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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二〇五話 伝言

前回、端段市で紫音と凪は話しました。

 挿絵(By みてみん)


「落ち着いたみたいだな」


 死人の墜落現象が始まってからしばらく。徐々に飛んでくる数が少なくなり、ユキさんが従える死人が三十を超えた。

 カタコトで喋る女の死人が暗い上空で楽しそうに遊んでる。


「あの死人たちはどうするんですか? ケトとかおキクみたいにキューブの中に入れたりは」

「そうできたらいいんだけどな。残念ながらいくらキューブの空間でも収まりきらない。今まではあの状態で、入らないぶんは空で自由にさせて必要な時に呼び出すようにしてた」


 今までは、という言い方が気になった。

 散らばった砂利や石をせっせと元の場所に戻しつつ、今回はどうするのか見たくて顔を何度も上げる。

 ユキさんはポケットから小さい何かを取り出した。

 ハッとする。ダイスだ。


「容量が増えるのは嬉しいな」


 斎の家で見た時は若干赤みを帯びた立方体だったけど、ユキさんの持つダイスは既に桃色に変わってる。左腕についていた『侶』のキューブと同じ色。

 両方持ってることに俺が驚いていると、引き寄せられるように死人たちが降下してきて主の周りをくるくると飛ぶ。にこにこと笑う。


『キキッ、シュジン、マタネ?』『マタネ、マタネ』

「ああ。またな」


 命令するでも技を使うわけでもなく。彼らは体を煙に変え、当然のようにダイスの中へと入っていった。

 楽しげだった笑い声が消える。

 しんとした夜が帰ってくる。


「ユキさん、それって……」


 つい最近完成したダイス。なんで持ってるんだろう。


「凪が谷川氏から貰ってきてくれたんだ。俺も必要だろうって。キューブみたいに文字は受け取ってないし、貯蔵と経由以外に使うつもりもないけどな」


 ダイスへ乗り換える気はなかったものの、見せられた全てが『侶』だったため何だか安心したと話すユキさん。

侶伴りょはん】の不都合を知る凪さんは、ダイス完成と同時にユキさんのぶんを斎に頼んでいたらしい。東京を出る前に出来て預かって、俺が旅館に入れないでいる間に渡して説明まで終えて。そのあと未来に和室の教授タイムが始まったのだと言われ、流れを把握する。


 ――展開した六面全部が、『侶』。凪さんみたいに違う文字はなかったのか。


 不思議に思う。キューブはその人に一番合う文字を選んで与えているはずなのに、どうしてダイスは『闇』なんて凪さんに見せたんだろう。


「敷石、直してくれてありがとう」


 考えつつ手についた砂を払っていると、ユキさんからお礼を言われた。

 指から火を出して、新たなたばこを吸い始める。


「火まで出せるんですか?」

「【侶伴りょはん】とセットで。それ以外は使えない」

「効果を持続させるためにたばこを吸うんですか?」

「これはただの嗜好。美味しいんだ」


 色々と聞いて面倒くさがられそうだけど、ユキさんはそのたび笑顔で答えてくれる。

「吸ってみる?」と聞かれ、迷わず首を横に振る。

 ユキさん二十歳って言ってたよな。まさか美味しいなんて言葉が出てくるとは思わなかった。

侶伴りょはん】のためとはいえ、いくつの時からたばこを吸ってたんだろう。


「心配しなくても、これは無害だよ。キューブで作ったたばこだから体に悪いものは入ってない」

「あ、そうなんですか? 俺はてっきり本物かと」

「興味はあったけどな。大人になるまでちゃんと待とうと思って、いざ吸ってみたら咳き込んだ」

「ダメじゃないですか……」

「だから今後も甘いたばこ。残った本物の方は誰かに引き取ってもらうよ」


 ポケットからたばこの箱を差し出され、いる? と聞かれる。

 冗談なのはわかるけど中学生に渡しちゃダメですよ。さっきのと違って本物なんだから。


「吸えるようになったら感想言うよって、ヘンメイと約束してたんだけどな」


 断るとポケットにしまって、ユキさんは俺に煙がこないよう気をつけながらたばこを吸う。

 どこか遠いところを見てる。

 まだ太陽が顔を出さない時間。静けさと甘い香りが、寂しい気持ちを助長する。


「ヘンメイから……伝言を預かってます。ユキさんに」


 表情を変えずにユキさんは俺を見る。

 一人の時に伝える方がいいと思ってすぐに言えなかったけど、話すなら今だろう。

 自分のキューブの中から一つの球体を取り出して、ユキさんに渡す。『メイ』と名前が印された、赤い朱雀の模様があるガラス玉。ヘンメイの結晶を。


「『おはよう』とだけ、伝えてくれと言われました。主君との思い出があれば、それだけで幸せだと」


 主君だってきっとそう思ってくれる。

 ユキさんを信じてそれだけ俺に言ったヘンメイ。

 あの時は特別な言葉でもないように思えたけど、眠るユキさんをそばで見ていたヘンメイからすればきっと、そのおはようは、特別なものだったんだと思う。

 あと数日、産月の手が伸びるのが遅かったなら。

 俺に助けられるだけの力があったなら。

 ヘンメイ自身の口から伝えたい言葉だったはずだ。


「……らしいな。最期まで」


 受け取ったガラス玉を見つめたまま、ユキさんは寂しそうに微笑んだ。

 たばこの火を消して、たばこ自体も煙状になって消える。甘い香りがほんのりと残る。

【第二〇五回 豆知識の彼女】

たばこを吸って咳き込んだ際、伴侶が大慌てで水を飲ませようとした


ご主人様の危機を見た契約した死人たちは『とにかく水!!』とバケツいっぱいの水を持ってきたとかなんとか。いや今は飲めないしそんなにいらないしそんなに慌てるなと言いたかった雪翔さん、言えずにげっほげっほ。もちろん本物たばこは禁止、従来の甘いお味、香りの作り物たばこで今後もいく予定。体内に煙が入らない仕様です。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 『メイ』》

二章の最終、番外編にありましたヘンメイの過去と雪翔の関わり。

どうぞよろしくお願いいたします。

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