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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二二一話 【デリート】

前回、隆一郎はサウナへ。体を冷やすため外の椅子に座って目を閉じました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 ――決行は五日後、ですか。


 声がする。

 どこかで聞いた、抑揚のない静かな声。

 耳ではなく頭の中に直接響くようなこの感覚を、俺は知ってる。

 見て、聞くしかできない空間であると、それも経験から知っている。


 ――そうだ。余計なことをしてくれたな、卯月うづき

 ――……申しわけありません、――様。


 燐光に照らされた地面に正座をして、つのの生えたヒマワリに似た頭を深々と下げる。青緑色、ターコイズグリーンという色名が合う花弁。

 何度か聞いた『卯月』の名を持つ生き物は、声に震えを乗せて謝った。


 少し前に見た、洞窟のような場所。

 いくつもある青光りした水晶が辺りをぼんやりと照らしている。

 岩壁がんぺきに埋め込まれた小さなガラス玉が、周囲の光を反射して煌めく神秘的な空間。


 その神秘さを破壊的な力で汚すように。

 ビシャリと、大量の液体が艶やかな地面を濡らす。

 赤い、赤い赤い液体。

 俺の嫌いな、赤い液体。


 ――隠さなくて良いのだぞ。なぁ、卯月。


 黒く塗り潰された相手はせせら笑う。

 いつの間にか卯月の右腕が切断されていた。

 太い植物の蔓を束にした、白と青の花が咲いた腕。

 肩から斬られ、後方へ飛んで、落ちて、鮮血をまき散らす。

 ボタボタと、卯月の断面から滴る液体が赤い水溜まりを作っていく。


 ――人間ベースは特に痛むだろう? には相当我慢しているように見える。そうまでして守りたい何かがハズレにはあるか?


 以前は安定しなかった声にしんがある。幼い男の声。

 卯月は何も言わない。謝罪の姿勢をとったまま、名前のわからない生き物の言葉を聞いている。

 数秒経って、右腕は再生を始めた。

 驚異的な回復力で元通りになっても洞窟の赤は消えずに残る。

 こびり付く、大嫌いなあのにおい。


 ――まぁ良い。今後も邪魔をするのであれば、さっさとお前を取り込み消してやるだけだ。

 ――……はい。

 ――産み直せばその反抗心も薄れよう。下がれ。


 ひたいおぼしき花びらを地面につけ、動かなかった卯月は立ち上がる。

 名の知れない黒塗りの相手に礼をする。

 背を向ける前にもう一度聞いた。


 ――決行は五日後。……六月七日、ですね?


 確認を取るように。


 ――直樹なおきを主軸にした計画だった。お前のせいで延期を余儀なくされた。

 ――……申しわけありません。

 ――もう良い。早くゆけ。

 ――はい。


 今度こそ背を向けた卯月は静かにその場を去る。

 水晶の並ぶ通路を進む。

 進行方向から誰かが歩いて来た。


 ――あのお方の邪魔をするなど、産月うみつきとしてあるまじき行為。……長月ながつきならそう言うでしょうね。


 近付いて、わかった。俺の知る人物だと。

 声をかけたその男性は優しいほほ笑みを浮かべる。

 細い根を巻いてできた卯月の体が強ばる。


 ――師走しわす……。

 ――前回の集会に出なかったことを私も怒られました。大丈夫ですよ。私はあのお方のようにあなたを傷つけたり、長月のように叱りつけたりはしません。……ですが。


 ひょい、と。変わらない表情で男性が上を向く。

 何か言ったのか、微かに口もとが動く。

 天井から見下ろすような俺の視点では、その人物と目が合っているように思えた。


 ――夢で教える・・・・・のはよしてください。【デリート】。


 その技名を最後に。

 俺の意識は急速に遠ざかっていった。




 ――――ガタンッ!!


 落下した。

 座っていた椅子から、床に吸い込まれるようにして。


「いってぇ……」


 打ち付けた肘がじんじんする。

 妙な体重のかけ方をしたらしく、俺を休ませてくれた白い椅子は後方で天を仰いでいた。


「あれ……俺、何してたんだっけ」


 肘を押さえながら起き上がる。

 確か未来と別行動をとることになって、未来はおキクと足湯に行って、俺はケトを連れてサウナに来て。

 今は……多分、外気浴の最中だ。だから外にいる。

 寝るつもりじゃなかったけど、まさかのぼせて気絶しちまったのか?


