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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二一一話 臨世

前回、博物館に来ました。

 挿絵(By みてみん)


「いい子でしょう? 自慢の孫なんですよ」


 にこにこの霜野しものおばあさんはゆっくりと振り返り、自分の手袋をみんなに見せる。さっき霜野さんがつけていたのと同じ、三つ編みに似た刺繍が入った赤色の手袋。


「冬の装備にお困りでしたら、どうぞ孫の店を覗いてみてください。手作りですが、どれもよく出来ておりますので」


 人が少ないから購入者もいませんが、と。ひとり手袋をしていない未来を見て言ったのは気のせいだろうか。

 狙って言ったなら商売上手だな。

 コインロッカーに防寒具一式を置かせてもらって、また歩き出した霜野おばあさんの後ろを八人ぞろぞろとついていく。なんか嬉しそうだなと思えば、こんなに大所帯なのは久しぶりなんだそう。


「捕らえた彼のせいではありませんよ。立地でしょうねぇ、元からお客様の入りが良いとはとても言えませんで……」


 使った百円は後でお返ししますねとも言われた。返却式じゃなかったけど、いいのかな。

 一階を奥まで進む。二階と地下へ続く階段があって、壁面も使って化石や虫の標本が飾られている。

 国生先生が珍しくきょろきょろとする。


「外観からも思いましたが、広いですね。地下もあるのですか?」

「ええ。特別な照明でご覧いただくエリアがありまして。そこに後付けした扉の向こうにおります」


 植物、岩石、映像による紹介も。綺麗なままを保ったそれらは霜野さん一家の手入れが行き届いている証拠だった。

 お客さんのいない、貸切状態な博物館。

 鑑賞されるべくここに存在するモノたちが寂しそうで、ご家族の愛情を受けているとはいえ、本来彼らが過ごせていた日常を臨世が壊してしまっている事実に歯噛みした。

 前を歩くみんなの足が止まる。


「こちらになります」


 地下一階の最奥。

 鎖のついた重厚な扉を前にして、唾を飲む。

 未来が俺の手を握る。

 俺も、強く握り返す。


「こちらは入ってはならないとのことだったので、鍵を開けるのは設置された日以来ですかねぇ」


 霜野おばあさんは腰袋からキーケースを取り出して、いくらかある中から一番大きい鍵を外す。

 いかがいたしましょう? と赤い手袋の上に乗せた。


「私が開けましょうか?」

「……いえ。今は危険ではありませんが、今後どうなるかはわかりません。わたしがお預かりしたく存じます」


 所有権が国生先生へ変わる。

 受け取った先生は鍵を胸元で持つ。


「霜野様。大切な場所をお譲りいただいたこと、ここに残ってくださったこと。心より感謝申し上げます」


 国生先生に続くように、全員で頭を下げた。


「いえいえ。私はただ、夫が遺したものを守りたかっただけですから。息子たちが皆同じ気持ちでいてくれたから、ここで過ごしていただけですよ」


 変わらない穏やかな声で促され、顔を上げる。

「ご武運を」と礼をして、霜野おばあさんは来た通路を戻っていった。歩調がゆっくりなためその背中もゆっくりと小さくなっていく。


「凪。おばあさんの護衛はどうする?」


 階段を上って姿が完全に見えなくなったところでユキさんが聞いた。


「紫音にお願いしてる。でも逃がしちゃダメだよ」

「了解」

「暴れるなら被害を出す前に心臓を潰す。全員遵守じゅんしゅしてね」


 はい、と声が揃う。

 キューブをそれぞれ展開して、結衣博士は研究所にあったのと同じ青いタッチパネルを出現させる。浮き出る『データ採取開始』の文字。

『譲』の子がこの近辺にいるみたいだけど、聞くのは今じゃない。


「未来。これ返しておくね。離れてた一ヶ月分の加護、しっかり刻んでおいた」

「……ありがとう。大変だったでしょ」

「僕が勝手にやってることだからいいの。行き過ぎたプレゼントだと思ってくれたら」


 凪さんの言い回しに未来は目を細める。

 手渡された水晶のネックレスを身につけ、そっと指を添える。凪さんが去年山梨に行った際にお土産として買ってきたアクセサリー。未来が肌身離さず持っているものだ。


「効果、覚えてる? そこに刻んだ【Blessingブレッシング】は――」

「『持ち主の命が危ない時に作用する。一回きりの最強の盾』」


 セリフを奪われ、凪さんは苦笑した。


「最強なんて言った覚えはないけどね」

「会うたびに強化してくれてるんだもん。最強だよ」

「精神は守れない。だから無理はしないって約束して」


 ネックレスをつけるために離れた手が戻ってくる。

 加護の力としか聞いていなかった俺は、そうだったのか、と思いながら握る。


「責任とか、そういうのは感じなくていい。いざとなれば僕が力ずくで『竹』を壊す。それで奴が死んだとしても、昨日司令官が言ってた通り結衣博士がどうにかしてくれるから」


