第二一〇話 端段市博物館
前回、未来が前向きになりました。
「あっ、おはようございます弥重様、皆様」
急いで凪さんたちと合流して着いたのは、おお、と圧倒されるほど大きな博物館。
雪かき中だった男性がぱっと顔を明るくする。多分高校生。『アルバイト』の名札が胸ポケットに挟まれてる。
「霜野さん、おはようございます。もしかして連勤ですか?」
「ああいえっ! 僕の祖母が早番なのですけど、出るのが遅くなったようで。雪道だしゆっくり来いと言ってあるんです」
皆様にはご迷惑をお掛けしますが、とお兄さんは謝る。顔見知りらしい凪さんが問題ないと伝えた。
雪道を急ぐのは危険だし、安全第一でとお願いをする。
死人の気配も特に感じないからそちらについても大丈夫だろう。
――まあそれも……多分凪さんのおかげなんだよな。
旅館からここに来るまで一体も死人と会わなかった。
遭遇したら最後と警告するぐらいだ。一般人の結衣博士や戦闘要員じゃない国生先生もいるこのメンバー、危なくないよう先に討伐していてもおかしくない。むしろそっちの方が自然な気さえする。
答え合わせのためユキさんに目を向けてみる。
ユキさんはユキさんで凪さんをガン見してる。
凪さんは素知らぬ顔でお兄さんと話を続けていた。
……黒だな。さすがおししょーさま。
「中は暖房が利いています。右手にソファーがありますので、祖母が来るまで掛けてお待ちいただけますか?」
こういうことには鋭い未来からも視線を浴びて(いつ討伐したかは知らないだろうけど)逃げようとする凪さんは「はい」と返事をした。
どうやら臨世がいる部屋の鍵はおばあさんが持ってるらしい。
スコップを壁に立て掛けて、扉を開けようとしてくれる。けれど風が強いせいかそれとも一部が凍っているのか、引いてもビクともしない。
「大丈夫ですか?」
「すみません、結構な頻度でこうして締め出されてしまって。ちょっとお待ちくださいね……」
線が細いお兄さん。
だいぶ硬そうで凪さんが助けに入ろうとすると、「よいっ、しょっ」という掛け声とともに氷が剥がれる音がした。
扉が勢いよく開く。
「お待たせしました! どうぞ」
「すげぇ。アンタヒョロいのに力強ぇのな」
「はは。鍛えてもあんまり変わらなくて拗ねた時期がありました」
目を見開いたままの流星さんに「羨ましいです」と続け、お兄さんは腰袋から小刀を取り出した。
柄を合わせても二十センチ無さそうな小さな刀。鞘から出して、扉に出来た氷を削ぎ落としていく。他の場所は凍りついてないか確認する。
「作業用の刀ですかね」
「ううん、護身用だって。職員の方はみんな持ってるらしい」
「へぇ……」
小さいな、と思いながら案内されたソファーに座る。
事情を知る凪さんが説明を添えてくれた。
もう人がほとんどいない端段市。今ならどこに隔離しても問題ないのだろうけど、臨世を捕まえた当時は活気のある街だったため影響の少ないここが選ばれたこと。
住宅から距離があって、かつ超強化マテリアルで出来た建物。ここ以外考えられないと司令官が直々にお願いしに来たのだとか。
「北海道支部で臨世の監視はされてるんだけどね。現場での目も必要だろうって、霜野さん一家が名乗りを上げてくれて」
当然、ダメだと北海道支部も本部も言ったらしい。動かないとはいえ一般人に死人の見張りをさせることなどできないと。
けれど本人たちの強い希望と、この博物館の所有者が霜野家であったために『見張り』ではなく『展示物の管理』という名目で残ることが決まった。もちろん安全は保証できない。
「実際彼らに助けられてるんだよ。管理があるからこそ、ここの資料たちは死人にならないでいられる。お客さんに代わって霜野さん一家の愛情を受けているから、命を宿したりせずここに在ることができる」
凪さんは広い館内を座ったまま見渡す。
ジオラマや実物大のレプリカ、どれも捕縛が決まる前と同じ状態で飾られているそう。胸にちくっとくる。
「普段はご家族以外に来る人もいないから、急に訪問して驚かせないよう総理が前もって連絡をしてくれてね」
「ふーん……。当時はともかく、そのために死人が日中もいる今もここで生活してるんだよね。怖いだろうなぁ」
「怖いなんてもんじゃねぇだろ、下手すりゃ俺らより危険だし。何が嬉しくて死人と四六時中一緒にいなきゃなんねぇんだよ」
「何度も言うけど、一般人だからね全員。支部が見てくれてるとはいえ不安が計り知れないよ」
高校生組が霜野さん一家を心配する。
未来が若干そわそわする。
「大丈夫? 未来ちゃん。ぷりんグミ食べる?」
「お礼言わなきゃと思って……プリングミ?」
何それ怖い組み合わせなんだけど。
プリンってついたら全部反応すんのやめろよお前も。
「あ、おいしい」
