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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二一七話 お面

前回、凪と流星は北海道支部に来ました。

 挿絵(By みてみん)

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


万里ばんり。お前はそそっかしいから座っておけ』

「でもぉ〜っ!」

『茶なら秘書がやるだろう。お前が動くとろくな事にならん、じっとしていろ』

「酷いよ四十万谷しじまや君〜……」


 里と四十谷。数字繋がりで二人は仲がいい。

 三十代の彼女と五十代の司令官は親子ほど歳の差があるが、それを感じさせないやり取りだった。

 堅苦しい関係を好まない彼らしいな、と凪は笑う。


 北海道には遠征で度々お邪魔するので彼女のおっちょこちょいは凪も流星もよく知っている。支部で勤務する人たちもわかっているので、秘書含め全員、万里を走らせないよう考えながら動くらしい。

 ちなみに彼女、仕事だけはできる。なので今回の監視についても不備があるとは思えなかった。


 司令官が映る画面の両隣り。一つ、二つと新たに出現する。

 片方には結衣、もう一方にはあいかの顔が表示される。三面鏡のような形となった。


『やっほー凪君。聞こえるー?』


 ひらひらと手を振られる。


「はい、結衣博士。こちらの声は大丈夫ですか」

『問題なしよーん。うふふっ、画面越しでもあなたはイケメンねぇ〜』


『はぁん……』と、手を頬に当ててとろけた顔をする。

 申し訳ないけれど、凪は無視を決め込んだ。


「国生さんも、聞こえますか」

『ええ、問題なく。司令官はいかがですか』

『こちらも大丈夫だ。先に基本データの照合から始めたい。まさかこんなところまで弄られてはいないだろうが、手垢が見つかるかもしれん。全員準備をしておいてくれ』


 そのつもりだったため、凪は会話をしながら直樹について記したパネルを手前にしていた。

 万里が涙目で机を操作する。真っ青だった板は半透明になり、本日の日付と時刻――2037/06/02/11:51と右下に白抜きされた動画が十二個映し出される。それは臨世を監視するために設置されたカメラの映像。

 背後にいる湊と雪翔も画面に入っていた。


 ――臨世だけじゃなく部屋全体が見える。死角は……やっぱりなさそうかな。


 現在の彼は【(いと)】で目を隠され拘束されたまま、口もとを笑わせている。

 変わらず動きそうにない。

 数字が絶えず刻まれる。

 あいかが『では』と言って画面から消える。代わりに先程結衣が見せてくれた青い文字が表示された。

 比較的平らな石壁をバックにして書き出され、こちらからも見やすくなっている。

 万里の秘書が落ち着いた動きでお茶を持ってきてくれたので、凪と流星はお礼を言って着席した。


『弥重。一番は、どうだった』


 ずっと気にしていたのだろう。

 コーヒーカップを口へ運んだ司令官は、話し合いを始める前に問うてきた。


「『竹』が壊れた後、隠すように泣いていました」

『……そうか』

「色んな感情がもつれた結果だと思います。怖かっただろうし、つらかったはず。その中に少しでも、終わったんだという安心があったなら。そうであればいいなと……僕は思います」


 これ以上関わらせたくない。そんな願望を隠さず言葉に乗せ、凪は一礼した。

 流星が何も書いていない青いパネルを目の前にスライドして、右端をトントンと二回叩く。半透明のペンが浮き出てくる。


「記録いるだろ。やるからお前は話し合い担当な」


 遠征から帰った際は必ず支部と本部で情報を共有し、誰かが記録をする。最近では流星の役割だった。


「いつもありがとね。わかりやすいから流星のまとめ方好きだよ」

「湊よりキレーにやるっていつも思ってっから。アイツには負けねー」


 何を張り合っているのか。凪はふっと笑ってしまう。

 支部と端段市、本部。

 全員の用意ができたところで、しんと静まり返る。

 司令官の号令なしに会議は始まらない。


『ではこれより、端段市博物館『竹』解除にて起きた事象の分析と共有、今後についての会議を行う。まずは基本データの照らし合わせから入りたい』


『はいはーい。本部と支部は同じ内容だよね。んじゃ、あたしが持ってる記録読んでくよー』


 結衣は自分が持つデータを音読する。

 変わらず明るい声を聞きながら、凪はパネルに書かれた文字を目で追った。



上原 直樹 (うえはら なおき)

一般人男性。大阪府庄司市生まれ。2035年12月6日(当時13歳)相沢未来の前で意思が死人化。人と死人の心臓を一つずつ有した後、本人の受理により結合。死人の心臓のみに変わり、存在そのものが死人となる。以降、臨世 (りんぜ)と記す。



 直樹が臨世になるまでの経緯と、人から死人になった初の事例として捕獲するよう言われ、雪翔が捕まえて博物館に隔離してからのこと。

 臨世の言葉によって正気を保てなくなった未来が病院を抜け出して、二度と会いたくないという気持ちを込めて『竹』を刺したことや、そのまま討伐しようとしていたところを間一髪で隆一郎が止めに来た話まで。