「力を抜いてね」と。優しい微笑みを向けられ、結衣博士からもピースを送られる。

 意思を受け取った未来ははいと返事をした。


「迷惑、かけると思います。でも……よろしくお願いします」


 深々と頭を下げる。

 全員に向けて、これからのフォローを頼む。


「ガキんちょの迷惑なんざたかが知れてんだよ。あらたまってんじゃねぇよバーカ」

「うーわぁ……ごめんねぇ未来ちゃん。バカなのは流星だから気にしないで〜」


 いつも通りのじゃれ合いが始まる。未来をリラックスさせるための――と言いたいけど、本心なんじゃないかな、今の言葉は。


「あとでお仕置きだね」


 伏せたこちょこちょ宣言にはびくっとしてるけど。多分凪さんもしないだろうし。

 国生先生が全員を見て、用意ができているかを確認する。「では開けますね」と鍵を回した。

 ドアが開く。

 ぎぃ……と重い音が鳴る。

 鼻を突くカビの臭い。雪が溶けて放置した末にできた異臭が逃げていく。

 それを作り出した原因の死人は部屋の中央にいた。


「……なお君」


 未来が声を漏らす。

 能力を無効化するためのかせを両手首にはめて、膝をついて鎖で固定され、更に背中側から『竹』が突き刺さってる。天井に当たりそうなほど、長い竹。

 床には二枚の花びらを持つ露草つゆくさを描いた『紋章』。

 その外側に八つの光る点があった。


 ――【(おぼろ)げ】の光。凪さん、端段市だけじゃなくて臨世のことも見に来てたんだ。


 凪さんの技を知ってる人にはわかる。

 鍵なんてなくてもここに入れる凪さん。最近使わないから完全に忘れてたけど、【ひかり】を使えば体を光に変えて窓をすり抜けられるから。

 扉についた監視用の小さなガラス部分から中へ入って、もう一段階、先に技を掛けてくれている。

(いと)】と【(おぼろ)げ】、未来には【Blessingブレッシング】による加護のネックレスを。

 二度と手は出させない。そんな決意がひしひしと伝わってくる。


「じゃあ、湊。予定通りに」

「はーい」


 動かない。喋らない。

 作り物みたいな臨世を凪さんの【(いと)】が縛り上げていく。

 肩周り、腕、足、指先まで。目を凝らさないと見えないけど、貫くように全身へ【(いと)】を刺していく。


「家具に【こだわる】」


 俺の知らない技を使った湊さんは、石壁を模したマテリアルの一部を分解して椅子に変えてしまった。

 臨世の背中側に回り玉座のようなそれを置いて、足を組んで座る。

 湊さんの【拘泥(こうでい)】は目に見えるものじゃないからわからないけど、おそらく発動できる状態か、既に発動してるのだと思う。

 いつものにこにこ顔が消えて、時々見せるあの怖い真顔になってるから。


 準備をしている間、俺は未来の隣で臨世を眺める。

 動かない、喋らない、ボサボサの黒髪の死人。

 未来の青い瞳を綺麗だと言ってくれた、元親友を。


「未来。……お願い」


 凪さんが未来を呼んだ。

 未来が俺に顔を向ける。

 頷くことで了承を示して、一緒に臨世の前に立つ。

 臨世を拘束するための一部――『紋章』に触れた未来は、何も言わずに目を閉じた。

【第二一一回 豆知識の彼女】

Blessingブレッシング】と【ひかり】は一章で登場


ネックレスの存在が薄すぎて(作者の頭からも消えかけてました)二章でもう一回触れておきたかったのですが、残念ながら出てこずでしたすみません。

ネックレスや技名を隆が知ったのが第二十一話《寡黙の青年》と第二十六話《無戦の夜》、加護だと未来が話すのが第五十九話《捜索》。


ひかり】はいわゆる不法侵入の技でした。鍵が閉まってるはずの土屋家。隆が帰ってきたらなぜか凪さんが未来の部屋にいた(お見舞いのため)というのが第十九話《プリンと薬》。こちらは元から書いてあったのですけど一章推敲時に『技名書いてないやん!!』と気付いたアホ作者が後々追加させてもらってちゃんと技名が出てくるのが第六十二話《重なる思考》です。


長々書きましたが、

未来は凪さんから強いお守りを持たせてもらってる、凪さんは鍵が閉まってたって関係ない

みたいな感じです。

ポンコツ作者ですみません。あああ。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 巡る過去》

『竹』解除の手順として、未来視点にて小学校くらいの記憶を辿ります。

またどうぞよろしくお願いします。

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