第二〇〇話 明日の詳細
前回、流星はこちょこちょにあいました。
『掛け直そうか』
司令官の第一声はそれだった。
総理との話を終えたらしく、国生先生が出した半透明の青い画面に顔が映るようにして電話をくれた司令官。
あちらに表示されてる俺たちの様子は本当に酷いようで、目をまんまるにさせている。深く刻まれた眉間のシワとは対照的。
まあ心配にもなると思う。
なにせ凪さんはツンとした態度のまま変わらないし、流星さんは限界寸前までこそばされて半泣きだし、未来はヘロヘロで国生先生だってやっぱりうるさかったらしく顔から怒りが滲み出てる。結衣博士なんてほら、またイケメン四人に悶えて抱きついてるしさ。
「いえ、大丈夫です。お疲れ様です司令官」
『弥重も。お前の仏頂面がまた見られるとは思わなかった』
「そんなに酷い顔をしていますか?」
『表情豊かで私は嬉しいがな。隣にいたなら写真に収めていたものを』
「勘弁してください……あなたのフォルダは既に僕の変顔でいっぱいなんだから」
凪さんと司令官のやり取り、初めて見る。
俺は司令官とは一回しか話してないこともあって、二人は直接指示を受けて動く上司部下みたいな関係だと思ってたんだけど。想像よりもフランクというか、力の抜けた会話をしてる。
というか凪さんの変顔だって? そんなの俺や未来にだって見せたことないじゃんか。
なのにいっぱいって。
普段どんな会話をしてるんだろう。
『また自分で撮って送ってくれ。業務の癒しになる』
「……そうしたら、もう少し休んでくださいますか」
『休んでるよ。ちゃんと』
ふ、と微笑を浮かべた司令官は、以前より少し、白髪が増えているような気がした。
『では改めて。連絡が遅くなってすまない。予定通り宿への到着と、全員の顔がこうして見られること。ほっとしている。途上の死人討伐により海で働く彼らにもしばらくの平穏を届けられた。心より感謝する』
表情を引き締めた司令官は画面越しに頭を下げた。
びしっと、凪さんたち精鋭部隊も揃って礼をする。続いて国生先生と結衣博士、未来が腰を折る。慣れていない俺はキョドりつつ周りに倣ってお辞儀をした。
がやがやとした雰囲気は、もうない。
姿勢を戻したみんなの顔は、司令官の言葉で真剣なものに変わっていた。
『今後の流れを説明する前に、七番』
「はい」
『目覚めてすぐの指示ですまなかった。体の調子はどうだ』
「良好です。休息を取りつつ進めましたので、特に疲労もありません。問題なく動けます」
七番と呼ばれたユキさんは、外にいた時から変わらずキューブを展開した左腕を掲げる。
「指示通り――端段市に隣接する街の死人の排除、【侶伴】による雌の死人の制圧及び『ゴミ箱』からの新生への対応。全て完了しています。今夜は静かに過ごせますよ」
『頼もしいな。現在使える人形の数は』
「十体です。しかしどれも『喜びの死人』ではありませんでした。答えようとすれば『まじない』の影響を受けるとのこと。兵としての利用にとどめます」
――今日のうちは戦わなくていい。凪さんが旅館の外で言っていたことを思い出す。
あれはつまり、この一帯の死人は全てユキさんが事前に倒していて、深夜零時から生まれる新しい死人についても何かしらの手を打ってるから安心しろ、って意味だったのか。
凄いと思うと同時に、聞いてる未来は大丈夫かなと少し心配になる。同じ死人の力を借りる者同士だけど、未来は彼らの能力をガラス玉を割ることで、ユキさんは死人そのものを兵士として使うのだから。
未来の表情は俺には見えない。全員画面に入れるようにと、小さい未来は俺の前に立っている。手入れされた黒髪だけが視界に映る。
『では明日の予定を――』
びくっと、未来の体が強ばった。
ほんの少し。ほんの少しだったけど、司令官はそれを見逃さない。
『一番』
気づかうように、未来を呼ぶ。
『名を出してもよいか』
「っ、はい! お気づかいは、不要です」
以前俺の前で話していた時とは違う。未来の上擦った声と反応から緊張が伝わってくる。
司令官はそれを知った上で、『すまん』と言って話を再開した。
『朝食をとって用意ができ次第、端段市に捕縛している死人、臨世 の拘束解除に皆で向かってくれ。方法は先に伝えた通り、弥重の【糸】で縛り上げ、二十七番の【拘泥】で支配下に置いてからの行動を厳守。その後、一番には【向う露草の竹】の『竹』と『紋章』を解除してもらう予定だったが、こちらについては変更だ。『竹』のみ消してほしい』
