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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二三三話 三人目の候補

前回、隆一郎は夢の内容を思い出しました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 隆一郎たちが夕餉ゆうげを楽しんでいた同時刻。死人死滅しびとしめつ協議会きょうぎかい本部の一室にて。


 ――ピロロロロ。


 軽快な音が鳴る。

 四十万谷しじまやがいるこの部屋に繋がる電話は二つだけ。緊急を要する警報じみたコール音と、現在そのを響かせている四十万谷あての内線。

「私だ」と愛想の欠片もない声で受話器を取ると、電話を取り次ぐ相手は端的に、北海道支部からの連絡だと伝えてきた。

 四十万谷の口端くちはに笑みが乗る。

 なるほど、万里ばんりはやはり仕事ができるのだ、と。

 内線の相手にありがとうと述べてから受話器のボタンを押して、外線に切り替える。


「私だ」


 変わらず一声かけると、電話の主はいつもどおり焦ったような口調で名乗った。


『ば、ばば、万里ですっ!』と。


 苦笑しつつ、ため息が出る。


「お前はもう少し自信を持て、万里」

『いいぃいやいや無理なものは無理なんだってぇー!』

「私が頼んだ仕事を終えたから連絡してくれたのだろう。手が回らなかったので助かった。感謝する」


 目を固く閉じて叫んでいそうだと想像しながらお礼を言って、四十万谷は本題を切り出した。


「前首相の代まで議員だった長月ながつき氏について、何か不審な点は見つかったか」


 昼間の会議を終え、凪と流星が眠りに落ちてから万里に頼んだ調べ物。六年働いていた男の情報を集めるようお願いしていたのだ。


 途中までは自分で調べていたものの、日中に死人が現れるというイレギュラーによって中断せざるを得なかった。

 被害が出ないよう対策を施し、無事に討伐した先ほどまで、警報に似た呼び出し音が何度も鳴っていた。


『ええっと……。一応、可能な限りは調べたんだけど』


 自信なさげに、万里は四十万谷の使っていた青いパネルへ調査データを送信する。長月という男の出生から七十歳にいたるまで、得られた情報がずらりと書き出されている。


『あの、個人的な意見を言ってもいいかな』

「なんだ」

『不審な点が見当たらないのが不審……かなあって。調べながら、矛盾がないひとだなって思ったの』


 感覚の話なんだけど、と万里は補足する。彼女が纏めてくれた記録に目を走らせながら、四十万谷は言葉の意味を理解した。


「政治家の父に科学者の母……幼少期の夢は『日本の未来を守る』か」


 ほとんど白くなった長髪を背中の中央で縛り、三白眼の周囲にあるシワが年を感じさせる。

 少し前に事故で亡くなったその男――長月みさお


 幼いころに掲げた夢を追うように、学生時代はクラス委員長やボランティアに努め、大学では機械工学にて技術と知識の修得を。

 卒業してからも優秀な人材として重宝され、齢五十を迎えた二〇一七年、環境問題を改善すべく巨大な圧縮機『ゴミ箱』の製作を開始。

 二〇三〇年に完成させるも死人が生まれ、バタバタと用意された政府の死人対策チームに最初から在籍しているなど、言うなれば長月という男は、現状の日本に繋がる全てに関わりがあった。