「今日はやめとけってお告げかな……」


 深夜それなりに起きていたことを思い出す。

 ヘンメイとユキさんの関係をしんみりして聞いて、その後凪さんが帰ってくるとわかってすぐ布団に入ったけど、実際どれくらい眠れたのかは確認していない。

 もしかしたらだいぶ少なかったのかも。


 多分そうなんだろうとひとり納得して、転がしてしまった椅子を元に戻す。

 本当は三セットくらい繰り返すつもりだったけど、また意識が飛ぶのは避けたいからサウナはやめて潔く部屋に戻ることにする。

 未来が帰ってくるまで何をしていようか。そう考えながら、中に繋がる扉の取っ手を掴んだ。


「……?」


 違和感。

 何かを忘れてるような気がして、振り向く。

 誰もいない外気浴の専用スペース。

 壁際に俺のキューブが取り残されていた。


「あっぶねぇ!」


 慌てて駆け寄り、拾い上げる。

 大事なもの。無くしちゃいけない、忘れるわけにはいかないもの。

 キューブが壊れるイメージなんかこれっぽっちもないけど、一応ちゃんと展開できるかどうか試しておく。俺自身かなりの勢いで倒れたみたいだし。


 カリカリ、チキチキといつもの音がして、通常通り左腕に張り付き『炎』の文字が左手に刻まれる。

 ほっとして立方体に戻し、もうサウナに行かないならと、俺はさっき入れたばかりのケトをキューブから出してやった。そこで、


「――ケト?」


 大事な家族の異変に気付く。

 ついさっきまで気持ちよさそうに寝ていたケトが、顔をくしゃくしゃにしてうなされていた。


「ケト。おい、大丈夫か」


 椅子に座らせ、人前で隠すためのフードを外す。

『ん……ん……』と、今までの寝言とは明らかに違う声を出す。


 ――俺がキューブを落としたから? いや……。


 それは違うと断言できた。

 だって、キューブの中は異空間だから。

 鮮度を保ち、外界からの影響を全く受けない場所。斎が見せてくれたあの青い球体の力なのだと今なら俺も理解できる。


 キューブに衝撃を加えたからといって中に入れた物が壊れることはないし、同様にサウナみたいな暑い場所へ行ってもケトの体調が悪くなったりはしない。

 こいつが苦しんでいる原因は他にあるはずだ。


「ケト?」


 どうしていいかわからず俺はケトの頭を撫でる。起きない。

 つらそうな小さな声が、ケトの不快を伝えてくる。

 お世話になりっぱなしだけど、死人しびとにも【なごみのほのお】は効くんじゃないかと思って炎を一つ作った時だった。


『ミク――』


 はっきりと聞こえた。

 閉じた単眼から赤い涙を滲ませる。

 ミク、ミク……と。ケトは何度も主人を呼んでいる。


「未来? 未来んとこ行くか? それでお前は安心できるのか?」


 答えは返ってこない。ただ未来を呼び続ける。

 一人にしてとは言われたけど、ケトのこんな姿を見たら俺も動かないわけにはいかない。

 眠ったままぽろぽろと泣くケトを抱き上げる。

 キューブを持って、とにかく着替えなくちゃと更衣室へ行こうとした。


 ――まただ。なんか……変だ。


 さっきの違和感が再来する。

 扉の前でもう一度振り向き顔を上げれば、今にも雨が降りそうな灰色の雲。

 少し視線を下げると見える、建物の壁や生い茂る人工の木々。

 扉側を向けば、やはり誰もいない寂しい温泉。

 体は冷えてるのに、ガラスに映った自分の顔は汗びっしょりだった。


 ――違う気がする。


 のぼせたんじゃなくて、俺が抗えない何かを受けていたような。それでいて更に強い権威けんいで上書きされたような。

 頭の中に薄い膜を張られた感覚。

 何か忘れてる気がするけど、忘れた内容が俺にはわからない。


「デリート……」


 ふと想起そうきした言葉が、とても深刻なものに思えた。

 それは、凪さんの技名で。凪さんが未来のために使ってくれた記憶を隠す力で。

 臨世によって狂わされた未来が、元に戻るきっかけとなった技。


 前を向くための希望の光、【デリート】。


 俺にとっても大事な技名が、なぜか頭を駆け巡る。

 この場にいない凪さんからそれを行使されたような。そんなわけないのに、体感としてはそれが一番近い気がした。

 拭えない気持ち悪さと一緒に扉を開けて中へ入る。

 まだ呼び続けるケトのため、着替えを済ませてから急ぎ未来のもとへと向かった。

【第二二一回 豆知識の彼女】

長月は如月に『オッサン』と呼ばれていた老爺


三章冒頭にありましたサブタイトル《再来の夢》。そこで行われた産月たちの集会にて、師走が呼び出しに応じず十一しか集まらなかったことを長月は怒っておりました。その後、師走はお叱りにあったようです。


隆と未来の挿絵が描きたいなぁ。描けるかなぁ。


改めまして、いつも読んでくださりまことにありがとうございます。読者の皆様に支えられております。このまま頑張りますので、今後とも碧カノをよろしくお願いいたします。


《次回 隠し事》

サブタイトルは変わるかもしれません。

うなされたケトのため、隆一郎は未来のもとへ向かいます。

よろしくお願いいたします。

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