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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二二八話 見下ろす碧眼、フタリ

前回、凪はあいかに変顔写真を見られました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 日がようやく落ち始めた。

 沈む太陽が作る長い影。照らされて赤い人工の木々。

 眼下の鍛錬場で起こるは、また別の光と神秘の樹木。


「【炎神(えんじん)】ッ!」


 赤、黄、だいだい。波打つ自由な炎。

 全てを照らす暖色が、影という影を消している。

 強力すぎる炎の龍は、戦闘を始めてすぐに天井を突き破っていた。建物の中は空から丸見えだ。


「【(はぐく)生命(いのち)よ】」


 暖色に負けない浅葱色あさぎいろ。自ら光を発する抽象的な無数の植物は、青い瞳が綺麗な少女を守るように重なった。

 襲い来る炎を阻み、次には使役する者へ襲いかかる。

 炎を扱う赤毛の少年は熊手くまでのように五本の指を曲げ、鋭利な爪に炎を纏わせ切り裂いた。


 ――【ほのおつめ】、だったかな。


 年輪が多い植物を簡単に分断した炎に、無感情ながらも小さく拍手を送った。

 凪という青年が見せた『虎猫』からのインスピレーション。

 自身の手だけを獣に変え、鋭い爪に炎を加えて攻撃する。直接当てれば殺傷力が高く、振り抜いて爪の形で飛ばすこともできる。

 近から中距離に秀でた技。

 新しく生み出した彼の炎は、戦闘で初めて見せた際に少女へ教えていた。


 ――チリン……。


 熱さと火の粉が舞う空気。

 濃厚な木々の香り。

 それらを十二分に感じる距離で鳴る、自分がいる証明の音。


 ――チリン……。


 生じた風が、金の帯と灰色の上着をなびかせる。

 ばたばたとうるさい、無用を掻き消す鈴の音。


 ――チリン……。


 嫌な現実から逃れられる、癒しの音。


 ――チリン……。


「なー。そろそろ帰ろーぜぇ卯月うづきぃー」


 安心を邪魔する、面倒そうな家族の声音こわね

 後ろから呼ばれたが、振り返らない。


「帰っていいよ、如月きさらぎ。ぼくは最後まで見ていたい」

「帰れねーんだよ。お前がここにいるとさぁ」


 オッサンにも怒られるし、と彼は自分の正面に回り込んでくる。相も変わらず、如月は長月ながつきをオッサンと呼ぶ。

「あのお方のめいに背くなど、産月としてあるまじき行為……!」と、あのお方が第一な長月の真似をする。


「怒られるのは君の方じゃない?」

「あ? なんで」

「帰っていいよ。長月にはぼくから弁解しておく」

「……はぁー。だからさ、お前がここにいるとオレ帰れねーんだって」


『文句を言う男、如月。産月』

『長月も産月。オッサン。七十歳』


 ぽつぽつと口を動かしてから、不服そうな如月を見つめる。

 明るい髪色がよく似合う、目つきの悪い青年。


『碧眼。隠す』


 ぽつ、ぽつと口を動かした。

 彼は訝しげな表情になり、自分と同じ灰色の羽織で腕を組む。黒のカラーコンタクトが入った瞳で何かを疑っている。


「……如月」

「おう」

「人間ベース、だって」


 卯月は近くの建物をちら、と見る。旅館『湧水』。外壁に設置された黒い物体を確認して、何だよと言いたげな如月へ向き直る。


「人間ベースって、あのお方に言われた」

「……ああ」

「その人間ベースのおかげであのお方は隠れていられるのに。酷い中傷だよね」


 如月は更に不審そうな顔をする。


『あのお方。産月の親』


 ぽつり。彼に気付かれないよう、小さな開口。


「お前……今日はよく喋るな」

「人間ベースだから気付かない。死人の気配に敏感なそこの幼なじみたちも、全てを守る先導者も、あのお方を怖がらせる『知』のキューブを持つ女性でさえ」


『誰も、ぼくらの居場所に気付けない』

『あなたたちはぼくらを見つけられない』

『なぜか。ぼくら産月は――』


「やめとけ、卯月」


 おちゃらけた声ではなかった。

 如月は卯月が確認していた物体を認識した。

 真剣な顔で、再度やめとけと言う。


「お前、自分が何してるかわかってっか」

「わかってるよ。如月だから、こうしてる」

「オレだから? オレなら見逃してくれるってか?」

「あのお方は産月を何もわかっていない。助けを求める時は己の分身だなんて豪語して、そうでなければ人間ベースなんて言葉で一括りにして、産月を蔑んで蔑んで蔑むあのお方には。ぼくら産月の、なんにも」


