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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二四一話 治療とおにぎり

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 (りゅう)の治療は、六時間にも及んだ。

 隆はキューブを展開していなかった。意識が途切れたからキューブが箱型になっていたのだと思い込んでいた私は、(なぎ)が【(おぼろ)げ】を使って打ち消そうとしてもなんの反応もなかったことにショックを受けた。

 隆はどうして、危険とわかっているはずの人の前に丸腰で立ったのだろう。


「わりぃ、ガキんちょ。なんでもいいから食いもんと水買ってきてくれ。食って、ちと寝るわ」


 汗ぐっしょりだった(せい)ちゃんが、タオルで顔を拭きながら私に言った。財布は鞄の中だと教えられる。私は自分の鞄から財布を取り出した。


「おい……」

「私、なにもできなかったから。これくらい出させて」


 星ちゃんが「いいから」と言うのを聞かずに部屋を出た。畳の廊下を歩いて、フローリングに変わったら左に曲がって、もう一回左に曲がれば確か自販機がある。見つけてほっとするも、毎食用意してくれる宿だからか期限の長いパンやお菓子しか選べなかった。代わりにお茶やジュース類は充実している。


「……星ちゃん、ご飯派なのに」


 隆と一緒。星ちゃんの好物はおにぎりだ。

 カップ麺があることに少しして気づいたけど、一度食堂へ行ってみることにする。恵子(けいこ)おばちゃんに言えば少々の無理は聞いてくれるかもしれない。あの豪快な笑顔の主を探して厨房を覗いた。


「恵子さんなら、加藤かとう君と瀬戸(せど)さんと一緒に帰られましたよ」


 こそこそしているのが見つかって、女性が調理の手を止めて出てきてくれる。和帽子とマスクでわかりにくいけど、優しい声は女将さんのものだった。


「みなさん忙しそうにしているからと、伝えておくよう頼まれました。マダーの方がお迎えにいらしたので、残るわけにもいかないと」


「……そうですか」


 おそらく、そのバタバタはちょうど隆がいないことに気づいて慌てていたころだろう。そっちに行ってないか、と星ちゃんが凪に電話をして、博物館にもいないことがわかって、あいか先生が隆の居場所を調べるから待つよう言って。だけどなかなか見つからず、私は宿を出て捜しにいった。

 私もいなくなったと雪翔(ゆきと)さんから聞いた凪は、私の居場所を先生に教えてもらって追ってきたそうだ。


「お夕飯はもう少しあとになりますが、なにかご用意しましょうか?」


 しょんぼりして見えたのか、女将さんに気をつかわせてしまった。

 私のわがままを笑顔で請け負って、女将さんは厨房に戻っていく。あの様子だと、朝から隆がいなかったことも、ついさっきまで隆が死の淵をさまよっていたことも、凪たちの誰も伝えてないらしい。おそらくは、混乱を防ぐため。宿の端にある医務室じゃなくて、私たちが使っている部屋で治療したのもそのためだろう。


 ――冗談じゃねぇ。見た目は普通なのに重体とか、手当てのしようがねぇだろうが。


 女将さんを待ってぼんやりしていると、星ちゃんの緊迫した声が蘇った。

 キューブを展開していなかった隆には、凪の【(おぼろ)げ】は効かない。でも流星(りゅうせい)なら素体(そたい)にだって影響できるでしょと、凪に無理強いされたのだ。


 輸血や点滴は医療で使われている。加奈子(かなこ)の【しゃっくり解放(かいほう)】と同じで、『血』の文字を扱う星ちゃんはキューブを展開している、いないに関わらず人の体内に技を使うことができる。それを指摘されて、隆の治療のほとんどが星ちゃんに任された。


 ――やってみっけどよ。イチの気力と体力次第だからな。


 身体は無傷なのに、血圧がどんどん下がる。その下がった分を星ちゃんが補う。死なないための処置を続けるけど、隆が自力で帰ってくるよう祈るしかないと前もって言われた。


 怪我でも体調不良でもなく、隆の脳内でだけ自分が致命傷だと認識している状態では、完治薬(かんちやく)はただの痛い水でしかない。


 隆の頭と胸に星ちゃんが指を当てて、血液の循環を良くする。その横で、私は隆の手を強く握っていた。私にできたのは、たったそれだけ。

 私のせいなのに。なんで、いつも、いつも……。


「……なんだ」


 ズボンのポケットでバイブが鳴って、隆が起きた連絡かとすぐに開いた。残念ながら、部屋の誰でもなく、連絡してきたのは司令官だった。

 そういえば、さっき司令官から電話が来ていた。隆の身体がまだ安定していなくて電話に出る気になれず無視してしまった。申しわけない。


 メールを見る。お疲れ様、から始まり、明日以降の予定や無理に返事を送らなくてもいいことが書かれている。司令官らしい気配りだ。

 感謝しながら簡単に返信を打って、送信してからもう一度文に目を落とす。やっぱり、司令官らしいと思う。


[自分を責めるんじゃないぞ。41番の行為は、これからを見据えてのものだ。お前のためだけではない。ひとりで背負いこむなよ]


 責めるべきは私ではなく、事前に防げなかったこちらだと、責任を一手に引き受けようとする司令官。本当なら文章ではなく、私が納得するよう直接言いたかったのだろう。


 ――ありがとう、司令官。でもね、やっぱり私は、私が消えればいいと思うよ。


 隆の行為が、これからを見据えたものだったとしても。こうなった原因は私だ。

 私を指す名称、ハズレ。私は産月(うみつき)にとって嫌なことを、その上にいる『あのお方』にとって嫌なことを、無意識にしてしまったのかもしれない。殺したくなるレベルの、憎悪に染まるほどのなにかを。


「お待たせしました。熱いので気をつけてくださいね」


 俯いて座っていた私の前に、つやつやのおにぎりが乗ったお皿が二つ差し出された。おにぎりの下に笹の葉が敷かれている。お礼を言って財布を開こうとすると、くすっと笑われた。


「お代は結構ですよ。どんなときも、食べたら元気が出るものです」


 頼んでいた一人前ではなく、二人分あるおにぎりを見つめる。見透かされているな、と思うと、ほんの少し口角が上がった。


「ありがとう、ございます。……いただきます」


 女将さんが厨房に戻っていく姿を見送りながら、おにぎりを一つ頬張る。優しい塩むすびに、止まっていた涙がまた溢れ出た。

【第二四一回 豆知識の彼女】

全員お昼ご飯を食べてない


隆の騒動があって、混乱させたくないためお昼は先に無しでと伝えていました一行。途中でみかんや食べるんばーを口に入れる余裕もなく、疲れ+空腹で流星もダウン。ぐったりしております。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 生還》

いまのところわかっている情報について、隆の眠る近くで話し合い。

どうぞよろしくお願いいたします。

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