『偶然だと思う?』


 彼女は問い返す。己の答えが出ているために。


「お前のことだ。黒だと立証できるほかの理由があるのだろう」


 偶然ではないと四十万谷も確信している。そして自分の確信以上に、彼女は何かしらの情報を持っているのだろう。

 お得意のオドオドがないことからそう返答した四十万谷は、自分の趣味である紅茶セットから一つのティーバッグを取り出した。

 ダージリンの春摘み――ファーストフラッシュでもいただきたいところだが、資料との睨めっこに挟むのはもったいない。

 直火対応のガラスポットを使い、味は落ちてしまうが極力手間を省く方法で紅茶をいれていく。カップに移せば、良い香りが鼻腔をくすぐった。


『政府が作り出した、誰でも扱える無色のキューブ。あれを作ったのも、長月さんだって言ったら?』


 彼女は四十万谷と同じ場所に目をつけた。

 四十万谷以上に、情報をあぶり出してくれた。

 さすがだ、と返答してからカップに口をつけ、気力のブースターを得る。


『土屋君の夢に出てきた産月の三人が、和風月名わふうげつめいで呼ばれてたんだよね』

「ああ。弥重からそう聞いている」

『四十万谷君が長月さんを疑ったのは、陰暦九月の名字だから?』

「早計だとは思った。だがそれだけではない」


 四十万谷は万里へ問う。

 斎から製作途中のキューブを取り上げ、誰でも扱えるキューブとして政府が改良に費やした日数を覚えているかと。

 万里に思考する様子はない。


『三日』


 記憶に新しいのだろう。相槌を打って、短すぎる製作時間が答えられた。


「出来たと連絡があった日、斎はありえないと言っていた。キューブが既に作られていたとはいえ、あの複雑な内部構造や核となっている青い球体の活用法を三日で理解し、完成まで漕ぎ着けるなどわけがわからないと」


 何年かけても越えられなかった壁。どう頑張ってもひとりでに使用者を選んでいたキューブがなぜ急に言うことを聞いたのか。理解が及ばず、斎は秀とともにその製作過程を見に行った。

 四十万谷も同行していたので、彼らの驚愕や信じたくないといった気持ちが同じではないにしろわかる。

 二人が費やしてきた時間と葛藤、努力。それらが無意味だったと言われているような、早すぎる改良。いや、マダーの死亡数が跳ね上がった結果をみれば、改悪でもあったが。


「政府側は、誰がキューブを完成させたか言わなかった。何年も取り組んでいた二人から非難を浴びないため、個人が恨まれないようにの配慮であると、私が何度問うてもその一点張りでな」


 正論だと思い、四十万谷は疑わなかった。ぐちゃぐちゃに泣く斎と秀を慰め、製作者不明のまま悔しさを共有するしかなかった。

 けれど産月と呼ばれる組織を知り、対応に追われていたこの四日間。徐々に当時の不審さが目立ってきた。


「長月氏が議員になった際、前職で『ゴミ箱』の製作メンバーにいたと明かされたのだ」

『えっ……自分から?』

「ああ。律儀なことに」


 隠していればこちらに知る方法などないというのに、責任をもってこの事態を収めます、と腰を折った彼。

 真面目だと四十万谷は思った。実際、いつ会っても長月からは誠意が感じられた。

 不真面目を嫌い、節義(せつぎ)を重んじ、マダーの気持ちを汲んで首相へ助言も行うような、頼りになる男。

 ほとんどの大人を信用していない凪が、珍しく前向きな印象を持った人物でもある。

 だがその温情は、疑心を起こさせないためのパフォーマンスであり、流れを誘導する手段だったかもしれない。


『死人を生む機械を作って、総理に意見できる立場で、それでいてキューブの中身も簡単にいじっちゃうひとか』


「キューブ製作については勘でしかなかったが」


『でも最初から『青い球体』について知ってるなら、三日っていう短期間でもキューブを完成させられる。手にしたひとが死へ向かいやすいよう制限も加えられる。そういうことだよね』


 頭の回転が早い。四十万谷の出る幕ではない。


『その球体が死人に関係しているなら……の話だけど』

「無論、そのとおりだ」


 キューブの能力源である青い球体。死人の心臓と酷似しているだけで何の関わりもないのなら、この前提もひっくり返る。だが、それらが全くの無関係だとは四十万谷には思えない。


 (そら)から落ちてきた未知の球体。斎が見た夢。


 今は疑いを出さずにいるが、もし反発が起きるのならどう動くかは決めておかねばならない。

 球体を信じる気持ちは子どもたちのもの。マダーではない自分は、彼らとは反対の見方をする必要がある。


 ――こんな考えだから、キューブもダイスも使えんのだろうな。


 完成したダイスを斎に手渡されても、四十万谷には文字の一つも見せてはくれなかった。今までもこれからも、四十万谷が戦場に立つ資格はない。子どもたちにおんぶに抱っこのままだ。


