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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第二〇二話 ノンアルコール

前回、凪へ夢の内容を共有しました。

 挿絵(By みてみん)


「すまんな総理。話の途中で」


 子どもたちとの連絡を終え、未来の様子を確認した四十万谷しじまやは謝る。

 話をしている間つまみを味わっていたたに総理は糸目の端に笑みを乗せた。


「いえいえ。あなたが子どもたちへ見せる優しい微笑み、堪能たんのうさせていただきました」

「……そういうのは、いらん」


 そんなにほうけた顔をしていたか。

 四十万谷は自分が一番気にしている眉間のシワへ指をやり、ぐりぐりとマッサージをする。

 谷はおかしそうにくすくすと笑う。


「しかし本当に、彼らには頭が上がりませんね。会議の際に弥重君がとても優秀であることはお見受けしましたが、話を聞けば聞くほど誰も年相応には思えない。皆さん人生何周目なんでしょうか」


「何周目……とは、ジョークか?」


「ほほ。これは失礼。息子の話を聞いていたら、いつの間にか若者の言葉が自然と出るようになりまして。曰く、人生を既に経験して、何度もこの世を生きているように見える人。そうですねぇ……達観している、という言葉が合うでしょうか」


 四十万谷は首を傾げる。

 彼らが大人びていることは言われるまでもないが、残念ながらそういう話題にはうとい。谷の説明があってもいまいちピンとこない。

 ただ、達観していると言うのであれば。そうさせているのは自分たち大人だろう。

 戦場に出るマダーの多くは十八に満たない子どもで、大人は酷な命令を下し安全な場所から見ているだけなのだから。

 四十万谷とて例外ではない。


「総理。私に合わせてノンアルなど。好きに飲んでくれて良いのだぞ」

「いえいえ、これで結構。歳もありますし」


 まだまだきもは元気だろう? そう笑い、店員を呼ぶ。

 以前会議をした煉瓦れんが造りの建物の近く。古びた居酒屋で話しながら食事を楽しむ二人。

 総理大臣には普通、護衛がつくが、就任した際に谷の方から断っている。数ヶ月そこらでまた入れかわるかもしれない人間に命をかけるべきではない、他の大事な人を守るようにと申し付けたのだ。


 谷には子どもがいた。政府が作り出した偽のキューブの餌食となり、今はあの世にいる。

 時折出る息子自慢は生前の話であるが、立場上、四十万谷も彼のことは知っている。

 言葉を交わす機会はなかったので、谷が語る全てを亡くなった彼の像に結び付け、どうか安らかにと心の中で願うのだ。


「ノンアルコールと、カツオのたたきと砂ずりを頼む」

「ああ、私にもお願いします。それとポテトと唐揚げ、だし巻き卵とまぐろのカルパッチョも」


 にこやかに注文する谷は、やはり胃も肝臓も元気なようだった。


「四十万谷君は、酒はお好きですか」

「昔はな。いつなんどきでも頭が回るようにと飲まなくなって久しい。今はよくわからん」

「司令官ともなると、やはり控えねばなりませんか」

「酔った状態で指示などできん。これでいいと思っている」


 実を言うと、好んで飲む割に酒には弱かった。

 日本酒はもちろん缶ビール半分でもふわふわするほど耐性がなかった過去を思えば、今のように飲んだ気になるノンアルコールや紅茶の方が好ましい。

 飲めないことを苦に思う自分はいない。


「話の続きをしましょうか」


 料理が揃う。

 頼れる者がいなかった数日前とは違い、総理という大きな権力を得た四十万谷は人がいる飲食の場で敢えて秘密の話をしてもらう。

 元議員たちの目をしのぶため。木を隠すなら森の中というわけだ。


「例のもの――やはり、存在しました。彼らに与えられたはずの資金や物資の供給、宿代も出せないほど金が足りない理由は、あなたの予想した通りだったようです」


「子どもを信じぬ政府の備えか。まったく呆れるな」


「手中に収めました。あなたの指示ひとつで破壊も利用もできるようになっています。いかが致します?」


「現状維持だ。上手く使えば子どもたちの助けになる。キューブやダイスを超えるような力があるとは到底思えんが、それに匹敵する破壊力を持っていてもらわねば彼らの苦労に申し訳が立たん」