食べてるし。
「美味いのか」
「うん。すごくおいしいよ」
「そっか」
「隆も食べる?」
「いや……」
はい、と一粒渡される。
袋ごともらったのかこいつ。
「……意外。美味いなこれ」
「でしょ?」
「なんか癖になる」
「もう一個食べる?」
「返さなくていいのか」
未来を餌付けした結衣博士にもいいんですかと聞く。
なぜか幸せそうに微笑んだ。
「未来ちゃんの食べてる表情見るの好きなのよ〜。遠慮なくどうぞ〜!」
「結衣さん、それ斎くんのお菓子ボックスから抜いたものですよね? 帰ったら怒られますよ」
斎のなのか。好みが未来と似てきてないかあの天才。
「だっていっちゃんいなくて寂しくて……せっかくいっちゃんコートを持ってきたのにあいかがズタズタのボロボロにしちゃうし……」
「あれはあなたが悪いです。斎くんが不憫ですよ」
「だってぇ――っ!」
じたばたし出す結衣博士に国生先生は鞄の中からノートを一冊取り出して渡した。
斎が持ち歩いてるのと同じやつ。青い表紙の方眼ノート。
「北海道にいる間はこちらに斎くんへの愛を書いて耐えてください」
「無理ぃ……」
「帰ったらラブレターとして渡したらいいでしょう」
「ふひょぉーっ! ナイスアイデアあいかっ、さっすがあたしの優秀な助手だわぁーっ!!」
きゃー! 叫びながら猛烈な勢いでノートに書き記していく結衣博士。
『いっちゃん愛してる。超大切な愛する我が子♡』
『ハグしてちゅーしてたくさんなでなでするから待っててね♡』
似たような文言がずらずらずらずら。
ページをめくって更にガリガリガリガリ。
怖い。愛が重い。
未来がぷりんグミをそっとポケットにしまった。
「斎は大変だね」
こそっと言われて頷く俺。
うちの親も相当だと思ってたんだけどな。
「皆様お待たせしてすみません。祖母の姿が見えました」
東京で待つ斎に『おつかれ』と心の中で言っていると、雪かきを終えたらしいお兄さん――霜野さんはスコップを手に知らせに来てくれた。
ソファーから立って準備をする。
「なぁ霜野サン。こういうとこで働くのヤじゃねーの?」
「ちょっと流星、さすがに聞くのは……」
「あはは。いいですよ、皆さん不思議がられるので」
湊さんがやめとけと言いたげだったけど、霜野さんは両手を振って笑顔を見せる。手袋の刺繍に目がいく。
「この博物館、僕の祖父が建てたものなんです。何年か前に超強化マテリアルに改装しまして、外からの死人には強いですし中にいる彼も動かない。戸締りを忘れず慣れてしまえば、他の場所に住むよりずっと暮らしやすいんですよ」
我が家のようにも思ってます、と霜野さんは言いながら外を見る。扉の前にある階段を腰の曲がったおばあさんが上ってくる。ご高齢だ。
「死人に普通の刃物は効かない。中にいる間は良くても、ここへ来るまでに襲われたりしませんか」
腰袋にあった小刀。抵抗できるとは俺も思えなかったその武器について、ユキさんが尋ねる。
霜野さんが扉を開けて、おばあさんが「ありがとねぇ」とゆったりとした口調で入ってくる。
上着に積もった雪を霜野さんが優しく払う。
「その時は寿命だったと思って潔く逝きますよ。両親や祖母もそういう考えなので、あまり怖くもありませんし」
「うぅん? なんだい?」
「ばっちゃを心配してくれてるんだよ。協議会やマダーの皆さん。電話があったでしょ?」
霜野さん自身もゆっくりと話して確認を取る。
ああ、とおばあさんは朗らかに笑い、すすす……と、動作もゆっくりにお辞儀をした。
「ようこそ、お越しくださいました。遅くなりましてすみませんねぇ。ご案内いたします」
またすすす……と、ゆったり姿勢を戻す。
両手を背中に回して奥に向かう。
「では、僕はこれで。祖母をよろしくお願いします」
「ありがとうございました。お気をつけて」
お辞儀をされて、凪さんも礼を返す。
霜野さんが扉を開けてまた冷たい風が入ってくる。
「ただ不思議と……危ない目にあったことはありませんけどね」
「運がいいのかもしれません」と、頼りない武器をポケットに入れる。叩き付けるような風の中、霜野さんは颯爽と歩いていく。
【第二一〇回 豆知識の彼女】
プリングミ、存在した
隆はあんな反応でしたが、ありそうだよなぁと思って調べました。やっぱりありました。しかも何種類も。
誰か食べたことのある方いらっしゃいましたら感想聞かせてください。気になりすぎます。どこかで売ってないかなぁ……プリン味なのかプリンの香りなのか、想像が膨らみます。
ちなみに未来さんが食べたのはプリン味だったようですよ。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 臨世》
対面です。
よろしくお願いいたします。