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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
221/280

第二一三話 『竹』

前回、未来は直樹と出会うまでを思い出しました。

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


 目が合った。

 引きずり込まれそうなほどに暗い碧眼と、俺の目が。


『……』


 今にも何か言いそうな、けれど何も発さないソイツは現在、未来を見ている。

 目の下にあるクマごと全部、嬉しそうに歪めている。

 作り物みたいだと思った臨世は『竹』の解除と同時にずるりと動き、顔を上げて開眼した。


「……うそ」


 消え入るような声で未来が呟く。


「そんな、わけない。だってまだ……ふし、一つで……」


 俺に握られた右手が震えてる。

 目を見開いて、奴から視線を逸らせないでいる。


 結論から言うと、『竹』の解除は成功した。

 天井近くから心臓を貫いていた長い竹は、枯れ枝を指で折るように簡単に割れて落ちていった。心臓に突き刺さっていた部分は砂みたいに流れて完全に消えた。

 けれど未来の様子を見れば、【むこ露草つゆくさたけ】の理屈を知らない俺でもかなり想定外のことが起きたのだとわかる。

 臨世を縛り付ける凪さんも、従える用意をしていた湊さんも、他のみんなも。

 今の『竹』の壊れ方は、異常。全員わかったと思う。


 臨世に動く様子はない。けれど口がにたぁ……と笑っていて、まばたき一つしない。気味が悪い。


「……凪くん、小山内くん。大丈夫そうですか?」


 国生先生が静かに問い掛けた。

 確認するように二人は臨世を見る。数秒置いてから凪さんが頷いて、湊さんは椅子から立ち上がる。

 いつでも引き絞れる状態だった凪さんは姿勢を戻し、未来を見続ける臨世の目に新たな【(いと)】を巻き付けて隠してくれた。


「【(いと)】に問題はありません。固定完了しました」

「こっちも支配下に置いたよ。でもまったく抵抗がない、拍子抜けするほど全然」


 変じゃない? と続く会話が遠くに感じる。

 臨世が暴れないとわかって安心したからか、俺の耳は聞き取ることを放棄したらしい。


 ――疲れた。すんげぇ、疲れた。


 何もしてないのに。俺は何もできてないし、誰よりしんどいのは未来なのに。

 だけど昨日から今日にかけての緊張は自分にとってかなりキツかったようで、俺は視線を縫いつけたままの未来を連れて下がることにした。

 手を引いて、半ば強制的に。


 扉の近くまで行くと、かどっこで国生先生と結衣博士の守りを担当していたユキさんが「お疲れ様」と声をかけてくれた。

 未来も、そこでようやく臨世から意識を離す。

 力が抜けたらしく「ありがとうございます」と答えてから扉を背にぺたんと座って、さっきまで『紋章』に触れていた左手を見つめた。


 ――火傷やけどしてる。


 未来の指先が真っ赤になって、皮膚の一部がめくれている。

 慌てて俺が克復軟膏こくふくなんこうを取り出そうとすると、未来は首を横に振って制してきた。

 大丈夫と言って、そのまま見続ける。

 じわり、じわりと。『恩恵』の効果によって、その怪我はゆっくりと治っていく。


「ねぇ、隆。私……」


 俺を見上げた未来は何か言いたげで、しかし纏まらないらしくすぐに下を向いてしまった。

 しばらく様子を見ようか悩むも肩を震わせていて、泣いてるとわかった俺は隣に腰を下ろす。

 前に未来がしてくれたように、その小さな背中をそっとさすった。


「……任せよう、みんなに」


 未来がすべきことは終わったから。

 責務は全うしたから。

 ここから先は、自分の心に向き合っていてほしい。


「ありがとな。頑張ってくれて」


 それだけ伝えたら、大粒の涙を零して未来は頷いた。

 頬を伝い、冷たい床へ落ちていく。

 冷えてしまわないよう【なごみのほのお】をそばに置いて、俺はとある花を想像した。


     ◇


 金木犀きんもくせいの香りがした。

 どこか懐かしい、ふくよかな甘い香りが。


「隆君は……おしゃれな技を使うな」


 臨世から目を離さず出どころを凪が考えていると、後ろから来た雪翔は微笑を浮かべて囁いた。

 見てみろ、と言われたように思う。

(いと)】がきちんと機能していることを何度も確認して、凪は扉の近くに座る彼らへ視線を向ける。

 ふわ……と漂う正体は、隆一郎が未来のために作った【なごみのほのお】のようだった。


「……アロマキャンドルのイメージかな」

「だろうな。香りの再現度が高い。効能まで得られそうだ」


 優しい炎から花の香り。