「わかりました。『紋章』は、いいのですか」
間を置かずに返事と質問。未来の声がかすかに震えてる。
『『紋章』はそのままにしておいてくれ。あの拘束の技は『竹』と『紋章』揃って初めて機能するとお前は言っていたが、結衣博士の調査により『紋章』だけでも僅かだがその効果があるとわかった。残しておけば二人の助けになる』
「完全に拘束を解かなくていい、ということですね」
『そうだ。奴の心臓へ刺した『竹』を解除して、千番の【知る】が通用する状態にできたらお前はすぐに離脱しろ。奴の言葉を聞く必要はない』
司令官の強い口調には、未来への思いやりが詰まっていた。
指示を受けた未来は静かに一礼して、顔を上げる。
『四十一番』
俺への指示。
『そばにいてやれ。一番から絶対に離れるな』
「――はい」
端的で、シンプルな。
けれど未来の心を守る大事な役割だと思う。
『三人が行うそれらの作業について、どれだけの時間を割いてくれても構わん。だが奴が話せるようになったなら、【知る】による尋問は長くても二時間とする』
「司令官。わたしへの負担を考慮してくださっているのであれば不要です。【知る】は一対一ならそこまで体力を要しません。本部の業務時間程度まで使えますが」
『確かに千番への負担が気になるのが主な理由だ。だがそれは、技を使い続ける疲労と同等に、奴の言葉を聞き続けたことによる精神の影響を避けるためでもある』
司令官の手が動く。
資料をファイルで用意しているようで、電気が白い紙に反射する。
この通信機器は不要な声や雑音が入らない作りになっている。めくる音は聞こえない。
『事が起きた日の詳細を読み返していた。臨世の能力はもちろん強力だが、それ以上に奴の言葉によって狂ってしまうのが怖い』
ぴく、と反応したのは、俺だった。
「狂う、ですか」
『そうだ。あれを目の当たりにした者がそこにいる。今は聞くな、個別で伝える』
「……承知いたしました」
『二時間とは最大での話だ。変調があれば千番も【知る】をやめて即刻下がれ。新たな情報は急ぎたいが、かと言ってお前を壊されてはたまらん』
「はい」
【知る】によって知りたいことが澱みなく知れたなら、なんの心配もない。ただ可能性がゼロでない以上その全てに策を講じておくべきだと、司令官は表情を険しくさせた。
『結衣博士は基本的に千番と同行してくれ。同じく違和感があればすぐに臨世から離れること』
「らじゃー」
『二十七番は【拘泥】に集中。四番と七番は解除と尋問時の守備を。もし【拘泥】を受けても暴れる力があるなら迷わず討伐しろ。時間はかかるが、結衣博士がガラス玉から復活させられる。自由にしてはならん』
湊さんと流星さん、ユキさんは揃って「承知いたしました」と返した。特に疑問点はないらしい。全員を見るように司令官の目が動く。
『弥重』
最後に、凪さんが呼ばれた。
『任せていいんだな』
「はい。先日話し合った通りで」
俺の横に立つ凪さんは、画面越しに司令官を見つめてハッキリと言った。
何を話し合ったのか、それはここでは明かされない。
司令官は『わかった』と了承の言葉を返すだけだった。
【第二〇〇回 豆知識の彼女】
精鋭部隊や特別部隊は司令官とのやり取りに慣れている。
特に現地での情報共有などで精鋭部隊はよく司令官と話しています。特別部隊(MCミッション関係)の未来やあいかも同様に慣れていますが、隆ちゃんはこの間一度会っただけなのでこういう機会はなかなか。周りに合わせることにしました。
未来のトラウマの相手、臨世。めちゃ長い時間をかけてやっとこさ名前が出ました。由来があったりするのですけどそれは実際に対面してからに。誰かに話してもらおうと思います。
今回200話ということで、話もだいぶ進んだかなぁと思うと同時に、ここまで読んでくださっている方、碧カノを見つけてくださった読者様に感謝の気持ちでいっぱいです。
いつも読んでいただき、まことにありがとうございます。作者や隆、未来たちも頑張りますので、碧カノこと碧眼の彼女をこれからもよろしくお願いいたします。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 零れた本音》
未来はやはり、とても不安定です。
よろしくお願いします。