 答えにならない答えで返し、卯月は一呼吸置く。

 酸素を必要としない自分が、息を吸う真似事をする。


「――産月であるぼくを、同じ産月である君、如月に。見張りなんてさせたあのお方の失態でしょ」


 はっきり言えば、如月は「はっ」と笑った。


「お前、今度こそ殺されるな」

「産み直されるだけだよ」

「一緒だろ。今ここにいる卯月は消える。奴ら人間をおもしれぇと思うお前も、ハズレを大事だって思うお前も。なんにも残らねぇ、まっさらな卯月が誕生する」


 それはそれで可愛がってやるけどな、と如月は手を頭の後ろで組む。

 実際に事が起ころうと、彼は自分を助けようとはしないだろう。保身は大事だ。


「死にたがるお前の気持ちがわかんねーよ」

「一つの心臓で未来みらいが変わるなら、何でもする」

「はん。苦労してんな、継承者・・・


 苦労ばっかりだよ。しかもその言葉の意味を誰にも伝えられないのだから、もっと大変だ。

 卯月は少年と少女を見下ろす。

 戦況は終盤。


 ――――カァンッッ!!


 一際高い音とともに、少女の手から『(やいば)』の【木製銃(もくせいじゅう)】が飛んでいった。槍と鎌がぶつかり、力の差で少年が武器を薙ぎ払った。

 守るものがなくなった少女は咄嗟に飛び退く。

 今まで彼女がいたそこに槍が払い上げられた。当たらなかったのは奇跡に近いほど、ギリギリの回避。

 片手バク転で少女は距離をとる。

朝顔(あさがお)】の蔓を少年の足元から生やし、彼が体勢を立て直す前に【大賢(たいけん)(やり)】を弾き飛ばした。


「聞かなかったことにしてやるよ、卯月」


 興味なさげだった如月は、彼らの戦いを見物しながら言った。


「家族だからな、オレらは」

「……ありがとう」

「けど、明日にはバレる。バレて命じられたオレは、今この場で聞いたことをあのお方に正直に話す。いいな」

「うん。いいよ」


 卯月は安心して目を閉じた。


「今晩だけ黙っていてくれたら、もう十分」


 彼女・・が引き継いでくれるだろう。そう信じることができた。

 これが最後とばかりに卯月は口を小さく開く。

 いいや、もう隠す必要などない。

 最初に見た物体へ体の正面を向け、黒のカラーコンタクトを外す。

 彼らが自分へつけた仮の名称――『碧眼の少年』が、『産月の卯月』であるとわかってもらうために。

 青い瞳を、存分に晒す。

 口を大きく開く。


「……よろしくお願いします」


 微笑んだつもりだけれど。表情に乏しい自分はきっと、一ミリも口の端は上がっていないだろう。今更だ。


「先に言っとくぜぇ、卯月。さいなら」


 軽い別れの言葉。

 彼らしくて心は穏やかだ。


「さようなら、如月。次のぼくは素直だといいね」

「これ以上素直になられたら困るっつの」

「じゃあ暴れん坊になろうかな」

「今くらい喋ってくれたらオレは嬉しいけど。決着つきそうだぜ?」


 ヒトではない、ヒトの形をした生き物。

 消えゆく時間を楽しむように、『人間ベース』はその戦闘を見守った。


 少年の手には、【ほのおつめ】。

 対する少女は【木刀(ぼくとう)(かい)】。日本刀のようなその武器は二刀流。

 爪と刀でぶつかり合い、間合いを詰められ動きづらくなった彼女は後方へ飛び退く。

 先ほど見た流れ。

 しめた、と少年は獣の手を振り抜いた。

 一直線。飛んでいく、鉤爪かぎづめの形をした炎。


「いけるって思う時が、一番怖いんだよ。隆」


 勝利を確信した少年は体をぴくりと動かした。

 少女は不敵な笑みを浮かべる。

 斬撃の炎が彼女に当たると思った、その瞬間。


「【らうはな】」


 誰も知らない、花が現れる。

 コシのある黄色い花弁が美しい。しかしそれよりも、艶やかな花びらの内側――管状花かんじょうかと呼ばれる筒型の小花にできた『大きな口』とそこから出ている『舌』に、目を奪われる。


