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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二〇七話 師匠の師匠

前回、雪翔にとってのメイを知りました。

 挿絵(By みてみん)


 翌朝。


「ひょぁあっ!?」

「いッ!?」


 少し明るくなったぐらいの時間に起きた俺は、目を開けた瞬間飛び込んできた男の顔に声を上げた。

 その人も驚いて覚醒する。

 めちゃくちゃ近い位置で切れ長の目を思いっきり見開いて俺を見て、しばらくそうしたのちうるさかったらしく片耳を押さえながら起き上がる。銀色の横髪がさらりと揺れる。


「こん、クソ……耳元で……」


 おでこに浮き出した血管に、俺は死を覚悟した。


「っせぇぞイチ!! 朝っぱらから大声出してんじゃねぇ、テメェの耳俺がぶった切ってやろうか!?」

「嫌ですっ! 声はすいませんけどそんな怖いこと言わないでくださっ……て、ちょ、なにっ、ウァっ!」

みなとの寝言といいテメェの叫び声といい……お前ら俺を寝かすつもりはねぇらしいなぁ? ああ!?」

「痛い! たいたいたいッ!!」


 キレた流星りゅうせいさんから遠慮なしのキャメルクラッチを食らう。俺の背中に馬乗りしてぐいぃーっと海老反りにされる。

 待て、死ぬ。これ本気のやつだそれ以上やられたらマジで死ぬ!!


「ギぶ、うぃっ、むぃッ!」

「知るか!」


 腕をべしべし叩いてギブアップを告げるも俺を掴む手は離れない。

「っとにクソガキがよぉ……」とドスの効いた声で言って、怒りが上昇してるのか俺の喉と背中が更に悲鳴を上げていく。危険域に入る。

 つか、寝言ってなんのことだよ?

 起きた瞬間流星さんの顔がすんげぇ近くにあった俺の気持ちも考えてくれよ。

 俺だけ制裁すんのひでぇだろ、おい!


「ちょっと。朝からうるさいですよ、お二人とも。こちらはもう仕事中ですのでお静かに願います」

「あぁ!? イチに言えよセンセー! 俺の安眠妨害するこいつにさぁ!」

「ひぇんへ……ひゃひゅっ、はふへっ……!」


 先生助けて。助けてください。

 全く伝わらない声で俺は自分の前に立つ人物に助けを求める。

 うるさすぎて奥の部屋から注意をしに来た国生こくしょう先生は着替えも化粧も終えていて、喋り方からしてもお仕事モードなのは間違いない。

 でも今の俺に『うるさくしてごめんなさい』や『静かにします』を言える余裕があるだろうか。いいや、答えはノーだ。

 マジで俺は生死の境目にいる。

 生きるか死ぬかの境界線に立たされている。

 助けてほしい。


「困った人たちですねぇ」


 先生は呟く。

 俺は流星さんの暴言を聞き続ける。

 他のみんなも起きてきて、何事かと楽しそうな視線が恨めしい。

 国生先生が、すっ……と、拳を上げた。


「――お眠りください」


 ゴンッ、ガンッ!

 二つ分のゲンコツの音。

 ねぇ先生。キレたら暴力に出る癖、直せって凪さんに言われてませんでしたか。

 今の人間にやっていい強さじゃねぇですよ。結衣ゆい博士にはちゃんと手加減してあげたんだろうな。

 急速に薄れる意識の中で、俺は変態博士の心配と、自分がまた無事に起きられることを祈っていた。


     ◇


「ったく、ラーメンがどうとか刺身がどうとか、腹減って寝れやしねぇ」

「あははぁ〜、僕の寝言がごめんねぇ?」

「やっと静かになったと思ったら今度はイチの叫び声ときた。俺の安眠はどこに行けば手に入る? なぁ。なぁ?」


 ごめんなさい。うるさくして本っ当にごめんなさい。

 俺と湊さんの顔を交互に睨んで問い詰める流星さんは、朝ごはんを食べながら就寝してからの経緯を愚痴る。

 最初はちゃんと俺の隣に敷いた布団で寝てたけど――俺が昨日戻った時もちゃんと寝てたし――ある時から湊さんの寝言がうるさくなって起きて眠れなくなって、どうにかしようと奮闘。

