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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二三九話 無知

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


「私たち産月は、身体の構造上『あのお方』から離れることができません。命令に背いて逃げたとしても、必ず限界を迎えて戻ってきてしまう。反抗すれば卯月のように産み直され、そうでなくても『あのお方』の機嫌次第で大事なものを壊される」


 外にお客さんの姿が見えたのか、師走は『霜野』の皮を被って窓越しに手を振った。その笑顔がやっぱりおばあさんとそっくりで、朗らかだ。


「ならば安全に――それぞれが『あのお方』の心に寄り添って、平穏に過ごせるよう、手を尽くすしかないのですよ」


「……んなの、おかしいだろ」


 声がひしゃげる。


「自分の子を威圧して、反発したら見せしめみたいに取り込んで、恐怖でがんじがらめにするやつを煽ててなんになる」


「逃げられないと言ったでしょう」


「そこだよ。産月だけでどうにかできないなら、なんで周りを頼らない。身体の構造とかそういうのは説明してくれりゃ、キューブでどうにかなるかもしれねぇ。逃亡するために力を貸せってなんで言わない」


 師走は理解できないものを見るような目をした。


「あなたは……産月が人間を頼ると思うのですか」


「卯月はそうした」


「いいえ。卯月はハズレの築く世界に思いを馳せて行動したのです。産月をどうこうしようだなんて――」


「目的は関係ねぇだろ。事実、卯月は俺に力を貸してくれた。頼ってくれた」


 卯月がどんな思いで行動したのか、俺には知る由もない。死んでしまったやつが死ぬ前になにを思っていたかなんて、残された側にはわからない。だから未来を助けるために動いてくれたという確かな理由だけで、俺は師走に詰め寄った。


「変えてぇもんがあったからあいつは動いたんだろ。なら、あんたらも続くべきだろ。嫌だけどしょうがないとか、なにされるかわかんねぇからとか、我慢ばっかで今後も自分の感情、後回しにしてみろ。泣きたくても泣けねぇ、泣けって言われなきゃ涙の流し方すらわかんねぇくらいボロボロになるぞ!」


 未来が泣けなくなったように。

 泣かなきゃと思って、泣く演技をしたように。

 きっとここにいる男も、いまはまだ大丈夫でも、いずれは――。


「偉そうに」


 冷たい、なにも映さない瞳だった。

 パリンと割れたような音が響く。お茶が床にぶちまけられる。衝撃に息が詰まって、一瞬呼吸ができなくなる。俺に馬乗りになった師走が、かろうじて呼吸ができる程度に首を絞めてきた。


「ちょっと話せば上から目線でペラペラと……。人外の生き物をなぜ人間扱いできるのか、理解に苦しみます」


 触ってもいないのに、タートルネックに隠すように入れられていた髪が外に出てきた。長い、腰まである細い編み込み。紐で縛られた先の毛が刀みたいに鋭くなって、俺の目の前に突きつけられる。


「百歩譲って、産月が人間を頼るとしましょう」


 喋るなよと言わんばかりに首を掴む手に力が増す。ぐ、と声が出た。


「では次のフェーズです。なぜ人間が産月を助けると思うのですか。『あのお方』から逃れるために、マダーがキューブを使うとなぜ言い切れるのですか」


 質問されても答えられない。自分の細い呼吸音が聞こえる。


「あなたやハズレのような、馬鹿正直な人ばかりではないんですよ。『わかりました任せてください』なんて笑顔で請け負って、隙を突いて産月を……私の家族を傷つけるなんて十分あり得る話でしょう」


 指がさらに食い込んできて、無意識に師走から逃れようとする。師走の手首を掴んで引き剥がそうとすると、鋭利な髪が俺の肩を突き刺した。声は出ない。熱い液体とともに腕から力が抜けていく。


 ――知ってる。この感じ。


 痛みと苦しさで身をよじりながら、師走を()めつける。

 どこかで同じ目つきを見た。最近だ。嘘つきで、自分を大きく見せて、助けてほしいのに助けてと言えない状況にいた、助けてもらわないための演技をしたあいつ。

 最も避けるべき事態のために己の身を差し出した、勇敢なあいつと同じ瞳。


 ――主君との思い出があれば、メイはそれだけで幸せだから。主君だって、きっと、そう思ってくれる。


 なぁ、ヘンメイ。この人も、素直に助けてって言えないみたいだ。


「こんな妄言を信じて逆らって、産月、霜野の両方をなくしたくはありません。実現できないくせに手を差し伸べるようなことはやめてください」


 髪が引き抜かれ、鮮血が飛び散った。頬についた俺の血を師走は片手で払う。「コピーアンドペースト」となにかの宣言のように言った。


「【(おぼろ)げ】」


 突然、俺のよく知る金色の魔法陣が師走の左右に現れて、飛び出してきた幾多の刃物に俺は串刺しにされた。一気に焦点が合わなくなる。首を絞める手は離れるが、俺は酸素を吸うことができない。

