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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一九七話 侶伴

前回、雪翔は浪人と知りました。

 挿絵(By みてみん)


「凪はまだ中学生だった。それこそ今のりゅう君と同じ歳。その時点では最良の選択だったと俺は思う」


「いいや、事が起きる前から怖いと感じていた。直感を信じて引き離しておけばよかった。そうしたら、この子に傷を負わせることも、ユキの時間を奪うこともなかった」


「凪」


「全部僕の判断ミスのせい。本当に、ごめんなさ――」


 謝罪と自責の言葉を奪うように、ユキさんは凪さんの高い鼻をつまんで引っ張った。

 凪さんが目をまん丸にして黙る。

 俺も呆然としてしまう。

 穏やかな声色のまま、ユキさんは聞け、と命令した。


「【侶伴りょはん】は、従えた死人の数に比例して精神と体力を削る技だ。使い過ぎれば回復のために眠ったままになる。数時間、数日、数ヶ月……人形ドールの数に比例する。あの日の俺は明らかに乱発していた。それは否定しない」


 凪さんから指が離れる。赤くなった鼻と、話を遮らないようにか凪さんは口も一緒に自分の手で覆う。


「ただ、全部自分でわかっていたことだ。長期の睡眠はこれまでにもあったし十八の俺は進学も就職も嫌だった。そういうしがらみから解放されそうな道が転がってたから進んだだけ。凪が気にするようなことじゃない」


