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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二三一話 思わぬ顔触れ

前回、未来はのぼせました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 旅館『湧水』の隣にあった鍛錬場『洗練の間』。

 ただの宿になんで鍛錬場が備え付けられてるのか疑問に思いつつ利用してた俺たちだけど、実はここ、朱雀家の所有地なんだそう。温泉に行こうって凪さんに誘われた際に聞いた。


 ユキさんの体調が良くなればとお父さんが温泉の権利ごと購入した土地で、マダーとしても頑張ってほしいために鍛錬場を大工さんに建ててもらって。

 元気になって使われていない現在は、資格や経営に詳しいユキさんのお父さんのお姉さんが旅館として引き継いでいる。

 つまり、『湧水』の女将さんはユキさんの叔母に当たるらしい。


 ――今の総理は知らないだろう。これも縁だよ。


 たびたび『縁』だと言うユキさんは、特に秘密にしてるわけではないという。

 入口で鉢合わせた俺が直接尋ねたら答えてくれたように、自分からは言わずに聞かれたら答える方式。『湧水』を偶然選んだ総理大臣(谷さんだっけ)にもそういう話になったら伝えるとのこと。

 直したとはいえ、かなり壊してしまった件を謝ったら『正しい使い方だ』って笑ってくれた。

 たばこを吸っていたんだろう。未来が平気でいられるくらいのほのかな甘い香りがした。


 ――臨世については司令官から話すって、凪さん言ってたな。どうだったんだろ、調べた結果。


 体のビリビリから逃れたくて、黙って考えにふける。


 今晩は何もできないけど、悪いことも起こらない。だから気にせずのんびり過ごそう。


 優しさに甘えて調査に参加しなかった俺たちが共有を頼むも、凪さんの答えはそれだけだった。

 納得できないとわかっている凪さんは、アイツについて語らない代わりに帰ってきた全員がくつろいでいる姿を見せてきた。


 いつの間にか綺麗になった部屋。

 流星さんと湊さんがまたじゃれ合っていて、リイとマユがユキさんのコートを綱引きみたく引っ張って、それを紫音が止めに入って。何があったのか、結衣博士はにこにこの国生先生にされていた。


 ――今思えば全っ然くつろいでなかった。暴れてたぞ、全員。


 全身のビリビリが強くなってきて、渋い顔をしながら俺は身をよじる。

 くつろいではなかったけど、『ね?』と優しい微笑みを凪さんに向けられた俺たちは、それだけで心の底から安堵した。

 不安で色々聞きたかったはずなのに、温泉に行って、ご飯を食べて、司令官からの連絡を大人しく待っていようと思えたんだ。なのに、


「ああ、くっそぉ……ビリビリする! 無理ッ!!」


 激しい寝返りを打った。

 強力な電撃をマユから食らった俺は、正座で足が痺れた時みたいな刺激が全身に。

 未来ものぼせてることに気付かず長話をしていたようで、俺の横でぐでんとしてる。

 いざ楽しもうとした温泉の結果がこれじゃあ。悲しいとしか言いようがねぇよ。


「あんの変態ガキぃ……」

「隆……せめないであげて……」

「もうちょっと狼狽うろたえろよなー、お前は」


 のぞかれそうだったんだぞ。なんで庇うんだよ。

 長風呂対決もできず、約束のコーヒー牛乳も飲めずに畳の上で寝転んでいる俺たち。

 国生先生が二つの完治薬かんちやくを手に「必要ですか?」と聞いてきたから、丁寧に断った。

 凪さんの車酔いを治すために使ったのは『境界』の向こう側に入ったからであって、じっとしていたら治る一般的な不快に万全の薬を使っちゃいけない。なにより高価なんだ、あの小瓶は。


