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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二三二話 サプライズ

前回、なぜか加藤が旅館にいました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「おっ! 来たねぇー隆君、未来ちゃん。元気になったかい!?」

「……恵子けいこおばちゃん?」


 症状が回復した俺と未来が食堂に入ると、見覚えのあるふくよかな体型の女性が厨房から出てきた。

 Death game(デスゲーム)をした後いつもお世話になる売店のベテランシェフ。勤務歴八年目の恵子おばちゃんは、かっかと笑いながらこちらに歩いてくる。


「おばちゃん、なんでここに……ひゃぁっ!?」

「あれ以降ゲームに来ねぇと思ったら! こーんな所にいたとはねぇ」

「いだだだだッ!」


 ミシミシミシッ。

 未来の問い掛けや俺の体の音にも動じない恵子おばちゃんは、お肉たっぷりの胴体と腕で締め付けてきた。抱きしめられたともいう。

 骨が軋んだのは気のせいにしたい。一般人の力で悲鳴を上げるほど、俺の体はヤワじゃないはずだ。


「怪我もしてないみたいで、あたしゃー嬉しいよ」


 すぐに解放されたかと思えば、今度は背中をバシバシ叩かれる。痛い。おばちゃんのおかげで怪我しそう。

 愛情表現が暴力的すぎやしないか。


「おばちゃん、なんでここにいるのっ? ここ北海道だし、危ないし、前線との境界には警備の人が……ていうかその格好?」


「あっはっは! 未来ちゃんは質問だらけだねぇ」


「質問しかないよ。それに茜ちゃんもいるって加藤君から聞いて……」


 矢継ぎ早に尋ねる未来を、仲居さんたちと同じ和服に包まれたおばちゃんが手で制す。


こまけぇことはあんたらの兄貴に聞きな。あたしはいつも通り、うめぇもんを作りに来ただけ。手伝いが終われば茜もすぐるの坊主も帰るからさ」


「もちろんあたしもだよ」と笑う恵子おばちゃんは、俺と未来が持っていた湯のみを取り上げて厨房に消えていった。

 疑問点を残して、帰ってくる様子もない。


「兄貴に聞けって……肝心の凪さん見当たらねぇけど」

「うん……」


 おししょーさまを探すべく食堂全体を見渡した。


 暖かい色味の木造の部屋。本来は朝ご飯に使用する場所だからか、外がよく見える大きな窓がある。

 その手前に置かれた長机には白いテーブルクロス。所狭しと並べられた大小の皿には全て、谷川哲郎てつろう博士が手掛けた『キープマテリアル』が被せられている。

 出来たての状態に保つ効果があるそのマテリアルは底のない円柱状で、お皿に被せる銀の蓋『クローシュ』をモデルにしたもの。


 料理をする人がこぞって買い求めるらしいそれを、そぉー……っと、紫音が開けようとしている。

 鍋を置きに来た加藤が「やめちょくれぇっ!」と頼んでる。


「紫音って、一般人には姿見えないんだよな?」

「私も今不思議に思ったとこ。見えるような能力使ってるのかな?」


 キープマテリアルは大きさによって色が決まっていて、不透明だし作りたての匂いも保持するから中に何が入ってるかがわからない。紫音が開けたがるのも当然だった。


 アイランドキッチンみたいに独立した丸テーブルにも同じく蓋が被せられている。


 中央にはみんなで食べる用にくっつけられた正方形の机が二つ。席ごとに小皿が一枚用意されていて、既に国生先生、結衣博士、ユキさんの大人組が座って談笑してる。でもおししょーさまの姿はない。

 当然みたいな顔でマユが主人の膝の上を占領するからリイが泣いてきいきいわめいてる。

 ユキさん、構わず普通に喋ってるけど。宥めなくていいのかな。


「……焼きたてパン」


 ふわりと漂ってきた、香ばしい香り。

 未来がいち早く気付いて振り返る。

 遅れて俺も振り向くと、腕まくりした服を戻しつつ厨房から出てくる流星さんを見つけた。

 こちらに気付いた流星さんの、切れ長の目が少し大きくなる。次いで、意外にも優しい微笑みを浮かべた。


「良かったな、弥重みかさ。タイミングばっちりだったぞ」


 厨房に向けて声をかけてから、ぽん、ぽん、と。俺と未来の頭に軽く手を置いていく流星さん。

 いつもの乱暴さが嘘みたいで驚いた。


「あー、ほんとだ。ナイスタイミング二人とも〜」

「湊さん。……それ」

「似合うでしょー、フリルのエプロン。隆一郎君も着けてみる?」

「いや、俺は」


 いいです、と首を振る前に、湊さんは「どーぞ〜」と大きな白い皿と袋に入ったおしぼりを俺に押し付けてきた。

 未来にも同じように手渡して、席のみんなにも配っていく。「紫音はー?」と聞けば、「さわれないからいいよー」と返事があって、幽霊少年は料理を覗くのをやめてユキさんのそばに寄った。

