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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二一二話 巡る過去

前回、『竹』解除のため、未来は『紋章』に触れて目を閉じました。

 挿絵(By みてみん)


 小三の頃からだろうか。本格的な嫌がらせが始まったのは。


 ――バケモンが来たでー!

 ――逃げろみんなー! 死神のお出ましやー!


 飛び交う悪意のある言葉。投げつけられる石。


 ――死人菌がうつるぞー!!


 ゲラゲラと笑って、知りもしないことをそれらしく広める同級生。けれど死人という詳細を知らないのは、未来だって一緒だ。

 死人が現れてから約一年。彼らの生態を解明できた人はまだいない。

 根底にあるのは『哀しみ』ではないか。照らし合わせて導き出したそれ以外、彼らへの理解は進まない。


 ――いいよ隆。私といたら、ほんとに死人になっちゃうかもしれないから。


 元より気味悪がられていたこの青い瞳は、いつからか死人と同一のものと認識された。

 こちらも解明されたわけではない。どこかで誰かがそう言って、それを正解だと思った者から伝染しただけ。

 毎日のように耳を突けば、それが正解か不正解かなんて関係ない。


『ああ、あの子はそう・・なんだ』


 そんな目にさらされ、そう・・なのかもと自分でも思うようになった。

 だから、何があってもそばにいてくれる幼なじみまで遠ざけようとした。巻き込みたくない一心で、『私といたら隆も死人になる。嫌だ、離れて』と。


 泣かれた。

 そんなこと言うなと。

 お前はお前だと。

 隆一郎だってきっと何もわからないのに、周りが自分をバケモノ扱いする一方で、彼だけはなぜか強く強く相沢未来という存在を肯定し続けた。

 この青い瞳が死人でない証拠なんか見つからないのに。どうしてそこまで信じられるのか、なぜ一緒に過ごしてくれるのか、疑問と感謝が募る。


 ――逃げろ、早く……!


 罵倒も石ころも慣れた頃。ああ、あれは子どものイタズラなんだと理解した。

 だって大人はこちらへ刃物を向ける。青い瞳を見てはすぐに危険と判断し、未来の隣を笑って歩いていた隆一郎を庇い守ろうとする。

 その行為を正義として疑わない。

 悪い死人に連れていかれそうになった子どもを助ける勇敢な自分――。そんな偽りの物語に身を委ねる、無知の大人。


 しょうがない。だってそれが、死人を恐れるこの国の考え方なのだから。

 彼らが現れる前から付き合いのある者やマダーでない限り、自分を人か死人か見極めてほしいなんていう願いは暴慢だ。

『彼女は同じ人間です』と説明されても恐怖が人を支配して、頭ではわかっていても、心のどこかがイコールで結びつける。


 相沢未来、イコール、死人。


 違うと言っても聞き入れてもらえない。

 諦める方が早かった。頑張るのをやめた。

 本物の家族のように接してくれる土屋つちや家に感謝して、過度な期待や望みは持たず、静かに生きると決める。


 ――泣いてくれ。もう、我慢せずに、泣いてくれ。


 ごめんね、そんなことを言わせて。

 ただ笑顔を見せたかっただけ。

 隆一郎といる時間は平和で楽しくて、何より大事な時間で。だから泣いたりせず、笑って一緒に過ごしたいだけだった。

 けれど泣くことを我慢していたのは事実で、迷惑をかけたくなかったことも否定しきれなくて。

 ならば泣こうとして、涙を流せない自分に気がついた。死人でも赤い涙を流すというのに、どういうことだろう。


 ――パリンッ。


 手を滑らせ皿を割るように、ガラス玉を自然と落とした際に知った。彼らの能力が扱えること。

 彼らとそっくりな瞳。彼らと同じ力。


 本当に死人じゃないの?

 生かされてるだけで本当はそうなんじゃないの?

