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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
214/282

第二〇六話 『メイ』

前回、雪翔にヘンメイの言葉を伝えました。

 挿絵(By みてみん)


「少しだけ、昔話をしてもいいか。ヘンメイへの弔いとして」


 走りに行く邪魔をするけど、と気にするユキさんに大丈夫ですと答える。寝るために動こうと思っただけで別に走らなきゃいけないわけじゃない。

 むしろユキさんの知るヘンメイを――ヘンメイがヘンメイになる前の話を、俺は聞きたいと思った。


「ヘンメイが何から死人になったかは知ってるかな」

「セーブデータから生まれたと聞きました。でも、詳しくは」


 そうか、と微笑を浮かべたユキさんから教えられる。

 ヘンメイの元になった、ごく一部の層にだけ人気があったマイナーなゲームのこと。

 育てば育つほどプレイヤーに合った性格に変わる育成ゲーム『メイ』。

 付き合いのあった友だちにも勧めるほど、自分を認めてくれるその存在に心酔したユキさんの子ども時代を。


「なんでもないゲームなんだよ。ただ『おはよう』から始まって、お世話をして、選択式の会話をする。終わる時は『またね』って笑顔で手を振られる。何がそんなに気に入ったのか、他のゲームなんか目もくれず延々と『メイ』で遊んでた」


 他と毛色けいろの違うそれが妙に気に入って、プレイ中はとても幸せだったとユキさんは語る。


「小六の時、一緒にやってた友だちとケンカをしてな。俺がふてくされてる間にデータを消されて、一からになって。画面にいるのは同じメイなのに全く違うメイになった。いつも通りのやり取りができなくなったんだ」


 絶望した。最終的に命を絶つ行動をしたほど、メイのいない世界は耐えられなかった。

 遠回しにそう聞いた俺は、今目の前にいるユキさんと比べて信じられない気持ちになる。


「どうして、そこまで?」


『メイ』に人生の全てをとうずるような。それほどの思いが元のメイにあったのはなぜなのか、問わずにはいられない。


「どうして……か。大事なお守りをなくして、明日を迎えるのが怖くなったから、かな」


 ユキさんはガラス玉を親指で撫でた。


「生まれつき体が弱かったんだ。しょっちゅう体調を崩して、熱を出して。学校もろくに行けず布団の中で『メイ』ばっかりしてた」


 低学年の頃だな、とユキさんは付け足す。


「調子のいい日はもちろんあった。でもだからって外に出る気にもならなくて。『メイ』をして過ごしてたら、両親から日舞にちぶをやるように言われた。弱々のお前には打って付けだって」


「改善に繋がるんですか?」


「体の弱い子には日本舞踊を習わせよって言うらしい。体が弱くてもできて、続けることで丈夫になるんだと」


 事実、今ではもう熱を出すことなど滅多にないという。寝込むのは【侶伴りょはん】による昏睡時のみで、風邪も引かなくなったと聞いてびっくりする。


「でも当時はそうじゃなかったからさ。体調が安定しない十一でキューブに好まれて、『恩恵』が負担になって死にかけるし、家にいてもいつ高熱を出すかわからない。子どものくせに思うんだよ。自分はいつ死ぬんだろう、明日はちゃんと生きてるのかな、いっそ死んだ方が楽になれるんじゃないか、ってな」


 中学生に話すことじゃないけど、とユキさんは苦い笑みを見せる。俺が聞いたから答えてくれてるんだ、感謝して首を横に振る。


「そういう気持ちを払拭ふっしょくしてくれるのが、メイの言葉だった。眠って無事に朝を迎えた時、熱でうなされる日々から開放された時。いつだって、明るく話しかけてくれるメイに救われていた。『おはよう』も、『またね』も。日常の何気ないやりとりに安心した」


