第二二六話 契約の死人
前回、隆一郎と未来はわいちゃわいちゃな白い死人と紫音に会いました。
「何してるんだ……あの子たちは」
花まみれ。焦げて真っ黒になった壁。元に戻せるだろうかと凪は嘆いた。
時刻は十八時より少し前。先ほど北海道支部から帰ってきて、全員そろって部屋に戻ればボロボロぐちゃぐちゃの酷い状況。
リイとマユだな、と荒らし方から犯人の目星がついたものの、彼女ら二人だけでなく先に送り届けた隆一郎と未来もいない。
どこに行ったのかと探して回れば、旅館『湧水』の横にある鍛錬場『洗練の間』に彼らはいた。あいかの記憶を映像化してくれた紫音も一緒だ。
彼らは凪がいることに気付かない。本来なら真っ白な空間を広く使い大技を放っている。
【炎神】と『だん』の【木製銃】。更に、紫音が作り出したのだろう紫色の魔人による形を持った咆哮。
ヴォン……ッ!!
龍を模した炎が力任せに咆哮を穿つ。
魔人の攻撃は難なくクリアした【炎神】だが、植物エネルギーを凝縮して出来た未来の『だん』までは突破できない。衝突後に破裂する。
「なっ……!?」
敗北した【炎神】に声を上げ、隆一郎は被弾して後方に吹っ飛ばされた。
三回ほど花畑の床を跳ねて転がったのち止まる。
攻撃を受けた腹部に手を当てる。
「イチー! 女の子に負けるとかダッセェぞーっ!」
まさかの呼び名で、紫音は隆一郎を応援した。
「げほっ……紫音うっせ、つかイチはやめろっつってんだろ!?」
「だって流星さんがそう呼んでたもん! ペットみたいでかわいーだろーって」
「あのなぁ……。あの人にも嫌だって俺何度も、って、うぉ!?」
びゅんっ、と鋭利な物が隆一郎の腹部目掛けて投げられた。未来の大鎌だ。
【木製銃】の三パターンある変化の一つ。
柄の形は元のライフル状だが、その両端に大きな鎌を有した【木製銃】――『刃』。
以前よりイメージが強固になった未来の武器は大きさまで調節できるようになっており、現在の長さは隆一郎が普段使う槍と同じくらい。
遠、中、近距離。どこでも攻撃できるようになった未来の【木製銃】は、隆一郎が間一髪で躱したため当たらない。
花びらを散らして床に衝突する。
大きく抉りとって、柄に繋げた鎖を引っ張った彼女のもとに戻ってくる。鎖の端は最初から持っていたようだ。
「怖すぎんだろ……」
大鎌の威力を見て呟く隆一郎に、未来はくすっと笑った。
「避けなくてもいいんだよ?」
「避けるだろ普通!?」
「避けなくていいんだぞイチー!」
「黙れ紫音! てめぇ、いち早く退散しやがって!」
【大賢の槍】を作り出した隆一郎は未来へ接近する。
「あねさん頑張れー!」と紫音は未来に声援を送る。
応えるように未来は笑い、『刃』で応戦した。
――三人とも、いつの間に仲良くなったんだろう。嫌がって出てこなかったはずの紫音も楽しそうだし。
いったいどういう心境の変化だ。思って、凪は木陰で隠れている紫音のそばへ寄る。
未来の【育め生命よ】によって生み出された木。青みがかった樹皮と葉に目を奪われる。
紫音、と呼ぶと彼は紫色の魔人ごとこちらに振り返り、魔人とともにぱっと顔を明るくした。
「隊長。おかえりなさい!」
「ただいま。これは何をしてる最中?」
「んとね、キューブ使って遊んでる最中です! イチとあねさんは鍛錬だって言い直してたけど、でも全然遊びでしょ?」
「これくらいなら」と屈託のない笑顔を見せる紫音。
凪は苦笑いするしかない。体も周囲もボロボロになる遊びがあってたまるか、と。
「楽しそうで良かったよ。二人とも仲良くなれたみたいだし」
心中は声にせず隣に座り、姿を出すきっかけがあったのかと尋ねる。
紫音は大きく頷いた。ブラックホールのような黒い穴を空中に作り出し、にこにこの魔人をそこに入れている。
彼の『遊び』は終了なのだろう。
戦いは隆一郎と未来だけになる。
「きっかけっていうか、リイとマユのせいで鉢合わせた感じなんですけどね」
紫音が経緯を話してくれる。
博物館を出る直前リイとマユに兄のコートを盗られて、取り返しに来たら彼らと会ってしまったのだと。
盗られて、という単語に凪は帰り際の雪翔の格好を思い出す。行きは羽織っていたカーキ色のコートを着ていなかった。
【光速】ですぐに帰れるからだと思っていたが、そうではなく彼女たちに剥ぎ取られたらしい。
「顔を見た瞬間『げ』って反射で言っちゃって。やばいどうしよう……って僕がフリーズしてたら『いまですわ!』ってマユが言って逃げちゃって」
「あはは。ちょっとタイミングが悪かったね?」
