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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二二五話 付き纏うあの言葉

前回、未来は聞けなかったことを隆一郎に聞きました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「あのさ。俺からも一つ聞いていいか」


 未来が自然と顔を上げるまで待って、話せそうなのを確認してから俺は声をかける。

 こちらに向いた目はまた少し赤くなっていた。


「なに?」

「えっとな、なんつーか……その……」


 許可を取ったくせに口からすぐには出てこない。

 難しいんだ、この手の話は。


「なんでも聞いて」


 促すのは、リラックスした未来の声。


「一つじゃなくてもいい。こういう時でしか、言えないことでしょ」

「……お見通しか」

「隆が私のこと全部わかってるように、ね」


 気にせずどうぞ、と表情が告げている。

 気にはする。少なからず未来の心を抉る問いだ、だから今まで避けてきた。

 でもこの機会を逃せばこの先ずっと聞けないのも事実。迷ってる場合じゃない。


「……キツかったら、答えなくていいから。無理はすんなよ」


 催促せず待ってくれている未来へ逃げ道を渡しておく。

 ふわりと微笑む未来は、ありがとう、と受け取って口を閉じた。

 俺は一度深呼吸をする。

 内容は未来へ負担をかけるものなのに、緊張の度合いは俺の方が強いなんて、と。激しさを増す自分の心臓を変に思う。


「未来が教えてくれた、あの言葉についてだけど」


 言い出しても未来の表情は変わらない。

 でも体が強ばったのがわかる。

 やっぱり聞かない方がいいんじゃないか。今からでも質問を撤回して未来を安心させるべきなんじゃないかと、無いに等しい覚悟が揺らいだ。


「続けて」


 催促される。早口だった。


「次は向き合えないかもしれない。だから、言って」


 撤回するという選択肢はおのずと消えた。

 俺はあぐらの上に置いた拳を強く握る。

 真剣な眼差しでいる未来を真っ直ぐに見据え、口を開く。


「『人間でないモノとして、ひとりで生きていかないといけない』。……あれを言ったのは、臨世と直樹、どっちだ」


 知りたくて、けれどずっと言えなかったことを直球で聞いた。

 その言葉を俺が耳にしたのは一年以上前のこと。未来が臨世に襲われて、心が壊れて、入院していた時。

 他人の声をある程度聞き流せるようになっていた頃だから、状況から考えてもアイツらのうちどちらかだと思う。


 何があってそんな話になったのか。

 どうして未来は信じてしまったのか。

 誰に言われたのかさえわかれば、必要のない呪縛から未来を解き放てるような気がした。


 未来の瞳は俺を捉えている。

 無言だけど、逃げない。

 俺のために向き合ってくれている。

 いつ見ても綺麗な青い瞳から、これまでに受けてきた心の傷を雫にさせてしまいそうで、怖くなった。


