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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二二二話 隠し事

前回、隆一郎は何かを見ましたが【デリート】によって記憶から消去されました。ケトが泣き始めたため、未来のもとへ向かいます。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「落ち着いたね」


 ケトが足湯中の未来に抱っこされてからしばらく。涙は止まり、なんとか表情も和らいだ。

 今までみたいに寝息を立てて、聞き取れない寝言をむにゃむにゃと運ぶ。バスケットボールから生える黒い手に触れてみると、赤子のようにぎゅっと握られる。

 俺の指一本を掴むのが精一杯。愛らしい、小さな手。


「……マジでどうしたんだろうな」


 安心したからか、力んでいた自分の体が緩むのを感じた。未来は瞼を少し閉じる。


「私にもわからない。急だったの?」

「ああ。特に何もなかったと思う」


 黒い手を指で撫でながら答えた。

 ここに来た時にはもうケトはしゃくり上げていて、未来があやす間に服の一部は涙で赤く染まってしまった。

 そんなに泣かせるほど嫌な気持ちにさせた覚えがない。キューブを落としたと一応未来に言ってみたけど、俺と同じくそれは関係ないだろうという見解だった。

 やっぱり原因は他にある。

 ケトを不安にさせた、原因が。


「起きる予兆だったらいいね」

「……そうだな」


 前向きな結論を出すも、未来の表情は晴れなかった。

 おキクが心配そうに鳴く。『きゅう……』と声をかけて、花飾りごと頭をすりつける。

 ケトに動く様子はない。


「隆は? 酷い顔してたけど、大丈夫?」


 無反応で落ち込むおキクを宥めながら、未来は俺の心配までしてくれた。

 ガラスの中の自分を思い出す。蒼白だったもんな。


「体調悪い?」

「いや、そうじゃない。平気だ」


 のぼせただけと伝えておく。

 何か忘れているような、膜を張られたような感覚。その違和感すら忘れつつあって、漠然とした気がかりを口にするのははばかられた。だけど。


「ごめん。やっぱ一緒にいてくれないか。考え事の邪魔をするけど、でも……俺はお前と離れたくない。そばにいたい」


 一人にさせたくない。それは伝えなくちゃと思った。

 この胸騒ぎ。夢を見て、飛び起きた一昨日の朝とよく似てる。何より未来の安否が気になったあの時みたいに、自分の目で見ていないと不安で不安で仕方がない。

 その要因が何なのかは、今の俺にはわからないけど。


 未来が目をぱちぱちとさせる。

 俺は未来を見つめたまま返事を待つ。

 交わる視線。風が吹いて、木の葉がザアッと揺れる。


挿絵(By みてみん)


 弾かれたように未来は顔を逸らし、俺の直視から逃れた。青い瞳は透明の湯に向けられている。


「えっ、と……」


 横髪を耳にかけ、困った眉を作る。

 どうしたんだろう。顔が赤い。


挿絵(By みてみん)


「未来?」

「あ……だ、大丈夫。考えたかったことは、もう解決したから気にしないで」

「そうなのか?」

「うん。案外早い段階で結論が出てね。おキクと遊んでる最中だった」


 ありがとう、と続けた未来は火照りを冷ますようにキューブを頬に当てた。ひんやりとした立方体だから熱を吸い取らせるには丁度いい。

 何を考えていたのかは、素直には聞けない。

 訪れる沈黙。

 代わりに未来が赤くなってる理由を考えてみる。

 体調を心配されて、のぼせたと伝えて、一緒にいてほしいとお願いして、それから……。


 ――ちょっと、待て。さっきの俺、かなり恥ずかしいこと言ったんじゃないか?


 心当たり。むしろそれ以外の理由は全く思いつかなくて、俺は自分の口に手を当てた。

 そばにいたい? お前と離れたくない?

 本心だけど。

 心の底からそう思ったから伝えたんだけど、俺の不安を聞かされてない未来からすれば突然そんなことを言われたわけで。しかも冗談じゃないってわかるぐらい俺真顔だったと思うし。

 やばい。

 だいぶやばいこと言ったんじゃないか、俺。


「……雪」


 事態を認識して俺も熱くなっていると、未来の呟きが落とされた。

 え、と思い、顔を上げる。

 ちらり、ちらりと。青空から舞う小さな白。

 端段市以外では降らないはずの白い結晶が、幻想的なあの光景が、俺の頬に着地する。

 じわ……と、溶けていく。


なお君の拘束が解けたから……範囲が広まったのかな」


 ぱしゃ、と未来の足が湯を纏わせながら姿を見せた。

 ぽかぽかタイムは終わりらしい。普段は隠れてる素足にどきりとする。

 細い足首を伝い滴る透明の粒たち。

 つい見入ってしまって、変態お断りとばかりにおキクから威嚇された。ゴメンナサイ。


「さっきの。博物館で言おうとしたことね」


 未来は足をタオルで拭いていく。

 俺は平静を装い「ああ」と短く返事をする。


「『竹』を消すために、直君のことを思い出さなくちゃいけなかったんだけど」


『竹』の解除法。詳細を知らなかった俺は話を中断することを承知でその内容を聞く。

 そうしたら、アイツの――直樹との思い出や臨世から受けたこと全てを思い出す必要があったと説明され、言葉を失った。

 予期せぬ形で平常心を取り戻す。


「ごめんね、黙ってて」


 未来は眉尻を下げて申し訳なさそうにする。

 そんな悲しい顔、俺はしてほしくない。


「いい。お前のことだ、言えなかったんだろ」

「うん」

「凪さんは知ってたのか?」

「凪には事前に伝えてあった。私に掛けてくれた【デリート】を取り除いてもらわないと、『竹』を最後まで解除できないから」


 そうじゃなければ言ってないと付け加えられ、未来がどれだけ解除法を教えたくなかったかがわかる。

 多分凪さんも、俺と同じで言葉を探しただろう。

 ごめん、別の案を考える。こんな返答をしていてもおかしくない。


「だからね、ギリギリまで隠しててって頼んだの。最後の最後に【デリート】を消してもらって、臨世にされたことを思い出して、完全に解除できたらまた隠してもらうつもりだった」


 必要なかったけど、と未来は続ける。

 返事ができない俺に笑いかける。


「隆が知ったら、そんなの嫌だって言ったでしょ?」

「当たり前だ」

「だから言えなかった。ごめんね」


 謝らなくていい。謝ることじゃない。

 お前の判断は正しい。


「わるい、遮った。……さっき言おうとしたことって?」


 切り替えて、未来が話せるよう促した。

 泣いてしまって、博物館で言えなかったこと。

『竹』を消すためにアイツのことを思い出さなくちゃいけなかった。その後に未来が続けたかった言の葉を。

 未来は、うん、と微笑む。

【第二二二回 豆知識の彼女】

おキクの花飾りが増えました


二章ではピンポン菊の飾りをつけていたおキク。最近ではバリエーションも増えており、その日によっておキク自身に選ばせているようです。そう、このへび子ちゃんはおしゃれさんなのです。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 言えない》

未来が言おうとしていたことと隆の反応。

またよろしくお願いいたします。

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