「紫音君ね。これから先ずっと……十三歳だって」


 扉の向こう側から幽霊少年の声がする。

 親族とあって女将さんの手伝いを申し出たユキさんとは違い、あいつは伴侶たちと畳の廊下を走り回っている。

 大きな足音二人分と小さすぎる足音を聞きながら、信じがたい未来の言葉を咀嚼そしゃくした。


「……【九割謙譲ほぼゆうれい】のせい、か?」


 電撃を直接受けたにも関わらず既に元気なのも、走る音が聞こえづらいのも。年をとらないのだって。


「そうみたい。脳のどこかが成熟しないからって、あいか先生が言ってた」


 名称は覚えられなかった未来は話の内容だけを俺に伝えてくれた。

 人として重要な何かが発達しない。その影響が今後ありそうで、ユキさんが心配していると。

 仰向け状態から横向きになり、俺は未来を見る。

 未来はうつ伏せで、腕で体を起こして俺を見ていた。


「紫音君も雪翔さんも、死人(あのこたち)のために体の全部を捧げてる。……すごいよね」

「ああ」

「せめないであげて」

「のぞきはのぞきだ」

「もちろんそうだけど……」


 ――子どもなんだよ。

 飲み込んだ言葉が聞こえたような気がする。

 子どもだからいいとか思ってるわけじゃない。年齢の問題ではないと未来もわかってる。

 それでもせめるなと言ってしまうのは、無意識に湧き出る紫音への同情だ。


「叱るだけにする。それでいいだろ」


 そっけなく提案して、俺は黙る。

 うん、と了承で答えてくれた未来も口を閉じる。

 お互い無言になり、予定されていたかのように同時に自分のキューブを手に取って、見つめたまま考え込んだ。

 ご兄弟の、自己犠牲の強いキューブの使い方を。


「……なんか、真面目な雰囲気じゃのう」


 聞き覚えのある、声。


「伏せっちょるて聞いたから持ってきたんじゃけど。心配せんで良かったか?」


 特徴的な喋り方。

 目を見開いた俺は未来と一緒に勢いよく起き上がる。

 声の主は「うおっ」と驚くとともに手に持ったお盆ごと湯のみを傾ける。

「ちょぉ待てっ」と落っこちそうになった湯のみに叫ぶのは、既視感のある真っ白なエプロンを身に付けた男。柔道耳が目立つ、短髪でガタイのいいあいつ。


加藤かとう……おまっ、ここで何してんの?」


 なんとか零さずに受け止めた俺たちの一般人友だち。

 加藤すぐるがそこにいた。


「ふぅ……。まあ、色々あってな。瀬戸せどに頼まれて来たっちゅうか」

あかねちゃんに?」

「おう。会いたがっとったぞー、二人に。ワシがこれ持っていくうたらキャベツ千切りしながらガン飛ばしてきよった」


 おかげで仲居さんたちがびくびくしていると説明しながら、加藤は片膝をついて湯のみを俺と未来に渡してくる。

 一般人である加藤と『おはらい』担当で戦闘要員ではないマダーの瀬戸茜。どちらも今回の北海道遠征のメンバーには含まれていない。


「瀬戸もって、なんで――」


 二人がいる理由を聞こうとするも、未来が湯のみの中身を見て「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。


「どうした未来。大丈夫か」

「う……うん。遮ってごめん。その、ね。見覚えがね、あるなぁと……」


 渡された湯のみは熱くないのに両手の指だけで持って、顔をわかりやすく引きつらせている。

 疑問に思った俺も渡された飲み物を見た。目を引くオレンジ色で、とろりとしている。その特徴にピンとくる。


「なぁ加藤? この液体はまさか……」


 違うと言ってくれ。俺の早とちりであってくれ。

 内心で願いながら確認するも、加藤は否定してくれない。にぱぁっと笑った。


「ご名答。『長谷川薬店はせがわやくてんのお助けジュース』じゃ」

「「うーわぁー……」」

「ははっ。息ぴったりじゃのう、お主ら」


 イントネーションだけでなく表情まで同じらしく、二人とも嫌そうだと加藤に指摘される。

 実際嫌なんだ、これ。

『長谷川薬店のお助けジュース』。通常の身体能力を一・五倍にするというコンセプトで長谷川凛子りんこが作ったパフォーマンス向上系のドリンク。

 球技大会でも効果を発揮したとろみのある液体は、体を一番いい状態へ導いてくれる代わりにとんでもなく苦い。

 俺たちが通うジーニアス校の自販機でのみ販売していて、本来は二百ミリリットルの小さいペットボトルに入ってるはずなんだけど。


「なぁ……これ、わざわざ湯のみに移し替えたのか?」

「おう」

「なんで?」

「雰囲気は大事にした方がええかと思って。ここ旅館じゃし」


 ならペットボトルのまま渡すべきだぞ加藤。

 薄茶の枝と桃色の桜が描かれた繊細な白い湯のみなのに、入ってるのはド派手な原色のオレンジなんて。調和が乱れてる。

 和を愛する凪さんが見たらにこにこしそう。

 嬉しい時のにこにこじゃなくて、国生先生が結衣博士に向けるようなにこにこだ。


「まあとにかく、それ飲んだら二人とも元気になれるじゃろ? 動けるようになったら食堂に来ちょくれ、もてなしの準備が進んどるんじゃ」


 飲む前提で加藤は部屋を出ていった。これを口に入れることがどれだけ勇気を必要とするのか、常に元気なあいつは知らない。


「……未来さんよ」

「ええ、隆さん。これはもう……」


 一気飲みしかあるまい。

 未来と顔を突き合わせ、こくりと同時に頷く。

 考えても無駄だと早々に諦めた俺たちは喉を鳴らしてトロトロを胃へと流し込んでいった。

【第二三一回 豆知識の彼女】

『長谷川薬店のお助けジュース』の色は元気になれるカラー


ギャルだった時と変わらず派手な色がお好きな凛子様。『長谷川薬店のお助けジュース』のとろみや苦味は効能のためにどうにも変えられないところなのですが、色は彼女のお好みでつけております。

「元気出すならオレンジっしょ!」

決定はとっても早かったらしいです。


旅館『湧水』はユキさんにとって懐かしの場所。元々温泉が引ける土地ではありますが、個人で使う分には温泉権なるものが必要で、それも含めてお父様が土地を購入。湯治とうじの目的がありました。

現在は知識が豊富なユキさんの叔母様が女将となり、旅館に変わっています。


谷総理はほんとに知らずにここを選んでいるので、ユキさんは少し驚きつつもやはり「縁だ」と笑ったそうな。総理がきちんと宿泊代を払っております。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 サプライズ》

加藤、茜ちゃんと続いてさらにもう一人登場。

加藤がちらりと言った『もてなし』の始まりです。

どうぞよろしくお願いいたします。

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