「どっちも一緒だって、言ったのは隆だよ」


 雪の勢いが強まってきた数分後。

 意外にも、未来は口角を上げて返答した。


「直君と臨世は、同一人物。どっちとかはない」

「……そうだな」

「でも敢えて答えるなら。私にはわからないって、言っておこうかな」


 わからない。どういうことか尋ねるべく身を乗り出すと、未来はちょっと待ってと俺に手のひらを向けた。

 自分の家へ戻るようおキクに話してる。どうやら聞かせたくないらしい。


 俺と喋ってばかりでろくに構ってくれず、怒られた上に帰れとは何事か。

 ふてくされるおキクだったけど、ケトを一緒に連れて行ってあげてとのお願いにはしぶしぶ頷いた。

 自動で家に送られるから連れ帰るも何もないんだけど。


 未来がキューブに埋め込まれたボタンを押す。

 おキクとケトの輪郭がぼんやりとして、端っこから粒子状になり、吸い込まれるようにキューブの中へと消えていく。

 その様子を見届けた未来は、ふー……と、長めの息を吐いた。


「ちょっとだけね、引っ張られそうになった。一人で生きていかなきゃって、本気で思ってた過去の自分に」


 隠さず打ち明け、手に持った立方体を握り締める。

 翡翠ひすい色に淡く光るそれは未来の皮膚にも色を落とす。


「でも少ししたら戻ってこられた。あの言葉の影響は、徐々に消えてるみたい」

「……そっか」

「うん。隆はもちろん、私に関わってくれてるみんなのおかげでね」


 相槌を打つしかできないとわかっているからか、未来はすっきりした顔を俺に見せてくる。

 大丈夫だよって伝えるみたいに。

 重い調子も軽くしたいんだろう。声のトーンが明るくて、引っ張られるように俺の表情が緩んだ。

 未来も微笑を浮かべる。


「私が隆に話した時って、そう言われた……としか言わなかったのかな」

「ああ。誰にとか、いつ言われたとかは聞いてない」


 幾分か話しやすくなった俺は思い出しながら答える。

 人間でないモノとしてひとりで生きていかないといけない。そう言われたって諦めた顔で未来が言うから、すぐに否定したけど、と。


 事実、こいつは教えてくれなかった。

 聞いても答えないし、聞くたびその記憶が未来に根付いてしまいそうで、そんなの嫌だと思って俺は問うのをやめたんだ。


 未来は、そっか、と答えながら自分のズボンの状態を確認する。

 中に入ろうと誘われ、俺も濡れた尻の辺りを確認してから残り半分になったペットボトルとタオルを持つ。

 未来の後ろをついていく。


「あの言葉……実を言うと、私もわからない部分が多いんだよね」


 歩きながら未来は会話を再開した。


「わからないって?」

「ん……。言葉ははっきりしてるんだけど、そのほかを覚えてないというか。どう表現すればいいかな……」


 未来は悩みつつ答える。

 俺が知りたくてしょうがない相手に繋がる情報――つまるところ、それを言ったのは誰か、どのタイミングで言われたのか、なんでそんな話になったのか、といったたぐいのことを何ひとつ覚えていない。記憶にないのだと。


