第一九八話 ハイテンションのわけ
前回、雪翔が恩人であると知りました。
ずびっと、音を鳴らして鼻をすする。
泣きすぎて詰まったらしく呼吸がしんどいけど、そろそろ合流しないとと思った俺は旅館の人に挨拶をしてから教えられた客室へ急ぎ足で向かった。そこで、
「みーちゃん! みーちゃんほら、こっちも見て!」
ぱたぱたと畳の上を駆け回り、今までに見たことがないくらい目を輝かせた凪さんと、それに付き合わされる疲れた顔の未来を見た。
「ほらこれ、雪見障子。見たことないでしょ、この作り! このガラスのところがほら、上下するようになってて普通の障子になったり外が見られるようになったりして部屋から雪景色が堪能できるようになっててね? ちゃんと名前があって摺り上げ雪見障子とかもっと可愛い言い方だと猫間障子っていって最初は猫ちゃんが自由に出入りできるようにするための――」
「わかった、わかったから……。ねぇ凪、教えてくれるのは嬉しいけどさすがにもう覚えられないよ。それより旅館に着きましたって司令官に連絡しなきゃ」
「もうした!」
「え」
「総理と話し中なんだって。終わり次第折り返すからのんびりしてろって言われた、だからそれまでに和風建築の全てを教えてあげる! ほら行くよっ!」
とててててっと、連れてかれちまった。
動かない未来の手を引いて俺の横を通り、畳の廊下を小走りで駆けていく凪さん。頭の上に音符マークが見える。
「嵐か」
五人も残ってるのに静かな客室と消えていった二人を見比べて、俺はそんな感想に至った。
「よーイチ。遅かったな」
二つある和室のうち手前に寝そべる流星さんがこっちを向く。
「トイレか?」
「あっ、と……ハイ。外寒かったんで」
「気温一桁らしーぞ、また冷える前にこたつ入っとけ」
俺に勧める割に流星さんは畳の上。しかも上着は脱いでいつものタンクトップ姿になってる。暖房が効いてるとはいえ、寒くはないんだろうか。
「隆一郎くーん……そこのみかん取ってぇ……」
「また溶けてませんか湊さん」
「おこたがあったかいんだよぅ……」
「さっきからこの調子だ。隆君、俺にも三つ頼む」
「はい」
湊さんとユキさんが入ってるこたつに俺もおじゃまして、カゴにたんまり入ったみかんを四つ渡す。みんなが届く位置にカゴを置いて、俺も一つ貰う。
「国生さん」
一人で全部食べるのかと思いきや、ユキさんは奥の部屋にいる国生先生へ振り向きざまに一つぽいっと投げた。
ナイスコントロール。先生の丁度真ん前に放物線を描いて落ちていく。みかんは無事キャッチされる。
「雪翔くんの投げ方は優しいですねぇ」
「凪ならぶん投げるでしょうね。結衣博士の分はどうします?」
「今はいいですよぉ。気絶したままなので〜」
答えを聞いて、二つになったみかんのうち一つは流星さんに渡された。
奥の部屋は女性陣が使うらしい。半分ほど閉まった襖から布団をかけられた結衣博士が見える。
さっき殴られて気絶して、凪さんが起こしてくれたのにまた気絶。
ここにユキさんがいることを鑑みれば……おそらく、だけど。変態モードが炸裂してぶっ飛んだ末に失神か、先生に再度殴られたか。どっちかわからないけど幸せそうな寝言が聞こえる。
「ユキちゃん……素敵ぃ……」なんてむにゃむにゃ言ってる。ブレないな、あの人は。
「あの、凪さんはどうかしたんですか? なんていうか、その……テンションがおかしかったですけど」
みかんの皮を剥きながら問う。
【侶伴】の影響が未来から消えてるのはすぐにわかった。ぽけっとしてなかったし、話し方もしっかりしてた。礼儀正しいやつだからユキさんとの挨拶も終えたんだと思う。
心配なのは凪さんの方。
凪さんのあんなに興奮した姿は見たことがない。
未来へのお節介モードが続いているせいか、はたまたユキさんと過去の話をしたために躍起になってるのか。