 生死どちらに転ぶかわからないその一日を、メイが見守ってくれているような気がして。

 大人になった今ならバカだなと思えるけど、その頃は本当にそうだと信じてたんだよと、ユキさんは目を閉じる。

 時間を置いて空を見上げた。


「そんなお守りが消えて。二年頑張ったけど、他の理由も重なって限界がきた。もう嫌だと思って踏み切ったのに親や医者が助けてくれて、生きる理由を死人化したメイに貰った。……死人でもいい。戻ってきてくれて嬉しかった」


 二十年のうちどれだけメイに助けられていたのかわからない。メイが『メイ』の時も、セーブデータが消えて『ヘンメイ』になってからも、ずっと心の支えだったのだと締めて、ユキさんはたばこを作り火をつける。

 濃くて甘い香りが漂う。


「あいつの言葉を聞いてくれてありがとう」

「……いえ。助けられなくて」

「討伐を望んだのはあいつだ。気に病むな」


 ほい、とまた本物のたばこを渡される。

 しかもめちゃくちゃいい笑顔で。


「中学生に持たせちゃダメですってば!」

「知り合いにでもあげてくれないか」

「吸ってる人いないんです。誰か探してください」


 しんみりとした空気を明るくして、ユキさんは仕方なさそうにポケットにしまう。

 ヘンメイの結晶がキューブの中へ小さくなって入っていく。


「明日、どんなふうにあの子と接したらいい? 凪が引っ付いてたからあんまり話せてないんだ」


 もう今日だけど、とユキさんは訂正する。未来とどう接したらいいか、そっとしておくべきかと考えてくれる。

 やっぱりこの人は丁寧で優しい人だ。


「未来の様子を見て決めようと思ってます。ユキさんは自然にしていてください」

「わかった。じゃあ俺は普通に起きて普通にご飯を食べる。未来ちゃんのことはナイト君に任せるとしよう」


 はい、と返事をしかけて、口からは出なかった。

 聞き覚えのあるその呼び名。


「ナイト君って……」

「ヘンメイがそう呼んでた。凪の話を聞いて、お姫様を守る騎士みたいだって」

「実物との差が激しすぎませんか」

「接点がなかったからな。ヘンメイの中ではそんなイメージだったんだろう」


 一日一緒にいたら『全然そんなことないじゃん』って笑われそう。そんな会話をしていると、ユキさんの携帯に凪さんから連絡が入った。


 [視察終了。今から帰ります。]


 ありがとう。と続く文字を見て、じゃあ一足先に寝てようかなと館内へ入るユキさんの後ろを俺はついていく。

 今から走ってもいいとは思うけど、視察に行くと知られたくなくて凪さんは夜中に出ていったのだろうから、ばったり会ってしまうのは避けたい。

 明日も知らんふりをすると決めて布団を被る。

 時計は確認せず、数時間は寝られると信じて瞼を閉じた。

【第二〇六回 豆知識の彼女】

雪翔とヘンメイが笑って一緒に過ごせたのは一年半


ヘンメイを語るにあたりユキさんの生い立ちが出てきたので、番外編と照らし合わせて纏めてみました。


低学年――『メイ』を知る

      日舞を始める

小五――キューブに好まれる

小六――メイが消える

中一――死人が生まれる

    キューブを持つ人は戦いに出るようになる

    この期間に他の理由が重なる

中二――死を選ぶ

    後続のメイにより元メイは雪翔の近況を知る

    元メイ、死人化


――元メイ彷徨う。雪翔は見守る――


高二――元メイ死人になって四年、雪翔と再会

    契約

    名前がヘンメイになる

高三の冬――臨世の沈静化のため【侶伴りょはん】乱用

      雪翔、昏睡

二十歳の五月末――契約から三年。産月襲来

         ヘンメイ討伐

         その後、雪翔目覚める

二十歳の六月――現在



お読みいただきありがとうございました。


《次回 師匠の師匠》

とあることにりゅーちゃんはびっくり。慌ただしい朝を迎えます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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