 ――触れない。


「紫音はね。食べ物の変移へんいを頂くんだよ」


 またふわりと香る、美味しい匂い。

 お盆いっぱいに丸パンを乗せた凪さんが俺の横に立った。ご飯も食べられないのかと気にしたことを悟ったように、説明を添えて。


「食べ物の変移、ですか?」

「そう。その料理が出来るまでの、人の思いや食材の歴史。古くは海から来たと言われているから、そういう意味では世界の変遷へんせんを丸ごとお腹に入れてるようなものだね」


 用意されていた小皿に、凪さんはパンを乗せていく。


「紫音は紫音の方法で、みんなと一緒にご飯を食べる。食事が必須なわけではないけど、食べたいと言って三食しっかり食べてる。だから大丈夫だよ」


 安心した頃には食事のセットは終わっていた。

 机の真ん中にパン用のバスケットを置いて、残ったパンが重ねられる。


 ぐぅうううう〜……。


 盛大な音を鳴らしたのは俺じゃない。

 隣をちらりと見る。

 顔を真っ赤にして、お腹に手を当てる未来がいた。


「……やべぇよな」


 焼きたてパンの香りは、食欲をそそる。


「うん。やばい」


 素直に頷く未来。

 絶対美味しいだろうもちもち小麦に目を奪われる俺たちに、凪さんはくすっと笑った。


「美味しいものを好きなだけ食べよう。頑張ってくれた今日の自分に、ありがとうを込めてね」


 その言葉を合図にして、周りからも美味しそうな香りが溢れてきた。

 金色の光を放つ凪さんの【(いと)】が、色とりどりのキープマテリアルを持ち上げている。

 隠されていた料理が主張を始めた。


「わぁ……あっ……!」


 きらきらした瞳で料理を見に行く未来のあとを追う。


 三種の唐揚げに多種な天ぷら、かき揚げにハムカツ。恵子おばちゃん特製ドレッシングがかかったサラダにほくほくゴロゴロ根菜の煮物やだし巻き玉子。お馴染みのカレー。


 売店で注文できるいつもの美味料理のほかに、北海道ならではの海幸うみさちをふんだんに使った海鮮料理。

 家では見ないようなハーブが添えられた分厚い牛肉は中身がほどよく赤く、ほかにも数え切れない量の食材が神の御業によって輝いていた。


「恵子さんにね。晩ご飯を振る舞ってもらえないかって朝電話してたんだ」


 大きな炊飯器をパカッと開けて、つやっつやに炊かれたお米に惚れ込む俺たちに凪さんは事のあらましを教えてくれた。


 俺たちが朝ごはんを食べてる間に司令官へ連絡して、それから恵子おばちゃんにも電話をしたのだと。

 急なお願いだったにも関わらず了承してくれて。

 恵子ちゃんが行くなら私も。前回頑張ってくれた加藤も、という瀬戸の申し出があり、三人セットが決まる。


 死人がいつ襲ってくるかもわからない交通機関は使わずに、斎たち研究員が量産し始めているダイスを使ってもらい【光速(こうそく)】で連れてきたとのことだった。

 光の速さで移動したら素体そたいの人間は塵になるから。それを回避するための一時的な貸し出しらしい。


「加藤君は、マダーになりたがってるみたいだけど」


 ダイスを持っていることでマダー(仮)になっている加藤だから紫音が見えるのだとここで気付く。

 未来は凪さんの話を聞いていない。皿いっぱいに料理を乗せて、乗せて、まだ乗せる。恵子おばちゃん秘伝のレシピオールスターに夢中だ。


 かくいう俺も、美味しそうな料理を前に意識半分――いや、九割くらいは既に持っていかれてる。話が入ってくるのが不思議なくらいにうずうずしてる。

 だからだろう。

「話はこれくらいにして」と頷いた凪さんは、みんなにも声をかけた。

 先走った俺や未来を咎めることなく、各々好きな料理を皿に盛る。

 テンション高く、席に着く。


「いいのかな。私……なんにもできてないのに」


 はやる気持ちとは裏腹に、未来は豪華料理と自分のしたことを比べている。


「未来ちゃんは役目を全うした。自信を持っていい」


 十分だって答えようとすると、ユキさんに先を越された。

 うさ耳を後ろに倒したリイを左膝に乗せ、右膝には少々不服そうなマユがいる。ふたりが小さいからこそできるんだろうけど……食べれんのかな、その体勢。


「でも……」

「つか、ガキんちょがあの場に立つこと自体すげーんじゃねーの。俺ならぜってー断ってるし」

「珍しいねぇ、流星が未来ちゃんに優しい言葉〜」

「黙れバカ湊。俺だってたまには……おい主役より先に食ってんじゃねーよ」

「ほんひーははひはははい」

「なんて?」

「おいしーからしかたない、だと思います」

「へいはーい!」

「なんでわかんだよイチは……」


 斎に似た何かを感じたからです。

 それと流星さん。未来をガキんちょって呼んだの、多分凪さん怒ってますよ。にこにこしてるもん。すんげぇにこにこしてるもん、怖いくらい。


小山内おさないくん、いただきますはきちんと――」

「まーまー、あいかちゃん。とりあえず食べよ? あたしのぽぽんもそろそろ待ちきれないし、もうぺっこぺこのきゅるっきゅるなのよぉ〜」


 ぐうううううううぅ〜っ!