 私は人間です、なんて。胸を張って言えるだろうか。


 自分で自分に問うては首を横に振る。

 反応が怖くて切りに行けない、伸ばしっぱなしの髪が揺れる。

 隆一郎がその時すぐに来てくれなければ、戦法が増えてカッケェなんて言われなければ、自分はもっと腐っていったのだろう。

 ひどく安心した。


 当番の日、ガラス玉について凪へ打ち明けた。

 夜中のみ大阪へ来る兄のような彼は、驚きはしたがすぐに受け入れてくれた。活かす方法をともに考えてくれた。


 昼間の外は怖い。だけど家や『ゴミ箱』には自分の居場所がある。

 もうそれでいいじゃないか。

 友だちという響きに憧れていたけれど、この目がある限り実現は不可能だから。

 今の居場所を失わないために、必要ない『欲』は全部捨てていこう。

 そう考え始めた時分じぶん


 ――なぁ、なんでいっつも下向いて歩いてるん?


 転校してきた男の子に問われた。

 隣のクラスからわざわざこちらにやって来て、人を介さず直接聞く彼は、未来のいるクラスの異様さが気になったらしい。

 そのおかしい元凶が未来であると当たりをつけて話しかけてくる。

 もちろん隆一郎は警戒する。校内の誰も信用していない幼なじみは『なんでもいいだろ』とそっけなく返し、追い払おうとした。けれど、


 ――目、綺麗やなぁ。


 彼の口から出たその言葉が、あまりにも純粋すぎて。

 死人が現れてから三年が経った今、青い瞳が何を指すか知らない者はいない。転校生も、知っているはずだった。

 未来と隆一郎は顔を見合わせる。

 怖がられると思った。もしくは罵倒、暴力。そんな平和な言葉が出てくるだなんて二人とも夢にも思わない。

 警戒は解けなかった。新手の嫌がらせではと考えるほど、周囲の誰もが怖かった。


 名を聞かれても答えないでいると、名札を見て『相沢ちゃん』と呼び始めた。こちらからは何も返事をしないのに、質問しては自分の中で納得して笑顔を見せる。

 わからない。このひとは何のつもりで話しているんだろう。

 周りがざわざわしてこちらを見ている。

 死人菌がうつる、と。あのバカな囁き声が聞こえる。


 ――んなわけないやろ。


 瞬時に否定された。転校生は笑みを消して、未来を菌扱いするクラスメイトへ向き直る。

『アホちゃう?』と言い放った。


 ――相沢ちゃんの瞳は、綺麗やよ。


 慣れないそのあだ名。

 自分を迷わずその場で庇護ひごする人は、隆一郎のほかに誰がいただろう。

 死人そっくりな青い瞳を初対面で認め、バカにせず、こわがりもせず、偽善ではない本物の心で綺麗だと言ってくれる。そんな出来た人間がいったい何人いるのだろう。


 ――相沢ちゃんも、ちゃうんやったら堂々としいや。そうせんとあいつら調子乗るだけやで。


 育ってきた環境を知らないゆえの厳しい指摘。

 保護しようとする身内とは別の優しさ。

 期待しないで過ごしてきたのに。静かに生きると決めたのに。

 もしかしたら、まだ普通でいられるんじゃないか。そう思ってしまった。


 ――お前、名前は。


 隆一郎が聞けば、『そっちは答えへんくせに』と眩しい笑顔を見せた。


 ――上原うえはら直樹なおき。仲よぉしてな。


 それが、のちに『臨世』となる彼との出会い。

 隆一郎が東京へ行ってからも支えてくれた、未来の初めての友だちだった。

【第二一二回 豆知識の彼女】

直樹に出会わなかった場合、未来が捨てた『欲』が死人化する可能性もあった


強い思いが元になる肉体のない死人。隆や直樹がそうなったのと同じように本当に誰でも起こり得ることです。

どこかの世界線では臨世の立場が未来であっても不思議ではない。心は捨てちゃダメなのです。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 『竹』》

隆視点に戻ります。『竹』の解除をしていました未来さん、果たして。

またどうぞよろしくお願いします。

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