表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
216/282

第二〇八話 無

前回、起きたら流星が隆一郎の布団に潜り込んでいました。

 挿絵(By みてみん)


「うーん……でも土屋君かぁ。もったいないなぁ」


 常時展開の話を終えたところで、結衣博士がぽつりと呟いた。ちら、ちらと。流星さんと俺に何度か視線を向ける。

 悩ましげな声を出す。


「うぅん……やっぱりもったいないよぉ」

「もったいないって、何がですか? 結衣さん」


 よくわからず俺が聞こうとすると、国生先生が先に尋ねた。

 結衣博士の目が輝く。

 キラキラ、キラキラ。聞いてくれてありがとう、訳すならそんな感じ。

 なんだろう、嫌な予感がする。


「うふふ〜、だって想像して? あいかちゃん。寝言で苦しんだとはいえ、せっかくの褐色イケメンからの()()()だったのよ? やるならおさな可愛い土屋君じゃなくて正統派イケメンの凪君にしなきゃ――」

「やめなさいッ!?」


 もがっ、と。続きは国生先生の手が遮断してくれた。でもほとんど言ったようなものなので全員石みたく固まる。

 特に俺と流星さん。ユキさんもさすがに手が止まる。

 凪さんがこの場にいなくて本当に良かったと思う。

 マジデ何イッテンダコノヒトハ。


なんでぇーふんんぅー!」

「本っ当に教育に悪い人ですねぇあなたは。どこかに吊るして放置してあげましょうかぁ〜?」

「あははぁ〜……ま、まぁほら、先生。僕ら一応高校生だし、そういう話はちゃんと流せるから……」

「中学生がいるでしょう、二人ほど!」


 フォローを入れるもすぐに気圧される湊さん。

 気まずそうに味噌汁に手を伸ばす。

 俺も結衣博士の願望には心底ゲンナリするが、もうこのメンバーだとそういうのが当たり前と思ってどうにか受け流す。

 忘れよう。忘れたい。忘れるべきだ。


「……イチ」

「ハイ。ナンデスカ流星サン」

「すまん。寝る場所が欲しかっただけだ」


 わかってる。二度も言うな。

 国生先生が結衣博士を黙らせたままお説教タイムに入る。

 あなたは冗談がすぎる、子どもになんてことを言うのか、もっと恥じらいを持てといっぱい怒ってくれる。ありがとう。

 ため息をつきたいのを我慢して、俺は朝起きてからほとんど喋らない未来の様子を見る。

 俺の隣で机に置かれた七種類の和食をぼんやりと見続けていた未来。相変わらず手はつけていない。

 表情から窺えるのは、『無』だ。


「私も、流せるので。でもあんまり得意ではないから、その……」


 こめんなさい、と。ごく小さな声。

 隣にいる俺でもギリギリ聞こえる程度。

 謝罪が届いたのか結衣博士が手を離すよう国生先生に目で訴える。慌てた先生が手をどける。

 未来の正面に座る結衣博士は机に身を乗り出した。


「未来ちゃん、ごめんなさい! あたしの悪ふざけがすぎたわ。本気で言ったんじゃないのよ」

「いえ。結衣博士は、いつも通りでいいんです。その方が安心します。空気を悪くしてるのは私なので……だから……ごめんなさい」


 誰も、何も言えなくなる。

 どこを見ていいか迷うように、食卓を囲むみんなの目が行き場所を探してる。

 声どころか音も出ない事態に未来は顔を上げ、『無』だったものに後悔を滲ませて、喉奥を引きつらせる。


「ごめ、なさっ……」


 限界なんだろう。

 パチッと、音を鳴らして俺は椀の上に箸を置いた。


「いつも通りでお願いします。気にかけるなとは俺も言いませんが、心配し過ぎると、未来はしんどいです」


 はっきり言っていいかはわからないけど。

 それでも俺は、未来の気持ちを今すぐに代弁しなくちゃならない。

 大丈夫の演技ができなくなったこいつの代わりに大丈夫だからと伝えなくちゃいけない。


「さっきのごめんなさいも、俺と同じで上手く返せないって言いたかっただけで、話さないでってことじゃないんです」


 むしろそういう会話の方が、無理に反応しなくていいぶん未来はきっと楽だ。

 言葉を選びながら話し、最後に未来へ顔を向けて俺は確認を取る。間違っていれば首を横に振ってくれるだろう。

