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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二二四話 バカ

前回、「私のことどう思ってるの」という未来の問いに隆一郎は勘違いをしました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「もう……。【葉脈(ようみゃく)】で寝かしつけてからかな。怒りっぽいんだから」


 叱られてしょげたおキクをケアするように、未来は花飾りのついた頭を撫でてやる。

 確かに以前よりも血の気は多い。威嚇はもちろん、今みたいに噛んでくる。ちょっと危ない。

 けど俺を噛む時楽しそうなんだけどな、その大蛇だいじゃ


「ごめんね隆。大丈夫?」


 未来は【綿花めんか】で糸を紡ぎ布を作ってくれた。ワタの種を包んだ繊維から出来た急拵きゅうごしらえの布は、真っ白で柔らかい。

 平気だと答えてからありがたく受け取って、噛まれたところを押さえて止血する。

 ユキさんから借りたハンカチも洗って返さないとな、とぼんやり考えていると、未来は克復軟膏こくふくなんこうまでキューブ内から引き出そうとした。

 薬を使うほどの怪我じゃない。

 大丈夫と断るも聞き入れてもらえず、痛い軟膏を少量取って塗り込まれた。いつの間に適度を覚えたんだお前は。


「とにかくね。隆が帰ってきたら直接聞こうと思ってたの。早めに部屋に戻って、心の準備をするつもりでさ」


「なるほど。それなのに泣きじゃくったケトを俺が連れて来ちまったわけだ」


「そう。なんて切り出そうかもまだ考えてなくて。私にしては珍しく、かなり緊張しちゃった」


 ずっと熟睡してたのに、と心配混じりのため息をつくから、「ケトの導きかもしれねぇぞ」と俺は返してみる。


 その考えはなかったと未来は笑い、膝に乗せたケトの頬っぺを両手で挟んで変形させようとした。

 残念ながら、バスケットボールの皮膚は簡単には動かない。へこむことも跳ね返すこともなく、未来の意地悪は失敗に終わる。


 ただ何かされたことはわかるんだろう。

 気持ちよく寝ていたケトは『ウゥん……』と嫌そうな声を出して身動みじろぎをした。そのまま起きてくんねぇかな。


「俺はさ。未来と一緒にいる時が、一番楽しいよ」


 答えを曖昧にしたくない。

 話が流れてしまわないよう、ケトから手を離した未来に顔を向ける。

 視線が交わって、未来はまた若干の緊張を漂わせる。

 固くなんなくていいんだぞ。


「それに、そばにいたいって言ったの俺の方だし」


「……あ」


「一緒にいたいから一緒にいる。信じたいから信じてる。未来からすりゃ『なんで』って思うかもだけど、俺が未来と過ごしてる理由なんてそう大したことじゃねぇんだよ」


 いい言葉が見つからない。だから精一杯伝える。

 同情じゃなくて本心で接していること。

 しゃーなしなんかじゃないこと。

 もちろん、迷惑だなんて微塵も思ってないことも。

 未来が言えなかった、本当は聞きたかっただろう疑問も全部勝手に答えた。


 未来はぽかん……って表現が合う顔をする。

 なんで、って途中小声で言ってたけど。そっちは聞こえないふりをしてやった。

 あくまで俺が自分から喋ってるスタンス。

 頑張って口に出す必要はない。


「心配すんな。未来が気にしてるようなこと、俺はもちろん父さんや母さんも絶対思ってない」

「……そうかな?」

「おう。なんなら未来がゴミ箱当番の日の会話を教えてやろうか」


 おもむろに立ち上がり、とある出来事を思い出しながら俺は拙い演技をする。

 隆、隆、と母さんに呼ばれて、部屋から出てリビングに行ったら父さんが深刻な顔でソファーに座っていて。

 なんだこの重苦しい空気は……って思った、未来がいない夜のこと。


 机に広げられた十枚弱の白い紙を母さんが俺に見せてくる。

 赤丸よりもバッテンが多い解答。

 百の三分の一にも満たない数字が多くを占める中、『数学』と書かれた紙はまさかの『9点』と――。


「私がバカなんはわかったよ!」

「重要なのはこっからだって」

「もうええわ、アホ!」


 ぷいっとそっぽを向かれる。

 よしよし方言が出た。これでもう大丈夫だろう。

 だけど念のため。


「まあ聞けって。すっげぇ低い声で父さん唸るんだよ。『んぅぅ……』って」


「もうええよ……」


「『ときに隆一郎……未来は学校でいったい何を?』っつって」


「ちゃんとやってんよ……」


「母さんは母さんで塾と家庭教師のパンフレット俺に見せてくんだぞ? 『どっちならあの子は頑張れる?』ってさぁ」


「今も頑張ってんよ私はぁ――――っ!」


 叫んだ未来は押しつぶす勢いでおキクを抱きしめた。

『きゅッ!?』とおキクがびっくり・苦しい声を出す。

 俺も見たことのない拗ね方。内心びくっとする。

 弄りすぎたか?

 でもマジであったことだしな。


「頑張ってる割に結果がついてこんのよ……」

「秀が前に作ってくれたノートは?」

「そのテストの結果を見て、秀がノート作ってくれた」

「あー……。そっか、だから補習受けたんだもんな」


 時系列が逆だった。

 なら次のテストに期待しよう、秀の頑張りが報われるかもしれない。


「私……バカだ」


 ケトとおキクに挟まるようにして、未来の顔が埋まり見えなくなる。


「そうだな。バカだよ、お前は」


 ぽん、と未来の頭に手を置いて、髪の流れに沿ってゆっくりと撫でる。

 小さな声でありがとうって言うから、からかうのが楽しいだけだって答えておく。

 感謝なんて必要ない。

 俺にも、父さん母さんにも。

 お前が笑って過ごせているなら、それでいい。

【第二二四回 豆知識の彼女】

未来の好成績だったテストは国語と理科


勉強が苦手な未来さんにも、実は得意教科があります。それが国語と理科。

生きづらい環境で育ってきた彼女にとって、相手の意思や気持ちを汲み取る力は重要でした。もちろん物語の人物でも同じこと。『彼の気持ちを答えなさい』、『該当する文章を抜き出しなさい』。大得意です。

更にキューブの能力を考えるべく日々学んでいるので漢字も理科(特に生物)もお任せあれ。

逆に絶対使わないだろう数学や社会は絶望的。

毎日本気で頑張ればちゃんと点が取れそうな未来さん、得意教科となっているのは少々寂しい理由からでした。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 付き纏うあの言葉》

隆が聞きたくて、けれど聞けないこと。

またどうぞよろしくお願いします。

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