 雪翔が言うようにおしゃれなその技は、隆一郎だからこそできる未来への癒し。

 植物はなんでも好きな彼女が特に好んでいる金木犀にはリラックス効果があり、炎の揺らぎにも心を落ち着かせる作用がある。今の彼女にはピッタリの技だった。

 ――さすがだ。


「ケアは任せよう。僕らはこっちを考えるよ」

「ああ」


 未来のことは、隆一郎が一番よく知っている。

 おずおずと差し出された手を隆一郎が握るところまで見届けて、凪は臨世へ意識を戻した。


 現在の彼は、【(いと)】でがんじがらめにされ、こだわることを意味する熟語【拘泥(こうでい)】によって支配されている。

 その力は目に見えるものではないが、発動者である湊が支配下に置いたと言ったので安心していいだろう。

 問題は『竹』の壊れ方と、様子のおかしい臨世だ。


 ――未来から聞いていた話とはまるで違う。『竹』に臨世の体力を奪う効果はない、解放したら奴はすぐに動けるし話せると言っていた。……その『竹』も、一節ずつ消えていくんじゃなかったのか。


 凪は顎に指を添えて考え込む。

 詳細を教えると『させたくない』の一点張りになりそうで隆一郎には言わなかったが、本来の解除法は未来へかなりの負担をかけるものだった。


 その手順とは、未来が『紋章』に触れ、彼と過ごした日々や臨世にされた内容を()()()()こと。

むこ露草つゆくさ』という花個紋はなこもんを使った拘束の技【むこ露草つゆくさたけ】は、拘束する相手に一番合う花個紋と、竹の節の数だけ記憶を組み合わせて使うと凪は聞いている。


 一年分――三百六十六個ある花個紋から一つを選び、未来が知る『上原直樹』の思い出を閉じ込めて『竹』を刺す。

 解除するには技を使った時と同じく相手との関わりを思い出さなければならない。


 楽しかったこともつらかったことも、全ての記憶を辿り、辿ったぶんだけ『竹』は一節ずつ消えていく。

 時間も精神力も使う強力な未来の技は、明らかに想定外の壊れ方をした。


「……国生さんは、どうみます?」


 考えたのち自分なりの結論を出して、凪はあいかへ問い掛ける。

 彼女は『紋章』の方も気にしているようで、不自然な点がないか顔を近付けて確認する。後ろで結った緩い三つ編みの先は床についていた。


「どうと言われましても。『竹』も臨世も、事前に手を加えられていたとしかわたしには思えませんね」


 同意見。複雑ではあるが、凪はほっとする。


「僕も同じ考えです。壊れ方も驚きましたが、何より彼が無抵抗なのはおかしい。首から下が死んでるみたいだ」


 結果的には、良かったのだろう。

 怖い記憶を思い出さずに『竹』が消え、襲われることも暴言を吐かれることもなく全員無事でいられるのだから。

 ただ、出来すぎている・・・・・・・

 未来を傷つけたくないあまり誰かが細工をしたような。この現象を自然と思うには無理があった。


 凪は試しに【(いと)】を引っ張る。

 臨世の足の指を貫く一本がびんっ、と張って、痛覚を刺激する。


『ア、アァ……ッ』


 久しぶりに聞いた忌々いまいましい声。

 眼前の死人は本気で痛がっているように見えた。


「感覚はあるようですね」

「……あなたはもう少し、マシな確認ができませんか」


 無理だ。隠すことはできても凪は臨世を恨んでいる。今すぐにでも滅したい気持ちを我慢しているのだから、多少の荒さは理解してほしい。

【第二一三回 豆知識の彼女】はお休みです。


今回の話を書くにあたり再度確認しに行きますと、366日の花個紋様に利用規定があることに気付きました。

さんれんぼくろの確認不足でここまで来てしまったのですが、非商用かつ規約の範囲内であれば無料で利用して良いとのことでして、現状はこのままいかせていただきたく思います。

使用してはいけないとなれば改めてご報告と技の変更、もしくは有償販売の申し込みにて継続させていただければなと。

碧カノ関係なくかなり前から花個紋が大好きでして、調べるのが甘かったためこうなりました。以後気をつけます。


登場しました『向う露草』の【個意ことば】は『良心』。

自分の価値観を持った正義感の強い人。

周囲に流されることなく、良心に従って行動のできる意志の強い人です。不正には厳しく、弱者には救いの手を差し伸べるあなたは、正義の味方のような存在です。

というものでした。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 お墨付きと役割分担》

凪視点続きます。

想定とは違う臨世。未来のことは隆一郎に任せ、凪は目の前の死人のことを考えます。

どうぞよろしくお願いします。

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