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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第三章 雪の降る街―静止編―
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第一九六話 浪人とは言わないと思うけどね

前回、ヤバい香りの朱雀雪翔さんに会いました。

 挿絵(By みてみん)


「ユキ。香りも消した方がいい」

「そうだな。やっぱり思春期には男女関係なくきついか」


 俺も自己紹介をと思うものの、一向におさまらない動悸。

 どうしようと考える俺の前で雪翔ゆきとさんはポケットから板状のガムを取り出して噛み、更に小さなスプレーで全身にミストをかけ始めた。


 両方ともデザインに見覚えがある。あれは長谷川がニンニク料理を沢山食べたい人にと考案した長谷川薬店の人気商品。『口臭こうしゅうキエルガーム』と『沈臭ちんしゅうミスト』。

 名前どうにかなんねぇのか、と突っ込みたくなる反面めちゃくちゃ効果が高くて、においというにおいを一発で除去する超強力消臭剤だ。


『アタシは普段のエチケットに使うけどね!』と、毎日持ち歩いては世紀末先生の背中へシュッシュしていた長谷川。

 ある時それに気付いた世紀末先生がすんげぇガーンって顔して落ち込んで、ただのイタズラだと弁解する長谷川には構わず『先生臭いか?』って俺に聞きに来たのがマジで忘れられない。

 先生、全然臭くないのに。可哀想だった。


「――あ」


 ぱっと、自分の状態が戻った。

 ガムとミストによって、ほのかに漂うあの香りが消えた瞬間に。


「すまない。本来なら死人を魅了するおこうなんだけど、感受性の強い子にも作用するみたいで」

「えっ、は……魅了っ?」

「ああ。広範囲に匂いを漂わせて、惹き付けられた女の死人を使役しえきする技。たばこはサポートのための道具と思ってもらえたらいい」


 説明しつつ雪翔さんは左手を見せてくれた。

 そこにある文字は『侶』。読み方は『りょ』でいいと思う。他の読みを俺は知らない。

 こんなに寒いのに半袖の雪翔さんの腕にはキューブが展開して張り付いていて、暗い夜の中ぼんやりと光ってる。

 珍しい。桃色だ。


「難しそう……」


 使い道がすぐには出てこない俺はうっかり本音をこぼしてしまった。


「そうだな。実際使える技は二つしかない」

「二つだけ!? ぁ、わっ、すみませっ……」

「気にしなくていい。【侶伴りょはん】と【伴侶はんりょ】。【侶伴りょはん】は今言ったお香の技で、【伴侶はんりょ】は共に戦うための誓いの儀式。あそこにいる二人と、ヘンメイもそれを行った死人。総称も伴侶はんりょにしてる」


 俺の失礼な態度にも怒らない。それどころか上空にいる死人をして詳しく教えてくれる雪翔さん。

 出てきた名前に俺は銀のおかっぱを思い出した。

 この人が、ヘンメイが大好きだと言っていた人。主君と呼んだ契約主。

 寂しげに笑った雪翔さんは、さっきから俺の隣で黙り込んでる未来へ顔を向ける。無言でしばらく見つめたかと思うと、今度は俺を正視。

 同じように長いこと見つめられ、何かと聞こうとしたら、ぺこり。頭を下げられた。


「うちの子が迷惑をかけた。ごめんなさい」


「えぁッ!? わ、いえ! とんでもないです!? あいつがっ、あ……ヘンメイが! ヘンメイが悪かったんじゃないし俺も色々学びになったし、知りたかったことも教えてもらったりでっ! いい経験になったというかむしろこちらがごめんなさいというか……あの、だから、その……あああ頭を上げてくださいっ!?」


 噛みすぎ。動揺しすぎ。わかっちゃいるがその行為をやめてほしいがために舌の動き全開で言葉を並べていく。

 確かにヘンメイとの戦いはすっげぇしんどかったし精神的なダメージもあった。でもそれは産月うみつきに操られたせいであってヘンメイの意思じゃない。

 しかも人と死人は一緒に暮らせるって肯定してくれたんだから、謝る必要はないし逆に俺が感謝したいぐらいだった。


「み、未来、お前からも何か言って……っ」


 フォローを頼もうとするも、断念。

 未来さんぼんやりしていて反応なし。

 俺と違って【侶伴りょはん】の香りが消えても効果が残ってるらしい。女の死人専用みたいな言い方だったから、人に対しても未来への影響の方が大きいんだろう。


 ――どうしよう。なんで姿勢戻してくれねぇんだ。


 いくら言っても頭を上げない雪翔さん。

 未来はもちろん戦力外だし、やり取りを見てる凪さんはなぜか笑いをこらえてる。

 そもそも俺の周りでこんな丁寧な人はあんまりいないんだ、どう反応していいのかぜんっぜんわかんねぇ!


「あっ、俺、土屋隆一郎です。中三です! くそガキに謝らなくていいんで謝らないでくださいっ!」

「ぶふっ! りゅーちゃん、もっ……可愛いなぁ」

「笑ってないで助けてください!!」


 なぁ、どこに笑う要素があった?

 どこに笑う要素がありましたか、おししょーさま!


「中三……弟の二つ上か。ウブで可愛いな」

朱雀すざくさんまで……」

「ユキでいいよ。俺は二十歳はたち。二浪中」


 やっと顔を上げてくれたと思ったら、ユキ……さんの、聞いていいのかって感じのデータが笑顔で公表された。触れはしない。

 弟さんが中一ってことだけ覚えておく。


「ユキの場合は、浪人とは言わないと思うけどね」


 笑っていた凪さんは一度息を整えて、申し訳なさげに訂正を加えた。


「一緒だ。大学に行くでも働くでもなくぽやぽや寝てた。いっぱい楽しい夢を見た」

「一年半かかった。僕のミスを――失態を、取り返すためにユキは無茶をした。その反動による昏睡こんすいを、僕は明るくは取れない」


 ユキさんがあっけらかんとしているのに対し、自分を咎めるように凪さんは言葉を返す。

 ミスも失態も、凪さんには似合わない単語。

 だけど思い当たる節が一つだけある俺は、さっきまでの焦りが引いて急に冷静になる。

 明確になった二浪の原因と、未来のトラウマになったアイツ・・・が結び付く。

 甘い香りがまたふわりと漂った。

【第一九六回 豆知識の彼女】

侶伴りょはん】にたばこは必須ではない


あくまでサポートの道具なので必須ではないですが、あった方がより高い精度で使用できます。

魅了するために『ちょっと悪いオトコ』のイメージを作っているそうな。しかし本人はとっても丁寧な人なのでどうやっても悪いオトコには見えないのが現実。


文字は『侶』ということで、使える技は現在二つです。そのうち増えるかもしれませんが、ユキさんは【侶伴りょはん】と【伴侶はんりょ】だけで精鋭部隊に抜擢されたハンパねぇ人。


浪人についてはまとめて一話にしたかったのですが、ちょっと長くなりそうだったので一度ここで区切らせていただきました。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 侶伴》

浪人の理由と凪さんの「痛っ」。

どうぞまたよろしくお願いいたします。

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