 揺らしたりべシッと叩いたりしたけど変わらなくて、最終的に自分の布団をバリケードに使って無音を勝ち取ったんだとか。


 ――そういや気絶する前に見たような、見てないような。


 多分あった。【血管伸縮けっかんしんしゅく】を突っ張り棒みたいにして【血小板テープ】でがんじがらめになった、真っ赤な寝具の壁。

 キューブって展開したまま寝たりできるんですか、負担でかくないですかと聞き返したかったけど、ひとまず流星さんの愚痴を聞き終えることにする。じゃなきゃまたプロレス技をかけられるかもしれないし。

 一頻ひとしきり文句を言って、落ち着いたらしい流星さんに俺が叫んだ理由をそれとなく伝えておく。どんな反応が返って来るかと怖かったけど、「あー……」と若干申し訳なさそうにするあたり自分がいることに驚いたとは思ってなかったみたいだ。


「バカ湊のせいでさ、寝る場所が無くてよ」


 びっくりさせたならすまん、と謝られる。

 湊さんの寝言を物理的に遮って解決したはいいものの、今度は畳の上で直接寝ることになって困って、仕方なく俺のところに潜り込んだそう。

 寝るなら布団が欲しいらしい。


「そんなにうるさかったんですか? 小山内おさないくんの寝言」

「言ってるこたぁ平和なんだけどな。センセーも真横で寝てみろ、腹減るから」

「全力で遠慮します。ともあれ、そちらでどうにかしていただけたのは良かったです」

「あ? なにが」

「もしこちらの部屋へ避難しに来ていれば、寝ぼけたわたしはあなたをキューブで退散していたかもしれませんので」


 さすがに女部屋には行かねぇよ、と流星さんは抗議する。

 どちらかというと俺は国生先生の口から出た『退散』の方が怖いんだけど、流星さんはそこに触れようとはしない。気持ちは俺と同じかもしれないが、態度には出さなかった。


「あの、流星さん。ちょっと話を戻してもいいですか?」

「おう。ティッシュ取ってくれ」

「さっき言ってたバリケードのことなんですけど……ごめん未来、回してもらっていいか」


 近くにあったティッシュの箱を俺の右隣に座る未来へ渡して、机を挟んで右斜め前にいる流星さんへ届けてもらう。

 さっき発生した疑問。キューブを展開したまま寝るのは可能なのかということを俺は改めて問う。


 俺たちが日頃お世話になってるキューブは基本的に立方体では使えない。

 昨日俺が【なごみのほのお】を置いたまま寝たみたいに、『恩恵』を受けずに技を一つだけ使うなら展開しなくても大丈夫だけど、あれは例外であって本来の使い方じゃない。

 未来経由で俺も知っただけで、製作者の斎は周りに広めないようにしてる。『恩恵』無しの戦闘がどれだけ危険かわかってるからだろう。


 人の体とキューブは別物だ。力を百パーセント引き出すにはキューブが分離しないよう意識を集中させていないといけない。

 戦闘で打ちのめされた時と同じように、眠って意識が途切れた状態だと、キューブは簡単に剥がれて立方体に戻ってしまう。技を使い続けることは難しい。


 マダーになってもうすぐ五年。これまで何度か試してみたけど結果は変わらず、朝起きたら箱型になってベッドの脇に転がっていた。

 俺が下手くそなだけで、実はみんなできるものなんだろうか?


