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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二二七話 自然体で笑えないから

前回、鍛錬場で暴れる三人を凪は見つけました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「……ん? 隊長がここにいるってことは、あっちにいた全員帰ってきてますか?」


 ふと気付いたように紫音は凪を見る。

 雪翔に似た目が大きくなる様に、表情がころころ変わって可愛いなと思わされた。


「うん。今夜は大丈夫って結衣博士からお墨付きをもらったからね。【光速(こうそく)】でみんな帰ってきたよ」

「やった! じゃあ兄さんとこ行ってきます」

「行っておいで。ユキは多分……」


 まだ部屋に、と続ける間もなく紫音は消えていた。まったくせわしない。

 まあ大丈夫だろう。テレパシー同様、紫音は兄の居場所を簡単に察知できる。凪が教えなくても雪翔の前に降り立っているに違いない。


 ――驚いたりしないんだろうな。ユキのことだし。


 消えた話し相手と尊敬する師を思う。

 彼らにとって、それは日常だから。紫音が急に現れても雪翔は最初からいたかのように接するし、びっくりするかと聞いたら『いいや』と返ってくる。


 あの場で驚くとすればみなととあいか。あいかはどれだけ脅かそうと一向に構わないが、【拘泥(こうでい)】を続けたままの湊への刺激は避けてほしい。心臓に悪いから。

 そんなお願いすらできなかったため、彼が平気でありますようにと指を軽く合わせ、祈っておく。


 ――片付けは人形ドールに任せて温泉行こうかって、ユキは言ってたけど。鍛錬の邪魔はしたくないな。


 決着が着くまで凪は待つことにした。

 激しい打ち合いの音を聞きながら携帯を取り出して、隆一郎と未来へ送ったメールを開く。

 読んだらわかるよう花のマークが付くのだが、どちらも未読のままだった。

 プリンと猫で癒せなかった場合の最終手段。恥ずかしさに耐えて凪が添付したとある写真・・は、伴侶との追いかけっこもあり見る暇がなかったらしい。


「送信……取り消しておこうかな」


 必要ないならと、送らなかったことにできる手順に沿って携帯を操作する。写真を長押しして、画面いっぱいに自分の顔が表示された時だった。


「あなたにもお茶目な一面があるんですねぇ」


 絶対に。誰よりも見られたくない人の声がすぐそばから聞こえた。


「っ!?」

「そんなに急いで隠さなくても」

「なっ……、なっ!?」


 珍しく狼狽ろうばいして、壊す勢いで自分の胸へ携帯を押し当てる。

 隣に座り、見せてくださいと手を差し出してくるその女性。【る】の一件で少々見方が変わった自分の母親――あいかは柔らかに笑っていた。


「見せません! あなたにだけは、絶対っ……」

「見ましたけどね」

「忘れてくださいっ!」

「忘れませんよ。彼らのために全力で変顔・・をしていた凪くんなんて」


 普段はまし顔のくせに、とあいかは笑う。

 澄まし顔なんてしていない。会議中ならさておき、どんな時でも笑顔でいるよう凪は努めている。

 恥ずかしい自撮りを見られた上にそんな指摘を受ける覚えはない。


「あなたはちっとも笑ってくれませんから。皆さんには自然体でいるのに、わたしにはまったく」


 心臓を掴まれたような気がした。

 穏やかな表情のまま告げられた母の不満。

 凪は言葉を返せない。


「要らぬことを言いましたね。ごめんなさい」

「いえ。……すみません」

「謝らないでください。原因を作ったのはわたしですから、あなたは何も悪くない」


 もう言わないから忘れろと。ころげだした本音をなかったことにしようとするあいか。

 残念ながらそうもいかない。

 未読のメールを消すのとはわけが違う。自然体であいかへ笑えない自分を凪は自覚しているのだから。


「国生さん」


 わかっていてもできないお詫びになれば。ただその一心で、凪は母親にらしくない提案をする。


「見ますか。変顔」


「はっ?」と、あいかは調子の外れた声を出す。

 凪は手早く写真の送信取り消しを行って、床に咲く花を避けて携帯を置く。

 あいかは何も言わない。

 だから凪の一存でしてみせた。

 隆一郎や未来に送ったものとは違う。

 司令官にもしたことがない、リアルタイムの変顔を。