「そーなんですよ。リイもコート持ってっちゃうし」
何度捕獲しても逃げられるから隆一郎と未来に手伝ってもらったそう。その際に互いのキューブに関心を抱いて仲良くなり、捕獲したら手合わせしようぜという話になったとのことだ。
簡単に説明した紫音は続けて愚痴を吐いていく。逃げ足の早い彼女らを捕まえるのは相当苦労したらしい。
話を聞いてやりながら、凪は真っ白でもこもこな二人かぴょんぴょん飛び回る姿を想像した。
リイとマユ。彼女たちは雪翔の母校で飼育されていた元うさぎであり、現在は契約を結んだ死人――伴侶となっている。
うさ耳と長い髪。綿のようなマントに隠れているが、着物にはうさぎが描かれている。そのどれもが真っ白で、色があるのは死人特有の碧眼とおでこにある赤い朱雀の模様、好んでつけている黒色のリボンだけ。
じっとしていれば可愛らしく神秘的な死人なのに、雪翔に対する想いが強すぎて実際のところは子どもみたい。
彼が契約している死人の中でもトップクラスの実力を持つと聞いた時は凪も驚いたものだ。
ぷくっ、とむくれる紫音が視界の端をつつく。
「兄さんが風邪引くぞって、僕は言ったんですよ?」
「うん」
「それは嫌だって言うくせに、ご主人様の香りも温もりも手離したくないって、あいつらやっぱり返してくれないんです」
「もうしんどくならないのは知ってるけど」と、紫音は膝を抱え込む。
紫音が怒っている理由は、二人が逃げ回ったことよりもそちらにあるのだろう。
彼は体が弱かった頃の雪翔を知っている。二人の趣味嗜好より大好きな兄の心配が勝るのは当然だった。
「紫音の気持ちも……あの二人はわかってるはずなんだけどね」
まだ続く愚痴に相槌を打ちながら、どうにかできないかと思考を巡らせる。
常時展開を基本とする雪翔はキューブを使っている自覚が乏しい。今は普通ではないと視覚でわかるよう家の中では半袖で過ごすようにしている。
外に出る際は一枚足すが、いつの間にかリイとマユの腕の中。雪翔の香りがついた頃が狙い目だと本人たちは言う。
昨日旅館から出てきた際に上着を羽織っていなかったのも同様の理由だった。
――主人よりも主人の上着がいいらしい。俺を暖めるつもりはないみたいだ。
彼はそう言って怒りもしないのだ。
子どもにするようにしゃがんで、返してくれと頼むが大抵は返ってこない。
彼女たちの収集癖によって、雪翔の私物は凪が会うたび消えている。
「……っと。ごめんなさい、脱線しました」
「ふふ、いいよ。溜め込むのは体によくないから言いたい時は言いなさい」
「懐が深い……」
「話を聞くのが好きなだけ。それで、紫音を困らせる二人はどこに?」
姿の見えない伴侶たちの所在を聞くと、今は雪翔のところだと紫音は答える。きちんと返さなければ解けない拘束具を作って装着して、コートを持っていかせたとのこと。
「じゃあ僕は入れ違いになったのかな?」
「多分。捕まえるのに時間かかって、遊び始めたのも隊長が来るちょっと前だから」
【九割謙譲】のことは隆一郎と未来に通達済み。すっげぇ、すごいと目を輝かせて受け入れてくれたらしい。
全然悩まなくて良かったと紫音が笑うので、凪はそうでしょ? と微笑んでみせる。彼らが紫音の状態を知って嫌がったり怖がったりするとは思えない。
体のことを知られたくないと紫音はよく口にするが、凪にすればもっと胸を張れと言いたかった。
この歳で戦いにほぼ全てを捧げるなんて並の人間にはできないのだから。周りから心配の声が掛かったとしても、それは紫音の覚悟であり、引け目に感じることではない。
本人の意思は尊重するけれど、マダーとしてではなく一人の人間として皆と関わってほしいと、凪は心の中で願っている。
【第二二六回 豆知識の彼女】
マユは一歳だけリイよりお姉さん
死人になってから歳の概念はありませんが、生前はマユの方が年上でした。
記憶もばっちり残っているので、マユは『わたくしの方がお姉さんですのよ』なんて言って何かとリイを言いくるめようとします。
リイはリイで『マユは年下に優しくないんです』と雪翔に甘える口実にしている様子。そこで主人の取り合いというケンカが勃発するそうな。
仲良くしなさいうさぎども。ユキさんが困っとる。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 自然体で笑えないから》
凪視点のまま隆一郎と未来の鍛錬を見つつ、とある方とお話を。
凪さんが可愛いかもしれません。
どうぞよろしくお願いします。