 表情こそ変わらないが、未来はみんながわかるぐらいに頷いた。


「あの、ごめ――」

「だから。……バンバン話してください。いつも通りで大丈夫です。静かなのは俺苦手なんで、そういう意味でもお願いします」


 臨世アイツの件が片付くまでは、特に。

 謝罪を遮られた未来がこっちを見る。視界の端でそれを認識して、でも俺は目を合わせない。

 勝手な行動を未来がどう思ったかは不安だし怖いけど、緊迫した空気を緩めるために俺は自分のご飯に夢中なフリをする。

 おいしいとか、あったまるとか、誰に言うでもなく感想を述べては飲み食いする。

 わざとらしいけど、実際にそうだから。

 誰かのためを思ってつくられた料理は、心に染みる。


「……いただきます」


 未来がお箸を持ってくれて、ほっとした。


「玉子焼き美味かったぞ」

「ん……隆の好きな甘い味?」

「旅館の味。こういうとこで出るような」


 なにそれ、と未来は笑ってみせる。

 作り笑いだとすぐにわかるけど、俺と同じ空気を和ませるためだと察した人から食事を再開する。

 萎んだ結衣博士を励まして、会話が始まる。


「……うん。おいしい」

「だろ」


 おすすめした玉子焼きは、一番に食べてくれた。

 本当に味わって食べられるのはすべきことが終わってからだろうし喉も通りにくいかもしれないけど、それでも「おいしいね」と、少しずつ口に運ぶ。

 俺の拙い感想に相槌を打ってくれる。


「そういやさ、未来が起きたら話そうと思ってたことがあって」

「うん」

「昨日寝る前のことなんだけどな」


 頃合いを見て、聞くだけで済むような話をした。

 凪さんと廊下で喋って帰ってきたら、その間に仲居さんが来てたみたいでこたつから敷き布団に変わっていて、流星さんと湊さんが寝間着を持ってうずうずしていたこと。

 お風呂は面倒だし寝る準備もしてもらったしと、凪さんの【さんずい】による瞬間シャワーを待っていたらしいこと。

 話を盛ったりせず、あったことをそのまま伝える。


「遠征の時はみんな凪さんに頼んでたんだと。せっかく温泉あるんだからそっちに行けばいいのにって、凪さん小声で言ってた」


「ふふ」


「『りゅーちゃんは?』って聞かれて、ついでにやってもらえるならと思ってお願いしたらさ。秒で清潔になるわ気持ちいいわで感動して。洗浄サービスみたいな名前つけたくなった」


 あれ稼げるぞ、と凪さんのいないところで凪さん主体のサービス業務を提案する。

 食べながら未来は聞いている。


「今日は温泉行こうかって話もしたんだ。なんか体にいいらしいし、露天風呂とかあるみてぇだから」

「楽しみだね」

「おう。温泉巡りしようぜ」


 一緒に入るわけじゃないけど。

 この後のことには触れず、帰ったらの話をする。

 長風呂対決なんて言ってどっちが長くいられるか勝負をしかけ、後でコーヒー牛乳飲もうぜと約束する。

 お風呂上がりの一杯。定番だろう。


「冷めてるぞ、凪」


 ごちそうさまと手を合わせ、一人分だけがしょんぼりと残った頃。やっと帰ってきた凪さんにお疲れの意を込めてユキさんがお茶を淹れる。

 ありがとう、とお礼を言う凪さんは申し訳なさげで、すぐ食べるよと急ぐ。

 凪さんがご飯を終えたら、アイツのところへ向かうことになった。

【第二〇八回 豆知識の彼女】

凪がいたら結衣博士はあんなこと言わなかった


結衣博士、凪さんがいたなら夜這いなんて言いませんでした。彼女にとって彼は拝む対象でありからかいたいとはこれっぽっちも思っておりません。

いじりやすい流星と隆一郎コンビが朝から楽しそうだったので妄想爆発しちゃいました。

そんな結衣博士、未来の発言により自重を開始。いつも通りでと言われたのである程度の変態さは残しつつ、困らせないように頑張ってほしいなぁ。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 不器用な幼なじみ》

いざ端段市へ。

臨世についても徐々に明らかになってきます。

またどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