第二三五話 ケンカ
『――といった具合でな。連絡が遅くなった上、さらに混乱させるようなことを言ってすまない』
こたつの中央に映し出されたテレビ電話――谷川家でパソコン代わりに使われていた半透明の青いパネルの中で、四十万谷司令官は苦い顔をした。
通話を始めた際、楽な姿勢をとるよう言ってくれた理由がよくわかる。司令官直々に与えられた情報はあまりにも多く、難しかった。
「杵島くん……と、紫音くんに土屋くん。つまり、こういうことですよ。前総理大臣の代まで、議員の中に産月と思しき人物が紛れ込んでいた。その人物、長月操は、死人が生まれる原因とも言える『ゴミ箱』の建設に携わっていた。そして、政府が作る危険なキューブ……皆さんは偽キューブと呼んでいますね。その偽キューブを作ったのも長月操なんです」
「名指しすんなよセンセー」
「杵島くんが一番わかってなさそうなんですよねぇ。司令官がなぜ、その人物が産月だとお考えなのかきちんと理解していますか?」
国生先生の指摘に流星さんは「わからん」とはっきり答えた。わかったフリをしない素直な姿勢だけを褒めて、先生は続ける。
「土屋くんと未来さんが鍛錬場にいたころの監視カメラに、臨世の夢にいつもいた碧眼の少年が映っていました」
先生は一時停止中の動画を指さした。そこには、未来がDeath gameの中で会ったという、あの毛先だけ青緑色をした白髪の男が映っている。
「司令官が見せてくれたからそれはわかる」
「ではこの碧眼の少年が、わざわざ監視カメラに顔を向けて、声に出さぬよう口を動かしていたのに気づきましたか」
先生の説明に合わせ、司令官は映像をもう一度再生してくれた。そのままだとなにを言っているかわからないが、北海道支部の支部長さんが読唇術を習っているらしく、洋画さながらに字幕が表示されている。
――文句を言う男、キサラギ。産月。
――ナガツキも産月。おっさん。70歳。
――碧眼、隠す。
――あのお方、産月の親。
今日はよく喋る、と疑いの目を向けられながらも、碧眼の少年――卯月はまだ伝えようとする。
『人間ベースだから気づかない。死人の気配に敏感なそこの幼なじみたちも、全てを守る先導者も、あのお方を怖がらせる『知』のキューブを持つ女性でさえ』
人間ベース、という不思議な単語を無音で説明しようとしたところで、卯月は如月に止められた。
『お前、今度こそ殺されるな』『産み直されるだけだよ』と、続く会話にはもう補足は添えられていない。
最後になにか言ったけど、人型でない死人が出すような言葉の訛り方でよくわからなかった。でも、
「やっぱ、卯月だ」
無意識につぶやいて、隣に座る未来が首をかしげてくる。なんでもないと答えながら、俺は一礼して去っていく画面の中の卯月を見つめる。
間違いない。
俺の夢に出てきた、青いひまわりに鹿の角を生やしたような死人。顔のわからない『あのお方』と会話をしていたときの声と、いま聞いた声はそっくりだった。
映像が止まり、国生先生は解説に戻る。
「自分の正体や一緒に映っている青年、会話に出てきた『長月』という人物について、彼は口の形だけで説明しています。この碧眼の少年――『卯月』は『産月』であり、向かい合っている目つきの悪い青年は『如月』という名の『産月』。そして、如月が真似をしている産月は『長月』で、名字が長月操と同じであること、亡くなった年齢が同じであること、『ゴミ箱』や偽キューブと繋がりがあることから、司令官は同一人物だと考えていらっしゃるのです」
それと多分、俺の夢の内容を司令官は知ってるからだと思う。未来と凪さんにだけ伝えた、未来の危険を示す予知夢みたいな夢。俺の不安が作り出した妄想かもしれないのに、それでも信じてくれた凪さんは司令官にだけ伝えると言っていた。
俺が敵と疑われないよう口止めされてるから、流星さんのために補足をすることはできない。それに、さっきの晩餐会で思い出した、今日新たに見た夢のことも。
『疑いながら接していれば、もっと早くに気づいただろう。私の失態だ』
全員の理解が済んだことを確認して、司令官は再度、謝罪の言葉を述べた。
『皆、体を張って戦ってくれているというのに、統括する立場がこれでは……』
「司令官が謝ることじゃねぇよ。弥重がわかんねーなら誰も知りようねぇし」