 師走がどうして凪さんの【デリート】を使えたのか。どこか冷静な頭は、技名に付け足された『コピーアンドペースト』に納得した。


「殺しはしませんので安心してください。ただ鬱憤を晴らしたいだけ。気が済んだらその辺に捨ててあげますからどうぞお帰りください」


 歩けたらですけど、と笑うその顔に、『霜野』の影はほとんどない。返り血を浴びて笑う師走の顔は、殺しに快感を得る死人の形相にひどく近い。


「ねぇ、どこが痛いですか? どんな痛みですか? あなたの目が映している絶望の光景を教えてください」


 なにを聞かれているのかわからないまま、無理やり考えさせられるような奇妙な感覚とともに俺の脳は答えを探し始める。

 どこが? 肩と、腕と、腹と、太ももが。

 どんな? 限界まで熱された鉄板を押し付けて広げられるような。

 そんな痛みを引き起こすのは、六本の槍と、三本の刀と――。


 ――やばい。


 問いかけの効果を理解した。考えたくないのに脳は自分の状況をリアルに分析して、痛みと恐怖を最大限に引き上げてくる。

 腹の中で嫌な感じがして、咄嗟に横を向いて血と胃の中のものを吐き出した。咳が出る。ようやく息ができるようになる。

 師走が嬉しそうに笑ってる。


「ああ……やはりマダーの想像力には目を見張るものがある。この反応がただの()()で起きているなんて不思議でしょうがないですよォ」


 師走は俺の脱力した右腕を持ち上げた。


「ほらほら、よく見てください。怪我なんてしてないでしょ? 全身痛いかもしれないけど、でもなにもないでしょう?」


 痛みと血の抜けていく感覚に、視界が暗く狭くなっていく。けれど、そのわずかな視界の情報に、串刺しにされたはずの腕はない。いつもどおりの、俺の腕。


「この技は使い勝手がいい。幻覚と幻聴でそれなりに強いはずのマダーを瞬時に無力化できる。ナギはもっと残酷に使うべきですねェ」


 実際にはない傷口に指を添えられ、俺は呻き声を上げた。師走は心地よさそうに笑う。「いい声ですねェ」と、痛む場所を探して身体を撫でていく。

 俺は喉に残る血の感覚を咳と一緒に吐き出した。


「し、わす」


 情けないくらい掠れた声だった。


「はい?」

「俺は、産月を――ギッ」

「聞こえませんねェ。もっとはっきり言ってください」


 快楽、快楽、快楽。満足するまで痛めつけようとする師走にどうにか目を合わせ、声を張る。


「俺は、産月を、敵だとは思ってない」


 愉しんでいた師走から、再び表情が消えた。


「は?」


 偶然気持ち悪いものに触ってしまったような顔と動きで、師走は俺の腕を放り投げた。想像上はすでにちぎれかけの腕。床に接触した痛みで気が狂いそうだった。歯を食いしばって、意識を保つ。


「……っ、ヘンメイ戦のときと、同じだ」


 頭が回らない。だけど、言いたいことは決まってる。


「俺たちが、本当に倒すべきやつが誰なのか、俺はきちんと見定めたい。産月が未来を狙う理由が、『あのお方』への忠誠じゃなくて、恐怖心からくるのなら。俺が戦うべきは、あんたらの『親』だけだ」


 これは俺の見解で、凪さんに言ったら甘いって怒られるかもしれないけど。俺個人の考えとして伝えておきたい。


「こんな目にあっていて、よくそんなことが言える」


 師走はやっぱり、気持ち悪そうに俺を見下ろしている。


「痛い、だけだ。大したことない」


 実際、命の危険はさほど感じない。意識を繋ぎ止めながら声を張るのは容易じゃないけど、死に直結することはないとわかる。


「さっきの、干渉すんのやめようって話は無しだ。どうにかしたいと思ってんなら、俺が力になる。俺だけでどうにかならないなら、俺がみんなを説得する。だから、意味ねぇ戦いはやめよう」


 自分で決めたんだ。ヘンメイを討伐するしかなかったあの日、『選択肢がひとつにならないようにする』と。

 俺が口を閉じても、師走はなにも言わなかった。ただ俺を凝視していた。なんだ、と言いたいけど、もう口が動かない。師走の顔がぼやけてよく見えない。――限界が近い。


「仮にそれでうまくいったとして、そのあとは。姿は近くとも私たちは人間ではありません。産月が残存するなど一般人は認めない。結局戦いになりますよ」


 幾分、声が優しくなった気がする。でももう答える気力がない。目も開かない。


「大したことないって、言ってませんでしたか」


 ああ、言った。やっぱり、大したことあった。


「答えてください。人間も産月も、世の中の全部を変えなくては、私たちは戦うしかありません。人間を簡単に殺せる生き物を誰も認めない。ハズレの存在がなくたって、私たちは共存できませんよ」


「……問題、ない」


 カッスカスの声を聞こうと、師走は耳を近づけてくる。気絶寸前の身体に鞭打って、俺は自分の答えを告げる。


「俺らが目指してんの……死人も、人も、一緒に暮らしてる世界だから。そこに、産月、加わろうが、なにも……」


 なにも変わらない。最後まで言えたのかはわからなかった。

 きちんと伝わっていればいいと思う。現状はどうにもならなくても、今後変わるよう努力し続けること。きっと実現してみせること。


 人間を殺せるって言ったって、そんなの俺たちだって一緒だ。刃物を振るえばすぐに切り傷ができる。刺せば簡単に命を奪える。産月や死人じゃなくたって、自然に存在する動物は蹴りひとつで人を殺すこともある。

 共存できないのは力があるかないかの問題じゃない。相手への向き合い方を、まだ誰も確立できていないだけなんだ。

【第二三九回 豆知識の彼女】

凪の【(おぼろ)げ】はなんでもできる技


本来であれば八個分のステップを踏まないと作れない【(おぼろ)げ】ですが、師走の能力はコピペということで、もう完成した【(おぼろ)げ】をぺたっと貼り付けることでその手間を省略しております。凪さんのいないところで、凪さんの技が多用されとります。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 手練れ》

未来視点に移ります。隆を捜しに吹雪の中へ。

どうぞよろしくお願いいたします。

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