常時展開じょうじてんかいの仕方か。なら俺じゃなくユキに聞け、教えてくれたのユキだから」


 こぼしたお茶を拭きながらの答え。


「ユキさんが師匠ですか?」

「おう。精鋭部隊の全員できるけどな、揃ってユキに教えてもらってる。弥重もだぞ」

「凪さんも!?」

「ふふ、僕も隆一郎君と同じ反応したぁ〜。凪が教えてもらうイメージってないよねぇ、いつも教えて回る側だもん」


 習得は速かったらしいよ、と湊さんは続ける。

 凪さんは今ここにはいない。司令官に電話をすると言ってご飯の前に出て行ったきり戻ってない。

 内容は俺が昨日伝えた夢のこと。こそっと教えられてわかりましたと答えたけど、凪さんの言う『心当たり』の話も一緒にしてるのだとしたら、帰ってくるまでもう少し時間がかかるかもしれない。


 ――あの凪さんが、キューブについて、他の人に教えてもらう。マジか。


 びっくりしすぎて目をぱちくりさせる俺。

 師匠の師匠であるユキさんは現在豪華すぎる朝ごはんに夢中。普通に食べるって言ってたけど、本当なのか疑うくらいびしっと正座をして綺麗な箸使いで食べてる。「なまらうめぇ……」と、小さい声で幸せそうに言ってる。

 ユキさん北海道の人だったのか。標準語で話すから全然気付かなかった。


「【侶伴りょはん】を使ってるとさ、寝てる間も死人を従えたままにしなきゃなんねぇってことで、色々考えたんだと」


「箱型に戻ったら魅了の効果も消えるんだって。だったら常にキューブを展開してたらいいよねって発想で、箱にするのは人形ドールが一体もいない時だけにして、基本的には展開したまま過ごすようにしてるんだよ」


 ご本人はすぐそこにいるけど、食事の邪魔をしないように流星さんと湊さんが全部説明してくれる。

 なんとなくわかってたけど、『ドール』というのは【侶伴りょはん】によってユキさんが従えた死人の通称。

 従えた分だけ眠るという制約は、キューブが立方体に戻った段階で起こるとのこと。つまりキューブを展開したままならいくら【侶伴りょはん】を使ってもその場では眠らないし、眠ったとしても通常通り起きられる。

 全てを終えてから。人形ドールを使い切って、長い間眠ってもいい状態になったら初めてキューブを分離して、ユキさんは昏睡する。

 そうなったら何をしても起きない。どうやっても起こせない。

伴侶はんりょ】で契約をした死人はキューブの展開には関係なく味方でいるとのことだった。


「習得して損はねぇからさ。時間見つけてイチもやり方教えてもらえばいい。けどメシの邪魔はすんなよ」

「もし気絶させられても身体能力アップしたままだからねぇ。生存率だって変わってくるよぉ」


 そう言いながらも、平和な場所にいるなら誰も展開し続けることはないらしい。

 キューブを使ってると忘れて過ごさないため。当たり前にはしないって考えが大事だぞと、ユキさんを真似ようとしていた俺は流星さんに釘を刺される。

 使用は夜に限ることって掟にもあるし、『普通』から離れすぎるのは確かに良くないよな。

【第二〇七回 豆知識の彼女】

湊の寝言は会話レベル


湊「ふふ……この豚骨ラーメンはさいこうだねぇ……。美味しいスープに贅沢なチャーシュー……もちもち麺……えぇ〜乗っけ放題? ネギもチャーシューも……餃子もなんて大将は太っ腹だなぁ……」


流(うっせぇ……。クソほど喋りやがるな)


湊「えぇ〜追加でお寿司なんてわるいよぉ……。マグロが美味しいねぇ……とけちゃうねぇ……ああ〜茶碗蒸しまで……うぅん、お出汁はダメだってばぁ……」


ぐぅぅぅ〜。


     ◇


斎が黙っている『恩恵を受けない代わりにキューブを展開しないまま技を一つ使う』というのは、中三だと未来、隆、秀、加奈子が知っています。秀は球技大会のサッカーで使ってました。

あの時は身体能力の強化こそ無かったものの、【可視化(アイスコンタクト)】で最善を見る力によってちょいとズルをしておりました。

日常で使うなら便利ですが、政府が作った偽キューブと似たような状態であるため戦闘に使うには超危険です。

この例外を日常的に使っている子がすぐ近くにいるため隆はやり方を知っています。これについては今度話に出てくる予定。とりあえずの補足でした。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 無》

変態博士は後悔する。

どうぞまたよろしくお願いいたします。

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