「……」

「……」


 彼女はぽかんと顔をほうけさせるばかり。

 あいかのために頑張った、頬を内側から強く引っ張る渾身の変顔は、互いの無言の時間で終わってしまった。


「……もういい」


 堪らずそっぽを向く。

 顔が熱い。


「あなた……可愛いですね」

「は?」

「いえ。なんでもありません」


 くす、と笑うあいかは少しだけ姿勢を崩した。上品さを残したまま木に背中を預け、隆一郎と未来の鍛錬を見守っている。


「……調子狂うな」


 聞こえない程度に文句を吐いた。

 この人の前で自分らしくいるなんて不可能。そうわかっている凪はあいかとのやり取りに『いつも通り』を期待しない。

 期待はしないが、自分らしくできない人はやはり苦手だった。

 尊敬したい気持ちはあるのに。

 それ以上に、苦手なのだ。


「凪くん。今日はありがとうございました」


 突然のお礼。なんのことかと聞けば、臨世の記憶を分担した件だった。

る】の影響をかなり減らしてくれた。ありがとうございます――と。


「別に。それくらいしか、僕にはできないので」


 愛想のない返事。

 体は大丈夫ですかと聞きたかった。

 身を削ってくれてありがとう。

 キツさに耐えて情報を得てくれてありがとう。

 言えたらいいのに、どれも素直に出てこない。

 喉の辺りで引っ込んでしまう言葉を煩わしく思いながら、凪も隆一郎と未来の鍛錬に目を向けた。


 音を立てて衝突する槍と鎌。

 繰り広げられる迫力ある攻防。

 紫音の魔人が消えたことには気付いているようで、先ほどまでの楽しそうな雰囲気はなく、いつしか真剣な勝負に変わっている。

 戦況をひっくり返せる瞬間を今か今かと待っている。


「あの子たちには、黙っていてくださいね」


 彼らを見たまま凪はあいかへお願いをする。


「黙っておく、とは?」

「帰りが遅くなった原因です」

「ああ。言いませんよ、あなたは彼らに格好つけたいようですから」


 もっと他に言い方はないのか。そう思いつつ、凪は自分の左腕を見る。

 常時展開できていることにほっとした。


「不覚でした。膨大な情報に耐えられず、意識を手放すなんて」


る】によって流れ込んできた臨世の記憶は、凪の想像を遥かに超えて重かった。

 目を覚ましたのは北海道支部の仮眠室で、会議を終えた三時間後。キューブが分離するほど完全にやられていた。

 せっかく作った臨世の周りの壁も拘束の糸も解除されてしまい、慌てて端段市博物館へ行って張り直してきたのだ。

 敵か味方かわからないが、今回はあの碧眼の少年によって助けられた。

 臨世に一つの自由も許さない。

 強い強い、圧倒的な催眠。


「そう参ることではありませんよ。杵島きしまくんなんてまだ眠っていますし」

「大丈夫ですか、何もしないで」

「体が自然と記憶の整理をしてくれます。じきに目を覚ますので安心してください」


 起きなければ叩き起します。拳を作ってみせるあいかに凪はやめてくださいと丁寧に頼んだ。

 彼女のげんこつは素体そたいでも怖い。キューブを展開して身体能力が上がれば家屋かおくの一つや二つ簡単に壊せるだろう。

 そんな馬鹿力を眠る流星にぶつけるなど、許容できるはずがなかった。


 そういえばなんでここに……と、戦闘を見ながら親子の会話は続いていく。

 ほんの少し、以前よりも話しやすいと感じながら。

【第二二七回 豆知識の彼女】

凪の変顔は超かわいい


隆や未来の前では余裕なお兄さんっぽくいる凪ですが、いつもそうではないようです。

彼らを癒すため、念には念をと全力の変顔写真を送っておりました。北海道支部での流星とお話をする前にさっと送ったあれです。

真面目な状況だったので彼もすぐに気持ちを切り替えられましたが、恥ずかしいと思う自撮りを一番苦手な人に見られるなんてとてもじゃない。

あいか先生の前ではいつも通りにいられない凪さん。顔には出さないしょんぼり加減に絆され、その場でやっちゃう変顔。

あいかさん、心の中でとっても可愛がっておりました。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 見下ろす碧眼、フタリ》

視点は碧カノ最初で最後のおひと。

一部謎の解明と、隆一郎たちの戦闘終了。

新技が二つほど出てまいります。

よろしくお願いします。

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