目に見えておかしかった。
「それか遠征の時はいつもあんな感じだったりします? そんなイメージ俺にはないんですけど」
「あははぁ〜、いつもはああじゃないねぇ。多分隆一郎君のイメージ通りだよ?」
「ビシッとしてますか?」
「うん。ビシッとしてる。みんなを引っ張るリーダーの顔。あんなにキラキラしてる凪は僕見たことないなぁ」
湊さんから同意されたことで更に今の凪さんが不思議に思えてくる。
和室に詳しいのは多分、凪さんが前に住んでた家がそうだったからだろう。
死人対策にと哲郎博士がマテリアルを生み出して、外壁に取り付けるかマテリアル製に建て替えるかの二択で国全体の建築物は変わっていった。
確か凪さんの家はその際に立て替えの方を選んでいて、和の要素が消えて外観も中も洋風になったんだと話していた記憶がある。
嬉しそうだったのは、そういう懐かしさもあるのかもしれない。
「まー単純にさ。はしゃいでんじゃねーの? 遠征で宿があんの初めてだし」
流星さんが追加のみかんを取りに来た。
「? なんだよイチ。変な顔して」
「あ、いや……宿があるの初めてって、どういうことかなって」
「どういうって、まんまだけど? つかうめぇなコレ」
「美味しいよねぇ。寒い季節の定番……つい手がのびちゃう」
「イチも食えよ。剥くだけ剥いて放置とか、そのみかん死人になるぞ」
今のはマダー的ジョークだけど、しっかり説明してほしいので急いで口に入れる。
もぐもぐしてる間に話が逸れていく。
はしゃぐ弥重なんて今後見られるかわからないからこっそり写真撮っとこーぜ、と提案する流星さんへ、湊さんもイタズラに使おうと画策しだす。
あの人をからかおうなんて二人ともよく思えるな。
――美味しい……。口の中に食べ物入ってる時は喋らない。
まるまる一つじゃなくてちぎればよかったと後悔しつつ、ちゃんと味わってから飲み込む。
もう話が変わってるのは承知で机に身を乗り出して聞き返した。
遠征で宿があるの初めてってどういうことですか? と。
「……そういや弥重のやつ、お前らには話してないっつってたな」
しまった、と言いたげに流星さんは湊さんを見る。
俺が疑問を持ったせいではあるけど、嘘をつけない流星さんの性格はちょっと大変そうだ。
「あー、心配かけたくないからだっけ? 凪にバレたら怒られそうだねぇ」
「もしくはこちょこちょの刑か……そっちの方が俺は地獄。イチ、聞かなかったことには?」
「しません。教えてください」
「ほら、今日は初めて知ることばっかで疲れたろ? お勉強はまた今度でも」
「体力とパワーには自信があります」
「パワーは今必要ねぇんだよなー……」
後頭部を搔いてどうしたもんかと悩み出す流星さん。
ワイロ代わりに一つみかんを剥いて目の前に置いてみる。「いや、そうじゃなくてさ」と、苦笑いしつつ流星さんはみかんを半分に割って食べた。
【第一九八回 豆知識の彼女】
凪は和を感じるものが好き。
和室に詳しい凪さんですが、実は袴や甚平など和服がとても好きだったりします。
夏の風鈴や打ち水、雪は降らずとも凍えそうな冬の冷気。四季っていいなぁ、と思いながら過ごしているそう。ここ数年春と秋が不在気味でしょんぼりしています。
そんな凪さん、もちろん日本の年中行事も大好き。去年の末からお正月にかけては隆母・由香とともに腕をふるってお節や年越し蕎麦を作ったり、お雑煮も担当しました。
食欲ボーイ食欲ガールがいるので楽しくいっぱい作って、賑やかな年末年始を土屋家で過ごしたようですよ。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 遠征の黒さとお口チャック》
ワイロ・みかんは強しです。
よろしくお願いいたします。