「裏でこそこそと、何に金を使っているのかと思えば。……ふふ。首都を丸ごとを吹き飛ばす想定の爆弾とは。歴代の総理の思考は単純ですな」


 他の総理を下に見る谷。四十万谷は愉快に思う。

 これは、こちらの心情をみ取っての言葉だろう。今までの総理、政府関係者の無礼や無知、非協力的な態度。謝るのではなく自分と同じような思考を持ってそしっている。

 爽快ではないか。


「とはいえ、それだけではないのだろう? 私が何度掛け合っても薬代や宿泊費も貰えん、命を懸けて戦線に立つ彼らへ一切の報酬もない理由。前総理は必要なことに使っているとしか言わなかったが」


 その絶大な効果のために値が張る長谷川薬店の薬。

 マダーは一般人より低価格で購入できるよう補助があるものの、いくつも携帯できるほど安くはない。

 遠征についてもそうだ。今回は谷に手を回してもらったため宿を用意できたが、これまではずっと彼らの厚意に甘えていた。

 同じく宿を提供できなければ、六月だというのにあれだけ寒い土地で野営をさせる羽目になっていたのだ。


 口を割らなかった理由は爆弾を作るために金を回したからとして、しかしそれ以外の使い道もあったのではないかと、四十万谷は料理に箸を付けて聞く。


「そうですね……。それこそ、日本全体の話になりますが」


 谷の持つジョッキが机に置かれる。


「数年前とは違い、あらゆるものへ金が必要になっています。破壊された街の復興や亡くなった方々の葬式、もうほぼ終わったようですが、家をマテリアル製に建て替える際にも国から補助金が出ていました」


「あくまで必要な出費だと?」


「半分はね。それ以外にも費用がかさんでいるようで、口頭ではなかなか。後日明細をお持ちしましょう」


 それよりも、と谷は問題を持ち上げる。


おおやけにはできませんが、あなたほどの地位になると知っているでしょう。貿易関係のこと」

「……ああ」


 専門外のため詳しくは把握していない。

 しかしこの国に蔓延はびこる死人を恐れ、外国と疎遠になりつつあることは聞いている。

 輸入でまかなえていた一部が上手くいかなくなり、日本の食料自給率もずっと横ばい。

 これまでもそうであったが、金銭、環境ともに将来的な不安が大きいのだと谷は語る。


「引き継ぎの際に言われました。報酬は出したいと思っている。国民のために身を尽くし、奴らからこの国を守ってくださる彼らには感謝している。しかし現状を考えて、それが今は難しいと理解していただきたい、と」


 理解はできる。が、眉根を寄せずにはいられない。


「それを伝えなかったのはなぜだ」

「照れていた……とでも答えておきましょうかねぇ」

「照れなどいらん」

「ふふ、ではアンサーです。今伝えた話はね、全て元議員たちの()()()であるということですよ」


 谷は箸も置いて、糸目を見開いた。


「キューブについて、国の許可を得るために谷川氏と話し合いをしたのでしょう?」

「ああ。作り上げた次の年だ」

「その際に語られたキューブの中身、青い球体。あれが死人の心臓とよく似ている。そうとのちに知った彼らはね、反射的に怖いと思ったわけですよ」


 谷が言いたいことがわかった。


「「キューブもマダーも敵ではないか」だな?」


 声が重なる。

 谷はきょとんとしたまま数秒置いて、次にかっかと笑いだした。


「これはこれは、寸分たがわず被るとは。ご名答。政府があなた方に非協力的で、効くかどうかもわからぬ兵器のために大金を注ぎ込んでいた理由はそれ以外の何物でもありません」