 己の予想と万里の調べにより、ほぼ確定となったまとめを四十万谷は提示する。


 六年に渡り議員であった、陰暦九月の名を持つ男――長月操。この人物が産月の一人ならば。

 死人ではなく産月という組織が先に存在して、彼らの思いどおりに動かせるよう人間の生活に紛れ込んでいたとしたら。


 そうすれば、事の運びは順調になる。命を生み出す『ゴミ箱』の製作も、子どもの未来(みらい)を奪う偽のキューブの完成も。


『真っ黒なひとだけど……亡くなってるんだよね。これ以上確かめようがないか』

「いや、葬式すら偽造かもしれん。警戒するに越したことはない」


 ハズレと呼ばれた未来を率先して散らそうとする理由も、組織の広げるシナリオの一部。

 死人という目前の存在に翻弄され、こちらが慌てふためく間にも計画は進んでいたのだろう。


「子どもたちに、面目ない」


 統括する立場にいながら、気付かなかった。疑わなかった。内部を信じ込んでいた自分に腹が立つ。

 ぬるくなった紅茶に口をつけ、四十万谷は冷静であろうとする。しかし雑にいれたせいで美味しくない。癒しの効果を感じない。


『まだ、巻き返せるよ』


 いつもは自信なさげな万里が、強く言葉を響かせた。


『少し前までは、なんにもわからなかったんだよ。ただ生まれてくる死人に振り回されて、いっぱい死んで、それでも対処するしかなかった。今は違う。信頼できる谷総理がいる。臨世からの情報収集だってみんな頑張ってくれる。もしそれも上手くいかなくたって、ケトちゃんが目を覚ませば全てわかるって確定してるんだから』


 熱を込めて、万里は続けた。『四十万谷君が今の立場になったのは、キューブを知ってからの判断力や行動力を認められたからでしょ』と。


『施設長だったころも、いまも、子どもと誠実に向き合う四十万谷君を私は見てる。だから大丈夫。自信を持って、私たちを導いて』


 私情まじりの励まし方。ありがたいと心が温まる反面つい笑ってしまい、はっとしたのか、万里は慌てて弁解に走る。


『あああぁあのいいい今のはその、ね? ただそう思っただけだからっ、ね!?』

「……まったくお前は。常に毅然としていればいいものを」


 いいや、ひとのことを言えない。

 自信を持てと万里に注意しておきながら、自分は自分を認めていないのだから。

 人間の心は難しい。


智代(ともよ)。……ありがとう」


 迅速な調査も、激励も。

 養護施設から送り出して以来、二十年ぶりに彼女の下の名を呼んだ。

 ちらりと時計を見る。旅館の夕餉もそろそろ終わるだろう。子どもたちに指示と感謝を伝えるため、また連絡すると言って四十万谷は通話を切ろうとした。しかし、


『あの、偏見なく話してほしかったから、後回しになっちゃって。このタイミングでほんっとにごめんなさいなんだけど』


 またオドオドし始めた万里は、三十分ほどの動画を送ってきた。彼女の担当地域である旅館『湧水』の壁沿いに設置された監視カメラの映像。時刻は十八時ごろ。


「……これは」


 思わず身を乗り出した。

 カメラが捉えているのは、二人の男。

 一人は明るい髪色の見知らぬ青年。もう一人は、Death game(デスゲーム)にて未来と接触し、臨世が目覚めても動かないよう催眠をかけたとされる、あの碧眼の少年。

 彼の口から、陰暦九月の名が出ていた。

【第二三三回 豆知識の彼女】

万里支部長は四十万谷司令官がつくった児童養護施設の出身


実はお付き合いがとってもとーっても長いお二人です。オドオドと自信のない様子は子どものころからだったようで、話を聞いたりアドバイスをしても変わらず、気質なのだろうかと司令官も色々悩んだそう。

その性格も手伝ってか、おっちょこちょいではあるものの仕事は完璧にこなし、相手の求めるもの以上の成果を出す万里さん。同じ『万』の漢字を持つ男性と結婚して北海道へ飛んでいきましたが、毎年年賀はがきを送ったりそれなりの頻度で連絡を取ったりと、実は旦那さんからヤキモチをやかれるほど超仲が良いのです。

話せば長くなるので割愛しますが、二人は父子のようなぽわぽわ和やかな関係なのでした。


ということで!!これにて第三章《雪の降る街》完結とさせていただきます。

謎の解明に重きを置いておりました第三章、まだまだ色々と残ってますが、それもストーリーが進めば明らかになるので(なるはずなので)ごゆるりとお付き合いいただければ幸いです。


ここまで読んでくださった読者様、そして一度消えてしまってもまた最初から見守ってくださっている読者様。支えてもらって、今のさんれんぼくろがあります。

本当に本当にありがとうございます。


次章は引き続き北海道。本題である臨世と関わりつつ、前話で思い出した夢の内容から物語を動かしてもらいたいと思っております。

『碧カノ』こと碧眼の彼女、完結目指して頑張りますので、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。

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