 不備なく全てが記録されている。

 あいかの納得の声がスピーカー越しに聞こえた。


『司令官の言っていた狂うとは、未来さんのことでしたか』

『そうだ。あの場には四十一番がいたからな』

『そばで見ていた土屋くんの前では話せませんね。……文だけでも、かなりの錯乱状態だったとわかりますし』


 書き出された未来の様子を見てその頃を思い出した凪は、机に置いた手を固く握った。


 ケタケタと笑う声。脈絡のない言葉の羅列。

 自分の碧眼を箸で刺そうとして咄嗟に振り払えば、掴みかかってきて大声で泣いた。

 相沢未来という存在が全くの別人にしか見えなかったあの数ヶ月を、隆一郎には思い出してほしくないし、できることなら凪だって忘れたい。


 あの時の未来は明らかに狂っていた。

 自分で自分をバケモノと罵っては快楽を感じていた。

 その快楽を求める行為が後々にも残るなんて知る由もない。

 変わってしまった幼なじみが怖くて、彼女がする行為も顔つきも怖くて、まだ十三歳だった隆一郎は泣いて抱き締めるしかなかった。

 戻ってきてくれと、何度も懇願していた。


 未来にとって臨世がトラウマであるように、あのおかしくなった未来もまた、隆一郎のトラウマだ。

 凪は手の力を緩める努力をする。意識して指を開く。


「支部側の記録、結衣博士のデータと相違ありません。本部はどうですか?」

『こちらも同じだ。本題に移るぞ』

「はい」

『千番。臨世の身に何があったか、本人から直接吐かせることはできるか』

『わたしも【る】を使って言わせるつもりでいたのですが、そう簡単にはいかないようで――』


 どういうことかと凪が聞こうとすると、文字を表示していた画面が動いた。

 見える範囲が変わり、右端にあいかの顔がちらりと映る。被写体が臨世になる。


『凪くん。彼に巻き付けた【(いと)】、顔の部分だけ解除していただけますか?』


 本能が嫌だと訴えるが、凪はその感情を無視する。

 二つ返事で答え、縛るための【(いと)】を間違って消さないよう慎重に、数キロ離れた場所にある自分の技を操作して奴の視界を自由にした。

 さっきと変わらない、暗くて青い瞳。

 口と目がにやにやと笑っている。


「なんというか……お面をつけてるみたいだね?」


 眼鏡を外し、もう一度掛け直した万里は率直な感想を述べた。


『ぷぷっ、お面か。ばんちゃんいい表現するわぁ〜』

「い、いいい、いい表現!? だだだって結衣ちゃんほら、お顔が全然動かないからっ」

『そー、それ。全然動かないし表情も変わらない。要するに、その『お面』が答えなのよ』


 へ? と万里は頭を傾ける。

 目をぱちくりさせ、助けを求めてキョロキョロする。

 同い年ということもあってか結衣と万里も仲がいい。特に結衣が万里を可愛がるので今の彼女の行動に笑ってしまい、結衣はお面の説明を放棄する。

 脱線しそうなところを纏めるのはやはり司令官だった。


『つまり目覚めたように見せかけて、そのじつ臨世は寝ているということか』


 ――なるほど。


『司令官、ご名答〜!』


『結衣さんはもっと落ち着いてください。補足しますね。『竹』は解除できたものの、彼は他の何者かによって拘束を受け続けている。『竹』が『別の何か』に置き換わっただけで結局話せる状態ではない。そんな事態です』


『随分と手の込んだことをしてくれる』


『同意です。無意識下でも話せないかと【る】を使いましたが、応答はありませんでした。凪くんの【(いと)】を引っ張れば唸りはするのですけど』


 勝手に触るな、と言いたくなった。

 こちらからは見えないけれど、彼女の手は【(いと)】が持つ微細な棘で出血したはず。見た目ほど綺麗な代物ではないのだから。


「その『別の何か』をどうにかしなくてはいけない、ということですね?」


 文句は胸に収め、話を進める。


『そういうことです』

「承知しました。結衣博士、新たな拘束の詳細はわかりますか?」

『ふっふん、もちろん調査済みよ〜ん!』

「共有願います」


 きゃ〜! 結衣は黄色い声を上げた。

 今回は無視するわけにもいかずもう一度お願いしますと頼むと、彼女は頬を紅潮させたまま『はぁい』と返事をする。

 どこかへ飛んでいきそうな勢いだった結衣はその後、急に――冷たい笑みを浮かべた。


『新たな拘束はね、簡単に言えば催眠術みたいなやつよ』


 落ち着いた声。相手を威圧する彼女の領域。

 本来の結衣が姿を見せる。


「催眠術、ですか」


『起きるな、動くな、喋るな。そんな命令を受けたから臨世は忠実に守ってる。それが解けるまではずっとこのまま。ざっと十八時間ってとこかな』


 正確には十八時間三分。測ってくれているらしく彼女はタイマーの表示を見せてくる。

 ピッ、ピッ、と。等間隔で数字が変わっていく。


 ――催眠。『竹』が消えても手応えを感じなかったのはそのせいか。


 納得してお礼を言う。

 つまるところ、臨世の乱暴狼藉らんぼうろうぜきに注意しなければならないのは明日の朝から。百パーセントしか出さない結衣が時間まで指定するのであれば、それまでは奴を警戒する必要はない。

 情報を引き出すことも当然できないが、しばらくは安心していいみたいだ。


『彼が話せるのは十八時間後――。皆さん、待つなんて選択肢はないでしょう?』


 映像が臨世からあいかに変わる。左手に刻まれた『知』の文字を映し、自信ありげに彼女は微笑んでみせる。

 仕事の早い二人に司令官はふっと笑った。

【第二一七回 豆知識の彼女】

人物紹介が沢山になりました


臨世は良しとして、人物は一纏めにするつもりがいざやってみると画質が落ちちゃって名前が読みづらいので、主要人物の周りにいる人、本部支部の人という感じで分けることにしました。

紫音や他の人物も入ってくるのでそのうち空白はなくなる……はず。(いつになるやらですが)


紫音のイラストはりゅーちゃん未来さんが顔を合わせた時に描く予定です。よろしくお願いします。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 甘え下手と舌足らず》

あいか先生の提案と、なんだかんだ気にかけている凪さん。

どうぞよろしくお願いいたします。

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