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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二〇三話 深夜

前回、司令官と総理のお話でした。

 挿絵(By みてみん)


 ふと目が覚めた。

 まだ暗くて、周囲はしんと静まり返ってる。

 枕元に置いていた携帯を取り時間を確認すると、深夜二時を回ったところだった。


 ――いつぶりだろ、こんな時間に起きるの。


 当番なら仮眠を取って日付が変わる前に起きるし、普通の日でも鍛錬のために四時には目が覚める。夜中に覚醒することはほとんどないせいか、慣れない部屋の静けさが妙に怖くなった。

 布団を頭まで被る。

 なんにせよ起床にはまだ早い。アラームがセットされてることだけ確認して携帯を置き、俺はまた瞼を閉じた。けれど。


「寝ろよ、俺……」


 いつまで経っても眠りは訪れない。やっぱり【目眩めくらまし】をお願いすべきだった。

 布団から顔を出して、ため息。

 右を向き、すーすーと寝息を立てるケトを視界に入れる。

 道中一緒じゃなかったユキさんにだけ昨晩紹介して、その後はいつも通りケト用の布団を敷いて俺のそばで寝かせた。

 死人っていうしゅで考えれば今は覚醒する時間だけど、相変わらず起きそうにない。


「ケト。おはよ」


 横向きに体勢を変えて、小声で呼びかけてみる。

 やっぱり起きない。

 頭を撫でても口がもにょもにょと動くだけ。


 ――模擬大会の日からもう五日。個体差っていうには、ちょっと長すぎるよな。


 撫でながら原因を探す。

 俺が知らない間に結衣博士が調べてくれたらしく、健康面に問題はないって昨日教えられた。いつかは起きるよと重ねて言われたけど、それでも不安になる。

 ケトは家族だ。おキクより付き合いは短いけど、ふたりとも大切な家族。

 話せない日が続くのは寂しいし、怖い。


 口の動きが止まりまた寝息を立て始めるのを見届けて、寝ることを諦めた俺は起き上がる。

 凪さんとユキさんがいない。掛け布団が畳まれてる。

 消灯時はいたけどどこに行ったんだろう。


 考えながらパジャマからジャージに着替えて靴下を履き、鼻まで覆えるランニング用のネックウォーマーを装着。

 普段使いのマフラーをケトに巻いてぽかぽかにして、それなりに重いこいつを母さんお手製ケト用リュックで背負い、旅館の外に出る。ベビーカーのフードのイメージで作ったらしく日中の人目があるところではケトを隠せるのがありがたい。

 寝られないまま朝を迎えるよりはと、少し動いて眠気が来ることを期待した。


「まだ夜中だぞ、隆君」

 挿絵(By みてみん)