「わたしも何度も会っていますから、お気持ちはよくわかります。とはいえ確定ではありませんし、もう人も変わっています。あまり気にしなくとも――」
「そうもいかないでしょ」
だんまりだった湊さんが、机の上で腕を組んで国生先生の言葉を遮った。
「これ、なあなあで済ませられる案件じゃないよ。凪が気づけないならほかの誰もわからない、それは僕も同意する。でも考えてよ。同じくらい死人と接してきてる未来ちゃんだって、産月って確定した卯月とかなり近い距離で話してたんだよね?」
Death gameの中で卯月に相対した未来を例に出し、「それでも『人』だと思ったんでしょう」と言って、湊さんは捲し立てるように続ける。
「卯月が言ってる『人間ベース』。意味はよくわからないけど、死人の気配が……とか言うなら、少なくとも産月は『死人に近いなにか』ってことでしょ? でも死人の気配もしない、むしろ人間とそっくりときた。そんな奴らと普通の人間どうやって見わけるの? いまここにいる人の中に、産月が紛れ込んでないって誰が自信を持って言える? 隣に座ってる人が百パーセント味方だって信じられる人がいるなら教えてよ」
疑いを前面に出した目つきで、湊さんは俺たち全員を見ていく。湊さんの隣にいる流星さんから、凪さん、ユキさん、紫音、国生先生、結衣博士、未来、最後に、俺――。
いい気分じゃない。でも自分のことよりも、被害者である未来まで敵かもと思われた事実のほうが、よっぽど腹が立った。
「そうねぇー。自分は違いますって言ったところで、それが嘘かホントかなんて相手にはわかりっこない。こりゃ可愛いイケメンの正しい意見だわ」
緊張が強まった部屋の中で、結衣博士だけがなんともなさそうに笑った。
「ちなみにさぁ、この場合、真っ先に疑われるのはあたしだろうね? なにしろ死人の研究が仕事だし、キューブやダイスを作るためとはいえ、死人の心臓によく似た青い玉をクローンしまくってるわけだから」
「ちょっと結衣さん、なにも自分から言うこと……」
「いーのいーの、あいかちゃん。こういう職業だからねぇ、あたしも慣れてんのよ」
手をひらひらさせて「だいじょぶよー」と返すも、結衣博士の顔から笑みが消えた。
「それで? こうして信頼関係を壊そうとしている君のほうこそ――産月じゃない証拠はあるの?」
――ああ、この空気はまずい。
「ないですね。マダーになったのも精鋭部隊の中では遅いほうだし、そういう意味でも僕への信頼は最初から薄いかもしれない」
「湊テメェ、いい加減にしろよ」
「いいじゃん、流星は。僕と違って凪たちと最初から一緒にいるんだから、ほぼ白だってみんな思うよ」
キレた流星さんが、立ち上がりざま湊さんの胸ぐらを掴んだ。
「せ、星ちゃんケンカは――」
「ガキは黙ってろ」
止めようとした未来を一言で黙らせ、すごい形相で流星さんは湊さんに詰め寄った。
「お前さ、さっきからなに拗ねてんの? お前が疑り深いのは俺も知ってる。でも自分敵かもしれません的な空気作って、ヤな目で見て、俺らに悪いと思わねぇのかよ」
「悪いってなに? 僕はあるかもしれない災いの種を取り除くべきだって言っただけだ。気持ちの面ではなにも思ってない」
「だから、そうやって疑うことになんも思ってねぇことにこっちはムカついてんだよ。何年も一緒にやってきた仲間だろうが」
止めなくちゃとそれぞれ動き始める中で、真っ先に止めそうな凪さんが俺たちに手を向ける。待って、と無言の圧をかけられ、ユキさんも落ち着いて座っているのを見て、みんなの困惑が色濃くなる。
湊さんが、掴まれたままため息をついた。
【第二三五回 豆知識の彼女】
湊は疑い深い
本編には出てこないのですが、湊も過去に色々あってこんな性格になっております。
面倒見が良くて大好きだった従兄弟のおにいさんが、実はいじめっ子だったと知ってから、他人を信じることができなくなったそう。人の心と表情は一致しない。世の中、いい顔をして平気で悪いことをしてる人がこんなに身近にいるものだと衝撃を受けた、とのこと。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 ライバル》
流星の本音がぽろぽろと。
どうぞよろしくお願いいたします。