「なんで……」

「それもわからない。【デリート】で隠されてるのかなとは思うんだけど」


「凪は優しいから」と、可能性の高い予想を立てた未来は廊下の端に寄っていく。前方に仲居さんを見つけたからだろう。

 一旦話すのをやめて歩く。すれ違う際に笑顔でお辞儀をされ、俺たちは会釈で返す。

 床がフローリングから畳に変わる。


「ごめんね。答えにならなくて」


 声が届かないところまで仲居さんから離れると、未来は俺に顔を向けて謝ってきた。


「や、いいんだ。もし臨世ならぶん殴るつもりだったけど」


「ちょっと。約束したでしょ? 復讐なんかしないって」


「んな問題になるまでしねぇよ。一発……いや、せめて十発ぐらいは」


 桁が変わってる、と未来は引きながら笑う。本当に器用になったな、お前の表情筋。


「てことはさ。なんも覚えてねぇのに受け入れちまったのか、その言葉」


 部屋の前につく。

 中に入ったら息苦しい会話はしたくない。最後の質問として、わからないものをどうして受け入れたのか俺は未来の背中に問いかけた。

 未来はこちらを見ない。ポケットから木の棒がついた部屋の鍵を出して、見つめる。しばし無言になる。


「……納得したんだよ。ああ、確かにって」


 返ってきた答えに、俺の方が納得した。

 普通の幸せを知った今なら跳ね除けられるかもしれない。でもあの頃の未来からすれば、自分がどういう存在なのかを一言で纏められた気がしたんだろう。


 最初からそう思い込んでいれば傷つかなくていい。

 無意識とはいえ、悪意の対象になりたがる未来と共鳴したような状態だったんだ。


 未来は納得の意味を説明しなかった。俺が理解できると踏んだのか、話しづらかったのかは判然としない。

 だから俺はお礼を言う。ちゃんとわかった、教えてくれてありがとうと伝えるために。

 未来がこちらを振り返る。

 ほっとした顔を見せたのは気のせいじゃないと思う。


「凪が帰ってきたら、【デリート】してるか聞いてみようか?」


 それでも向き合おうとする未来に感謝して、俺は首を横に振った。


「いいよ。今ので十分だ」

「知らなくていいの?」

「知りたかったけど、俺が思ってるより未来は乗り越えてるみたいだから。ならもういいかなって」


 完全に影響がなくなるには、まだ少しかかるだろうけど。俺が心配しなくていい程度なら掘り起こす必要もない。

 ずいずいと未来の背中を押して、早く中に入ろうぜと圧をかける。

 開けられないよ、と未来は笑う。押しすぎた。


 凪さんたちが帰ってくるまでどうしようか。二度目の会話をしながら時間を確認すべく俺は携帯を探す。

 どこに入れたっけとゴソゴソしている間に未来が部屋の鍵を開けてくれた。そしたら、


『ちょっとマユ! 独り占めしないでリイにもくださいな、ぐの頑張ったのはリイなんですよ!?』


『お黙りなさい、リイ。あなた昨日もそう言って、わたくしが頼んでも全然渡そうとしなかったでしょう?』


『マユが破いちゃいそうだったからじゃないですか! リイはただっ、いつものようにコレクションの一つに加えようと……!』


 目が点になるって、こういうのを言うのかな。

 なんか、白くてちっちゃくて丸いモコモコが。

 うさぎみたいな幼い女の子……というか死人が。死人ふたりが、俺たちの部屋を荒らして、ぶっ壊して、カーキ色のコートの取り合いをしていて。


「この……っ! リイ、マユ! マジでいい加減にしろよお前ら!!」


『うげっ!? に、逃げましょうマユ! おっかない紫音しおんが来ちゃいました!』


『およよ、それはマズイですわね。仕方ありませんわ、リイ。ここは一時休戦してともに逃げ――』


「逃がすか!」


『『ふみゃぁ〜っ!!』』


 どこから現れたのか急に出てきた見覚えのある男がブチ切れていて。

 何をどうしたのかヘンテコな縄で女の子たちが縛られ説教が始まった。

 その縄、多分片付けられていた掛け布団で作ってるんだと思う。中身が飛び散って、部屋ぐっちゃぐちゃの、ぶわっぶわの……そう、言うなれば、カオス。


「昨日といい今日といい……。とにかく兄さんに迷惑かけんな、風邪引いてほしいのか!?」


『『それは嫌です……』』


「ならそのコート早く返しに行っ……」


 ぴたり。説教の途中、俺と未来がいることにその男は気がついた。

 そして、「げ」と。

 心底嫌そうな顔をするそいつ、『譲』の文字を持つ朱雀すざく紫音からは、初対面の時とはまるで違う印象を受けた。


 ……いやいや。

 知り合って早々『げ』はないだろうよ、おい。

 挿絵(By みてみん)

【第二二五回 豆知識の彼女】

リイとマユ、当初の予定では初登場は第一九五話


完全に裏話でメタなのですが……。

彼女ら二人、もっと早くに登場する予定だったのです。紫音とセットで出てきてほしくて、そして雪翔との関わりもさらっと話してほしくて彼が登場時にみんな出ておいで!!という作者の脳内でした。

しかしながら、冷静な(脳の端っこに佇んでる)ほくろが、「なぁ……一気に新キャラ出すぎちゃう?」と。

紫音と雪翔は二章で軽く話に出てきているもののほぼ新キャラと同じなのでちょっとまずいなぁと。

そんな葛藤の末、こんなところで登場してくれた死人のお二人でした。ということで、彼女らについては次回へ。

相変わらずのぽんこつ作者を碧カノのついでに今後ともよろしくお願いします。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 契約の死人》

凪視点でお送りします。旅館に帰ってきてお部屋の惨状を見ました凪さんと、今回出てきましたリイ、マユについて。

どうぞよろしくお願いいたします。

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