「どうりで弥重の声が届かんわけだ。あのクソジジイども……」


「弥重君の考えも訴えも正しかった。政府のキューブのせいで多くの命が消えました。聞かぬ議員の……あなた方を疑う人間が起こした惨事です」


 谷は食事を平らげにかかる。

 四十万谷は箸の動きを止めたまま思いを巡らせる。

 万が一あの球体が敵であったとして、ならば機嫌を損ねないようにと考えはしなかったのだろうか。自分の身を案じてマダーに媚びへつらうのではなく、国のためと言い張ってせっせと武器を作る方が得策とした決め手がわからない。


 いや、それこそ逆の発想なのか。

 首都を焼け野原にできる爆弾。全体を統率する本部と東京のマダーを一掃いっそうする武器があれば、全国に散らばる残された子どもだけで団結できるとは考えにくい。

 キューブに好まれる者の多くは思考が柔軟な十代である。

 斎の説明を受けた彼らは『万が一』があればそこを上手く利用するつもりだったのだ。


 ――酷だ。あまりにも。


 戦闘のリスクに見合う報酬や保証を提示できない上、守るべき人間からも命を狙われていた事実など、彼らにどうして伝えられようか。


 四十万谷は机の一点を見つめる。

 脅威の一部を取り除けたことは喜ぶべきだろう。

 しかし結果として、国や人を守るためなら仲間を見捨ててでも、という考えが彼らに芽生えてしまっている。

 他人ひとのことを言える立場ではない。

 そうさせたのは自分なのだから、自分も罪を償わねばならない。


「できません、か。……ふっ。四十一番が、はっきり言ってくれて良かった」


 彼と対面した日を思い出す。

 国を守るために仲間を殺せるか、なんて。普通すべき質問ではない。

 覚悟が見たかったとはいえあの場で『はい』と答えられたなら、四十万谷はこれから先に希望を持てなかっただろう。

 彼の思いに助けられたのは、他ならぬ自分なのだ。


「四十一……ああ、土屋君ですか。ふふ、純朴じゅんぼくそうな子でしたね」

「利口とは言えんが、存在は大きい。近くにいればきっと、周りの子どもたちも現状に疑問を抱いてくれる」


 既に彼の友だちや未来は変わりつつある。

 このおかしさが終わる日も近いのかもしれない。


「四十万谷君が彼らを番号で呼ぶ理由は、私に聞く権利はあるのでしょうか?」


 いつの間にか糸目に戻った谷は鞄から財布を出しながら問うた。

 千番以上いるのになぜ彼らを番号で呼ぶのか。

 マダー全員の名前と顔は合致がっちしているだろうと確認する彼は、にこにこしているが隠せそうにない。

 四十万谷は軽く笑ってみせる。


「決まっているだろう?」


 ビール風味の飲料をあおり、たん、と音を鳴らして机に置いた。


「愛情表現だ」


 最後の唐揚げを口へ運ぶ。

 腹拵はらごしらえをした四十万谷は伝票を手にカウンターへと向かう。


「ほほ、わかりにくいですねぇ」


 後ろから聞こえるその声は、呆れではなく納得のような声色だった。

【第二〇二回 豆知識の彼女】

『こいこい』。花札が好きな一代目店主から続く居酒屋さん。現在三代目。


料理だけでなく提供されるお酒や接客にも工夫があって人気の居酒屋さん。現在の店主は花札より将棋がお好き。多分ヘンメイと気が合う方。(店主の登場予定はありません)


子ども側には伝えられないお金事情でした。

司令官はこの話を子どもたちにはしません。ここだけの話として、怒りごと胸に秘めて頂きます。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 深夜》

いざ次の日……といきたいところですが、心の状態とは寝てる間にも影響するもの。夜はまだ明けません。

よろしくお願いいたします。

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