 ぺっこぺこなんて表現以上に空腹を訴えるぽぽん、もとい結衣博士のお腹。

 しょうがなさそうに国生先生が笑う。


 どうしても気になっていた未来も腹ぺこだから、素直にありがとうございます、とお礼を言ってご飯に向き合った。

 各自いただきますをする。

 恵子おばちゃんフルパワーの料理、どれからいただこう。全部うまそうで、贅沢にも迷いが発生する。


「あ……」


 ひょい、と。机の真ん中にあるパンが紫音の方に飛んでいくのを見て、凪さんが小さな声を出した。

 不思議な光景だった。

 宙を浮く丸パンは凪さんが持ってきた時となんら変わりないのに、じっ……と紫音が見つめる時間の分、見えない内側で小さいものが光るような、弾けているような――言葉にならない、神秘を感じる。


「愛情いっぱいだね。……隊長の」


 幸せそうな顔をした幽霊少年の口には入らない。

 ふわりふわりと浮いていた丸パンは、内側の燐光が外まで溢れ、紫音の胸に抱かれ、最後には欠片ひとつなく消えていた。

 燐光の色が、紫音のお腹の辺りで煌めいている。






「あっはっは、いーい食べっぷりだねぇみんな! わけぇモンはこうでなくっちゃ!」

「いいから早く調理場に戻って、恵子ちゃん! 女将さんたち困るでしょ!?」

「瀬戸ぉー! 助けちょくれ、皿ッ、落ちる!!」

「ストップストップ加藤! すぐ行くからっ……」

「のおおおおおっ!!」

「わぁーっ!」


 ガッチャーン!!

 ああ、やらかしたな加藤。

 皿の割れる音と、何度も席に来ては「うめぇかい?」と聞いてくる恵子おばちゃん。他に食べたい物も作れるからと、注文を取りつつ落ち着きない二人に挟まれ大変そうな瀬戸。


 三人のやり取りに既視感を覚えながら、俺たちは絶品料理を平らげた。

 終わりそうにないくらいいっぱいあったのに全部お腹の中。もちろん眠気も最高潮。このまま眠りの国へ旅立ちたい。


「女将さんが?」

「そう。こういう日は珍しい品の綺麗なお食事じゃなくて、安心できるあったかくて優しい空間が良いでしょうって。意見が弥重先輩と一致したから恵子ちゃんに連絡したみたいよ」


 ふわふわの意識の中で、やっと落ち着いたらしい瀬戸と未来の話し声が聞こえる。

 宿の料理も明日いっぱい食べてもらいますって笑ってた、と。

 周りにいる人があったかい。自然と感謝の気持ちが生まれてくる。


 ぽやぽやしながらありがとうございますと心の中で繰り返していると、眠気が強くなってきた。

 起きようとしても目が開きそうにない。みんなと一緒に片付けを手伝いたいんだけど。もう諦めて寝てしまおうか。


 ――決行は五日後。……六月七日、ですね?


 抗えない眠気が、サウナの後に休んでいた時とリンクする。

 忘れてはいけないその言葉と、夢の内容。俺の記憶を隠した師走しわすと呼ばれる男の顔を思い出させる。

 最後に、『媒介完了』と。ほっとしたような静かな声と、鈴の音を聞いた気がした。

【第二三二回 豆知識の彼女】

丸パンは凪さんの手作りパン


厨房から焼きたてパンを持って出てきました優しいお兄さんは、恵子おばちゃんに頼むだけでなく自分も晩ご飯作りに参加しておりました。

隆や未来には言いませんが、料理が出来るまでの流れを感じ取れる紫音には誰が作ったものかバレています。凪さんの愛がこもった手作りパンは、最初に紫音のお腹へIN。

さすがに通常通り発酵させるには時間や心の余裕がなかったので、今回はレンジ発酵ですね。

焼きたてパンは美味しいです。それはもう、幸せの世界へ旅立てるほどに美味しいです。お腹すいてきた……ぐぎゅるぐぉぉぉ〜……


お読みいただきありがとうございました。


《次回 三人目の候補》

三章最終話です。前線と呼ばれる土地で、一章、二章のような大きな戦闘もなしに終わってしまう((((´°ω°`*))))

それだけ司令官や精鋭部隊の力量がハンパねぇのかなあと作者的には思います。非戦闘員がいるこのメンバー、徹底的に危険を排除すべくみんな動いてくれました。MVPは……誰だろう。やっぱり全員ですかね(`・ω・)b


それでは、どうか最後までお楽しみいただけますように。

ラストは司令官視点で締めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

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