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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
209/282

第二〇一話 零れた本音

前回、司令官から電話が来ました。

 挿絵(By みてみん)


『連絡は以上だ。皆疲れてるだろうから、しっかり休んで明日に備えてくれ』


 伝え忘れがないか再確認を行う司令官へ、未来が小さな声で呼び掛ける。司令官が聞く姿勢をとってくれるのに対し、未来はうつむき加減で尋ねた。


「明日で……全て終えられませんか」


 色んなものをひっくるめた言葉で。

 臨世アイツの拘束を解除して、その場で国生先生の【る】を使い産月や未来が狙われた理由がまとめてわかるなら。北海道に来た目的を全部明日で終わらせられないかと、未来は聞いている。

 司令官の表情は変わらない。


『明日次第だ。進捗に合わせてこちらから指示を出す』

「……わかりました」

『急ぎ過ぎてもいいことはない。休養を大事にしろ』


 心も、体も。労わるように言われた未来はこくりと頷いて、それ以上何も返さなかった。

 ここにいる誰よりも緊張して、ずっと気持ちが落ち着かないでいるんだと思う。本当は今すぐにでも『竹』を解除しに向かいたいんだ。

 そうしたらアイツのことをこれ以上考えなくていいし、国生先生も【る】を使える。役目を終えられる。

 知りたいことを早く知って、安心できる場所に帰りたい。絶対口にはしないけど、多分これが本音だろう。


 ――やっぱ……隠してるだけだ。大丈夫なように見せてるだけ。


 意識がそちらに向きすぎなければ『平気』の演技ができるのかもしれない。そのぶん考え始めたら止まらないのだと、俺は未来の不安定さを窺い知った。

 締めの挨拶を交わして通話を切り、きゅっと密着していた俺たちは離れていく。


「未来」


 奥の部屋へ行こうとする未来を凪さんが呼び止める。

 未来が振り返る。


「ごめん。【目眩めくらまし】」


 反応する時間は、与えられなかった。

 おでこに置かれた凪さんの指が光を放ち、次の瞬間未来は脱力してもたれ掛かっていた。

 驚いた。言いたいことも少しあった。だけど凪さんの意図がわかる俺は飲み込むしかない。


「凪くん、あなた――」

「わかっています。こんな力任せに寝かせたりすべきじゃないって、僕もちゃんとわかっています」


 非難しつつ先生が布団を敷いてくれて、未来を抱き上げた凪さんはそこへ優しく移動させる。

 寝顔はすごく穏やか。奥底にある不安や恐怖は感じられない。


「でも……こうでもしないと、この子は眠れないから。絶対考え込んだまま朝を迎えるから。奴の前へ立たせるのであれば、無理にでもちゃんと寝てほしいんですよ」


 万全の状態でアイツと会わせるために。

 凪さんは『光』を含む漢字『洸』のさんずいから作り出した水で、未来の服ごと全身を綺麗にする。技名はそのままの【さんずい】。

 未来が家から持ってきた洗い流さないトリートメント【椿つばきオイル】を鞄から取って髪の手入れをしてやって、太陽を思わせる暖かい光で水を瞬時に蒸発させ、キューブを立方体に戻して腰のチェーンに引っ掛けた。


「隆一郎」


 何でも手際がいい凪さん。呼ばれた俺は隣へ行く。


「さっきの優しい火、置いといてあげて。悪夢を見ないように」

「……はい」


目眩めくらまし】による睡眠は強力だ。でも俺が体験したようにぼんやりと過去の記憶が流れないとも限らない。

 怖いと思った俺は、指一本ぐらいの大きさで【なごみのほのお】を作り出す。【回禄(かいろく)】と同じ守りを意識した火だから、未来が火傷をすることも、火事になる心配もない。