「はっ……?」


 事態を飲み込めない少年は声を上げた。

 少女に放った【ほのおつめ】が見当たらない。少女も怪我をしていない。

 あるのはいたずらっぽく笑い、ぺろりと赤い舌を出す黄色い花。

 ぽっこりと膨れた茎を見せつけて、未だ理解できない少年を差し置いて、しまいには満腹ですと言うように、


『げふっ』


 げっぷをした・・・・・・


「うおおおおいっ!? てめ、花野郎! 俺の炎どこにやった!?」

「あははっ、いい反応だねー、隆〜」

「あははじゃねぇよ! 俺の炎喰いやがったのか!?」


 表情豊かな花はニヤリと笑う。

 少年は「ありえねぇ……」と膝から崩れ落ちる。

 消えたように見えた彼の新技は、少女の出した花がぱっくりと食べてしまっていた。


「これで終わりじゃないよ。【らうはな】の真骨頂しんこっちょうっ、撃てぇーーい!!」


 ボゥンッ!! 掛け声とともに大きな吹き出し音。

 ぽっこりだった茎がへこみ、代わりに赤い物体が五つ凄まじい速さで飛んでいく。

 それが何かを考える間もなく、彼の体は理解した。


「なんっ……ああああああああぁぁぁッッ!!」


 直撃。叫ぶ少年にうるさいなと感じつつ、卯月は何が起きたか遅れて把握する。

 つまるところ、喰った炎を全く同じ形で吐き出した・・・・・のだ、あの花は。

 自分の能力は自身に攻撃として作用しないキューブの特性。それが少女の技を一度通したことで、【ほのおつめ】は彼女の技と判定される。

 少年は体を爪の形で切り裂かれ、炎に焼かれた。


「私の勝ち。対人戦は相変わらずだね、隆さん?」


 起き上がれない彼へ、彼女は【治癒(ノコギリソウ)】で治療を始めた。

 優しく手を置いて、切り傷に一つひとつ、癒しの花言葉を染み込ませていく。


「まだまだハズレの方が強いな」


 如月はつまらなそうだった。

 卯月に背を向け、地面があるかのように宙を進む。


「さあ。どうだろうね」


 返答は濁しておいた。


 ――如月。君は、土屋隆一郎の恐ろしさを知らない。彼の成長を看破できない君は、ぼくがいないところで負けるだろう。


 監視役を降りた家族はもういない。

 どこへ行ってしまったのか、それを知る必要もない。

 さよならは既に終えている。


「守ってくれ、土屋隆一郎。ぼくはこれ以上、お前に手を貸してあげられない」


 情報を夢で教えることも。

 彼女が壊れぬよう臨世を押さえ付けることも。

 きたるその日、いるのは今の自分ではないのだから。


 ハズレと呼ばれる少女の、心の美しさが織り成すその世界を見てみたかった。

 もう叶わない。

 ならばせめて、彼女が望む世界に近付けるように。


「【真成夢想しんせいむそう――媒介ばいかいせよ】」


 己の終わりを確実にして、彼女に道を作り出す。

 いつかこの思いが、誰かの手によって伝われば。

 彼女が目指す平和で優しい世界を求める者がここにもいたと、どこかの誰かに知ってもらえたら。

 無駄な理想は言葉にしない。

 羽織の裏に隠した鈴を握り、卯月は音を立てずにその場を去った。

【第二二八回 豆知識の彼女】

未来の新技【らうはな】は、『眠る太陽の下で月は目覚める』作者の伝記 かんな様より頂きました!!


碧カノにたくさんの素敵なFAをくださる伝記 かんな様。記念すべき一番最初のFA、未来と隆一郎と一緒に描かれたお花とともに、技名もいただいておりました!

もうっ、早く出したくてうずうずしていたので!!登場してもらえてさんれんぼくろの方がめちゃくちゃ嬉しいテンション爆上がりにっこにこ!という状態です。

華麗に隆一郎をぶっ飛ばしてくれた【らうはな】、今後とも未来を支えてあげてくださいっ!


伝記 かんな様!

素敵なイラストと技をくださり、本当に本当にありがとうございましたーーーーっ!!


《次回 温泉の醍醐味》

まったく中身のない、ただただ醍醐味に振り回されるりゅーちゃんです。

どうぞよろしくお願いします。

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