 肩をポンと叩いて、凪さんを励ますユキさん。

 未来のぼんやりタイムが消える前に表情を作り直せと、凪さんだけじゃなく俺も指摘を受けた。


「そもそも当事者の前で詫びるな。【侶伴りょはん】を重ねがけする羽目はめになっただろう」

「あっ、ごめ……痛っ!」

「話は終わり。もう蒸し返さないこと。いいな」


 ピシッとデコピンをして、凪さんに『痛い』なんて言葉を吐かせたユキさんは旅館へ行くよう親指を向ける。

 優しい表情なのに、抗えない空気。

 こく、と一つ頷いた凪さんは、追加の【侶伴りょはん】により更にぼんやりした未来と歩調を合わせて歩き始めた。

 肩からずり落ちてきた鞄を、代わりに持ってくれている。


「ほら、隆君も。朝晩は特に冷えるよ」


 ユキさんは白い息を吐く。

 袖から露出した腕をさすり、その際に感じた微かな香りのためにもう一度ミストを吹きかける。

 旅館に繋がる飛び石の上を一個飛ばしで進む。


「ユキさんだったんですね。端段市でアイツを捕まえてくれた、非公開のマダー」


 話は終わりと言われたそばから口にすることを、どうか許してほしい。

 ユキさんの後ろをついていく。

 振り返ってはもらえない。


「あの事件について、凪さんが絶対教えてくれないことが一つだけあったんです。……ユキさんのことです」


 なんて言えばいいか迷いながら、しゃんと伸びた背中へもう一度話しかけた。

 返事はない。

 代わりに飛び石を全て踏むようにしてくれる。歩く速度もかなり落として、俺が話す時間をユキさんは無言で作ってくれた。

 その優しさに感謝して、どこから伝えようかと考えながら口を動かしていく。


 あの日、大怪我をした未来。

 助けてくれたのは異変に気付いた凪さんだった。

 出血多量で死にかけていたところを無理やりではあるがキューブを使って傷口を閉じてくれた。間違いなく命の恩人だ。

 けれど、その原因となったアイツの始末をつけたのは凪さんじゃない。


 凪さんはその時、アイツを捕まえられなかった。

 未来を襲ったアイツは凪さんが近くまで来ていることに勘づいて、とどめを刺さずに逃亡しようとした。

 逃がすまいと凪さんは幾重いくえにも技を仕掛けたけど、事が起きたのは夕方・・だったために周りには多くの一般人がいて、驚きや恐怖でみんな立ち尽くしている。


 これ以上誰も襲わせてはならない。

 人質にとられてはいけない。

 凪さん自身もキューブで傷つけることは許されない。


 多方面へ注意を払った攻撃。全力とは程遠いそれらを、アイツは全てくぐり抜けて逃走した。

 すぐには追えないよう周辺の土地と建物も破壊して。

 姿をくらます手助けのように、その一帯には大雪が降っていたという。


「住民の安否確認と避難、応急処置をした未来を俺に預けてから凪さんは捜しに行きました。でも奴の邪気が小さすぎて、感知できなくて。本部ですら見つけられないまま、事が起きてから八時間経った深夜一時ごろ。遭遇した精鋭部隊の一人によって、端段市で捕獲されたと聞きました」


 でも捕獲に関することは何一つ教えてもらえなかった。事件の詳細は全て教えてくれるのに、捕獲の経緯やその人については凪さんは絶対に答えようとしなかった。

 精鋭部隊のメンバーは非公開。どんな事情があろうと話してあげられない。そう言った顔が悔しそうだったから、俺は追及しないことにした。

 別の理由がありそうだったから、今後アイツの話が出ても聞かないと決めた。


 つたないながら話し終えて、旅館の玄関前。

 ユキさんが足を止める。


「俺がその後眠ったままなんて、凪は言えなかったんだろうな。責めないでやってくれ」

「もちろん責めたりしません。事情があるんだろうと思ったので。だけどずっと……その人に、お礼が言いたくて」


 声が潤んでしまう。大事な時に泣くなよと自分に言いたくなるが、感謝と申し訳なさが胸いっぱいに広がってどうにもならない。

 あの事件から一年と半年。

 俺たちが日々を送っていたこの期間、アイツを捕らえるために使った【侶伴りょはん】の影響で、ユキさんはずっと眠り続けていた。

 膨大な量の時間を代償として、数多の死人を従え危険すぎるアイツを無力化してくれた。

 目が覚めてからも共に向かってくれるこの人へ、ありがとう以外に何を伝えたらいいだろう。


「ユキさん……ありがと、ございました。本当に」


 結局それすらもまともに言えず、ボロボロと出てくる涙を力任せに拭った。けれど止まらない。

 視線が下へ向いていく。

 玄関前に敷き詰められた石が、拭いきれなかった涙でほんの少しの水玉模様を作る。

 ユキさんが履くブーツの先がこちらへ向いた。


「北海道にいる間。凪も、隆君、未来ちゃんも。みんなつらいな」


 いたわるような声。

 背中をポンポンとされる。

 顔を上げてとお願いされる。さっきと逆だ。


「俺は何もしていない。頑張ったのは【侶伴りょはん】によって身を投じた彼女らと、俺の大事な伴侶たち。礼は伝えておく」


 ハンカチを渡される。

 背中のポンポンは続く。


「このタイミングで俺が起きられたのも縁だろう。今回の件も、一緒に頑張ろうな」


 しばらく俺を慰めていたユキさんは、落ち着いたらおいでと、客室を教えて先に旅館へ入っていった。

 どこまでも優しい人。

 ひとり玄関前に残った俺は、届いたかどうかも怪しい声量の返事をして、その場で情けなく泣いていた。

【第一九七回 豆知識の彼女】

雪翔の誕生日は五月


現在六月なので、少し前に二十歳になったユキさん。それ以前から【侶伴りょはん】を使っていたので彼はいったいいくつの時からたばこを……前言撤回。やはり『悪いオトコ』かもしれません。

そんなユキですが、実は未来のトラウマの相手を捕まえてくれた精鋭部隊の人でした。

遠征メンバーは実力や未来との関わりなどから司令官が選出しています。未来さん安心してええんやで。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 ハイテンションのわけ》

いざ旅館の中へ。なんか、暴れとりますよ。

どうぞよろしくお願いいたします。

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