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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
最終章 雪の降る街―活動編―
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第二三七話 まじない

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)  

挿絵(By みてみん)


 師走にお茶を出されてから数分。なにを言うべきか、整理が済んだとほぼ同時に師走が口を開いた。


「その様子だと、『まじない』の効果はばっちりだったようですね」


 カップを静かに持って、優雅に口に運んでから師走は続ける。


「苦労したんですよ。構造を真似ることすら難しいのに、夢の中から付与するなんて無茶なこと」


「……やっぱ、俺にまじないをかけたのはあんたか」


 俺は自分の左耳に触れてみる。昨日、ほぼ砂みたいになって、床に散らばった耳だ。


「ええ。しかもあなた、【デリート】を受けてからすぐに目覚めてしまったものだから、効果を確認する暇もありませんでしたし……」


 師走はもう一度お茶を味わって、「お茶請けもあったほうがいいですね」と店の奥に消えていく。


 昨日、凪さんに夢の内容を伝えようとして起きたこと。

 廊下に出て、部屋からかなり離れたところまで歩いてから凪さんは『どうしたの』と聞いてくれた。

 いざ伝えようとしたとき、なんだか心臓がザワザワする嫌な予感があった。まずい気がする――。奇妙な気分に苛まれながらも、また新しい夢を見たことを伝えた。


 ――一度消されて、さっき思い出したんです。


【デリート】を師走にかけられて記憶を失っていたことはあとから言えばいい。とにかく一番重要な話を共有しようとした。


 ――六月の……。


 日付を口にしようとした途端、俺の左半身に凄まじい痛みが走った。耐えられずにその場に膝をついて、動揺する凪さんに返事をする余裕もなく、一番痛む左耳に手をやった。すると、卵の殻を砕いたときみたいなパラパラしたものが床にいくつも落ちていった。


 まじないだと、瞬時に理解した。一度ヘンメイが崩れていく様子を間近で見ているから、絶対そうだと言い切れた。


 燃えるような痛みと首を締められているような息苦しさ。おそらく【デリート】を受けた前後どちらかに師走がやったのだと、思考だけはぐるぐる回る。

 それでも言おうとすると、耳がなくなった。左頬のひび割れは強くなって、最後には顔を横切るように深い亀裂が入った。


 ――考えるのをやめなさい。心を静かに、奴らに敵対する意思を隠しなさい。


 鞭の死人、華弥(かや)のまじないを見たことがあるという凪さんは、冷静に俺に指示をした。おかげでまじないの影響はそこで止まって、俺は粉々にならずに済んだ。


 けれど、伝えるべきだったこと――六月七日、臨世を使ってなにか企んでいるやつがいること。それを卯月が俺に伝えようとしてくれたこと。産月の『師走』にばれて、俺は【デリート】をかけられ、一時的に夢の内容を失ったこと。確証はないが、なんらかの方法で、卯月が俺の失った夢の記憶を思い出させてくれたことのどれも話せなかった。


 うずくまる俺を置いて、凪さんは部屋に戻っていった。

 あとから知ったが、このとき凪さんは完治薬(かんちやく)を取りに行ってくれていたのだ。キューブを展開していなかった俺に怪我を治すような技は使えないから、完治薬なら確実に治せると踏んでのことだった。実際、耳の近くに傷跡が残ったくらいで、まじないの影響はすぐに消えた。


 けれど、凪さんがいなくなったその瞬間、


 ――しー……。


 正面に現れた人物に顎を掴まれ、顔を上げさせられた。


 ――なにも言ってはいけませんよ。あなたが知っているその情報、もしも誰かの耳に入れたなら、私はあなたの大切な人をいますぐに殺さなくちゃいけなくなる。


 痛みで話せやしないでしょうけれど、と不気味に笑ったその男は、霜野お兄さん――師走。


 ――賢い判断を、期待していますよ。


 顎から頬、首筋までゆっくりと触れ、亀裂の範囲を自覚させてから離れていく。硬直がとけて、凪さんが帰ってきたときにはもう師走の姿は消えていた。


「土屋君は、リンゴジュースがお好きでしたね。お菓子もアップル系がお好きでしょうか」


 好みの話なんて絶対してないのに、なぜか師走は俺の好きな菓子をカゴいっぱいに抱えて戻ってきた。


「仲良し小好(こよ)ししに来たわけじゃねぇんだ。なにもいらない」


「つれませんね。ではお菓子はともかく、一口くらいはお茶を飲んでいってください。先ほど来ていたお客さまにも好評だった茶葉なんですよ」


 カップを手で示され、どうぞどうぞと勧めてくる。


「安心してください。毒を入れるなんて汚い真似はしませんから」

「……別にそんな疑い方はしてない」


 飲まない可能性もあるわけだ。毒殺なんて不確実な方法をとるくらいなら、店の前でさっさと殺していただろう。


「あんた、人間の生活に馴染んでんだな。さっきのお客さん、すげー嬉しそうな顔して帰ってった」


「ありがたいことにね。店を構えてから、まだ一年にもなりませんが……。最初はばっちゃのお友だちしか来なかったのに、いつの間にか、いろんな方に来てもらえるようになりまして」


 霜野おばあさんと似た朗らかな笑い方をじっと見ながら、俺はお茶を飲んでみる。緊張のせいで味がわからない。俺の前にいるこの人は、霜野と師走、どっちのつもりで話してるんだろう。

【第二三七回 豆知識の彼女】

死人じゃないけど隆一郎にもまじない発生


三章でサウナの後涼んでいた隆ですが、そこで卯月が見せてくれた夢の内容を師走が【デリート】で消しておりました。それを晩餐会のあとに思い出して、凪さんに伝えようとしたところお耳がぽろり。敵の情報をお話するとひび割れて最終的には崩れて死んでしまう、という『まじない』が、師走のせいで隆にも発生しております。

完治薬で身体は治ったものの、左耳付近はしっかり傷跡が残ってしまいました。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 話し合い》

お茶の味がわからないまま、師走との会話が続きます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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