 枕元にそっと置いてやる。

 陶器みたいな肌をぼんやりと火が照らす。

 長いまつ毛に隠れるように涙が浮かんで、時間をかけて筋となって流れ、未来の横髪を湿らせた。

 その様子が球技大会の日の夜と重なる。


 あの日、変わらないで、と。か細い声で言って、眠ったまま涙を流していた未来。

 未来は幸せや不安が大きすぎると、決まって臨世りんぜの夢を見る。

 アイツが変わってしまったのは自分のせいだと思っているからなのか、夢を見るのはいつだって心が大きく揺れ動いた日。

 目が覚めたら内容はほとんど覚えていない。

 夢の中でアイツへどんな言葉をかけているのか、俺たちは知らないし未来自身もわからない。

 夢の中にいる未来だけが、謝罪の中身を知っている。


「ありがとう。りゅーちゃんも寝かしつけてあげようか?」


 俺も昨日見た夢について話さないとと思っていると、凪さんはいたずらっぽい笑みを浮かべてこちらを覗き込んできた。

 呼び方を戻したのは俺の緊張を和らげるためだろう。

 この人はそういう人だ。


「いえ、大丈夫です。凪さんこそ寝れそうですか」

「寝られないって言ったら?」

「殴って気絶させる……ですかね」

「それ本気で言ってる?」

「まさか。凪さんがけないでくれても意識ふっ飛ばせるなんて俺には思えませんよ」


 国生先生と結衣博士にあとを頼んで、襖を閉める。

 信憑性しんぴょうせいのない話をどこまでの人に伝えていいかわからなくて、ちょっと時間をもらえますかと凪さんを廊下へ連れ出し部屋から離れて夢の内容を伝えた。

 せっかく緊張をほぐしてくれたのに申しわけない。だけど、アイツへ会う前に言っておくべきだと思うから。


「それ、僕以外の誰かに話した?」


 聞き終わっても壁に背を預けて考えていた凪さんは、俺に顔を向けて落ち着いた声で尋ねた。


「未来にだけ言いました。不安になって、夢を見た日の朝に」

「あんまり広めない方がいいと思う。内容が内容だけに、下手をすると隆一郎が敵じゃないかって疑われるかもしれない」


 司令官にだけ共有しておくと言って、凪さんは俺に口止めをする。信頼を置く精鋭部隊のみんなにも言わないとなると、俺が伝えた話がどれだけ普通でないかがわかる。

 夢なんだ。ただの夢。証拠も何もない、俺の不安が作り出した妄想かもしれないのに、どうして凪さんは信じてくれるんだろう。


「『華弥(かや)』って死人に心当たりがある。そうじゃなくても、全く関係ないと思うなら僕に言ったりしないでしょ」


 問うと、真面目な顔のまま答えられた。

 笑って誤魔化したりしない。


「最近呪いの傾向は?」


 周りに秘密にしていることをもう一つ聞かれた。


「以前と比べてかなり穏やかです。マダーが亡くなった報告は変わらずですけど、未来の周りで人が死んだのは操られたヘンメイにやられた大学生の二人」

「呪いじゃなくて、『ハズレ』としての犠牲か」

「イコールってことはないですか。俺たちが認識してる『呪い』って言い方が、死人側でいう『ハズレ』とか」

「……考えられるね」


 死人が異常に増えた件は調査中らしい。でもそれが呪いと関係があるかと聞かれたら違うと思う。勘でしかないけど。


「呪いをかけてる奴、臨世がそうなんじゃないかと俺は思ってるんです」

「時期が合わない。あの子が関わりを持ったのは――」

「わかってます。目が青くなった原因も呪いと考えるならアイツは関係ない。……でも」


 愛だというなら。

 呪いが愛に似たものだというのなら、アイツの未来に向ける感情は間違いなく歪んだそれだから。


「どちらにせよ、会わせたくないね」

「ほんとに、ですよ」


 明日が怖い。こんなふうに思うのは初めてで、凪さんに戻ろうかと言われるまで俺は下を向いたままだった。

 廊下を歩き、るんるんの結衣博士と出会う。国生先生と交代で温泉へ行ってくると大量のスキンケア用品が入った袋を見せられ反応に困る。

 話している間に仲居さんが来ていたようで、部屋はこたつから敷き布団五つに変わっていた。

【第二〇一回 豆知識の彼女】

未来の目が青くなったのは幼稚園ごろ。


隆が以前話してくれていますが改めて。未来さんの瞳は元は日本人らしい黒色でした。幼稚園の時に隆と花屋さんごっこをしている最中、急に青くなっていって現在の碧眼に変わっています。


時系列で纏めると、


幼稚園:碧眼になる

六歳:キューブに好まれる

八歳(小二):マダーとして凪と一緒に戦場に立つ

小六:当番が隆とペアになる

中一の冬:臨世に怪我をさせられる

中二の夏:今の学校に転校


いつから関わりがあったかは隆がシャットアウトしたものの、碧眼が呪いの一つであるなら臨世は関係ないぐらいに期間が空いています。

そうとわかっていても、隆は臨世を疑います。臨世が未来へ向ける感情の正体を知っているために。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 ノンアルコール》

司令官視点で、大人側の動きと伏せられていたお金事情について。

またどうぞよろしくお願いいたします。

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