第二三八話 話し合い
「【真成夢想――媒介せよ】」
ハッとした。師走が口にしたそのフレーズは、昨日、卯月が死人の言葉で言ったものを聞き取りやすくしたような、響きが同じであるような気がしたのだ。
「卯月を問い詰めました。あなたに使ったこの能力は、対象に与えた情報を『眠気』を介して思い出させる仕組みになっているそうです。私がいくら【デリート】を使ってあなたの記憶から抹消したところで、あなたがうとうとするたびに記憶の奥底から呼び起こされる。まじないのおかげで他人に話すことは叶わなくとも、あなただけは、四日後になにかがあるとわかっている。そして、それを阻止するために動くことができる」
いまみたいにね、と話しながら、師走はカウンターから編みかけのマフラーを持ってきた。棒針を動かしながら、悲しげに笑う。
「最後の最後に、卯月は素敵なギフトを残してくれた。ここまで決定的な反逆をしなければ、『あのお方』も少しは考えたかもしれないのに」
「……殺されたのか」
「いいえ。『あのお方』のもとに帰っただけです。もう気づいていると思うので話しますが、産月の名は全員、和風月名を使われています。名に合わせた時が来るまで……来年の四月が来るまで、卯月は『あのお方』の中で過ごす。そして、新たな生命体として産み直されるのですよ」
師走は俺には顔を向けず、マフラーを編みながら説明した。帰っただけと言われても、俺には殺されると同義にしか思えない。
「さ、話し合いの土台は作ってあげましたよ。遠慮せずあなたの言いたいことを言えばいい。『あのお方』の気分を害することでなければ、私もお答えしましょう」
「『あのお方』って誰だ」
「ふふ、答えないとわかっているでしょうに、初っ端からそれですか」
呆れたように笑いながら、師走は意外な返答をした。
「誰だとは言えませんが……『あのお方』とは、私たち産月の親であり、ハズレを心底、哀れんでいる死人ですよ」
――未来を、哀れむ?
「あなたたちは、もう少し相沢未来の周りを疑ったほうがいい。家族が欠けていることなど珍しくもないでしょうけど、彼女の場合は少々特殊ですから」
師走は発言権を与えるように「ほかには?」と聞いてくる。俺は身を乗り出した。
「未来を哀れむって、なんで――」
「黙秘です」
「いいから話せよ! 同情して殺そうとするとか意味わかんねぇよ。なんか誤解とか、そう、行き違いとか、なんかあるんじゃないのか」
「いいえ。私も再三確認しましたが、誤解はありませんでした。確信をもって言えるのは、彼女自身は悪いことはしていない。悪いのは、そういった状況を作り出した人たちだということ」
余裕のない俺とは対照的に、師走は静かに窓の向こう側を見た。
「人生のハズレを引いてしまった彼女は、生まれながらにこうなることが決定していた。だから愛情を込めてハズレと呼ぶのだと……『あのお方』はおっしゃっていました」
師走はそれきり黙ってしまった。
意味がわからない。未来はなにも悪くないのに命を狙われる。殺そうとする奴らがいる。
どうしてなのかわからないまま、あいつは殺されるかもしれないのか。
「……未来に近寄るな」
声が掠れる。
「近づきませんよ。少なくとも、いまは」
「いまだけじゃない、今後ずっと、どんな理由があろうと近づくな!」
ブチッ! 師走の手によって形作られていたマフラーが引きちぎられた。反射的に立ち上がる。俺が座っていた椅子が後ろに倒れて大きな音を出した。
「あなたは、話し合いをしに来たのでしょう。感情任せに喚き散らすだけならお帰りください。無意味は嫌いなんです」
棒針が静かに置かれる。窓から明るい朝の光が入ってきて、師走の左頬を照らす。落ち着いた声色と正反対の怒りに満ちた表情が、全てお前の発言次第だぞと伝えてくる。
何度目かわからない、緊張を含んだ唾を飲み込んだ。
「あんたが、おばあさんに見せる顔がすごく優しかった」
師走の眉が少し寄った。
「あんたに会うために、宿の女将さんにこの店の場所を聞いたんだ。そしたら、とっても仲の良いご家族ですよって言われた。昨日あんたとおばあさんのやり取りを見てた俺にも、霜野家の関係はいいんだろうなって思えた」
見た目は人間でも、中身は死人。霜野一家と師走に血縁があるとは思えない。
「おばあさんたちの記憶をいじってるんじゃないかとか、いろいろ想像して吐き気がした。でも、さっき改めて見たあんたのおばあさんに対する接し方は……本気で大事に思ってる、絶対傷つけないようにしてる気がした」
見たままの感情を言葉にするのは難しい。師走の反応にダサいほどビビって、額に汗が浮かんでくる。
――遠慮せずあなたの言いたいことを言えばいい。
どこまで許されるかわからないけど、おばあさんと話している間に考えた策を俺は口に出す。
「お互い、干渉するのはもうやめないか」
師走の眉間にわかりやすくシワが刻まれた。
「なんですって?」
「あんたはきっと、いまの生活が大事なんだろ。産月だとか『あのお方』がどうとか、そんなのは二の次で、この店で霜野季冬としてやってくのが望みなんじゃないのか」
師走はなにも言わない。俺の顔を凝視している。
「あんたたちが未来やほかの誰にも手を出さないって約束してくれたら、俺もこれ以上詮索しない。なにもしてない未来が、なんで……とか、産月のことも、『あのお方』のことも、もう考えない。それぞれの生活をしたらいいと思う」
「私の話を聞いていましたか。私の親である『あのお方』が、ハズレの死を望んでいる。干渉しないなんてできません」
「でも、俺が見た産月と『あのお方』の関係は、いいもんじゃなかったよ」
卯月が夢で見せてくれた、逆らうことを許さない凄まじい圧力をかけた産月の集会。卯月の腕を笑って斬りつける『あのお方』。監視カメラの映像で卯月と如月が共有していた、『あのお方』に対する不満、嫌悪。
「距離を置いたほうがいいと思う。親だからって、言うこと全部聞かなくちゃいけないわけじゃない。親の望みに使われる道理はない」
いまのところ、『あのお方』は産月や臨世を使ってのみ行動を起こしている。あの高圧的な態度からしても、自ら手を汚さずに済ませたいのかもしれない。だったら、そいつが使える駒を――そいつの近くにいる死人、産月を遠ざけてしまえば、もしかしたら。
「あなた……いい親御さんのもとで育ったのですね」
師走から、表情が消えた。
「その助言の真意は問いません。どちらにしても、私は『あのお方』から逃れようとは思いませんので」
師走はお茶を飲み干してから席を立つ。警戒を強める俺の横を素通りして、ショーウィンドウの前で止まる。木枠に切り取られた空を見上げた。
【第二三八回 豆知識の彼女】
産み直しは死と同義
三章で如月も言っていましたが、隆も同じだと思いました。『あのお方』の中で過ごし、時期が来たらまた新たに生み出される。如月はその一連の流れに対し、今ここにいる卯月は消える、まっさらな卯月が誕生する、と言っておりました。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 無知》
師走との会話が終わりに向かいます。
どうぞよろしくお願いいたします。