 真っ暗な空の下。

 準備運動をしていると甘い香りとともに声が降ってきた。

 振り向いて見上げれば、屋根に座ってたばこを吸うユキさんがいる。


「ユキさん。こんな時間にどこに行ったのかと」

「俺のセリフでもあるけどな。起こしちゃったか?」


 口ぶりから察するに部屋を出たのはそんなに前じゃないらしい。

 単に目が覚めただけだと説明すると、そうか、と微笑で返された。ノートみたいな物に携帯のライトを当てて読み始める。

 今夜は戦わなくていいって話だったけど、【侶伴りょはん】を使ってるってことは何かイレギュラーがあったんだろうか。


「あの、ユキさ……」

「たばこ消そうか」


 不意に聞かれ、え、と声が出る。


「残り香でも影響があった。直接【侶伴りょはん】の香りを受けてつらくないか」

「あ、いえ! 平気です。そのまま吸っててください」


 言われてみれば、あの時よりも香りは強いのに平常心を保ててる。変な感じがしない。

 ケトはどうだろう。思って後ろを見る。

 もし影響があるならキューブ内に入れなきゃだけど、どうやら大丈夫らしい。変わらず気持ちよさそうに寝てる。

 人型じゃないと見た目で性別の判断は難しいから考えてなかったけど、男だったんだな、ケト。


「平気……。そう」


 読み物から目を離し、ユキさんは屋根からひょいっと飛び降りた。

 静かに着地して、俺の正面に来る。

 たばこを口もとに「ちょっと失礼」と前置きをした。


「【侶伴りょはん】」


 途端、煙が意思を持ったように動いた。

 驚く間もなく俺の体を突き抜けて、ふわ……と、一瞬だけ初対面の時みたいな感覚を覚える。

 背面に現れたそれは俺の体をくるりと一周して、ユキさんのもとへ戻り霧状になって漂う。


「……えっと、ユキさん?」


 呆然としているユキさんに声をかけると、思い出したように笑われた。


「なるほど、これが『慣れの早さ』か。日記に書いてあったけどまさか【侶伴りょはん】に耐性がつくとは思わなかったな」

「今の魅了するつもりで吸ったんですか!?」

「興味本位で。強がりだったら効くと思ったんだけど」


 やられた、とくすくす笑ってる。

 今度は俺が呆然とする番で、ごめんごめんとまだ笑いながら読んでいたノートを見せられる。何かと思えば、ユキさんが寝てる一年半について書かれた凪さんの日記だった。

 MCミッションについても細かく記されていて、筆跡の違う『了解』と『参加希望』の文字が付箋ふせんに書いて貼られてる。ユキさんの返事だろう。


「直近一ヶ月は遠征のことですけど、その前まで俺と未来のこと多すぎやしませんか」

「大好きなんだよ、二人のこと。俺が寝る前にも散々聞かされた」


 だから初めて会う気がしなかったと続けて、旅館の壁にもたれてたばこを吸う。

 ノート、返してって言わないけどいいのかな。


「あの、【侶伴りょはん】を使ってたってことは何かあったんですか? 寝れないからちょっと走りに行こうかと思ったんですけど、俺も何か手伝いますか」


 閉じて渡してから聞く。


「大丈夫。凪の手伝いだから問題ない、気をつけて行っておいで」

「凪さんは今どこに?」

「端段市の視察。隆君と入れ違いで」


 一瞬、息を忘れた。


「ひとりで、ですか?」

「俺も一緒に行く約束だったんだけどな。投げるから大丈夫って、こっちに残らされたよ」


 投げる? どういうことかと聞き返そうとすると、言葉通り遠くから死人の気配が飛んできた。


「へっ……」

「しゃがんで」


 後頭部を押さえられ、強制的に膝を地面につける。

 今まで頭があったすぐ上を確実に女とわかる死人が勢いのまま一直線に飛んで、旅館の前に敷いた砂利に墜落、弾丸の勢いで小石が周囲に飛び散った。


「激しいな、まったく」


 マテリアルに防音効果もあって良かった。そうじゃなきゃユキさんの言った『静かに過ごせる』が嘘になる。

 激しく堕ちた女の死人はその場で痙攣けいれんする。動けない状態の背後から、たばこの煙がまた生きてるみたいにうねり襲いかかる。

 突き抜けて、そうしたら何事もなかったかのように死人は立ち上がり、こちらへ向いた。


『シュジン、チュウセイ』


 ぞっとするほど笑みを見せて。

 同じ方向から新たに一体、二体と飛んでくる。同様に砂利へ頭から落ちていく。


「ユキさん、あの死人たちって」

人形ドールにするための死人。凪が端段市で見つけた女の死人をこっちに放り投げてきてるんだ」

「放り投げる……」

「想像できるだろう?」


 できる。女とわかれば手当り次第【(いと)】で捕まえて力任せに投げてくる凪さんの姿が。


「戦闘はするなって言ってある。心配しなくてもあいつは大丈夫だよ」

「……そりゃ、凪さんが怪我するなんて思わないですけど」


 強いのは、俺だってよく知ってる。

 ユキさんの目の前に死人が飛んでくる。ついでみたいに飛んでくる石ころをユキさんは手のひらで打ち返す。

 痛くないのか。キューブの恩恵があったって、素手だろ。


「ん。痛いな」

「ですよね?」

「寝る前はそうでもなかったけど。鍛え直すか」

「……皮膚を?」

「力の逃がし方を」


「皮膚はどうやって鍛えたらいい?」と、ユキさんは俺が言ったそれを真顔で聞き返してきた。

 ごめんなさい。それは俺が聞きたい。


「少し待った方がいいかもな。ぶつかったら怪我をする」

「凪さん馬鹿力すぎるんですよね」

「パワーには自信あるんじゃなかったか?」

「あの人と比べちゃダメです。俺は師匠を越せません」


 死人の墜落現象が止まるのを待つ。

 必要ないかもしれないけど、端段市に立つ凪さんの無事を祈りながら。

【第二〇三回 豆知識の彼女】

会えたら直接、会えない日は電話で弾丸トークの凪


流星や湊にも言いますが、凪さんは特にユキさんへ隆一郎と未来のことを話していたようです。

今日はこんなこと言ってた、とか、あんなことやってた、とか。二人の何かしらを発見するたび「聞いて聞いて」をしていたとのこと。

流星と湊には言い過ぎると引かれるけどユキさんは全部聞いていました。(なお反応するかは別で)


そんなユキさん、二人がどんな人物なのかは認識済み。会えるのを密かに楽しみにしていたそうです。


隆一郎と未来の人物紹介を更新したくて、ケトとおキクもそろそろ入れてあげたくて、ならばと挿絵も頑張ろうと思ったのですが断念しました。どうして一日は二十四時間しかないのでしょう……すみません〇rz


お読みいただきありがとうございました。


《次回 視察》

凪視点でお送りします。なかなか顔を見せないあの子がガッツリ登場。雪翔との関係についても触れます。

どうぞよろしくお願い致します。

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