 死人の一体が俺に気づいた。羽の先端がこちらに向けられて、それを見て周りの死人も俺を認識する。だけどすぐには攻撃しない。未来をちらっと見たのがわかった。


「大丈夫だよ」


 未来は優しい声をかける。


「その人は私と同じで、あなたたちのことを理解したいと思ってる人だから。なにもしないから安心して」


 大丈夫だよ、ともう一度言って、未来はゆっくり振り向いて俺を見上げた。死人たちはさっきよりも落ち着きがない。少しでも安心させられたらと、俺はキューブを箱型に戻しておく。熱にふわふわさせられながら、四体の死人それぞれと目を合わせた。


「……もやしか」


 羽のように見える白いものは、どうやら全部野菜のもやしらしかった。


「うん。安くていっぱい買った主婦さんが、冷蔵庫に入れたまま腐らせたんだって」


「足が早いんだっけ」


「そう。でも栄養すごいんだよ。少し工夫すればもっと頑張れたのに、袋ごと捨てられて嫌だったってさ」


 未来の説明に、警戒を緩めた死人たちが『わな、わな!』と同意するように頷いた。未来の左手に張り付いたキューブが、闇の中で翡翠色に発光している。


「ありがとう、教えてくれて。せっかくの北海道だもんね、ジンギスカンでいただきます」


 そう言って未来が手を差し出すと、もやしの死人たちは土から野菜を収穫するように自分の羽を引き抜いた。未来の腕いっぱいに、もやしでできた羽が乗る。


『わな』


 死人たちはほんのり笑ったように見えた。次第に薄く透き通っていって、最後には一本のもやしになる。あんなにもらったはずが、姿が戻ったことで四本のもやしに減ってしまった。

【第二四五回 豆知識の彼女】

もやしの天使は『転生の糸使い』作者の青浦鋭二様とのお話で生まれました死人ですヾ(*´∀`*)ノ


随分前にX(旧Twitter)でお話してた死人さんが、ようやく、こんなところで、出せました!!もっと早く出てきてもらうはずが……あららら( ̄▽ ̄;)


作者ももやしは当日使うべくで大抵買いに行くのですが、長持ちさせる方法は色々あるようです。

袋から出して水につけて冷蔵庫に入れたり、冷凍したり。袋に穴を空けるのは以前聞いたことがあるのですが、まだ実践してないので効果はわかりません( ̄∇ ̄*)ゞ

もやしの美味しいレシピがあったら是非教えてほしいです。我が家は焼肉のタレで炒めるだけの超簡単副菜が定番です。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 猫》

隆は猫が好きです。野良猫みつけたらしゃがんでじーっと見つめちゃうくらい好きです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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